とらいあんぐるハート3 To a you side 第十楽章 田園のコンセール 第十一話
空条創愛、今では児童養護施設と呼ばれている所でほぼ同時期に引き取られた女である。
幼馴染という単純な関係ではなく、合わせ鏡のように影響を及ぼして関係を重ね合った人間である。仲が良かったと言えるかどうかは、正直定かではない。
所詮男と女、ガキの遊びといえど違ってくる。俺は外で遊ぶのが好きだったが、こいつは中で静かに過ごすのが好きであった。何から何まで好みが違っていた。
一緒に居たというより、常に肌で感じていたと言うべきか。忍とはまた違う縁で、こいつはいつも視線の片隅にいた。話し、遊び、飯を食い、風呂へ入り、寝る。日々の生活の中に、お互いがいたのだ。
俺は乱暴者で嫌われており、こいつは無感情で好かれていなかった。男なんて粗忽者は受け入れられず、女なんて不細工は弾かれる。だからこそ俺達は、一人を満喫することが出来ていた。
「昨日の今日でお前が来るとは、よほど暇だったのか」
「ええ、忙しい日々が続いていたので少しの間休むことにしたの。見ての通り此処で本を読むついでに、貴方と会ったのよ」
普通の女であれば照れ隠しだと異性の心をくすぐってくれるが、こいつの場合多分本当なので厄介だ。あの母親にだって今日、此処へ来ることは言っていない。俺と会えたかどうかは、分からないのだ。
結果として各国の外国人達に囲まれる始末となったのは実にざまあないが、あれ以上騒がれると俺まで迷惑を被るので施設見学は中止。妹さん達に外国人達を丁重に追い払って貰い、休憩室で二人きりになった。
男と女、二人きりになっても全く動揺も何もしない。匂い立つほどの美少女となった過去の女を前にしても、多少の驚きはあっても感慨はなかった。相手だって、似たような心境だろう。
休憩室に設置されていた自動販売機の前に立つ。
「アイスストレートティーをお願いするわ」
「自分で買え」
「今自動販売機の前に立っているのは、貴方よ」
「俺が買った後で、勝手に買えばいいだろう」
「私に買わせたいのかしら、亭主関白なのね」
すました顔で言われた、実にムカつく。ガリガリだった頃はまるで女のような性質の悪いジョークだと馬鹿にしてやれたのに、美人になってしまうと男が負けになってしまう。
不愉快な生き物になりやがった。
「買ってほしいなら、小銭を出せ」
「いいわ、それなりに財を成しているもの。お札で頬を引っ叩いてあげる」
「何故、無駄な攻撃を入れるのか」
「男の夢だと昔言っていたでしょう、叶えてあげる」
「男のジョークを女が叶えるのは洒落にならないぞ」
ちょっと話してみて分かったが、全然変わっていない。海鳴へ来て随分と色々な個性を持つ人間達と出会ったが、ここまで性質の悪い女は居なかった。性格が悪いのは居たが、さらに性質が悪いと手に負えない。
基本的に同種の人間なので、ジャブの応酬になってしまう。不毛に傷つけ合って、互いの自尊心を守る馬鹿共なのだ。俺は男だから別にいいが、見た目がいい女がやると極悪である。
憎たらしいからホットコーヒーを買ってやると、あろうことか俺の分である日本茶を奪い取って飲み出した。口をつけた奴の勝ち、孤児院ルールを熟知した汚い手段だった。
間接キス程度で恥ずかしがる精神など持ち合わせていないので簡単に奪い返せるが、単純にもう量が減っているのでやめておく。コーヒーだって別に嫌いじゃない、熱いけど。
「今日はひたすら忙しいから、お前と遊んでいる余裕はないぞ」
「かまわないわ、居場所は特定しているもの」
「……そう言えばお前、何で俺がこの時間に此処へ来ることを知っている?」
「貴方の捜索は、世に名前が知れ渡る前から各所に依頼して行っていたわ。一箇所に留まらないから特定に随分苦労させられたけど」
「いちいち探していたのか、お前!? その様子だと、まだあの孤児院から出ていないみたいだが」
