とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十二話
復活祭。戦乱の歴史を収めた聖王が聖女の予言を経て現代に復活した事を記念する、聖王教会において重要な祭として本年より開催される行事。開催を祝してこの日を復活の主日として記念する事となった。
この復活祭は二つの満月の次の祝日に行われる事となり、年によって日付が変わる移動祝日として聖地で制定された。この日は市場等も含めて、主要な取引の場は全て休場となる。
聖王家の落日は暦の上では日没頃にあるとされており、聖王教会における復活祭は一般の暦で言う前日晩より行われる。祭りだから常に朝より開催、とはならないのだ。
夜半と早朝の間、聖王教会における奉事として聖堂外で行進が行われる。蝋燭や旗などを掲げた行列を先導し、その後詠隊を初めととする教衆がこれに続き、その後に信徒が続く形だ。
聖王様の民の組織である聖王教会が天国に向かって行進する奉神礼、復活祭を祈願するこの行事を"十字行"と呼ぶ事となった。
「復活祭の始まりを告げるこの十字行において、聖王教会より俺達白旗へ直々に依頼がありました。行列の先導をお願いしたいそうです」
「実に名誉ある依頼ではないか。聖地の安定と聖女の護衛を望む我々にとっては、聖王教会との良き関係を示す喜ばしい事だろう。何故顔を曇らせているのかね」
「些か以上に困惑させられています、レオーネ氏。"十字行"は信徒が神様を迎え入れる大切な奉神礼、出来れば白旗よりも聖王教会騎士団の先導が望ましかった」
「人間関係を重視する坊やらしい懸念だね。年長者として酷な事を言わせてもらうけれど、その困惑には永遠に答えは出ないよ。自分と他者、どちらも優先すべきこういった行事には」
「一組織のトップとしては身内を鼓舞する上で喜ぶべき事なんですけどね、ミゼット女史。組織同士の摩擦は避けたいのも本音なんですよ」
「ならば君自身も含めて納得出来る代案を考えるべきじゃ。聖王教会に時空管理局、宗教権力者や支援企業関連も今日に至るまで多くの熟議を重ねてきたじゃろう」
復活祭当日の予定に関しては、”聖王教会の司祭様を通じて白旗へ"十字行"先導の依頼があった。喜びと浄化の時間である前日晩において、白旗による先導は大いなる意味と価値がある。
そもそも復活祭は聖王の復活を祈願する祭り、祭り開催の始まりを告げる"十字行"を白旗が先導するという事は、聖王様を白旗が信徒を導いて迎え入れる事を意味している。
聖女の護衛というゴールに白旗が先んじている事を大々的に宣伝してしまい、他の敵対勢力を刺激する事にもなりかねない。特に聖王教会騎士団から見れば、不快そのものであろう。
神の信徒を導く役目こそ、聖王教会騎士団の本懐。良き関係にあるとはいえ白旗は余所者集団、彼らの役目を奪う事に他ならない。
ならば断ればいいだけなのだが、仮にも競争相手や敵対戦力の顔色を窺って重要な行事の参加を辞めるというのは弱腰だ。民がこの事実を知れば、弱腰な態度を取った白旗を頼りなく感じるだろう。
三役は俺の懸念を外交問題の一環であると、苦言を呈する。押すも引くも問題が生じるのであれば、組織のトップとして決断すべきはまず自身の責任であるべきだ。
今までずっと馬鹿にしていたが、日本や外国の政治家達もずっとこのような問題で頭を抱えていたのだろうか。自分がその大任を担って、初めて彼らの責任の重さを少しは理解出来た気がする。
依頼の拒否は敵対勢力への弱腰、依頼の受諾は敵対勢力との摩擦。ならば、俺が取るべき決断は――
「そうだ、白旗の旗手を再びルーラーにやってもらおう」
「なるほど、聖王教会騎士団への宣戦布告ね」
