とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第四十話
腹黒いマネー戦争ではあったが、行われたオークションそのものは正当。史上最高の金額で落札した至高の芸術品ノエルは、正式に俺の物となった。盛大な拍手を贈られて、権利を手に入れた。
お金で手に入れたという点で見れば月村安次郎のやっていた事とあまり変わらない気がするが、支払ったお金は全て寄付される事を慰めとする。あの成金親父と同じ穴の狢にはなりたくない。
落札されたノエルは即日白旗の元へ送り届けられて、月村忍が早速ノエルを検品。隅々まで検査して傷一つない事を確認して、忍はようやく安堵の息を吐いた。
ノエルは月村家にとって家族同然の使用人、養子縁組して日が浅い妹さんも礼儀正しく頭を下げてくれた。忍も半ば涙を滲ませて、似合わない礼を述べる。
「本当にありがとう、侍君。危ない橋を何度も渡り、命懸けで綱渡りまでしてノエルを救出してくれたんだもんね」
「俺がこの聖地へ連れて来たから、起きてしまった問題だからな。単なる責任だ」
「侍君が"他人を助けてくれた"という点が大きいよ」
腹が立つ物言いだが、あの魔女とは違った意味でこいつも俺と同じ面を持っている。愛を囀る女が理解者というのは、どうも薄ら寒くて参ってしまう。長い付き合いという点もあるんだけど。
結局、ジェイルが黒幕より奪い去った全額をノエルにつぎ込んだ。捜査の名目なので全額使うのは当然だが、分を超えた大金を扱った経済戦争というのは金銭感覚が麻痺してしまいそうだった。
あのお金を白旗の運営に使えば猟兵団や傭兵団とも対等以上にやりあえたかもしれないのが、少しだけ惜しい気がする。
「目も眩む大金を使ってくれたんだし、これはもう月村家の全財産を持参金として侍君へ嫁入りするしかないね」
「ノエルに使ったんだから、ノエルが嫁入りするべきだろう、その場合」
「メイドのノエルとセットでどうですか、旦那。ノエルなんてスリーサイズが何と97/59/94、毎晩がお楽しみですぜ」
「何だ、そのモデル体型!? ボク、婚約者いるんで遠慮しておきます」
「侍君の場合、誰の事なのか分からないのが怖いよ。愛人として、きちんと管理しておかないとね」
「愛人にはどういう権利があるんだよ!?」
ノエル本人については、結局再会の余韻に浸る事は出来なかった。忍の検査ではやはり電池切れで、全機能が停止しているだけらしい。電源が切れて、魔女がさっさと売り払ったようだ。
ならば充電すれば意識も回復するのだが、魔女に操作されたという点に問題がある。充電して目覚めたら襲い掛かってくる可能性を、身内であっても組織のリーダーなら考慮しなければならない。
忍も俺の立場を尊重してくれて、ノエルとの再会を先送りにして、ジェイル・スカリエッティに検査と改良をお願いした。あいつは黒幕に追われて身を隠しているが、いつでも連絡は取れる。
オークションで梱包された状態へ戻し、極秘ルートを通じてノエルを移送。魔女に二度と支配されないように、ジェイルが改良してくれる事となった。忍とも共同で自動人形の改良に着手する。
ノエルの問題はこれで解決した。残りはクアットロとドゥーエ、この二人はあまり心配していない。積極的と消極的という違いがあるが、魔女の協力者だ。敵側の立場で俺を試している。
クアットロ一人だけじゃない、今だに帰ってこないドゥーエも恐らく俺の行動を窺っている。自分の素顔を見せられる器であるのか、自分の羞恥心とも闘いつつ窺っているのだろう。
問題はミヤとファリンだ。デバイスとオプション、支配するのが非常に容易いあいつらをどうやって取り戻すのか悩む。厄介なのは敵さえも多分持て余している事だ。
戦場において厄介なのは、何も敵だけではない。むしろ役立たずの味方が、敵よりも厄介に足を引っ張る。デバイスとオプションという道具が、原理が不明の信念で動いているからな。
更に面倒なのは、一連の行動で魔女が俺を評価しまくっている事だ。映画や物語の主人公に感情移入するのと同じく、"自分"の活躍に歓喜している。"自分"の物語を、まだまだ見たいだろう。
あの二人をどうやって取り戻せばいいのか、無駄に戦闘力があるので性質が悪い――復活祭開催も迫った今、俺は自分の頭脳陣に相談することにした。
