とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第四話
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飛び込んできたのは鼻だった。
黒く、小さな鼻先―――
ぴょこんと突き出る鼻先が俺の顔にぶつかって、俺は思わずよろけてしまう。
「こら、突然飛び込んでくるな!」
「あはは、久遠よっぽど会いたかったんですよ」
飼い主に同意するかのように、久遠は俺の頬に擦り寄る。
初めに会った時から比べ物にならないほど、こいつは俺に懐いていた。
一度那美に返して以来とはいえ―――ちょっとこれは過剰だ。
「はいはい、もう分かったからとっとと離れろ」
「くぅーん・・・」
両手でむずっと掴んで離すと、名残があるのか小さく鳴いた。
喫茶・翠屋で行われるらしい退院祝いパーティなるもの―――
まさかこいつらが来るとは思わなかった・・・・・
「うんうん、感動の対面だね」
「やかましい、諸悪の根源」
車から降りてきたリスティが、俺を見るなり面白そうに笑っている。
俺が嫌がる事は平気でする女だ。
神咲や久遠を連れてきたのも、遠回しな嫌がらせに違いない。
―――って、おい!?
「あれ、良介さん!?」
「フィリス!?な、何でお前・・・・・」
「い、いえ。リスティが緊急を要する用があると言うので・・・」
さっき別れたばっかりじゃねえか・・・・・
リスティの背後からひょっこり顔を出したフィリスが、困惑の顔を向ける。
さすがに白衣ではないが、病院は大丈夫なのかこいつ。
「お前、患者はほったらかしか」
「そんな事しません!
どうしてもと言うので、空き時間を作ってきたんですよ・・・・ハア。
ちゃんと説明してくれるのよね、リスティ?」
横目でジッとリスティを睨むフィリス。
まずいな・・・・・
俺は内心舌打ちする。
事情を聞けば、こいつは多分―――
「ごめん、ごめん。
実は今日、良介の退院を祝してパーティする事になってね・・・・
フィリスも呼んだら、良介きっと喜ぶと思ってさ」
「誰が喜ぶか!」
「えっ!?
・・・・い、嫌なのですか、良介さん・・・?」
おいおい、ちょっと待てよそこの医者。
別にお前が嫌とかじゃなくて、この不良警官のやり口が―――ああ、説明がめんどい!
何故かしょんぼりするフィリスに、とりあえず言っておいてやる。
「わざわざお前に来てもらうのも悪いだろう?
ほ、ほら、迷惑をかけたしよ・・・・」
―――なんで俺、いちいち言い訳してるんだ?
別に取り繕う必要も無いだろうに―――
退院した以上、俺とフィリスはほぼ無関係。
信頼を深めなくても、俺は何のマイナスにもならない。
アホ臭い事なのは分かっているんだが、こう―――な?
そんな俺をまじまじと見て、フィリスはようやく表情を和らげる。
「良介さんが私に迷惑をかけたのは一回や二回じゃないんです。
今更遠慮なんかしないで下さい」
そう言って、すっと俺の頬を撫でるフィリス。
少し冷たい手の平の感覚が少し―――ほんの少しだけ、心地良かった。
「・・・仲がいいんですね、お二人は」
「患者と医者の立場を超えて、二人は求め合ってるんだよ」
「じょ、情熱的ですね・・・・・」
「能天気なその頭を叩き割ってやろうか、お前は!」
こそこそしながらも聞こえる声で話す二人。
その傍らの銀髪の女に、俺は怒鳴り散らした。
相手にしてると、頭が痛くなってくる・・・・
楽しげにするリスティだったが、ふと思い出したように、
「そうそう、良介にお土産があるんだ。ちょっと待ってて」
そう言って、車から何やら小荷物を出してくる。
土産―――?
貰える物は何でも貰う俺だが、こいつからとなると途端に怪しくなる。
リスティは小荷物を取り出して、そのまま俺に差し出す。
・・・・・・えーと・・・・・・
「――――念の為聞いておくが・・・・・これ、真雪からだろう?」
「すごい・・・・・正解だよ。素晴らしい推理力だね」
「誰でも分かるわ、ぼけぇっ!!」
日本酒、一本―――
こんなもん俺に送るのは、あの酔っ払いしかいねえ!
「鬼殺し」とラベルを見ただけでも、そうとうきつそうだ。
酒は好きだが――――微妙に嬉しくない。
「なっ!?リ、リスティ!
良介さんはまだ未成年なのよ!」
「大丈夫、大丈夫。良介、前にいっぱい飲んでたから。
この程度一気飲み出来るよ」
出来るか!?
っていうか、フィリスの前でその話をするなぁぁぁぁ!!
「どう言う事ですか,良介さん!?そんな話、聞いてませんよ!」
―――ほら、見ろ。
「いや、だからだな・・・・・・」
「もう・・・やっぱり退院は早かったようですね。
後二・三年は入院してもらって、良介さんの悪い部分を私がちゃんと―――」
「そりゃあ治療じゃなくて教育だろうが!?」
「良介さんが悪いんです!」
「いや、まあそうだけど・・・・
っていうか、根本的におかしいだろうそれは!」
喫茶店の前で言い争いをする俺とフィリス。
目的を綺麗に忘れ去ってやりあっていたが、突然遮られた。
「リスティッ!?フィリスッ!?」
へ・・・・?
透き通った高い声に振り向くと、喫茶店の扉が開いていた。
中から出てきたのは翠屋のエプロンをつけた女―――
別にそれは珍しくも無いが、その相手が外人の美人なら話は別だ。
際立った容姿は人目を惹きつけ、プロポーションはエプロン越しでもはっきりと分かる。
人種を超えた美しさに加えて、その雰囲気も洗練されていた。
思わずじっと見つめてしまったが、その均衡も俺の喧嘩相手が破ってくれた。
「フィアッセっ!?」
―――何か、俺の知らないところで喜び合う二人。
リスティもリスティで、俺に向けていたのとは違う優しさを表情に浮かべていた。
(フィアッセ・・・?)
それが、歌姫と呼ばれるフィアッセとの出会いだった。
<第四話へ続く>
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