「緩和策だよ!? 元聖王教会騎士団の一員であり、信徒達からも絶大な信頼と人気を誇っている聖騎士が"十字行"で旗手を務めてくれれば問題はない。
聖騎士は現在白旗の裁定者であり、公明正大な人物だ。俺達が"十字行"の旗手を務めると手柄の宣伝になるが、聖騎士が旗手であれば神への奉公として受け止められる」
「他の人はそう思うでしょうけど、肝心の騎士団長さんをコケにする事に――ああ、もう。第三者的視点は出来ているのに、どうして肝心要の他人の心が分からないのかな、こいつは」
「白旗の方針としてきちんと考えたつもりだぞ、俺は」
「『白旗の方針としては』正しいわよ。だけど聖騎士様と騎士団長さんの関係を知る人達からすれば笑いものに――」
「分かってる、分かってる。安心しろ、きちんとルーラーに話を通す。完全復帰とまではいかないけど当日には退院出来るらしいから、俺から直接話をしてみるよ。対話は大切だ」
「うーがー! 他ならぬアンタから直接打診すれば、あの人感激の涙を流して引き受けるわよ! ほんと、無自覚に他人を怒らせる天才ね、こいつ」
「そうだ、いっその事シャッハ達教会組に"十字行"の先導を任せよう。確かあいつら、聖女様との関係から役職を外されているんだろう。信徒にも疑念が広がってしまい、冷遇されている。
"十字行"の先導メンバーとして神を迎える儀式に参列すれば、彼らに対する目も少しは改善されるんじゃないのか」
「おのれ……そういう良案や配慮を割りこませられると、反対しづらいじゃない!」
何故か聖王教会騎士団に合掌するアリサから快く賛同を得られたので、早速退院祝いとばかりに教会組へ話を持ちかけることにした。
彼らをゆりかご調査という危険な任務に巻き込んだ責任もある。心強い賛同者として協力を得ながらも、今まで恩返し出来なかった無念もここで晴らしておきたい。
ルーラーは勿論、シスターシャッハやヴェロッサも立派な人物だ。彼らのような優れた人が軽視されている今の現状は、俺としても我慢ならなかった。
奇妙な偶然にも一緒に退院した娼婦を通じて、俺は彼女達に今回の依頼を持ちかけた。俺からの配慮は明確に口にしなかったのだが、優秀な彼らにはすぐに看破された。
『神を迎える大切な始まりの儀式に、この私を旗手として再びご命じ頂けるのですか!? 剣士殿の寛大なお心遣いに、心より感謝致します。この日は、私にとっても祝福の日となりましょう。
神をお出迎えする喜びに対し、貴方様との出逢いをお与え下さった感謝として返しましょう。ありがとうございます、剣士殿』
『貴方と出逢ってからこの日まで、感謝しなかった日はありません。忙しい身分でありながら、私達への配慮までお考え下さってありがとうございます。
シスターとしても責任ある任務、心してかかるとしましょう。貴方が与えて下さった機会は、必ず無駄にはいたしません』
『全て君への手柄とすれば、聖女様の護衛に一気に近づけるというのに……やれやれ、君は本当に欲のない人物だね。そこまで心配りされたら、僕としても頑張らない訳にはいかない。
ありがとう、剣士。君のような人が僕の友人である事が、誇らしいよ。聖地へ来られる神様に感謝する事が、また一つ増えそうだ』
『素敵です、ご主人様。私――じゃなくて、せ、聖女様もきっと、感謝と感激の涙を浮かべておられますよ』
「何でお前が涙ぐんでいるんだ、馬鹿。一応言っておくけど、お前は留守番だからな」
『ええっ!? 私も退院するので、ご主人様のお力に――』
『退院といえば、聖女様も同日に退院されるんだったな。確かあの人、聖堂で"十字行"を出迎えて下さる手筈なんだろう』
『はい、その予定に――あっ、その予定でした!? うっ、痛い、お腹が痛い……申し訳ありません、ご主人様。体調不良で、今日出席できません』
