とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第十三話







 レジアス・ゲイズ、時空管理局の地上本部においてトップとなった人物。異例の出世を果たしたこの人物は今や首都防衛隊の代表となり、辣腕を振るっていると人物評価を具体的に聞かされてる。

前代未聞の立身出世という点においては、俺なんぞを聖王に据えた聖王教会側も言えた義理ではない。実際この動きは明らかに聖地での騒動が起因となっており、事態を大きく動かしたと言えた。

宗教組織と立法組織、両組織が互いに支え合う立場であれば、組織内の激変に合わせて足並みを揃えるのは珍しい事ではない。ミッドチルダの人々も驚きこそあれど、この人事を概ね受け止めているらしい。


もっともこの動きの裏では、ジュエルシード事件より続く巨大な陰謀が渦巻いている。このレジアス・ゲイズ中将もまた、事件に大きく関与している人物であるらしい。


「あんたの上司が事件に関与しているというのは、変な話じゃないか? だってこの事件の捜査を元々始めたのも、あんたが居る部署なんだろう」

「ミッドチルダ地上での事件数は年々増加する傾向にあり、同じ部署でも担当する事件は異なる。戦闘機人に関する事件の調査は、私の部隊が行っていた任務だ」

「なるほど……そう言えば確か以前に、上司から捜査を中止するように命令があったと言ってましたね」


「……中止の命を下したのも、レジアスだ。目立った成果を出せず、このままでは強行捜査に踏み切る段階で君の助力を得られた。だからこそこうして続けられているのだ、改めて感謝する」

「もしも強行捜査に踏み切っていれば、研究所内に配備されていた多数の戦力により私達が危機に陥っていた可能性もあったもの。本当にありがとう、リョウスケ」

「思えばあの出来事から、私と貴方が関係を持ったのよね。命を拾ったおかげで、こうして貴方と私は結ばれたのかもしれないわ」

「俺の大事なカミさんを危険な捜査に出さないようにしてくれて、俺もお前さんには感謝しているぜ」


 思いがけずゼストチームやゲンヤの親父より絶賛を受けて、仰け反ってしまう。大の男に頭まで下げられたら、いくら俺でも嫌だとは言えなかっただけだ。知っている事を洗いざらい話しただけだからな。

後でジェイルに聞いたら、戦闘機人達や研究中だったガジェットドローンが多数構えていたらしい。メガーヌ達がどれほどの強者であろうと、多勢に無勢だったのは間違いない。

命を救われたと感謝してくれているが、どちらかと言えば命を拾っただけに等しい。俺自身が積極的に干渉した訳ではないからな、単純に彼らの運が良かったのだ。


適当に頷いておいて、もう少し事件の事情を聞かせてもらう事とする。


「あんたの上司が事件に関わっていると分かったのは、この異例の人事が理由なのか?」

「いや、以前よりレジアスには黒い噂がつきまとっていた。良い噂を聞かない事実を本人にもそれとなく聞いてみたのだが、別段反応はなかったがな」

「中将にまで抜擢されるほどの人物だ、多少の揺さぶりでは躱されるのがオチだろうよ。となれば、レジアス中将を抜擢した上層部こそが、真の黒幕ということか」


「"最高評議会"――旧暦の時代には世界平定に尽力した彼らこそ、此度の事件の黒幕と我々は睨んでいる」


 ギョッとして、思わず目を見張ってしまった。今まで頑なに話さなかった黒幕の正体を今、ミッドチルダの地上を守る大人物が自らの口で打ち明けたのだ。民間人に話していいことでは断じてない。

言い換えると、彼らは既に俺を一民間人とは捉えていない事を意味している。特別扱いされているというより、俺自身が彼らの事情に踏み込む過ぎてしまったのだろう。異世界に多大に関与し過ぎてしまった。

先程問い質された覚悟は言わば、退路そのものを断つ選択肢であった。ローゼやアギトの時と同じく、人間関係を断ち切れば確実に無縁でいられた。これ以上聞くことは決して、人生においてプラスばかりではない。


驚愕こそあったが、逡巡そのものはなかった。脳裏によぎるのは今後迫りくるであろう不穏な影ではなく、ナハト達ののほほんとした笑顔だった。踏み込んだからこそ生まれた子供達、会いたくなかったなんぞと言いたくない。


