とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第六話






 剣道場という所は、実は俺は初めて訪れる場所である。
これから剣術を極めようという男が何を思われるかもしれないが、本当に初めてなのだ。

剣への興味は昔からあったが、剣道場へは行く機会は今まで全くなかった。

原因はたった一つ、金だ。

当然だが今時無料で剣を教えてくれるお人好しはいる筈もなく、何を学ぶにしても金がいる世の中である。

むかつくが、金のない人間には何もできない。

俺が一人個人的に鍛錬を積んでいたのもそういった理由もある。

少し思いを馳せて、俺は由緒正しい門構えより勝手に中へと入った。

初めて訪れる剣道場に殴りこみ。

まさしく天下を求める男の一歩として相応しいだろう。

意気揚々にガラス張りの玄関口を蹴破ると、派手に割れる音が響き渡った。

かなり乱暴だが、そもそも殴り込みをかける事自体が乱暴なので気にかけないようにする。


「たのもーーーーーー!!!!!!!!!!!!」


 腰から剣を引き抜いて、俺は第一声を張り上げる。

うーん、我ながら大した張りのこもった大声である。

程なくして木目細かい廊下を鳴らして、一人のおばさんがやって来る。

身なりのいい服装をしているが、中年特有の神経質そうな雰囲気が漂っている女だった。


「何ですか、今の――きゃあっ!?
な、何ですか、貴方は! 自分が何をしているのか、分かっているの!?」


 片手に剣を携えて不敵に立っている俺と完全に破壊された玄関の扉を交互に見て、中年女は真っ青になる。

一般人の反応としては当然だろう。

平和ボケした日常にそぐわない光景が目の前に広がっているのだ。

だが、俺はかまわずに言った。


「ここの道場で一番強え奴と立ち合いに来た。どいつだ」

「何を言っているの、あなたは! け、警察を呼ぶわよ!」


 人の言う事を聞かずに、ヒステリックに声を上ずらせる中年女。

警察を呼われると非常に困るが、ここで弱気な態度を見せたら負けである。

俺は剣で肩をとんとん叩きながら、


「へえ〜、ここの道場は日本でも有数って聞いてたけど、道場破りはお断りってか」

「ど、道場破り!? あなた、自分が何言っているのかわかってるの!」

「それはこっちの台詞だ、ババア。お前じゃ話にならねえ。責任者を呼べ」

「馬鹿な事言わないで! そこで大人しくしていなさい!
すぐに警察を呼ぶから!」


 そのまま踵を返して、中年女は慌てて奥へと引っ込もうとしている。

道場に入っている割に覚悟のなっていない女である。

ま、最近の女なんて皆気取っている割に根性のない奴ばかりだけど。

俺は立ち去さろうとしている中年女に、刺のこもった言葉を投げつける。


「いいのかな〜? 警察を呼んだら、俺ここからトンズラして洗いざらいぶちまけるぜ。
ここの道場は清く正しい青少年が剣を交えに来たのを警察呼んで追い払ったって。
ゴシップを求めるこの国じゃいい話題にしれねえがな」