「今、退院したばかりなのに!?」
いつも通りの役立たずぶりだが、こいつは聖王教会関連の人脈を築いてくれているので重宝はしている。聖女様の詳しい動向やご機嫌伺いを把握しているので、非常に助かっている。
本来であればお近付きにはなれない聖女様の世話係とも、連絡が取り合える関係が作れた。今や聖王教会のマスコットとして人気の高いセッテにも、教会組の一員として協力を要請する。
奉神礼が行われるこの日はセッテもシスター服を折り目なく着ているが、背中のブーメランの凶悪さは相変わらずだった。このブーメランが、魔女やクアットロの抑制として効果的に働いている。
聖女様は本日奉神礼の御役目を授かっており、一介の世話係では同席出来ない。お役目御免の本日、セッテは無表情ながら意気揚々と馳せ参じて敬礼してくれた。
「この復活祭を通じて、クアットロやドゥーエを止める。魔女も確実に仕掛けてくるだろうから、よろしく頼む」
「……」
「必ず止めるか、いい決意だ。当日を迎えて、気持ちも落ち着いているようだな」
「……」
「敬意を払って姉に挑むつもりなのか、大した心掛けだ。ドゥーエはウーノが何とかするらしいから、セッテはクアットロ相手に全力を尽くしてくれ。
今日の"十字行"には教会組が参列する。連中も注目するだろうから、その隙にまず残る人質であるファリンを取り戻す」
今宵は神様を出迎える儀式であり、あくまで信徒である彼らが直接伺う儀礼だ。聖王教会側が主導する聖なる儀式に、白旗のような余所者は不要に等しい。先導を任されただけでも名誉なのだ。
神様を出迎えるとはいっても、聖王オリヴィエ本人が出ていかなければならない道理はない。神の復活を祝福する彼らも、まさか本人が幽霊として顕在するとは夢にも思っていないだろう。
儀式はあくまで形式上、けれど聖王教会には重要な始まりの奉神礼。敵勢力の目を引きつけるにはうってつけであり、俺達白旗が自由に行動出来るチャンスでもあった。
教会組はルーラーも含めて強者揃い、聖堂に参席出来ずとも巡礼にセッテが加わるだけでも抑止力は働く。セッテをポジションに立たせる事で、魔女達はこちらが本命だと誤認するだろう。
「よろしく頼むぞ、セッテ。俺達のそれぞれの因縁に、決着をつけよう」
「はい、必ずボールはネットの向こう側に落ちるでしょう」
「何の話!?」
謎の名台詞を残して、セッテは決戦の場へと向かっていった。あの子が声に出す時は頼もしさは大いにあるのだが、恐怖も絶大なので恐ろしい。クアットロの無事を、祈るしかない。
敵は多いが、味方も確実に増えている。戦えるコンディションでこそなくても、退院した教会組はこうして参列してくれた。加えて、奪われた仲間達も一人、また一人と復帰している。
医療施設で静養していたナハトヴァール、検査と改良を終えたノエル・綺堂・エーアリヒカイトがようやく帰ってきた。
『おとーさん!』
『うおっ!? 元気マンマンだな、ナハト。なかなかお見舞いに行けず、悪かったな』
『あうー、おとーさん〜!』
オリヴィエとイレインとの話し合いを終えて帰宅したその日、玄関口でナハトが満面の笑顔で飛びついて来た。プニュプニュ頬ずりしては、ゴキゲンな鳴き声を上げている。
全力の抱擁で息苦しいくらいだが、我が子の感触だと不快感は一切ない。父との再会を満喫したナハトは鼻歌を歌いながら、俺の背中に回ってよじ登っていく。
玄関先には同じくリーゼアリア、俺を出迎えてくれたのではなくナハトに連れられて来たのだろう。俺の背に登るナハトに、冷静沈着な美貌が恐怖と焦燥に崩れ落ちている。
『そんな所に登ったら危ないですよ、ナハトヴァール。すぐに降りなさい!』
『おー?』
『お絵描きの途中だったでしょう、一緒に遊びましょう。お父さんとお母さんの絵を描くのでしょう?』