「俺が全資金を分捕ってやったのが、そいつらなのか。旧暦の時代からの功労者ともなれば、時空管理局設立の立役者とも言えるな」

「その通りだ。立場上は引退しているのだが、引退後にこの最高評議会を設立して強大な影響力を誇っている」

「立場上の引退となると、逆に厄介ですね……責任の所在は曖昧なのに、組織上の影響力は健在だから権力を振るう事が出来てしまう」


「僕たちが十分な証拠固めを、こうして時間を費やして行っているのも彼らだからこそと言える。進展を見せた途端に捜査チームまるごと、異動させられたからな」


 俺に協力させておいて延々と何の捜査を行っているのか文句を言っていたのだが、事件の背景を聞けば納得である。せっついていた自分が何だか申し訳なく思う。

最高権威であれば尚の事告発すれば巨大なスキャンダルとして叩き落とせると睨んでいたのだが、ド素人の思い込みでしかなかったらしい。実際証拠を掴みつつあったクロノ達は、為す術もなく左遷させられた。

考えてみれば時空管理局は単純な警察組織ではなく、ミッドチルダという次元世界を丸ごと管理する巨大な組織なのだ。憲政のみならず、行政や財政にまで関わっているのであれば、影響力は絶大だ。


「最高評議会が黒幕だとすると、先程名前に挙がったレジアス中将は彼らの命令を受けて動いているのか。組織の一員であればボスからの命令は絶対なんだから、仕方ないとも言えるんじゃないかな」

「私もそう思った――いや、思いたかっただけかもしれない。だからこそここまで悠長に時間を費やした挙句、彼を中将にまで昇らせてしまった。彼の正義を、肥大化させてしまったのだ」

「正義……?」

「彼は管理局員の中でも武闘派であり、地上本部での防衛予算や軍事費の拡大の重要性を常日頃から訴えていた。先程も言った地上での犯罪増加率を下げるべく、あらゆる手段を講じていたんだ」


「……俺が民間人だからかもしれないが、それって普通の事のように聞こえるんだが」


 平和ボケした日本人だという自覚は、日本を出てあらゆる事件に遭遇して嫌というほど思い知っている。修羅場を経験したからと言って、一般人が容易く英雄になれない事も痛感した。

何しろ人生の大半を、平和な日本で過ごして来たのだ。ここ数ヶ月戦場を渡り歩いたからと言って、急に一人前の戦士になんてなれない。お伽噺の物語とは違い、これは現実の出来事なのだ。

地上で犯罪が増加しているのであれば、軍備を増強して備えるという発想は至極当然に思えるる。軍備と聞くと確かに大袈裟に聞こえるが、携わっている立場の人間であれば発言に無理はない。


俺はそう思うのだが、クロノ達は否だと首を振った。


「リョウスケさんの考え方は、私達としても理解は出来ます。ただレジアス中将の場合は思想のみに留まらず、法を逸脱して行動に出ている事が危険なの」

「事件に関与しているのであれば、その理由も自ずと知れるでしょう、リョウスケ君。戦闘機人にガジェットドローンシリーズ、この研究成果がどのように扱われるのか」


「つ、つまり地上防衛のために、戦闘機人やガジェットドローンを使おうとしているのか」


 クアットロ達の戦力や能力、最新型であるローゼを司令塔にしたガジェットドローンシリーズ。彼らの有効性は、戦場で指揮していた俺が一番良く知っている。何しろ、実体験者だからな。

もしも戦闘機人やガジェットドローンシリーズの量産に成功すれば、魔導師達に変わる新しい戦力となり得るだろう。軍備増強なんて生易しいものではなく、国家一軍に匹敵する巨大戦力が誕生する。

ローゼがアホだから序盤から計画が頓挫した形となっていたが、もしもあのアホンダラが立派な指揮官となっていれば今頃時空管理局の地上本部は次元世界最大最強の軍隊ととして生まれ変わっていたかもしれない。


