とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第十話






 怪我は大方完治している。

居間から庭に降りた俺は、対面する相手に睨みを入れる。


「本気で俺に勝負を挑む気か? 真剣勝負に、手加減なんかしねえぞ」

「別にええよ、本気で」


 悠長に準備運動などして、同じく庭に下りたレンは身体を整えている。

本人なりに気合を入れているのか、エプロン姿からチャイナ服に着替えていた。

手足を動かすその動きは洗練されていて、しなやかさが感じられる。

なるほど・・・俺に喧嘩売るだけあって、運動神経はよさそうだ。

だからといって、俺に勝負を挑むとは無謀な奴め。


「約束は守れよ。お前が負けたら、恭也達の居場所を俺に教えろ」

「うちが勝ったら、今日一日言う事聞いてもらうで」


 んな事100%ないのに、つくづく馬鹿な奴。

先程言い争いになって、何故か勝負に発展した俺とレン。

このコンビニのガキが挑んだのは、よりにもよって一本勝負だった。

ルールは簡単。

どちらかが相手に一撃を入れたほうが勝ち。

時間は一分間。

何で一分間なのか問いただすと、


『しんどいやんか』


 と、舐めた返答を返してきやがった。

本気で戦う気があるのか疑わしい答えに、さすがに温厚な俺も怒った。


『お前な、自分から申し出ておいて何だその―――』 

『・・・一分言うたら一分!
何や? 一分でうちを仕留める自信がないんか、良介』

『瞬殺してくれるわ!』


 ・・・冷静に考え直してみると、のせられた気がする。

大体何で一分間にこだわるんだ、こいつ?