『おー!』
『お母さんって誰だよ!?』
『私ですよ。それが何か?』
『お前はそれでいいのかよ!?』
『聞きました、貴方はナハトヴァールと血の繋がりはないのでしょう。好いている養父を認めないほど、許容の狭い母ではありません。
この子の良き育成に、せいぜい役立って下さい。行きましょう、ナハトヴァール』
『おー!』
『……あいつ、名目上俺との夫婦関係になる事を分かっているのかな』
『精神的ハードルが低くなっているわ、見事な調教ね。今なら寝床に連れ込んでも、ナハトの親になれると受け入れてくれるわよ』
『キャリアーウーマンだったあいつを、何がそこまで変えた!?』
俺の背中から優しく引き離して、ナハトを抱き上げて俺の部屋に戻るリーゼアリア。もう完全に、俺の部屋での生活に抵抗はなくなったようだ。いつも嫌そうに、部屋に入っていたくせに。
随分とナハトを溺愛しているようだが、いずれグレアムの元へ戻るのだと分かっているのだろうか。封印処置の次は、親権問題で争う事になりそうで怖い。夫婦による、嫌な人間関係だった。
豹変しつつあるリーゼアリアとは違って、オークションにまで出品されたノエルは傷一つなく無事で、変わることなく帰ってきた。大金を出した甲斐があった。俺の金じゃないけど。
再開した早々、ノエルは深々と頭を下げて書類を俺に差し出す――所有権利証?
『お買い上げ下さってありがとうございました、旦那様。オークショニアよりお預かりした、競売法に基づいた所有権利証となります』
『しょ、所有権利証ね、どれどれ……うん? このスリーサイズ項目に処女の有無欄を追加したのは、あの馬鹿だろう』
『女性としての私を保証してくれる権利証です、旦那様。ご安心下さい、私の検査は女性である忍お嬢様が行って下さいました。肌の自由は、旦那様以外に許しておりません』
『いや、別にそこまで畏まらなくてもいいんだよ。俺が聖地へ連れて来たせいで、ノエルを危険な目にあわせてしまったんだから』
『でしたら責任を取って頂けるのですね、旦那様』
『その論法、ウーノより指南を受けただろう!? たく……』
『旦那様、本当に感謝しております。私の為に身に余る大金を出して下さった御恩は、奉公に変えて必ずお返し致します。今日から何なりと、ご命じ下さい』
前言撤回、見た目こそ変わっていないがノエルの俺に対する距離感が縮まっている。忍の旦那役ではなく、自分の主人としてお仕えを願ってきている。何とも律儀な女性だった。
思えばアリサをメイドに最初雇ったのも、ノエルのようなメイドを持ちたいと願ったからだ。日本男子に西洋感はなくても、奉公型の女性には弱い。ノエルのような別嬪であれば、尚更だ。
これほど美しい女性に持ち上げられたら有頂天にもなってしまうが、生憎とメイドが手に抱えている物が夢想を許さない。
『ところでノエル、君が脇に抱えているその大きな盾は何なんだ?』
『自動人形の新装備です。忍お嬢様が異世界の技術を用いて製造された新ブレードに合わせた、ジェイル博士ご自慢の一品です』
『あの野郎、ノエルに妙なものを持たせやがって』
『妹のローゼ、そしてイレインの事も伺っております。戦闘能力で劣る分、旦那様や御家族の方々をお護りする事が私の御役目であると勝手ながら思っております。
二度と、旦那様の大切な方々を奪わせたりはしません』
『ノエル……気にしてくれていたんだな』
ローゼはイレインとの共生により前線で戦う事を決めて、ノエルは忍やジェイルとの共同戦線で後方で守る事を決意した。魔女に支配されたことを反省し、彼女達はそれぞれに答えを出したのだ。
姉と妹の違いは価値観もあるが、生まれ育った環境の違いも大きい。ローゼは指揮官として俺と前線に立っていたが、ノエルはメイドとして家庭に入っていた。どちらの回答も、正しくて眩い。
