とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第六十四話




 軍事の知識がない俺は全軍の士気をクアットロに委ねており、俺自身は日本の盤上遊戯である将棋の知識に基づいて白旗の陣形を展開している。この決闘場は、俺にとって将棋盤であった。

日本の本将棋には持ち駒の観念がある事が特徴だ。盤上にある各駒の効力が及んでいる範囲を考慮して、持ち駒を盤上の定められた位置に丁寧に配置。

俺が取った陣形は各々の駒の連携が非常に強く、王将である俺にピッタリ寄り添っている非常に固い守りだ。騎士団長は一目見て陣形の効果に気付いた上で、一点突破により最上の演出を狙った。


結果的にユーリ・エーベルヴァインに阻まれたが、決闘の再開で立ち直った騎士団長は騎士道に則った正攻法で白旗の打倒を試みる。


「……聖王家の血筋は嘘っぱちだとしても、単なる家柄のお坊ちゃまではありませんわね」

「ああ、この陣形の弱点を的確に見抜いている」


 どのような戦法も一長一短あり、完璧な陣形なんてこの世には存在しない。堅牢な白旗の陣形にも、明確な弱点は存在する。この陣形は、横からの攻めには非常に弱い。

先ほどの騎士団長の攻撃のように一点突破には無敵であっても、左右からの連携攻撃を行われると壁を維持するのは困難だ。ユーリに守られた俺は平気でも、全体の陣形は崩される。

特に部隊長クラスの上級騎士達が、近接主体のベルカ式と遠距離狙いのミッドチルダ式の組み合わせで攻め込んで来られるとまずい。俺を守るべく、ユーリが固定化されてしまうのだ。

囲いの要はユーリ・エーベルヴァイン。この紫天の盟主さえ引き剥がせば、この囲いは一気に弱体化する。ユーリが俺を守ることに徹底する限り、陣形全体を支える事が出来ない。


「キングである貴方を陣形で囲うのであれば、屋台蔵全体を攻めればいい。本日の決闘に望んでいる騎士達は精鋭揃いだ。沈む事なき黒い太陽であろうと、陣形が成る条件には縛られる」


「――影落とす月であれば、ミッドチルダでも屈指の聖王教会騎士団を壊滅させられる。ただし金を動かしてしまえば、王将である陛下は危険に晒される。
捨て身の戦法であり、実に馬鹿げたギャンブル――とコケにしたいところですが、陛下の心情を見抜いておられますわね」

「正義の在り処を問う戦場で、ユーリ・エーベルヴァインの力を行使した勝利では単なる殲滅戦に終わる。虐殺では人々の支持は得られない、決闘の意義を理解しているな」


 ユーリ・エーベルヴァインが守りに徹している最たる理由が、その点にある。影落とす月、ゆえに決して砕かれぬ闇。黒き太陽は天災であって、人々が仰ぎ見る天才ではないのだ。

勝敗によって正義の在り処が問われるのだとしても、自然災害による壊滅では天災となってしまう。恐怖政治もまた治安維持ではあるが、白旗が掲げるべき信念では決してない。

クアットロが揶揄しているのは、先程の俺の援護にある。聖王教会騎士団の迂闊な抗議を騎士団の意義に基いた指摘であると切り替えた事により、騎士団長は俺の信念を見出した。

システム不備の追求は感情的な政治発言で失態を招いたが、政治的発言を利用した戦場の起死回生は立派な戦略だ。感嘆こそすれど、批判するのはお門違いだ。



『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』
『ユーリ・エーベルヴァイン DAMEGE:0 LIFE:10000』


「……くっ……お父さん!」


 何のダメージもないのはあくまで、肉体的でしかない。反撃が出来ないのであれば、蚊トンボの攻撃であっても精神的な苦痛を生み出す。ハエに纏わり付かれれば、痛みがなくても鬱陶しい。

矢倉で囲った王将をSランクの部隊長達が徹底的に狙い撃って、ユーリ・エーベルヴァインを引き剥がさんとする。AAAランクの上級騎士達が前線を波状攻撃、のろうさ達は痛烈な足止めを行う。