体力がないにしても、小学生だって五分は全力で動けるだろう。

身体でも弱いのかどうか気になったが――そんな訳はないと考えを切り替えた。

顔色良いし病弱には全く、これっぽちも、全然見えない。

俺を一分以内で倒せると考えているなら、その認識を改めてやろう。

幸いこの家の主は誰も居ないので、決闘場所は庭に決めて場所を移す。

その際獲物がないのに気付いたが、レンはしらっと「竹刀あるから使いや」と言って庭の道場に案内した。

――言っておくが、嘘じゃない。

本っ当に、ここ高町家の庭には立派な剣道場が建てられていたのだ。

この前の爺さんほど立派ではないが、それでも町道場クラスはある。

よく見れば庭も広く、清掃されて草花が生き生きと咲いていた。


『・・・おいおいおい! あいつらって、実はそれなりに金持ち!?』


 家だって一般家庭が持てるレベルを超えている。

部屋数も多いし、居間や台所はとても広かった。


『・・・うーん、どうやろう。
でも、お弟子さんは美由希ちゃんだけやよ』

『何で? 恭也だっているだろ。
親父さんが道場主なのか?』

『あー・・・その辺はうちが話していい事やないから』


 そう言って道場の鍵を開けて中に入り、竹刀を持って来てくれた。

本当は中をのぞきたがったが、強行に反対されたので止めておく。

場所を教えないのと同じで、神聖な鍛錬場だからという事だろう。

俺が入ると汚れると言外で指摘しているのは腹が立つが、この勝負で鬱憤を晴らせばいい。

借りた竹刀は作りこまれていて、山で手に入れた剣(木切れでも剣)よりはるかに使いやすい。

これで俺の負けはなくなった。


「なのちゃんは審判お願いね」

「はいー! 良介おにーちゃんもレンちゃんもがんばって!」


 庭先でにこにこと、なのはが応援を入れる。

・・・ま、開始の合図だけだから別にいいけどよ。

本当は道場でやりたかったが、こうして春の陽気な天気の下でやるのも悪くはなかった。

風もほどよく気持ちが良くて、熱くなる身体を適度に冷ましてくれる。

俺達は対峙し、俺は持っている竹刀を一振りする。

びゅっと小気味いい音を立てて、思い描いた奇跡をそのままに辿る。

手に持つ感触が、一ヶ月ぶりに闘志を奮い立たせてくれた。

・・・相手がこんなんだけど。


「最後に聞くけど、お前素手で俺とやる気か?」

「んー、それでもええけど、折角やしうちも使うわ」


 機嫌が良さそうに、鼻歌まじりに庭を横切る。

その様子を怪訝な思いで見守っていると、レンはそのまま洗濯物を干している場所へと向かい、そのまま竿を――


「って、おいおいおい!? そんな物、使うのか!?」


 細長い洗濯竿を手にして、レンは軽やかに振り上げる。


「うちが毎日扱ってるもんやで。使い慣れてるんや」

「毎日使ってりゃいいってものじゃないと思うんだが・・・」


自分の身長を明らかに超える長い竿を、自由自在に振り回せるのだろうか?

下手に扱えば、自分や周囲の器物を壊す羽目になる。

そこまで考えて――首を振る。

相手の心配をしてどうする。

喧嘩を売ってきた以上、誰でどんな戦い方だろうと倒すだけだ。

近頃心の芯ががぬるくなっている気がする。

お人好しの連中に感化されて、自分まで変わってしまっては駄目だ。

気を引き締めて、俺はもう一度竹刀を振る。

単純だ――

この竹刀を、ただ目の前のガキに振るえばいい。


「・・・始めるか」

「ええで。なのちゃん、合図。言葉は何でもええから」


 互いに距離を取る。

遠くも近くもない、平均的な間隔。

大よそ、人が最初に並ぶ他人との位置関係――

剣の持ち方は美由希に学び、既に馴染んでいる。

言葉と思考を消し去って、目の前に集中して俺はしっかりと握り締めた。


「では――はじめてください!」


 何で敬語なんだ、お前。

一瞬なのはの声に力が抜けた瞬間――



















――身体が悲鳴を上げた。



















(・・・っ!?)


 対戦相手はレン。

コンビニで出会って追いかけられ、ひょんな事から再会したガキ。

料理が美味く、言葉遣いのおかしな中国娘。

その認識が・・・一瞬で蹴散らされた。


「・・・」


 俺と同じく、レンは竿を両手に持って俺に視線を向けている。

中心に手を置いて、一直線に向けられる竿。

重心をやや下に置き、地に足を添えてどっしりとした安定感を見せている。

自分の身長を考慮しての姿勢なのだろう。

向けられる視線は静かで、とても真っ直ぐだった。

気配とかそういう概念は俺には分からないが、不思議と綺麗だと思えた。

隙のない構えとは――こんなに綺麗なのだろうか?



気をつけろ、あれは物干し竿じゃない。



頭の何処かが注意を促し、身体の全身が緊張に震える。

なるほど―――使い慣れている・・・・・・・んだな。


(・・・踏み込めない?・・・)


 レンの前に壁があるかのように、足が前に出ない。

竿の長さは竹刀の倍以上はある。

俺が間合いに飛び込む前に、奴の獲物が俺を貫くだろう。


「・・・言うだけあるな、お前」

「ふふん・・・ちょっとは見直したか、良介」


 レンはあくまで余裕だった。

攻めあぐねている俺を見抜いているかのように、せせら笑っている。

嘗めやがって・・・

ぎゅっと竹刀の柄を握り締める。

爺さんの時を思い出せ。

力量は圧倒的に相手が上だったが、俺は勝てた。

爺さんに比べれば、こんなガキ・・・


「シャっ!!」 


 間合いを近付ければ勝てる!

踵で地を蹴り爪先を爆発させて、一足飛びでレンへと近づく。

奴が対処するより早く竹刀を振り上げて――



「――ッ!?」



 胸に激しい衝撃を受けて、声も出ず仰け反る。

身体が背後から引っ張られるように浮き上がり、地面に激突し背中から大インパクトを食らった。

呼吸困難に喘ぐ瞬間――地面に落下した竹刀の音が響いた。

























<第十一話へ続く>







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