ジェイルが渡した以上、単なる盾ではないのだろう。魔女への意趣返しに燃えていたアイツの事だ、あらゆる干渉を受け付けない鉄壁の守りを準備したに違いない。
復活祭当日は、あらゆる戦火が上がることになる。俺達の帰る場所を守ってくれる、ノエルの存在は大きかった。実際、俺達を狙っているのは魔女だけではない。
猟兵団に傭兵団、宗教権力者達の支援を失っても連中はこのまま俺達に主導権を握らせないだろう。現に、当日に至るまで邪魔立てはされている。
そもそもこういう祭りでは権力者以外に、現地住民の協力が必要不可欠だ。権力者達だけが騒ぐだけなら、政治献金パーティと何も変わらない。復活祭の目的はあくまで、民の安寧にあるのだから。
その民に対して、連中が仕掛けている。そもそも庶民は慈善事業に対しては、消極的賛成が大多数だ。自分が不利益にならない程度にしか、他人の幸福なんて願わない。俺だって気持ちは同じだ。
暴力を背景にした脅迫、資本を背景とした粛清、猟兵団と傭兵団の本領が民に対して遺憾なく発揮されている。復活祭を開催しても、聖地全土が諸手を上げて祝う形とはならなかった。
その証拠に信仰の夜とはいえ、祭りであるというのに民は明るい顔を見せていない。猟兵団は直接的に、傭兵団は間接的に、聖地に不穏な空気を蔓延させたのだ。腹が立つ事、この上ない。
聖なる夜としてこのまましめやかに行ってもいいのだが、出来れば祭りらしく楽しい面も見せて欲しい。この空気さえ払えれば、民も安心して大いに盛り上がれるのだ。
突発的なイベントでも行うべきだろうか、何とも悩ましい――ともあれ、まずは人質の解放だ。ファリンを取り戻すべく、今こそ行動に移す。
「いよいよアタシの出番だね。ふふふ、あのアホ小娘よりもアタシの方が百倍優れているところを見せてあげるよ!」
「何で自分の仮人格にそこまで対抗心を剥き出しにするんだ、お前は。熱り立つのはかまわないが、手筈通りに行動してくれよ」
「分かっているわよ。マスターの護衛に居場所を見つけ出させて、対面したらアタシが命令すればいいんでしょう。支配権の分捕りくらい簡単よ」
「呼び出せばすぐだと思ったんだけど、オプションの遠隔操作は出来ないんだな」
「完璧なアタシの道具であればどこであろうと呼び出せるんだけど、あの子は妙な自我に目覚めているからね……強制的に乗っ取ると、芽生えた自我まで壊しちまう可能性があるんだよ。
ア、アタシが無能なんじゃないよ!? 正義のヒーローなんて無茶な使命を与えたマスターにだって原因があるんだからね!」
「ライダー映画を見せたら自我に目覚めるなんて、神様でも思わんわ!」
――そうなのだ。最終機体のイレインであればオプションは取り戻せるが、"ファリン"を元に戻すのは難しい。そもそも自我に目覚める機能なんて、オプションにありはしない。
どうして自我に目覚めたのか原因が不明なだけに、魔女との支配権争いをしてしまうとデリケートな部分が破壊される危険性がある。あの子の自我を守るには、近距離から直接命令するしかない。
インゼクトという虫の操作については、イレインの直接支配の方が強いそうなので心配ないらしい。自動人形とオプションの関係は、虫や魔女との繋がりよりも強い。強制権はこちらにある。
幸いにも以前の首脳会議中に行われた妹さんの調査により、ある程度の補足は出来ている。魔女が今"十字行"に注意を向けているこの機会に、ファリンを取り戻す。
言い訳にうるさいイレインを適当にあしらいつつ、護衛の妹さんにファリンの"声"を見聞してもらう。
「剣士さん、アリサちゃんよりお夜食のおにぎりを預かりました」