雑魚であれば露払いも容易いのだが、実力者揃いである事が変に厄介だ。のろうさ達ならば実力を発揮すれば倒せるが、言い換えると実力を発揮しないと倒せない。本気を出せば御前試合が終わる。

騎士団の中核を担う従士達は支援魔法に従事して、部隊長と上級騎士の援護に回る。従士といえどA〜AAクラスの猛者達、援護に集中すればランク向上さえ期待出来る攻防の上昇を見込める。


御前試合である事を前提とした、騎士団長の戦略。戦争に長けた騎士団の長と、一対一の決闘しか行えない剣士の差が浮き彫りとなってしまった。


「セッテちゃんの強い要望もありますし、そろそろ"騎士団"を動かしますか」

「確かに頃合いではあるが、あの騎士団長殿自ら挑んでくれた挑戦だ。白旗を率いる長として、戦術にはあくまで戦術で応えなければ男ではない。陣形を変えるのは、この戦術を破ってからだ。
騎士団長自ら選出した部隊長達となれば、こちらも白旗の護り手で御相手するとしよう――妹さん」


「お任せ下さい、剣士さん」


 ユーリ・エーベルヴァインが盾であれば、月村すずかは矛。どちらも護り手であれど、与えられた役割はそれぞれ違う。守護るという意味を、己が領分を持って果たす。

妹さんが護衛として名乗りを上げたのは、今年の六月。夜の一族の始祖の血により誕生したクローン人間、心も身体も出来ていなかった空洞の人形。彼女が今、異世界の決闘場に立った。

参謀のクアットロを筆頭に、隊長格であるチンク達もいい顔を見せていない。思えば夜の一族の世界会議でチンクに実力不足を指摘され、トーレには経験不足から度外視されている。


横からの攻めに弱い陣形に対し、ミッドチルダ式とベルカ式の精鋭が連携して襲う戦術。飛車と銀の組み合わせで攻める部隊長に対し、妹さんはギア2を発動。


「JETウイップ」

「手足を駆使した鞭の捌き、年若いのに見事な技ですね」


 夜の一族の血による基礎能力の向上、純血種となれば身体能力の引き上げはエンジンの如く爆発的に力を高めてくれる。加えて本人が持つ類稀な才気が、技のスペックを最上へと導く。

されど、相手は時空管理局および聖王教会に認められた魔導師ランクS。Aランクが秀才であれば、Sランクは天才でしか辿り着けない高み。地球最強であっても、次元世界の頂点ではない。

鞭のように振るわれる足払いで騎士の剣を払えど、返す刀で斬り付けられる。襲い掛かる刃の先を更に払い上げて、中空で一回転。妹さんは揺るぎもせず、地に降り立った。

管理外に生きる片田舎の少女にはあり得ない、格闘のセンス。観客達は感嘆の声を上げて、強者達は落胆の溜息を吐いた。


「目を見張る速度ではありますが、技の完成度に頼るようでは未熟ですね」

「! ツインJETピストル」


 薬莢が飛び散る戦場。ベルカ式の騎士が頭上から魔剣を叩き落とし、ミッドチルダ式の騎士が魔撃を撃ち放つ。陣形の攻と防を狙った攻撃に、両腕を駆使した双撃で反撃する。

Sランクの魔力を上乗せした刃を叩き、Sランクの加速を上乗せした砲撃を穿つ。先手を打たれての反撃にさえ追い付く素早い反撃には驚かされるが、瞠目するのはあくまで速度のみ。

撃ち込まれた両手は、ひ弱な少女の手。魔刃は少女の右腕を切り裂き、魔法は少女の左手を撃ち抜いて、夜の一族の王女を落とした。


両腕から魔力の残滓を上げて、妹さんが地面に転がる。



『月村すずか DAMEGE:5300 LIFE:4700』



 拍手さえ巻き起こる攻防戦、送られているのは敗者である筈の月村すずか。部隊長達の優勢は明らかでありながら、攻防を成している妹さんの技量に声援が湧き上がっている。

ダメージは深刻ではあるが、目の肥えた観客達は深刻なダメージで済んでいる事実に驚愕している。名も実力も知れぬ少女がベルカの精鋭を押さえている点に、注目が寄せられていた。