「慈善事業団体や他宗教関連組織、国際協力支援機関及び公共共同募金会等から、連日の寄付や義援金申請の対応に追われているあたしに何か御用でしょうか。
つまらない用事だったら末代まで祟り殺すわよ、ご主人様」
「時空管理局及び聖王教会との連携、オークション主催者や宗教権力者の方々からの御協力と御支援、住民監査委員会と会計検査院との会議に連日徹夜の私に何か用事ですか。
つまらない相談でしたら足腰が立たなくなるほど絞り取りますよ、飼い主様」
「いえ、何でもありません」
精神的疲労で悪霊化しているアリサと肉体的疲労で悪女化しているアリアに睨まれて、迷うことなく戦術的撤退。アリアって荒れると売女みたいになるのか、怖い。
実に頼りになる三役は資金稼ぎの為に俺が提案した大規模捜査網を展開し、黒幕とその支援組織や関連企業の徹底追求を行っている。ベルカ自治領との癒着もあったらしく、教会も大張り切りだ。
権力社会も、決して一枚岩ではない。利得関係の彼らを繋げているのは金銭、巨額であれば繋がる線も強くなる。俺が黒幕より奪い取った巨額の資金はさぞ彼らの繋がりを明るく照らし出すだろう。
三役が権力者達が支配する上の階層を、ルーテシア達が権力者達を支える基盤である下の階層を叩き潰している。今回のオークションで裏社会だけではなく、表の構造も劇的に変化するだろう。
――表社会も裏社会も激変する、この意味をこの時俺一人だけ正しく理解していなかった。この後ふらつく俺を、呆れた顔で見やるこいつに関しても。
「皆忙しい中、相変わらずお前一人バカ面晒しているな」
「俺だって今色々と悩んでいるんだぞ、アギト」
「分かってるよ、まだ攫われたままの連中の事だろう。お前の心配を一個取り除いてやるよ」
「一個……?」
「あのチビスケの事は、アタシに任せておけ。ただし、一つだけ注意しておきたい事がある」
「何か対策でも思いついたのか?」
「復活祭の日――"何が起きても"、絶対にアタシを止めるな」
「! お前、何をするつもりなんだ」
「自分の"本来の役目"を果たす。過去の記憶は今も覚えてねえし、もうどうでもいい。今のアタシの使命を果たす」
「……ここのところずっとリニスとこそこそ何かしているようだが、何を考えている。馬鹿な事はするなよ」
「お前に言われたくねえよ。馬鹿ばっかりしやがって、たく……一応言っておくが、山猫の姉さんは関係ねえ。アタシが頼みこんで、やっと上手くいきそうなんだ。
いいか、アタシが必ずあのバカを元に戻してやる。だから、お前も本来の役目を果たせ」
「俺の、役目……?」
「お前は、剣士だ。だから――"斬る事"を、絶対に躊躇うな。烈火の剣精様の、ありがたい教えだ」
アギトはニカッと笑ってそう言い残して、そのまま飛び去っていった。その後あいつとは復活祭開催まで、何一つ話す事はなかった。俺との接触を、自分から拒否していた。
問い質す事は出来なかった。あいつは自分を"烈火の剣精"だと言った。剣士が斬ると決めたのなら、誰が何を言おうと止める事は出来ない。任せろと言うのであれば、任せるのが相棒だ。
復活祭で何かが起きる事は多分、情報とかではなくあいつの直感で警戒しているのだろう。魔女の手先となったミヤが襲いかかってくるのか、それともあいつ本人が敵視する相手なのか。
止めるな、と警告する理由も想像がつく。単純な話だ、俺は弱い。弱い人間に止めに来られても、単に邪魔になるだけだ。ミヤであれ誰であれ、戦いになれば俺はあいつの邪魔になるだけだ。
ならばせめて、あいつの障害となる敵を一人でも減らしておかなければならない。アギトの決意に報いる為にも、俺はプライドを捨てて相談する事にした。
『陛下御自ら私に相談して頂けるなんて、とても光栄です』
「……何か、嫌味で言われている気がする」
ジェイル・スカリエッティの秘書役である、ウーノ。ジェイルの頭脳を支える明晰な彼女は、自動人形等の優れた技術にも詳しい。魔女対策本部の優秀なスタッフだ。
個人的な関係は一切ないので躊躇していたが、アギトの決意に後押しされて連絡を取った。ジェイルの窓口である彼女とは、取り次ぎの意味でこうして通信が行える。