「ああ、ありがとう。今晩は復活祭もあってほぼ夜通しだからな、助かるよ。マイア手作りのパンもいいけど、やはり日本人ならお米だよな」
「洋食よりも日本の和食とはマスターらしいね……ベ、別に悪口じゃないよ、これは!?」
「分かっているから、付け加えなくていいよ。で――どうだ、妹さん」
「補足しました、駅前にいます」
「駅前……? 俺達が聖地に来た時の鉄道駅だよな、あんな所で何をしているんだ」
「大勢の人達が、ファリンを囲んで駅前に詰めかけております。活発的に活動しているようですね」
「ちっ、魔女の奴、また何か余計なことを命令しやがったな。急ぐぞ!」
静観していると思ったのに、支配しているファリンに何か命令しやがったらしい。渡されたおにぎりを持参し、竹刀を装備。聖王オリヴィエが、少女姿で具現化する。
復活祭が開催される中で目立った行動は厳禁、少人数での探索となるのは仕方がなかった。白旗には優秀な人材が多い、トップの俺が少しの間留守にしても三役達が補ってくれる。
身辺警護は妹さんが奇襲を防ぎ、オリヴィエがサポート、イレインが戦闘役となる。自動人形の中でも最終機体の戦力はずば抜けているらしい、敵戦力を知ってもイレインの自信は揺るがなかった。
駅へと向かうにつれて、不穏に満たされていた周囲の空気が徐々に変わりつつあった。子供達が賑わい、大人達が喧騒し、老人達が明るく笑い合っている。何なんだ、この空気は。
駅近くになると、人々の数が凄まじいものになっていた。超人気ライブコンサートのようなテンション、お祭りのように喝采を上げていた。一体何が起きている。
俺は駅前の広場を遠くから仰ぎ見て――頭を、抱えた。
「ねえねえ、マスター。何なんだい、あれは」
「……俺に聞くな」
「剣士さん、あれはどういった催しなのでしょう」
「うう……聞かないでくれ、妹さん」
「ファリンというのはあの子ですか、我が子よ。悪を騙っておりますが、世界の為にも殲滅するべきでしょう」
「悪"役"だよ、くそったれ!」
"ヒーローショー"だった。
野外劇場やスカイシアター、遊園地などで行われるアトラクション。常設のステージを有して、戦隊シリーズやアニメヒーロー等のアトラクションショーを人々の前で公演する。
自分で用意したのか、魔女がわざわざ準備してあげたのか――駅前の大広場に野外ステージを設けて、ファリンが黒装束のガジェットドローンを率いて高らかに笑っている。
敢えて重ねて言おう、ローゼより奪ったガジェットドローンに黒装束を無理やり着せている。カプセルタイプなので着せられない事はないが、シュール過ぎて恐怖どころか笑いを誘っている。
黒のヴェールで顔を隠しているが、白のメイド服を着た少女と言えばあいつしかいない。人々が賑わう理由もよく分かった。凄まじく馬鹿らしいが、この人気ぶりも頷ける。
連日連夜、ナハトと一緒に悪から聖地の民を守っていた正義の少女――この場に訪れた人達は皆、あの子に救われたファンなのだ。
「我々は世界征服を目的とした悪の組織、手始めにこの聖地を支配するべく今宵直々に訪れたのだ、フハハハハハハハハ!」
『おおおおおおおおおおっ!』
「見なさい、我が子よ。あの子は悪を語っているのに、人々は熱狂しているではありませんか! 人間はこのように愚かしい生き物なのです!」
「あいつを弁護なんてしたくないけど……世の中にはノリというものがあって、ですね……」
「毎日正義を語って、多くの人々を助けてきた正義の味方だからね。アトラクションの一貫としか思われてないんだよ」
「ふっふっふ、夜遊びする子はいませんかー? 悪酔いする大人はいませんかー? 怪人ファリンが食べちゃいますよー!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「か、怪人などという存在まで現れているのですか、この世界は!? 恐ろしいものです、一刻も早く滅ぼさなければなりません!」
