とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第五十四話
大怪我を理由に、徹夜祭は欠席。誤解ではあるが、聖王復活のお披露目は果たしたので白旗の面目は立った。主催のカリーナ姫様が運営管理、シャッハ達教会メンバーが現場を取り仕切った。
聖夜に起きた猟兵団及び傭兵団による同時誘拐事件は公には公開されず、極秘の内に解決。人質が救出され、両組織の誘拐チームは壊滅。リーゼアリア達の手により、御用となった。
非公開とはいえ取り調べは徹底的に行われたようだが、結局両組織に繋がる証拠は出て来なかったらしい。俺の潰し合い作戦も現場を半ば混乱させてしまったので、仕方がないとも言える。
総員が絶え間なく活躍する中欠席するのは心苦しかったが、リニスとルーテシアが叱りつける程に重傷。首は頸動脈切断寸前、貫かれた肩は半壊、喰らいつかれた腕は筋肉繊維まで損傷していた。
シュテルによって搬送されてきたアギトも酷い。全身大火傷の上に、大自爆によって大半の機能が焼失。喘ぐのが精一杯の重体で、陸に上がったクラゲのように痙攣していた。
白旗の魔導師メンバー総力による回復魔法、ジェイル博士及びウーノ達による医療技術診療――翌朝までに、俺達は何とか動ける程度には回復出来た。
「大丈夫でしたか、リョウスケ!? アギトちゃんも酷い怪我を負って……一体どうして、これほど酷い傷を負ってまで!」
「この世のあらゆる理不尽を全て、お前に押し付けてやりたい」
「無傷の顔で泣かれてもムカつくだけだから、失せろ」
「お見舞いに来たのに、この世の終わりの如く祟られたです!?」
仲良く診療ベットに二人して転がされた状態で、お見舞いに来たクソお人好しデバイスに悪態をついてやる。殺し合いを行ったのは自分自身の責任なのだが、ケロリとした顔をされるとムカつく。
魔女の完全支配を受けていたミヤは破壊された顛末どころか、その前後に至るまで何一つ覚えていなかった。ナハトヴァールの再生でも支配されていた当時の記憶までは戻せないようだ。
責任を押し付けるつもりはないのだが、こいつがキッカケで無駄な戦闘をやらされたのだと思うと虚しくなる。どのみち奴とは戦わなければならない運命だと、分かっていても。
お互い、よく生き残れたものだと思う。戦うからには勝つことが前提である。殺される前に殺す、斬られる前に斬る。その為であれば自分の安否なんぞ気にしない。
そんな自分が剣士ではなく人間として生き残ることができた一番の理由はきっと、ミヤがこうして何でもない顔を見せてくれているからだろう。こいつの元気な顔を見て、俺達はようやく自分を省みたのだから。
「父上、貴方の可愛い愛娘がお見舞いに来ましたよ。父上の大切なデバイスを救出したシュテルです、おはようございます」
「分かった、参りました。いい加減観念して、褒めてやるとしよう」
「父上からの称賛、思いがけず照れてしまいますね。体の芯まで、ぽかぽかしてきました。墜落する直前まで粘った甲斐があったというものです」
「助けてくれるなら、もっと早く助けろよ!?」
ギュッと抱きしめてやったくらいで冷静沈着な顔を緩ませる単純娘の今更な自白に、包帯だらけのアギトが猛抗議。延々と馬鹿娘の自慢ネタにされているのだ、本人も不本意であろう。
アギトや俺ほどではないにせよ、内臓まで焼き尽くされた魔龍の体内に飛び込んだシュテルも無傷ではなかった。むしろ魔力暴走の火薬庫に飛び込んだのに、よく無事だったものだ。
シュテルは炎熱系の魔導師で、ルーテシアが太鼓判を押す実力の持ち主らしい。卓越した知性や高度な実力も、こっそり俺の寝床に潜り込むくらいしか役立っていないのだが。
実の娘であっても容赦なく寝床から蹴落とす父親に、娘達は律儀にお見舞いに来てくれた。
「シュテル、お父さんとのイチャイチャは禁止ですよ。わ、わたしだって、聖地に被害が出ないように皆さんをお守りしていました!」
「ずるいよ、シュテル。ボクだって昨日の夜パパの為に一生懸命頑張って、悪い奴らをとっちめたのに!」
「我は偉大なる父の勝利を微塵も疑っておらんかったからな。一家の大黒柱として、父の支配するこの地に睨みを利かせておった。父の勇姿も、この目にしかと焼き付けたぞ!」