「あの孤児院はもうないわ。母さんは移設と言ったのでしょうけど、実質は多額の資金援助と支援を受けた再建よ」
――当時の孤児院は言うなら、自分の家であった。帰る場所はあそこにしかなく、故郷だと言えるのもあの施設しかない。子供の頃の思い出なんてアルバムさえ残っていないので、このまま風化するだろう。
家なき子となってしまっても、俺達の間に寂しさはなかった。親に捨てられた俺達は、その時点で帰る家を失っている。施設はどう美化しようと、結局施設でしかない。
俺は旅することを選んだが、こいつは施設に留まったままだった。自分の家だと、愛着を持っていたのではない。ゴミはゴミ箱に、捨て子は施設に居るのが相応しいのだと、割り切っていただけだ。
俺は自分と他人で隔てていたが、こいつは自分と自分以外で隔絶していた。
「人が増えるのは好ましくないけれど、孤児が多いというのは平和な証拠かしら」
「普通、逆じゃないのか?」
「児童養護施設が必要とされているのだもの、私達のような捨て子を育ててくれる国が平和でなくてなんだというの」
言い分はある程度理解できるが、それにしたって極端な考え方だと思う。捻くれているのではなく、むしろ達観してしまっている。俺も結構自分勝手に物事を考えるので、耳が痛くなる。
昔から、こういう奴だった。難しい話だと思っていたが、今になって思うと単純にこいつの頭がどうかしていると言うだけだった。人斬りとなった俺が言うのも何だが、物騒極まりない女だ。
人の愛情を信じれず、それでいて国や人の温情を受けてでしか、生きていけなかった女。そんな自分を含めて、蛆虫としか思っていない。つまらなく、悲しい女だった。
なら自分はどうだと言われると、少々自信がなくなる。俺だって所詮、こういう奴だと思ってしまうから。
「難しい話はよせと言っているだろう、変わらない奴だな」
「ええ、ごめんなさいね。久しぶりに貴方の顔を見て、口が軽くなっているのかもしれないわ」
「昔から、俺の顔を見る度にあれこれよく分からない事を言っていたな」
子供の頃なんて基本的に益体のない話しかしないものだが、俺達も生産性のない話しかやっていなかった。子供らしく、漫画やアニメの話でもしていた方が楽しかったかもしれない。
仲良くやっていたつもりはないので、何で話をしていたのかと聞かれるとよく分からない。何となくとしか言いようがないし、話しかけられたからだとも言える。
後はやはり、こいつのオヤツや飯を狙っていたのも大きい。ガリらしくあまり食事をしないので、よくご相伴に預かっていた。取引が死ぬほど大変だったけど。
こいつは食わないくせに、俺に差しだすのを何かと嫌がるのだ。食べないのなら、それこそ食事なんてゴミだろうに。
「お前、あれからちゃんと食べるようになったのか」
「見ての通りよ。私の身体が気になるのなら、触ってもかまわないわよ」
「俺が胸とか尻とか触ったらどうするんだ、お前」
「特に何も。貴方であれば、性的な嫌がらせだとは思わないもの」
セクハラではないのだと、気を許しているのではない。風呂まで一緒に入ったのだから、性的に感じないのだと感覚的に慣れているだけだ。あの忍だって、風呂で裸を見たら恥ずかしがるのに。
大きくなったと言うが、そもそもガリガリだった女が急激に太ったのではない。見目麗しく、子供から女性になったと言うだけだ。俺が人間になったように、こいつも心境の変化で女となったのだ。
俺と別れたことが原因だというのなら、男としてこれほど情けないことはない。一緒に過ごしていた時は痩せっぽちのブスだったのに、離れた途端に女らしくなったのだから。
俺の心境を読み取ったのか、艶やかな唇を柔和に描いた。
「どこかで野垂れ死んでいるかと思った事もあったけれど、まさか本当に剣で立身出世をするとは思わなかったわ」
「お前もニュースを見たのか」