「天然なのか、マジなのか、どっちかハッキリしてくれ母上」
「もうブレているじゃないか、あの子」
「どうも別の何かと勘違いしているようですね」
やはり懸念した通りだった。魔女の支配を受けて悪へと変貌しても、根が正義の味方であるあいつに悪は名乗れない。悪を退治する悪、ダークヒーローとして祭り上げられている。
聖地で復活祭の儀式が行われている夜に不謹慎な催しではあるのだが、聖堂と駅前という真逆の位置関係が良い方向に働いている。ファリンの日頃の行いも、大きくプラスに転じていた。
毎日早朝から深夜まで、ファリンはナハトと一緒に元気よく人々を救っていた。支配と混乱が強まる聖地で純粋な正義を明るく宣言するあいつに、どれほど多くの民が救われたことか。
まだ少女である事も、正義の純粋さを示している。聖なる夜のヒーローショーも大人ならともかく、子供がやるのであれば微笑ましくさえ見える。ガジェットもショーなら舞台装置しか見えない。
何もかも馬鹿馬鹿しくなってきて――ふと、気付いた。"ヒーローショー"は、まずい!?
「おい、イレイン。早くあいつに命令して、ヒーローショーをやめさせろ」
「もういいじゃないか、マスター。別に問題なさそうだし、人間達も喜んでる」
「違う、ヒーローショーの目玉は――」
「ふっふっふ、この世には正義の味方など存在しない事を教えてあげます。ショッカーの皆さん、子供達を連れ去りなさい!」
「――わっ!? こらー、なにするんや!」
ファリンの命令を受けたガジェットドローンは観客達へと飛び掛かり、群衆の中から女の子を一人担ぎ上げる。実にコミカルな動作に、拉致であるのに人々の笑いを誘った。
ヒーローショーの目玉である、子供の拉致。子供を人質に取って、ヒーローの登場を促すのである。可愛い子供の悲鳴が、ヒーローの登場を大いに盛り上げるのだ。
ファリンは連れて来い、ではなく、連れ去れと言った。ヒーローショーでは一番過酷な脚本、ヒーローが来るまで子供を隠すという演出である。
駅前にいたということは、もしかすると外から来た女の子なのかもしれない。いずれにしてもまずいぞ、これは。
「どうしてそんなに慌てているんだい、マスター」
「あいつは今悪役で、正義の味方を求めているんだぞ。ヒーローショーで誤魔化されているが、立派な人質事件だ」
「あっ!? だ、だったら、マスターが行けば――」
「あいつのヒーローはライダーなんだ、架空の存在なんだよ。絶対に現れないし、俺が言っても納得しない。ヒーローショーが破綻したら――大事件になる」
イレインがファリンに命じれば中止させられるが、"ヒーローショー"という媒体がまずい。人々が多く集まり過ぎており、下手に熱狂を冷ますとファリンの支持が転落してしまう。
それにイレインならファリンを止められるが、子供を人質に取っているガジェットドローンは止められない。ガジェットドローンの操作は、『ローゼ』にしか出来ないのだ。
最終機体の弱点が、ここにある。仮想人格と主人格、ローゼとイレインで役割が異なるのだ。イレインがローゼになると、ファリンの支配権が奪われる。うぐぐぐ、どうすればいい。
聖なる夜、"ヒーローショー"という実に舵取りの難しい事件が勃発した。救うのはファリン、そして――
鮮やかな黒髪のツインテールを結った、関西弁の少女である。
<続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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