「では父上、平等なる審査をお願い致します。私は父上を他の誰よりも信頼し、愛していることをお忘れなく!」
「ナハト、よく頑張ったな――ギュッ」
「むふー」
『ああッ!?』
ナハトを熱く抱擁してやると、少し得意げな笑顔を浮かべてナハトはご満悦な声を上げた。言い争っていた娘達が悲鳴を上げるが、平等に無視しておくとする。よくやってくれたとは思うが。
実際完膚なきまでに破壊されたミヤを再生してくれたのだ、殊勲賞ものだろう。怜悧冷徹な夜天の人も血相を変えてミヤの全身を調べ、完全状態だと分かって声を上げて泣いていたからな。
一度も見たことのない姉の号泣ぶりに、目を白黒していた妹の姿が感慨深かった。人を斬るしか能のない剣士の娘が、人を救ったのだ。家族とは、素晴らしいものだった。
これ見よがしに自分の成果を誇るユーリ達も、実際は退院したばかりなのだ。本来なら復活祭当日まで間に合わないとされていた霊障の後遺症、無理を押して頑張ってくれた事くらい分かっている。
「活躍する場はこれからまだまだ沢山ある。お父さんもこのザマだ、いっぱい頼らせてもらうぞ」
「お任せ下さい、父上。私の全ては、父上の為に在るのですから」
「お父さんの事は、私がお守りしますから安心して下さいね。お父さんのおかげで安定したこの力、全部お父さんの為に使うつもりですから!」
「俗世の者共に、父の娘は不甲斐ないと思われたままでは我慢ならぬ。我こそ父の娘ロード・ディアーチェであると、この聖地に知らしめてやろうぞ!」
「ボクは将来パパのようなヒーローになるつもりだから、大活躍してみせるよ。フフン」
「がんばる」
シュテル・ザ・デストラクター、ユーリ・エーベルヴァイン、ロード・ディアーチェ、レヴィ・ザ・スラッシャー、ナハトヴァール。自分の娘達が、復帰してくれた。
自分の頭脳となり、盾となり、剣となり、刃となり、その全てをかけて支えてくれる。昨晩敵を斬る事に集中できたのも、飛び散る殺意の火花からこの娘達が人々を守ってくれたからだ。
動くのがやっとのこの身体でも、この娘達がいればまだ戦える。戦意が萎えていた身体が、火が消えていた心が、再び力が漲っていくのが感じられた。まだ、戦える。
思う存分娘達を労って送り出すタイミングを見計らって、今度は護衛達がお見舞いに来てくれた。
「剣士さん、お身体の具合はいかがですか?」
「妹さんこそ、大丈夫!?」
「問題ありません」
妹さんの状態を一言で言うと、ボロボロだった。俺のように大怪我しているのではない、単純に見た目がボロけていた。普段着の黒いドレスが半ばはだけ、顔は汚れ、綺麗な髪が乱れている。
魔姫との激突でよく覚えていないが、妹さんには人々の避難をお願いした覚えがある。ここで肝心なのは人々の護衛ではなく、人々の救護を命じた点だ。護衛と救護は似て非なる。
妹さんは神懸かり的な精神の持ち主で、神の領域に達した心の持ち主。神とは、人に理解し難い存在である。この子と交流するには、独特の感性が必要になる。逆も然りだ。
戦闘中とはいえ俺が命じてしまった事で、俺の関係者だとバレたのだろう。神の復活を宣言された後、きっと揉みくちゃにされながら懸命に避難活動を行ってくれたのだ。
申し訳なかったが、心苦しくはなかった。死傷者どころか重傷者も関係者を除けば0、この子達が救ってくれた。それに――
「妹さんのおかげで安心して戦えた、いつもありがとう」
「痛み入ります」
重傷を負った俺に対しても、妹さんがいつものように謝らなかった。俺が傷付いた事に対して不要な責任を負わず、俺の勝利を確信して最善の行動を取ってくれたのだ。
プレセアとの実力差は明らかだった、誰がどう見ても勝ち目なんてなかった。それでも俺の勝利を疑わなかったのは盲信ではなく、生死を問わず覚悟を見届けたからだ。
誰もが忌避するであろう剣士の業、人を斬る事に専念した俺を理解していた妹さん。この子はきっと正気も狂気も含めて、俺という人間の全てを肯定している。
俺の護衛が務まるのは、この子しかいない。
「私からも感謝を述べさせて下さい」
「と、いうと?」
「"ギア4"のスタイルが確立いたしました」
「ギア4……?」