あまり好かれていないようだが、理由が明確にあるので平身低頭するしかない。思えば今回のオークション計画で汚れ役を押し付けてしまったのだ、嫌われても仕方がない。
黒幕の金を全て奪った実行犯、ジェイルと横並びで指名手配されている。彼女にしてみれば、堪ったものではないだろう。博士とは違って、自分から白旗に協力しているわけではないのだから。
俺のせいで人生を狂わされた、唯一の犠牲者である。
「オークションの件は、本当に申し訳ない。白旗の活動と平行し捜査にも大いに貢献し、ジェイルや貴女達の贖罪にも協力するつもりだ」
『心配はいりません。もしも身の破滅となりましたら、陛下に貰っていただきますから』
「は……?」
『陛下の御命令により、かの黒幕より資金を全て強奪したのですよ。しっかりと責任を取って頂き、私を貰って頂きます』
「い、いや、あの――結婚は人生の墓場とも言いまして、あまり変わらないというか」
『半分冗談です、本気になさらないで下さい。女性関係への追求が、陛下を効果的に攻撃する良い手段だと以前より思案しておりましたので』
……貴女のような美人に結婚を強要される男の身になって下さい。心臓がバクバク言っている。ジェイル・スカリエッティの右腕は、ドゥーエの姉らしい恐ろしい女だった。
怜悧冷徹な己の美貌を自覚した、女性関係の強制。戦闘機人は一から製造された自動人形とは異なるが、彼女達の容姿は作られたとしか思えない美に恵まれていた。
スカリエッティの長女であるウーノもまた失敗作の修理品との事だが、俺から見れば立派な完成品に見えてしまう。
あまりにも美しい女性だと、凡庸な男では逆に萎縮してしまうのだ。
『ご安心下さい。ドゥーエについては、私が責任を持って回収致します。既に策も幾つか考案し、現地のチンクとも連絡を取り合っております』
「チンクとの連携……入院中の彼女にも、何か協力を求めているのか」
『陛下のご心配は美しくはありますが、忠誠心の強い彼女にとっては重く辛いもの。与えられた立場を全うできない自分を強く恥じているのです。
私は陛下のご家族とご友人の治療により、今は動けません。是非ともあの子に、名誉挽回の機会をお与え下さい』
「……ハァ、どいつもこいつも一人前に動いていやがるな……少しは俺にも、頼ってもらいたいものだが」
『失礼ながら、陛下の大業は今の陛下自身の身に余るものです。偉業を果たすべき陛下の御身を支えられるのは、陛下と同じく自らの使命を果たせるものでありましょう』
――何故だ? この言い方ではまるで、俺が聖王陛下と同列のようではないか。彼女もまたクアットロと同じく、俺自身には懐疑的だったのではないのか。
ジェイルのように勘違いしているのではない。チンク達のように認めたとも思えない。俺には限界があると分かった上で、俺が必ず事を成せるのだと信じてくれている。
そうでなければ黒幕の資金強奪などという大罪を、冗談で済ませたりしないだろう。彼女もまた一連の事態を通じて、俺の行動の成否を見ていてくれたのだ。
参ったな……海鳴だけではなく、異世界にもいい女が多いぞ。これほどの女を失敗作として捨てた黒幕の目を、疑ってしまう。
「ドゥーエについては分かった。クアットロについても、何か考えとかあるのか?」
『考えは何もございません。ただ、ただ無事に帰って来てくれる事だけを、博士共々心から願っております』
「……ああ、セッテが居るもんね」
誘拐された子供の安否を気遣う母親のように、ハンカチを噛み締めるウーノ。被害者としては正しい姿勢なのだが、命を狙っているのは犯人ではなく身内なのが泣ける。
無表情に怒り狂っていたセッテも最近は何故か鳴りを潜め、妹さんと積極的に交流している。傍から見れば子供同士微笑ましく見えるのだが、あの奇妙な人間関係は俺にも理解が出来ない。
教会からの給料を貯めて良い馬を買うのだと、張り切っていた事も気にかかっている。犬や猫ならともかく、馬というのがよく分からない。
「うーむ、そうなると残る懸念はやはりファリンか……地球にでも帰って、ライダーのビデオでも持ってくるかな」
『ファリンという自動人形の件については、実を申しますと陛下に御連絡差し上げるつもりでした』
「おお、まさか何かいい案でもあるのか!」
『その件について私よりも適任の担当者がおります。先日検査と改良を終えましたので、意識が回復した"ナハトヴァール"とご一緒にお連れする御予定です』
