とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十五話
聖女の護衛と聖王のゆりかご調査、この依頼を発端に起きた一連の事件は聖地を揺るがす大事件へと発展した。聖王騎士団の全滅に聖女の入院、聖地の大地震と聖王のゆりかごの起動。
前者のみであれば聖王教会が何が何でも事実を伏せていたであろうが、後者の影響が大き過ぎた。目撃者は聖地に住まう人々全員、被災者はミッドチルダ全土に及んだ。
幸いにも地震による死傷者は出なかったのだが、後者により前者の犠牲者がピックアップされてしまう悪循環。隠し立てするのは不可能であり、聖王教会は真実を明らかにするしかなかった。
その上で、実に思い切った手段に出た。
『被災者の窮状は、我々マスメディアにも真偽を別にして多く伝わっております。原因不明の被災が起きた現地では情報も錯綜し、混乱も大きかったと思われます。
貴女自身も被災に遭う危険があったと思われますが、その点はいかがお考えでしたか?』
『私が何故無事だったのか、ではなく、皆さんが被災に遭われた事だけを考えて行動いたしました。考えと言うのであれば、聖王教会の教えに従って行動したまでです』
『ご立派なお考えですね。貴女の勇気ある行動を讃えて聖王教会より感謝状と聖位を送られる意向でしたが、本日の面談で辞退なされたと伺いました。
申し上げにくいとは思いますがその真意を是非お聞かせ下さい、ローゼさん』
『被災が聖地にまで及ばなかったのは被災原因を突き止められた聖女様と、聖王教会騎士団の方々の勇気ある行動によるものです。聖女様と騎士団の方々こそ、真なる救世主です。
私はただ皆さんをお守りする為に行動した方々へ、ほんの少しの力添えを行ったまでです。もしも感謝するのであれば、皆さんをお救い下さった方々全員だと思います。
今こそ私は、皆さんに御礼を申し上げたい――聖女様、聖王教会騎士団の方々、聖地をお守り下さってありがとうございました』
美談とは、悲劇の中から生まれる。甚大な被害と悲劇を生んだ今回の被災で犠牲者が一人でも出なかった奇跡を、人々はたった一人の非力な少女から見い出したのである。
麗しい美貌を汗に濡らし、白い手のひらを泥で染め、綺麗な銀の髪を乱して、被災地より騎士団と聖女一行を救い出した女の子。自分から名乗り出ず、教会側からの感謝により発見された救世主。
聖王のゆりかごで起きた怪現象、正体不明の失調は伝染病等の危険性も高かったのに、被災地で己を顧みずに全員を救い出した少女。その勇気ある行動に、ミッドチルダ中が涙した。
ミッドチルダ全土が不安と恐怖に怯える中で、救世主である少女の存在が神の如き威光に照らされたのである。各マスメディアは連日彼女を追い、少女の素顔と内面が眩しく飾られた。
少女は、何も求めない。結果を聖女に譲り、功績を騎士団に捧げ、支援を教会に委ね、援助を人々に与え、自分を世界に売り渡した。少女という額面から何一つ外れず、彼女のままで在り続けた。
本当に、何一つ変わらないままで。
『貴女の尊敬する人物は誰ですか――主です』
『主とは誰だと聞かれるぞ』
『ローゼが居ないと何も出来ない、松葉杖をつく殿方であるとお答えします』
『寝たきり老人かよ、俺は!?』
無論救世主の正体は、アリサと俺のカンペに頼っているこのアホである。自動人形なのだから霊障に合わないのは当然だという事実を利用して、被災地の人々を全員救出させた。
被災後も自分から敢えて名乗り出さずに、教会やマスメディアが来るのを辛抱強く待った。美談は、自分から語ってはいけない。誰かが語り継ぐ事で英雄譚となり、伝説となるのだ。
聖女から感謝が送られるとばかり思っていたのだが、意外にも真っ先に騎士団の連中がローゼを祭り上げた。霊障による失調に苦しむ彼らに、ローゼの温かい励ましが何よりの力となったらしい。
感謝状を提案したのは、あの騎士団長らしい。聖位はゆりかごが起こした悲劇を美談にしてくれたローゼへの後ろめたさと感謝なのだろうが、どちらもローゼはやんわりと辞退している。
俺達の目的は、ローゼ本人を世界に売り込む事である。アイドルでも、救世主でもなく――ローゼという存在を、世界に知らしめればそれでいい。ただそれだけで、目的は達成していた。
どこぞの得体の知れぬ怪しげな人型兵器が封印されても何の話題にもならないが、生地を救った救世主が突然行方不明になれば大騒ぎとなる。何より、ローゼに大きな借りがある聖王教会が黙っていない。
その上で教会上層部は、ローゼがジュエルシードを動力源とした自動人形である事は承知している。教会の名誉を大いに高めてくれたロストロギアを、彼らは何より重宝してくれるだろう。
となれば、ローゼを管理するこのプランも重視される。被災にこそ遭ったが、聖王のゆりかごの怪現象を解決した俺達の存在もこの先重視されるだろう。プランの重要性は、飛躍的に高まったのだ。