「昨晩の戦いが、私にヒントを与えてくれました。必ず剣士さんを守護る御力となるでしょう」
俺の問いに結果で応えると明言して、師事するルーテシアへの報告へ妹さんは出向く。何やら新技を編み出したらしい、一戦ごとに苦労する俺を置いてあの子は飛躍していく。
新技のヒントが浮かんだ妹さんと入れ違いで、同様に見舞いに来てくれたセッテが頭を下げる。負傷した主への敬礼は失礼という、騎士の礼儀作法を完璧に学んでいた。
妹さんとは何やら不思議な関係を築いているのか、常に一歩引いた姿勢でいる。俺との会話にも立ち入らず、石像のように黙って控えていた。
相変わらずの無口だが、今日のセッテの目の輝きは尋常ではない。よほど興奮しているらしい。何が言いたいのか、その目が全て語っている。
「あの聖王復活劇は何というか偶然の産物であって、別に奇跡でも何でもないからな」
「……」
「えっ、昨晩人々の前で高説したのか!? でもセッテは確か見習いで――聖女様が許可!? 何しているんだ、あの人!」
首脳会議への列席や聖女様の行き先に常に同行しているという事実から見ても分かるが、本来修道見習いである筈のセッテが聖王教の敬虔な信者として尊く扱われている。可憐な容姿に合わない厳かな姿勢が殉教者を想起させるのだ。
救世主であるローゼのような俗世間的な存在ではなく、宗教的な概念に基づいた敬虔な信者。その彼女が昨晩、徹夜祭で聖王と誤認されている俺の存在を人々の前で高らかに説いたらしい。
何しろ、このセッテこそ聖王誤認の第一人者。昨晩の神復活宣言で何より歓喜したのが、この子だろう。自分の信仰心は正しかったのだと感激して、熱く人々に説うたと言っている。
元来無口な女の子が述べる言葉には、重みがある。そして何より信念と、真摯な祈りの気持ちがある――人々の心に届いたのだと、本人は感涙していた。聖女様も泣いていたらしい、何でだよ。
「お前、しばらく外に出られないな」
「政治家が無駄に入院する理由がよく分かった」
世界を美しく構成する要素、黄金長方形。黄金の軌跡をブーメランブレードで描く新技の完成はこの子に新しい力と、深く祈る心を与えたらしい。起源が漫画だと、誰が知るだろうか。
引き続き開催されている復活祭、本日も大聖堂での高説を予定しているセッテは改めて感謝と祝福を述べて退室。姉さえ震え上がらせるセッテを、最後まで止めることが出来なかった。
呆れ顔で心配してくれたアギトを前に、俺が頭痛を堪え切れない。あの調子だと噂は風化するどころか、加熱していく一方だろう。政治家のように、引退できないだろうか。
あのセッテにより改心した姉達は、俺の不在を補ってくれているそうだ。ドゥーエは司祭の秘書として復帰し、クアットロはアリサやリーゼアリアの補佐役に就いてくれた。
復活祭の立案及び調整を行ってきた俺の不在は白旗の面目に関わるが、優秀な補佐チームが居れば立場さえも補える。昨日の今日で盛大に行われている復活祭も見事取り仕切ってくれていた。
チンクやトーレ達は魔女の支配を脱して早々に、白旗へ復帰している。昨晩のプレセアとの死闘や、猟兵と傭兵、両組織の誘拐事件で荒れた聖地を立て直してくれたのも、この姉妹達が揃ったことが大きい。
ファリンも何やらウェンディとコンビを組んで今日もヒーローショーを予定しており、同じ子供達であるジークやヴィクターお嬢様も手伝いに行ってくれた。アホチームである。
こうして人々は俺を色々な意味で讃えてくれたが、肝心の俺は生憎と伝説の英雄やお伽噺の主人公でもない。褒める人も居れば、叱る人だっている。
「お前はどうしてアタシが目を離すと法術を好き勝手に使うんだ、この馬鹿!」
「管制者どころか、クラールヴィントまで力を貸していたようだな。やれやれ、何のブレーキにもならなかったか」
「緊急時だったから仕方がないだろう!?」
「分かっているよ。ミヤがぶっ殺されたってのにその場にいてやれなかったアタシに一番腹が立ってる。とりあえず、八つ当たりしただけだ」
「個人的にはよくやったと言ってやりたいのだが、残念ながら昨晩の動きは手放しでは喜べん。どう言葉をかけるべきか、我らもこうして見舞うまで分からなかった」