なるほど、確かにレジアス中将の思想とも合致する。最高評議会の連中は、計画に相応しい人材を選出していたということか。


「俺もまだ異世界の事情に詳しくはないんだが、クイント達の目から見ても地上の防衛戦力はそれほど危ういのかな?」

「この場で言うのは躊躇われるのだけれど……レジアス中将は突出した力を持った魔導士達を多く保有している次元航行隊、いわゆる本局に強い不満と懸念を持っていたの。
本局側と地上本部側の保有する戦力には、大きな差がある。それは私達も実感していた問題点ではあるわ」

「過去に大規模な犯罪に関与していた者も、優秀な人材であれば積極的に取り込もうとする本局の寛容性にも疑問視は多くある。地上でも行っているのだから、お互い様とも言えなくはないけどね」

「地上よりも次元世界全体の安定ばかり重視していると、レジアスは常日頃から訴えていたのは確かだ。俺としても、彼の苦悩には共感する点もあった」


 実に、耳の痛い話である。プレシア・テスタロッサ、アリシア・テスタロッサ、ローゼにアギト、ジェイルやクアットロ達。世間の問題児達を、その寛容性に頼って許して貰っていたのが俺なのだから。

たとえ犯罪を犯した者達であろうと罪を償う機会は与えられるべきだと、自分の都合から俺は管理局の理念に甘えていた節はある。救われていたのも事実だ、否定はしない。というより、出来ない。

事件を起こした事に理由があれば許されるのであれば、法は意味を成さない。罰は下されるべきだというのは至極もっともであり、他人事であれば大いに賛同していただろう。


当事者ならば寛容性に甘え、他人事であれば弱腰だと批判する。この辺りも、俺が一庶民である証かもしれない。


「ゼスト隊長達からすれば考え方自体には賛同できる点はあるけれど、法を犯すやり方は見過ごせない。だからこそ証拠を固めた上で、彼らを何としても検挙するつもりでいるのか。
どうせあんた達の事だ、ド派手な逮捕劇ではなく、地味な証拠固めに基づいた内部告発に打って出るつもりなんだろう。

そんな真似をしたら、部下だったあんた達だって無傷ではいられないぞ」


「かまわない、私は彼と心中する覚悟を固めている」

「心中と言っても、あんた……部下のことだって」

「私も同じ気持ちよ、リョウスケ。ここまで来た以上、ゼスト隊長と運命を共にするわ」

「命がけでここまで捜査を続けてきたもの、最後までやり遂げてみせるわ」


 ――いい大人が揃いも揃って何を言ってやがるんだ、こいつら……呆れて、溜息も出ない。


刑事ゴッコはあくまで、ドラマの中だけで演じるものだ。現実世界で興じてどうする。ハッピーエンドで終わるのは、脚本ならではの都合でしかない。現実は、生きる人々の都合なんて考慮しない。

左遷された上に上層部を訴えるなんて真似をすれば、今度は首切り以上に悪化する危険性もある。正義感での行動であろうと、組織を乱す人間なんて邪魔でしかない。

地上本部を指揮する中将や最高評議会を失墜なんてさせたら、次元世界がひっくり返るスキャンダルに発展するだろう。当然時空管理局のブランドは汚され、信頼は地に落ちるに違いない。

その渦中にある彼らは、大怪我を負うだけではすまない。いい年して、子供じみた真似をしないでもらいたい。自分達が良くても、関係者が悲しむと分からないのか。


立派な大人だと思う、高潔な人間だと尊敬もしている――だが俺の関係者であるのならば、断じて許すことの出来ない行為だ。


「大袈裟に考え過ぎじゃないのか、あんた達は」

「いや、レジアスは私の――俺の大事な、友である。友が間違いを犯しているのであれば」


「友達だったら尚の事、更生させるべきだろう。すれ違ったままで関係を断ち切るつもりなのか、あんたは。
さっき、あんたは俺に感謝してくれたじゃないか。俺の協力により作った時間を無駄にしないでくれ」


「君の作った時間……?」

「主犯のジェイル・スカリエッティを自首させて、戦闘機人達は俺が今面倒を見ている。技術をすべて奪い、資金を分捕り、支援や援助を断ち切り、関係の深い聖王教会も俺を担ぎ上げている。
この状況下でレジアス・ゲイズを地上のトップとして担ぎ上げた狙いは、明白だ。あんたが友とまで言って惚れ込んだ人間を旗印として、俺と同じ手段で再起を図るつもりだろう。