「言ったでしょう、逐次貴方の事は調べていたわ。新聞やテレビは勿論、ネットでも国際的なニュースで話題となっていたもの。日本の侍と持て囃されていた人の顔を一目見て、貴方だと分かった。
日本では活躍する機会に恵まれなくて、海外にでも飛び出したのかしら」
「お前でも想像の付かない複雑怪奇な理由があったんだよ、いや本当に」
「ええ、そうでしょうね。爆破テロリストを相手に立ち回って多くのドイツ国民を救出、要人を人質に取った武装集団を相手に交渉を持ちかけた後に殲滅。映画でも見ていた気分よ」
……俺は本当に、何をしにドイツへ行ったのだろうか。結果として利き腕は治せたのだけれど、自分の腕一つを治すのにドエライ苦労をさせられてしまった。
しかもそれほど苦労しておいて、剣の意欲が失われてしまったのだ。本末転倒すぎて泣けてくる。過去の女に言われてしまうなんて、俺も落ちぶれてしまったものだ。
「何だよ、カッコイイとでも思ってくれたのか」
「ええ、勿論よ」
「えっ、本当にそう思ったのか……!?」
「私を女として見てくれた貴方しか、私は男だと認識していないわ」
「女として扱ってはいなかったぞ、俺は」
「私は貴方を無価値とは思っていない、それでいいのよ。むしろ今になって評価されるのは困ってしまうくらいに」
「せめてそこはちゃんと褒めろよ」
「貴方だって、私を今になって褒めたくはないでしょう。それとも私を、女として抱いてくれるのかしら」
「淑女たるもの、自ら男を求めてはいけない」
「そうでしょう、私も貴方も本質は変わらない。どれほど出世しても、どれほど女となっても、私と貴方は完全な人にはなれないわ」
――息が、詰まった。
もしかすると俺は人の心を得たから、剣士になれなくなったのではないだろうか……?
剣の意欲を失ったのは、人として充実を得ていると考えると納得できる部分はある。実際今は忙しさにまみれてしまい、剣の事をあまり考えなくなってきている。
ならば人を手放してしまえば、俺は再び剣を取れるのか。十分に、可能性はある。他人が誰も居なくなってしまえば、俺に残されるのは剣だけだ。
シュテル達も何もかも捨ててしまえば、俺は剣士として再起できる。しかしそれでは、元に戻るだけ。一人で生きて来た、あの頃の貧弱な自分に回帰してしまうだけだ。
人としての強さを捨ててしまえば、才能がない俺には何も残らない。
「あら、迎えが来たみたいね。私も忙しいから一旦帰るわ」
「むっ……妹さんが呼びに来たのか」
会議の時間となったらしい、自由行動はこれで終わりだ。折角の再会となったのだが、全然懐かしさも感動もないものとなってしまった。特に望んでいないけど。
こいつは容姿以外何も変わっておらず、悪質で偏屈なままだった。こいつから見て俺は有名にこそなっても、本質は独り善がりなままだと判断したのだろう。
だから、こいつは笑っている――自分と同じだと、哂っている。
「仕事を済ませたら、また会いに来るわね」
「とっとと消え失せろ」
「連絡先を教えてもらえるかしら?」
「俺が素直に教えるとでも思っているのか、お前は」
「そうね、貴方本人に連絡しても無駄ね。あの子を通じて連絡するわ」
「妹さんの連絡先……? 馬鹿め、あの子がそう簡単に心を開くとでも――おい、何をする気だ!?」
呼びに来た妹さんに、ガリは何やら耳打ち。そして自分の持っていた本の表紙に何やら書いて渡すと――なんと妹さんが飛び上がって、ペコリと頭を下げた。恐縮して、連絡先を交換してる!?
どうしたんだ妹さん、どんな相手でも動じない無敵の王女が何故あんな女にそこまで平伏している!? 催眠術か、洗脳か、あの女はついに悪魔にでも変貌したのか!?
出会い頭に、剣でぶった斬ればよかったか、ぐぬぬ……
本を手に何やら感激している妹さんに、俺は拳を震わせるしかなかった。妹さんとメル友になりやがった、おのれー!
<続く>
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