紅の鉄騎ヴィータと守護獣ザフィーラの復帰、それに合わせて正式に聖遺物と認定された夜天の魔導書が手元に届けられた。夜天の人は感情と力の揺れ幅が大きく、今は休眠している。
ウーノとジェイルの診断によると、霊障における悪影響は彼らが一番酷かったそうだ。主の許可を得ているとはいえ自律行動中の彼らは緊急時、補佐を受けられない。
ユーリ達はあくまで法術による復元なので俺の傍にいれば恩恵を与えられるのだが、自立した守護騎士プログラムである彼らは主がいないと回復も遅くなってしまう。
何もかも終わってから退院した騎士達の無念は、深い。
「何だかんだあったけどピンピンしているんだ。何も覚えていないあいつのためにも余り気負わないほうがいいぜ、姐さん達よ」
「お前もよくこいつを支えてくれたな、アギト。この馬鹿には勿体無い融合機だよ、お前は」
「見事な戦いぶりであった。お前の献身と覚悟には大いに感じ入るものがあったぞ」
「へへへ……おい、聞いたか。お前の相棒に相応しいんだってよ」
「そこまで言っていない気がする上に、肝心の俺には非難轟々なんだけど」
戦うと決めて全ての制限を解除してしまったのだ、叱り飛ばされて当然である。そうするしかなかったというのは事後承諾でしかなく、未熟者が口にしていい事ではない。
ルーテシアやリニスが俺の勝利への祝福よりも、俺の勝負への叱責を先に口にしたのもそうだ。勝って兜の緒を締めろ、優秀な指導者であるからこそ武の怖さを体験で思い知っている。
こうして叱られなければ油断し、次に戦うべき相手の実力を過小評価するだろ。リストバンドやリミッターは修行と制限の為であって、アクセサリーではない。気軽に外していいものではないのだ。
厳しさこそ、指導者の愛情表現の一つ。誠心誠意頭を低くして、心に戒めなければならない。
「何で、あの女を殺さなかった」
「……」
「殺すことは、間違えている。だからといって殺さないのは、正しいのか?」
「正しくするつもりだ、これからの行動で」
「土壇場で情けをかける人間は、剣士ではない。お前は、人間であることを選んだのだ。ならば我らは、お前という人を生かすやり方で手を貸そう」
ヴィータもザフィーラも、プレセアを殺さなかった俺に賛同もせず、否定もしなかった。本当に厳しい。答えは口から出すのではなく、自分の行動を持って答えとしなければならない。
剣士であったのならば、斬らなかったのは間違いだ。俺は剣士であったからこそ、あの女に勝てた。もしも人間であったのならば、確実に殺されていただろう。
人でなしにしか、人外は滅ぼせない。
「ヴィータ、ザフィーラ。もしも神様が本当にいるのなら、人は争うことをやめるのかな」
「バーカ。神様ってのは、人の心の中にいるんだぜ」
「過ちを正すのも、過ちを犯すのも、また人だ。人の心の数だけ神がいて――争いが起きる」
たった一度の戦いで善悪が決まるのは、マンガや映画の世界だけだ。現実は不毛であり、戦争は何度だって起きる。憎しみの連鎖は、容易く断ち切れられない。
人であることを選んだ以上、試行錯誤して生きていかなければならない。斬ることをやめた時点で、俺はたんなる人に成り下がったのだ。
神ではなく、人であるのならば、はたして何が出来るのか。
「だったら、俺達で何とかするしかないか」
「おうよ。アタシが手を貸してやるんだ、邪魔するなら神様だってぶっ飛ばしてやるさ」
「主の命というだけではなく、同じ戦場をかける友してお前の力となろう」
人は、群れる生き物。自分がいて、他人がいる。この結び付きこそが神にも勝る強さであり、人が起こせる奇跡の動力源となり得る。
一度は崩壊した仲間達、一度は分解した家族達、その全てが今白旗の元に再び集った。最高のチームが俺の新しい剣となって、再び集まってくれたのだ。
大怪我でロクに動かせなかった身体に、力が漲ってくるのが感じられる。もう戦えないだと? この馬鹿め――
俺の戦いは、これからだ。
「今晩、関係者全員を集めよう――魔龍の件も含めて、今こそ全てを打ち明けて話し合おう。俺が聖王ではないと、きっと分かってくれる」
「法術のことも話すつもりか!? 泥沼の予感がする……」
<続く>
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