何から何まで全て奪い取った俺を、必ず目の敵にしてくる。俺に注意が向いているその隙に、あんたはレジアス中将を説得して連中から縁を切らせればいい」

「何だと……!? しかし今更もう、俺達は――」


「俺はかつて、殺し合いにまで発展してしまった関係を修復できた。まだわだかまりは残っているけれど、少しずつでも必ずやり直してみせる。
心中なんて物騒な事を言わないでくれ。死んでなければ、いつだってやり直せる――それは時空管理局の、大切な理念でもあるんだろう。

ジュエルシード事件では、クロノやリンディは俺にプレシアを説得する機会を与えてくれた。そんな立派な理念を、俺の前で否定しないでくれよ」


 クロノ達は俺に感謝していると言うが、機会を与えてくれたのは彼らだった。救われる機会もなく、切り捨てられていたら、プレシアやフェイト、アリシアは不幸になっていただろう。

リスティ・槇原を叩きのめし、高町美由希を斬った。いっその事逃げ出しても良かったのに俺が立ち向かえたのは、信じられる人が居たからだ。信じることの大切さを教えてくれたからだ。

他人から目を背けるのは、非常に簡単だ。だが背けてしまえば、人間関係は作れない。全ての人と関係を作ることは出来なくても、向き合う前から無駄だと切り捨てるのは絶対に間違っている。

友達だというのであれば尚の事、訴えかけていくべきだ。罪を犯しているからと言って、ただ断罪して切り捨ててしまうのはあまりにも悲しい。


人を斬るなんてのは、剣士だけで十分だ。優しく気高いこの人達に、大切な人間を斬ってもらいたくはない。


「先程も言った通り、協力はさせてもらう。捜査は引き続き行いながら、より良い解決方法を模索していこう」

「……かつての関係には戻れずとも、か」

「ああ、聖王教会の代表となってしまった以上、地上本部のトップとなったレジアス中将とも話す機会はあるだろうからな。説得する材料を探して――モガっ!?」


「よく言ったわ、我が息子! なんていい子なのかしら!」

「勝手に貴方の子だと決めつけないで!? 私が聖地で彼を立派に育てたんだから!」


 クイント・ナカジマの豊かな胸の間でもがき苦しみながら、メガーヌ・アルピーノのやわらかい手で引っ張られるこの地獄。人間関係というのはこうも恐ろしいものなのか。


「隊長さんよ、俺もこいつの言う通りだと思うぜ。こいつのおかげで、俺達には機会が与えられている」

「ええ、ジェイル・スカリエッティ及び戦闘機人達を自首させた事は非常に大きい。彼らは聖王のゆりかごを保有していたと聞きます。
ミヤモトが彼らを更生させなければ近い未来、次元世界を揺るがす最悪の事件に発展していたかもしれません。その可能性の芽は、摘まれているんです。

それに言い方は悪いですが、ミヤモトが聖地で白旗の活動を通じて戦闘機人達を運用していますからね……治安維持活動のための戦力化、という点は皮肉にもミヤモト本人が証明しています」

「レジアス中将の理念や苦悩は、私達としても共感できる部分はあるんです。これは時空管理局という組織全体が抱えている、問題そのもの。皆で考えて、改善していくべきでしょう」


 クロノやリンディがいい事を言っている隙に、美人捜査官二人を引っ叩いて黙らせる。ひとまず事件解決の方向性を見出した所で――


「提督、まずは俺の戸籍問題について真っ先に議論してもらいたい」

「クスクス、はいはい早急に行うわね。いっそ、うちの子になってみない?」

「冗談でもやめて下さい、母さん。彼が兄になったら、僕の神経が持たない」

「何だと、こら!? 俺の人間性に問題があるとでもいうのか!」


「子供が出来たと聞いているんだぞ、こっちは! 全く、事件よりも一体君本人の人生はどうなっているんだ!」

「げえええええ、バラしやがったなメガーヌ!?」



 ――こうして初日の会議は、俺の戸籍問題という実に平和な議題に終始した。











<続く>








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