とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第九話
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月村の家が洋風なら、こちらは和風だろうか?
炊きたてご飯に大根と油揚げのお味噌汁、ブロッコリー・キャベツ・チーズのサラダ。
目の前に広がる栄養価の高そうな献立が、レンが俺に作ってくれた朝ご飯だった。
高町家の朝は早いらしく、他の連中はもうすませてしまったらしい。
桃子とフィアッセは喫茶店へ行き、晶は何か稽古があるとか出かけたしまった。
稽古と聞いて剣の修行かと思いきや、本格的に空手を修練しているらしい。
見た目はそんな風には見えないが、本格的に頑張っているとのこと。
結局この家に残っているのは、レンとなのはだけだった。
この二人に、あの兄妹が何処に行ったかを聞き出さなければいけない。
で、早速聞いたのだが―――
「教えられへんな」
朝食担当者からの一言で、俺の目論見は終わった。
俺はテーブルに激しく突っ伏しそうになるのを堪えて、言い寄った。
「何でだよ。教えてくれてもいいだろ、ケチ」
「あんたの考える事なんかすぐに分かる。
押し掛けて試合とか挑むつもりやろ?あかん」
小柄な体格ながらに、目に浮かぶ意思の光は大きい。
こういうタイプは怒鳴ったら逆効果になりかねない。
サラダに含まれたカッテージチーズを口に含んで、
「別に邪魔するつもりはねえって」
「あんたにそのつもりがなくても、おししょーや美由希ちゃんはそう思えへん」
・・・・確かにそうだけどよ。
「ひょっとしたら歓迎してくれるかも知れねえじゃねえか。
それこそ、お前の心配しすぎかもしれないぞ」
「それはあんたがそう思いたいだけや」
「お前がそう思いたいだけかもな」
激しい火花を散らす。
雲一つない快晴の下で、春の穏やかな陽気に包まれての朝景色。
清々しい朝の食事の風景が、ここ一角だけ激しく変色していく。
レンはじっと睨みつけてきていたが、やがて肩を落とす。
「言い出したらきかん性格やな、あんたは」
「本物の男ってのは一度言った事は曲げないんだよ」
「・・・言葉はかっこいいけど、味噌汁すすって言うたら魅力半減やで」
うるさいな、お前の作った食事が悪いんだ。
俺より年下っぽいくせに、何だこの年季の入った味噌汁は。
その辺の定食屋さんが土下座しそうな深みのある味だった。
ダシがきいていて、わかめ・豆腐・油あげが舌を喜ばせる。
レンは少し視線を落とし、
「・・・・おししょーも美由希ちゃんも真剣やねん。
これは別にあんたが真剣やないって言ってるわけちゃうで?」
「・・・ああ」
俺は素直に頷いた。
人を馬鹿にしまくる小娘だが、本気で言っているのは分かる。
「おししょーは美由希ちゃんを本気で鍛えてる。
美由希ちゃんはおししょーに必死で応えようととしてる。
その二人の間は・・・・誰にも入られへんし、入ったらあかん領域やと思う」
場が静まり返る。
いや、元から三人しかいないけど。
レンの重みのある言葉に、俺は言葉を失った。
同じ剣の道を志している者として、レンが説いた理屈は通じるものがある。
二人がどのような剣術を学んでいるのかは、流派の名前しか聞いていない俺には分からない。
仮に門外不出であったり、流派そのものに強い思い入れがあったとする。
そうなると、俺が行けば邪魔どころか迷惑にしかなりえない―――
「そっか・・・・」
奴等に嫌われるのはかまわない。
今度も親しくするつもりは一切ないし、誰が迷惑に思おうが知った事ではない。
毛嫌いされるのは慣れている。
目的さえ果たせればそれでいいし、俺が強くなる為ならば何だってする。
―――のだが、目的そのものが破棄になるのはまずい。
俺の目的は高町恭也、あいつと戦う事だ。
戦闘とは相手が居る事で成立する。
肝心の恭也に拒否されれば、戦いそのものが成り立たなくなってしまう。
不意打ちとか奇襲を仕掛ける手もあるが、それはそれで卑怯でかっこ悪い。
実戦という意味では立派な戦法の一つかもしれなくても、あいつには実力で勝ちたかった。
となると、どっちにしても帰るのを待つしかない。
レンが駄目でも他の人間だったら―――
「わ、わたしもだめですよ!?