ナハトについては長期入院だと寂しがると思い、前もって早期の治療をお願いしておいた。医療施設の廃棄で結局遅れてしまったが、どうやら回復したらしい。
ナハトヴァール達とほぼ同時期に入院した奴については、一人しか心当たりがいない。しかし頭脳明晰なウーノとは真逆の存在だ。
――何しろ異世界でも群を抜いたアホだからな、あいつは。
「何だ、あいつも治療が早く終わったんだな」
『お忘れですか、陛下。あの子を製作したのは我々ですよ。設計図から部品まで全て、一から取り揃えておりますので検査や治療も早く済みました。
魔女の一件で博士も相当お怒りの御様子で、聖王のゆりかごやアルハザード等、博士がお調べになっていた古代技術の粋を尽くして改良なさっておりました。魔女に二度と支配されないように。
戦闘技術も大幅に向上して、ガジェットドローンのようなモードチェンジも可能となりました。今後陛下の更なるお力となるでしょう』
「……あいつの場合、ありがた迷惑という気もする」
ライダーのように、"戦闘モード"にでも変身するのだろうか。アホが頑張ると、余計に周囲の迷惑になるのだと才女にも認識して頂きたい。
ただ外見や内面を含めた変化は、機械操作を防ぐ点で言えば納得は出来る。根本となる構造そのものが変更すれば、支配権を握るのは難しくなる。性質を変えるということなのだから。
ただファリンを破壊するのであれば話は別だが、ファリンを救うという意味ではむしろこの改造は遠ざかっている気がする。
「話は分かったけど、戦闘技術の向上がどうしてファリンを救うことと繋がるんだ」
『あの子は指揮官型です。自動人形としての基本性能には優れておりますが、自身が戦闘技術の全機能を行使する事は不可能です。
全ての機能を開放するためには――"起動"しなければならない』
「そう言えば、初対面でも"起動"を促していたな。機能を発揮するために、必要不可欠だと」
『そして、その眠っている機能の中に――"オプションの起動"が含まれているのです』
「! まさか、ファリンを救う手段とは』
『エーディリヒ式最終試作型自動人形"イレイン"の起動により、オプションの支配権を取り戻す。それがあの子が考えた、救出策です。
ただ"イレイン"の起動とは性能のみならず、最終機体という"人格"の目覚めを意味します。ローゼという仮人格とイレインという主人格、どう転ぶかは陛下との関係次第でしょう。
ですので次善策として自らを戦闘兵器として、力ずくでオプションを取り戻す事も視野に入れております』
「で、でも、それは――」
『起動すれば、"ローゼ"という人格は消えます。起動しなければ、オプションとの戦闘となるでしょう。どちらにしても、あの子は行動に出るでしょう。
陛下、あの子は貴方を心から敬愛している。"イレイン"であっても、"ローゼ"であっても、必ず受け入れてくれると確信している。だからこそ、支配された自分が何より許せない。
もしもあの時"起動"していれば――支配されていなかったのだから』
……愕然とした。ウーノは知らない、起動は俺に禁じられていたのだ。あいつの自我が不安定なのだと分かっていながら、俺は起動するのを禁じていた。そんな人間が、主人面していた。
俺は一体、何をしているのだろう。あいつをアホだと言いながら、俺だって立派な馬鹿だ。だから、魔女なんぞに付け入る隙を与えてしまった。
イレイン、ローゼ――いずれにしても、あいつは今こそ自分自身と向きあおうとしている。ファリンを、自分の仲間を救い出すために。自分の犯した罪を、償う為に。
『"斬る事"を、絶対に躊躇うな』――アギトの言う通り、主人である俺もいい加減向き合うとしよう。
「分かったよ、ウーノ。何が起ころうと、俺が必ずあいつを止める。そして戦闘技術が向上したあいつにも、俺に何か起これば止めてもらうとしよう」
『? どういう意味ですか、陛下』
「ローゼがイレインというもう一人の自分と向き合うのであれば、俺も――聖王オリヴィエという、自分の剣と向き合う」
復活祭の開催を前に、いよいよ神を降ろす儀式を取り行う。
<続く>
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