部隊長達も実力差を目の前にしながらも、決して侮らない。両手を負傷した少女が立ち上がるのであれば、騎士として向かい合うまで。人間として、人外として、お互いに完成されている。


妹さんは、痛んだ拳を握りしめた。


「ギア3、ギガントアックス」

「!? 身体能力向上に加えて、身体変化までこなすとは末恐ろしいですね」


 ゴム風船のように身体が膨れ上がり、手足が伸びて、強くも美しい肢体に成長した少女。夜の一族の女王の誕生を目の当たりにして、ヴィクターやジークが少しでも術式を掴もうと注視している。

麗しき少女から絶世の美女へと成長した戦士が繰り出す手刀は、大地を割る巨大な斧そのもの。才気によって高められた魔力は、力不足という弱点を見事に克服している。

今度は細長い鞭ではない、芸術の如く完成された脚の一撃。部隊長の剣が跳ね飛ばされて、襲撃を仕掛けてきた騎士達の勢いが止められる――その瞬間を、決闘場の強者達が感慨もなく見つめる。


勢いは止まった、ただそれだけである。誰もが皆、その目で語っている。


「一人の大人として忠告しましょう。大人の身体になろうと、経験が蓄積されていないのであれば半人前ですよ!」

「っ……ギガントフーセン!」


 腕力や速度が向上されても、経験が生かされていない。その結果体捌きに遅れが生じて、決定的な反撃を許してしまう。聖王オリヴィエに指摘された弱点が、この期に及んで後を引いている。

無防備な胴蓋を狙う魔剣に対し、大技を仕掛けた後の妹さんは無防備。目を覆う悲惨な光景を誰もが予感したその時、中空にぶら下がる妹さんは何と大きく息を吸って体内の魔力を爆縮。

風船が爆発したかのような魔力の放出に剣先が鈍り、必殺の一撃が殺される。されどSランク、刃を殺されようと剣は落とせない。バリアジャケットが切り裂かれて、破片が舞い上がった。


あくまでも負傷はシステムの再現でしかないが、それでも痛みは立派に再現されてしまっている。切り裂かれた胸元から、砂埃で汚れた乳房が垣間見える。


次元世界の猛者さえ唸らせる妹さんの才気が、逆に仇となってしまっている。少女の戯れであれば情けをかけられたというのに、天才であるがゆえに同じ天才が決して手を抜かない。

倒れた妹さんの頭蓋を狙った一閃を転がって躱すが、後方から撃ち込まれた魔力砲が直撃して、息を吐いて転がる。カウントを取られかねないダウンでも、妹さんはふらつきながら立ち上がる。


『月村すずか DAMEGE:4000 LIFE:700』


 騎士団長はおろか、十字架の刑に処されたプレセア・レヴェントンが懐疑的な視線を向けている。聖王教会騎士団の戦術に対し、白旗がとった戦術は稚拙に過ぎた。

折角、向こうがシステム不備の追求を失敗して世論で優勢になったのに、稚拙な戦術を繰り出しているようでは意味が無い。それだけではなく自らの失敗を認めず、戦術を撤回しようとしない。

ボロ雑巾のようにズタボロになった少女を引き摺り出していては、白旗の程度が疑われる。この戦術は誰が見ても失敗だというのに、何故いつまでも続けようとするのか。


仲間達にしても同じだ。波状攻撃を押さえているチンク達が不平不満を漏らさないのは俺への信頼であって、妹さんではない。娘達でさえも回復をするべきだと、俺に目を向けている。