 今の俺のやった事はただ玄関を壊しただけである。

転んだ際に勢い余ってぶつかってしまったとでも言えば、罪状にはならないだろう。

身元を探られるのはかなり困るが。

俺の誠意のこもった言葉に中年女はピタリと止まり、全身を震わせながら俺を振りかえる。


「きょ、脅迫するつもり? なんて子なの!」

「別に〜、俺はただこの道場で剣を交えに来ただけだぜ」


 にやりと笑ってそう言うと、中年女は悔しそうな顔をする。

はっはっは、悔しがれ悔しがれ。俺は痛くも痒くもないもんね。

内心舌を出していると、中年女は観念したように言った。


「ま、待っていなさい。今先生に伝えるから」

「初めからそうしてくれりゃあいいんだよ」

「先生は有段者よ。あなたのような礼儀知らずはあっという間に叩きのめされるわ!」


 負け惜しみか捨て台詞かよく分からない事を言って、中年女は奥へと向かっていった。

これで第一段階は完了。

程なくして中年女が戻って来て、俺は修練場と呼ばれる場所へ案内されていった。

いよいよここからが本番である。















 前先道場がかなりの規模の道場である事はノエルの調べで分かってはいた。

実際道場を目で見た時は、そこらの町道場とは比較にもならないインパクトを感じたのだから。

が、中年女の案内で修練場へと訪れた俺は改めてその事実を認識する事ができた。

きちんと常に掃除がされているのか、床はつるつるで裸足に心地良い。

学校の体育館程ではないにしても、近い広さを有している内部は見渡さん限りである。

壁には何やらモノクロの人物が写った写真に、偉そうな言葉の数々を筆で書き綴った掛け軸があった。

修練場内部には門下生が大人数で並んでおり、男女共なく皆稽古服に着替えていた。

奇異な目で見つめる道場生達の前に一人の気取った顔の男と、白い髭が豊かな爺さんがいた。

恐らくこいつが道場主なのだろう。

中年女は俺を引き連れてやって来た際、すぐに爺さんの傍へと駆け寄る。


「先生、この子です。突然押しかけてきたのは!」

「そうか。ご苦労だったね、若菜君。君は下がっていたまえ」


 さすがに年食っているだけあってか、俺を見つめるその目に動揺はない。

颯爽とした気配すら感じて、俺は興奮に胸が高鳴る。


「わ、分かりました。何かあったらすぐに申し付けてください」


 そう言って修練場から出る中年女だったが、去り際に俺を見つめる視線に敵意がこめられていた。

仲良くなる気は毛頭ないので舌を出してやると、顔を真っ赤にして出て行った。

ああいう神経質なタイプはからかうと面白い。


「君だね。この道場に殴り込みをかけてきたというのは」


 老人の傍らにいた男が俺へと身を乗り出して尋ねる。


「そうだ。この道場で一番強い奴と戦いたい」

「何故このような事をしでかす。戦いたいのなら、正式に申し込みをすればいい事だ。
あるいは道場生として門下に入るなりすれば、何度でも戦える。
このような事は礼に反するとは思わないのか」


 諭すと言うより、非難する口調で男は言い募った。

周りを見ると男と同意見なのか、門下生は俺を明らかに馬鹿にするような目で見ている。

はっきり言ってむかついた。


「何言ってんだ、てめえ」

「なっ!?」

「俺はそんなちんたらお稽古をするつもりじゃねえんだよ、坊ちゃんよ。
剣は真剣でこそなんぼだろうが。お遊戯に興味はねえ」


 今はどうかは知らないが、戦国時代剣は人殺しの道具だった。

あの時代侍は人を倒してこその身の立て方をしており、剣はあくまで人を殺す技術であり腕だ。

奇麗事も理屈も関与しない人を斬るための術、それが剣術だ。

俺の言葉が癇に障ったのか、男は整った顔立ちを歪める。


「僕らのやっている事は遊びだというのか!
言っておくが、剣道とはそもそも剣を通じて人間としての礼を身に付ける尊い道だ。
あれを見るといい」


 男が指差す先には、漆塗りの一枚の板に綴られた黒字の文章がある。

剣道の理念とかかれており、内容としてはこうだ。


『剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である』、と。


一目見て男へと視線を向けると、男は重々しく頷く。


「分かったかい? 今の君の態度ややり方がいかに礼に反しているのかを。
大体その手に持っている木切れは何のつもりだ? まさかそれが剣だと言うのではないだろうね」


 男の言葉に同調してか、周りからクスクス笑い声が上がる。こ、こいつらは……

例に反するとか何とか言っておきながら、人を影笑うのは礼儀に反していないのかよ、おい。

男もやり込める事が出来たとでも思っているのか、得意げな顔をしている。

くっそ、どいつもこいつも――ん?