おにいちゃんとおねえちゃんに怒られます」
・・・だよな。
期待した俺が馬鹿だった。
野郎なら力づくで聞き出すんだが、こんなガキ二人にそんな事やるのもみっともない。
探し回るにも「山」だけでは全然分からない。
この町一つにしても、海と山に囲まれており規模は広い。
探し出すだけでも、素晴らしい労力を費やしそうだった。
「分かったよ。諦めればいいんだろ、諦めれば」
「そうそう。物分りがいい奴は嫌いやないよ、うち」
お前に好かれたくねえよ。
八つ当たり気味に御飯をガツガツと頬張って、お代わりを要求した。
朝御飯を食べた後、俺は居間のソファーでくつろいでいた。
レンは台所の後片付けをしており、なのはは洗い物の手伝いをしている。
ゆったりとした質感を背に、俺は考え込んでいた。
(どうすりゃあいいかな・・・このまま引き下がるのも癪だし)
恭也と美由希がどのような修行をしているのかは分からない。
ひょっとしたら学校の部活レベルの合宿かもしれないし、それ以下かもしれない。
追いかける意義なんか、本当はないのかもしれない。
―――などと自分を納得させようとしても、気持ちは落ち着かない。
高町恭也、初対面から気になってた男ではある。
返り血を目立たせなくする為の黒の偽装を身に纏って、強烈な存在感を醸し出していた男。
整った容貌はとても静かで、真っ直ぐな目はただ俺に向けられていた。
正面から相対しながらも、殺気や闘志が見えない透明な気配の持ち主。
逃げの一手を辿ったが、もしあの時戦っていれば――――
「も、勿論俺の大勝利だったに決まってるけどな」
脳裏に浮かんだ不吉な影を振り払う。
地面に転がる被害者を前に対峙した、闇夜に立つ恭也の影―――
「・・・・知りたいな」
奴が手に携えていた二振りの刃。
繰り出される剣技は如何にして人を切り結ぶのか?
くっそ、考えれば考えるほど興味が湧いてきた。
やっぱり探しに行ってみようか?
どうせ、今日は予定もないし・・・・
などとあれこれ考えていると、台所からエプロン姿のレンが顔を出す。
「あんた、今日何か予定ある?」
「・・・さっき予定がなくなったとこだよ、この野郎」
嫌味を込めて言ってやったが、相手は涼しげに笑うだけだった。
なかなか年季の入った奴である。
「じゃあちょっと頼みたい事があるんやけど・・・」
「俺に?やだよ、面倒くさい」
切って捨てる。
確かに暇を持て余しているが、ボランティアする気はない。
さっさとこの家からおさらばした方がいいかも。
「何もそんないけず言わんでもええやんか。暇なんやろ?」
「面倒だっての」
人に善意を要求するとは、ずうずうしいガキである。
しっしと手を振って追い払おうとすると、生意気にも怒ったのか柳眉をつり上げる。
「・・・うちがこれほど頼んでもあかんか?」
「しつけえな、お前も。やだったらやだ」
こうなったら意地だ。
絶対の絶対に言う事なんぞ聞かない。
息がかかる程顔を寄せ合って、互いを睨み合う二人―――
先に根負けしたのはレンの方だった。
疲れたように嘆息して、何も言わずにそのまま背を向けて離れていく。
勝った・・・・と、俺も何も言わずにただ笑みを零す。
が―――それは俺の勘違いだった。
レンは俺と距離を取って突然振り向き、表情を見せる。
強烈な怒りに満ちたその顔を―――
「・・・教えたろか?おししょーと美由希ちゃんの居る場所」
「・・・は!?お前、さっきは――」
「気が変わったんや。ふっふっふ・・・・」
き、気のせいか、こ奴の背後にオーラが見える!?
ぎょっとして思わずソファーを掴んで後すざると、レンはびしっと俺に指を突きつけた。
「うちと正々堂々勝負や!あんたが勝ったら、場所を教えたる。
その代わり―――あんたが負けたら、今日一日うちの言う事聞いてもらうで」
「勝負だあ!?」
な、何考えてるんだ、こいつ・・・?
当惑する俺を前にして、レンはあくまで自信たっぷりに胸を張っていた。
<第十話へ続く>
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