俺も妹さんを信じているが、信頼と信用は別物だと思っている。そもそもの話、俺は自分自身の才能についてはもう悲観的だ。戦術や戦略のイロハも将棋に頼ってしまっている。

俺がやるべき事は、責任を取るだけだ。妹さんが護るのだと言ったからには、護らせる。無理だと思ったのなら、素直に下らせる。その全ての責任を、俺が取る。


だから――


「実力をお披露目するとしようか、妹さん」

「はい――剣士さんの護衛として相応しい実力を、お見せしましょう」



 『完成した』と言うのであれば、成し遂げさせてみせよう。



「"ギア4"」



 ――カーミラ・マンシュタイン、ドイツの夜の一族。青髪に真紅の瞳、流麗に結ばれた唇、暴力的な美の少女。背に漆黒の羽を生やした、異端種と呼ばれる異形の子。

綺堂さくら。日本の夜の一族。吸血種の末裔であり、人狼の血が混じった混血種。普段は隠しているが、狼の血と尻尾があるらしい。末裔や異端であろうと、人外の要素が混じっている。


ならば、"純血"であればどうか。夜の一族の始祖ならば――始祖の血であれば、古代に生きたあらゆる人外の遺伝子が眠っている。人智を超えたDNAの全てが、貯蔵されている。



月村すずかは一時的にクラッシュエミュレートを解除。指先を歯で切り裂き、流れ落ちる自分の血を――"純血"を、摂取した。



「あ、あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ……あ、りえない……!」

「な、なんだ、この濃密で――膨大な、魔力は!?」



 ギア2は身体能力の向上、ギア3は身体の成長。そしてギア4は――身体の、"妖化"。



純血の輝きを放つ魔力は、バリアジャケットを変質。想像を絶するほど美しい肢体を赤く染め上げ、瑞々しい白き肌を純血で包み込む。赤くて黒き、本来の血の色をした衣装に進化。

観客達が、歓声を上げる。次元世界の誰もが、瞠目する。仲間達が、呆気に取られる。騎士団が、咆哮する。この少女が誰なのか、何者であるのか、言葉ではなく、理解させられ


"夜の女王"――人の上に立つ、上位種。人が神となった"聖王"ではなく、人の上に立つ種として君臨する魔王。十字の上に降臨する、女神の化身。"聖王"には、魔王がついている!


恐怖と混乱に泣き喚いた部隊長達が、妹さんに襲い掛かる。宣言による"聖王"ではなく、自らの心で理解させられた上位種。戦士が畏怖に抗えるのは、剣でしかあり得ない。発狂して襲い掛かる。

プレセア・レヴェントンが鎖に縛られた手を皮が削げるまで振り回して、慟哭する。分かったのだ、妹さんのギアを完成させたのは誰なのか。『何を見て』、開眼したのか。


"龍"の罪が今ここに、暴かれた。


「ギア4、"竜爪拳"――竜の鉤爪」

「その"スタイル"……貴様、キサマァァァァァァァァ!!!」


 ――龍族への痛烈な皮肉であり、聖王教会騎士団への強烈な宣言。『龍』は魔の力だと断じた団長に対し、『竜』を正義の力として行使すると白旗は世界に唱えたのだ。

真なる龍の姫プレセア・レヴェントンから派生した、管理外世界の"竜"。プレセアのような龍の化身ではなく、"龍"のスタイルを模した"竜"。血でもって体現し、技を持って竜を再現する。

魔導師ランクSの天才が繰り出した剣を、プレセアとの戦いから学んだ竜の鉤爪が砕く。そのまま振り下ろされた強大な魔力は余波を生み、大地を紙のごとく切り裂き、後方の部隊長を引き裂いた。


決闘場に凶悪に刻まれた、龍の爪痕。底知れぬ断崖のごとく刻まれた爪痕に、ベルカの騎士が腰を抜かす。どれほど天才であろうと、あくまでも人の領域。


『ナイ・スイ・チゲキ  DAMEGE:10000 LIFE:0』

『ヤラレ・タ・ヒデブ  DAMEGE:10000 LIFE:0』


 神に愛された、天賦の才は――人の理の外にまで、到達している。


「――剣士さんのバックには私がついています。よく覚えておきなさい」


 部隊長が泣いて平伏したその姿を気の毒に見ながら――

言いたかったんだろうなあの台詞と、俺は内心で苦笑した。










<続く>








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