苛しげに門下生の連中を睨むと、端っこに正座して座っている一人の女に目がついた。

道場生達とは違うスポーティーな服装に身を包んでおり、女はリボンで髪を纏めている。

可愛いというより美人、美人というより凛々しさのあるその表情は俺への非難や嘲笑は全然ない。

むしろ道場やぶりをかけている俺を興味津々で見つめていた。

俺が何気に視線を向けると、気がついた女はうって変わって戸惑ったような笑みを浮かべた。

少し気分が良くなった俺は腕を組んで、寛大に笑った。


「剣に種類が決まっているのかよ」

「何だと?」

「竹刀や木刀では戦えて、木切れ相手では戦えないっていうのか?
誰がなんと言おうとも、こいつが俺の今の剣だ。文句があるのなら、てめえの剣で語れや」


 ひゅっと真一文字に一閃すると、笑い声がぴたりと止まった。

俺は一歩前に踏み出して、自分の剣の先端を門下生達に突き付ける。


「お前らの中で一番つええのは誰だ?ま、俺は全員と戦ってもいいぜ。
俺のやり方に文句があるんなら、てめえのやり方を見せてみろや」


 じろっと睨むと、門下生達はこぞって視線を逸らした。

フン。集団の中では強気なくせに、ちょっと脅すと前にも出れなくなる。

対一で戦う根性もない奴が偉そうに吼えないでもらいたいもんだな。


「どうした、ここの道場は腰抜けの集まりか?
お稽古でしか剣を振るえない飯事でもしてんのかよ」

「貴様……それ以上の侮辱は僕が許さ――」

「いいだろう。君の相手は私が務めよう」

「せ、先生!」


 怒りに身を染めて向かおうとした男を引き下げて、老人が前へ出る。

よしよし、そうでなくては意味がない。

雑魚と戦っても面白くないし、やっぱり腕試しはより強いほうが燃える。


「あんたが相手をしてくれるのか、じいさん」


「不満かね? こう見えてもこの道場では師範をしている身だ。
前先 健三郎と言う。君の名は?」 


 前先 健三郎? やっぱりこのじいさん、この道場の創設者か。

相手に不足なし。俺は自分を指差して堂々と名乗りをあげる。


「俺の名は宮本 良介。天下を求めている」

「天下……? 天下だと!?」


 俺の名乗りに、じいさんは心底驚愕したように目を見開いた。

な、何だこのじじい? 俺が天下を目指したら悪いってのか。

気を悪くした俺が睨むと何がおかしいのか、じじいは笑い声を上げる。


「はっはっは、そうかそうか。天下か! はっはっはっはっは」

「な、何だ、てめえ!? 何がおかしいんだ!!」


 床を剣で叩いて怒鳴ると、じじいは体を振るわせつつも首を振った。


「いやいや、君を嘲けている訳じゃない。むしろ感心しているんだ」

「感心?」


 疑問符をあげる俺に目もくれずに、じいさんは視線を横に向ける。

そこには先程興味的に俺を見つめていた女の子がいた。


「美由希君。世の中、捨てたものじゃないな」


 と、じいさんはそのまま俺を見つめて感慨深げに言った。


「世の中にはまだこんな男がいたんだな。天下を求める、か。いい心がけだ」


 な、何だこのじじいは?

笑ったかと思えば、いきなり俺を誉めやがった。

意味がわからずに戸惑っていると、じいさんは真剣な表情になって言った。


「内容は一本勝負。それで良いか?」

「あ、ああ、それでかまわねえ。チマチマやるよりいい」

「分かった。誰かこの少年に防具を貸してやって――」

「いらねえよ」

「ほう……?」


 俺は上着を脱ぎ捨てて、黒のTシャツ一枚になる。

片手に剣を抜き下げて、じいさんの対面に立った。


「俺はこれでいい。防具なんぞ重すぎる」

「き、貴様!? 先生、このような者を相手にする事はありません!!」


 俺の態度も文句をつけようとする男だったが、じいさんが即座に一括した。


「高瀬君、君は下がっていたまえ」

「は、はい……」

「道具なしか。ならば、私もこのままでいい」


 じいさんはそう言って、竹刀を持って稽古服のまま構える。

途端、対面にいる俺に圧迫感が押し寄せてきた。

防具無しというのは、決して俺を侮っている訳じゃないのだろう。

あくまで俺と対等に戦おうとしているのだ。

このじいさん、なんだか好きになれそうだった。

高瀬と呼ばれる男や周りの道場生にはない本物が感じられる。

俺は抜き身のまま、じいさんの前に立って表情を引き締めた。


「行くぜ、じいさん。いざ尋常に――」

『勝負!』


 開始の合図とともに、俺は剣を両手に持って思いっきり振りかぶった。


「え? も、持ち方が……」


 美由希と呼ばれた女の声が聞こえたような気がするが、かまわずに俺は突進する。

狙いはじいさんの頭上。

一足飛びで駆け抜けて、振りかぶった剣を容赦なくじいさんの頭へ振り下ろした。

と、その途端じいさんの姿が消える。


「なっ!?」


 勢いをそのままに上段から斬り付けた攻撃だったが、当たった感触は固い床だった。

避けられたと察したその瞬間、俺はそのまま床に転がる。

倒れて全身を軽く打ってしまったが、次の瞬間見上げると俺の立っていた箇所の胴体が一閃されていた。

くっ……まずいな。


「君はひょっとして……剣を扱った事がないのか?」

「あるさ、金のかからないやり方で練習した」


 悪態を吐きながらも、俺は内心冷や汗ものだった。

くっそ、やばい……

先程振り下ろした際の反動で利き腕に痺れが走っており、俺は反対の手で剣を握って腰元まで立ち上がる。

そのままの勢いで半回転して、じいさんの斜め下から切り払った。

否、斬り放とうとした。

しかし利き腕ではない事が災いしてか、剣速を高められない不十分な斬り込みとなってしまった。

じいさんは半角身を逸らして、あっさりと交わすと袈裟切りに打ち下ろした。

結果、俺の剣は跳ね飛ばされて床に転がる。


「あっ!?」


 転がる剣へと意識を向けたその瞬間、俺の眼前に火花が飛び散る。

直後脳髄に強烈な鈍痛と視界の暗転に、俺は脳天に一撃を入れられた事を遅まきに感じた。


「こ……、この……じじ……い……」


身体は言う事を聞かず急速に近づいてくる床を見つめ、俺は負けた事を――

負け……まけ……マケ……ぁ……


「うがあぁあああああああああああ!!!!」 


「グホっ!?」


 意識した訳じゃない。

ただ負けたくなくて、このまま終わるのが嫌で、俺は喚き散らして拳を前へ突き出した。

何かに当たった感触をそのままに、俺はそのまま闇へと沈んだ。





場違いな床の冷たさを感じつつ……



























<第七話へ続く>







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