怪現象が起きたことも想定して、管理プランに聖王のゆりかごというロストロギアが組み込まれる事はほぼ決定的となった。司祭を通じて決定となり、管理プランは聖王教会公認へと認められる。
それはローゼとアギトの安全性を高める結果となるのだが――聖王の霊と聖王のゆりかごという新しい爆弾を抱える、危険性も孕む事となるのだ。
『では主、本日は聖地で被災された方々の慰問に行って参ります』
『うむ、せいぜい人々のために役立ってこい』
『売れっ子で辛い日々であっても、主の事は決して忘れたりはしません。あの人は良い人でした、とインタビューできちんと語りますので』
『大物女優気取りで、過去の人にするな!? さっさと行け』
俺の前ではアホ三昧だが、基本的にあいつは終始一貫して礼儀正しいので心配はしていない。仮にも指揮官型の最終機体だ、己の采配に決してミスを出さない。失言や放言はありえない。
ローゼのおかげで聖王教会はひとまず安泰、ローゼが所属する俺達白旗の評価については乱高下を繰り返している。立ち位置や見方によって、扱い方は全く異なってくるからだ。
俺達への依頼は聖女の護衛、この観点で言えば失敗している。護衛対象の聖女本人に怪我こそないが、怪現象で入院しているからだ。怪なる現象であろうと、守らなければならない。
ただあくまで依頼遂行という意味でしかない。何人も失調者を出している現象が起きている聖王のゆりかごに、聖女一人を派遣した教会の責任も大きい。誰が見ても、丸投げだからだ。
聖女本人は守れなかったが、聖女が果たすべきゆりかごの怪現象は解決した――この点で言えばむしろ、教会としては十分目的を達成している。聖女本人も入院こそしたが、命に別状もない。
現象解決の証拠として持ち帰った、『蒼天の書』の存在も大きい。古代ベルカの遺産であり、聖王のゆりかごに保管されていた聖王の遺失物。分析結果、戦乱時代の遺物である事も明らかとなった。
怪現象の解決はその後の調査員派遣により明白となり、聖女の功績は高く評価された。彼女の評価は予言の正当性をより高め、いよいよ"待ち人"の存在が待望される事となる。
その聖女が俺達白旗を弁護し、俺達の成果を主張してくれたのだ。山間部で逮捕した連中が、何よりの実績の証拠となった。だからこそ教会側は認め、敵側は一斉に批判している。
特に猟兵団や傭兵団、今回山間部で襲撃を仕掛けてきた連中は不干渉を主張すると共に、騎士団や聖女を守れなかった俺達を鬼の首でも取ったかのように批判した。
『どうしてあんな無責任な事が言えるのでしょうか!? 気になさらないで下さいね、ご主人様。聖女様はこのような瑣末な妄言に、耳を貸したりはしませんから――ゴホ、ゴホ!?』
『いいから寝とけ、お前は! 体調が悪化したんだろう、病院からわざわざ連絡しなくていいから』
『ゴホ、ゴホ……も、申し訳ありません。す、すぐに退院して、ご主人様の元に――』
聖女の入院先は護衛依頼を終えた俺達には当然知らされず、見舞いにも行けなくてやきもきしている中、同じ体調不良で休んでいるバカ娼婦は律儀に毎日連絡してきている。
体調不良で当日休んだくせに、何故か次の日になって改めて体調不良になったとか、意味不明なことを言ってのけているのだ。最近の風邪は性質が悪いようだ、頭まで混乱していやがる。
娼婦の体調不良といえば性病を疑ってしまうのだが、その点を指摘すると躍起になって否定するあたりが可愛いと言えなくもない。娼婦のくせに性的な行為には初心だからな、こいつ。
こいつはまだ平和でいいのだが、人間なんて病気にかかっちまうと、普段強い人間でも心を弱らせるもんだ。俺もいい加減その辺は悟っている、きちんと手を打っておいた。
『具合はどうなんだ。俺が見舞いに行っても、合わせる顔がないの一点張りなんだが』
『僕やシャッハは順調に回復しているけど、逆に彼女は悪化する一方だ。霊障というのはどうやら、各個人の精神状態により病状が左右するものらしい。
聖女様や僕達は君に多く助けられ、君や白旗の皆さんを心から信頼している。君達ならばやり遂げてくれるとわかっているから安心して休めるんだけど――
聖騎士――今は、ルーラーさんか。彼女は任務を果たせなかったことを、強く悔やんでいるようなんだ』
騎士である彼女の第一の任は、主となるべき人間の剣となる事。そして彼女の主である騎士団長は、霊障により倒れてしまった。彼女は、主と選んだ人間を守れなかったのだ。
ルーラーが騎士団長を主と選んだ事を察しているのは、現状俺一人だけ。だからこそ事の深刻さを理解できず、ヴェロッサはのほほんとしている。まるで主が今も、元気であるかのように。
俺は騎士でもなければ、主でもない。彼女を立ち上がらせることは、多分出来ない。己の騎士の忠義に報えるのは、主本人のみなのだから。
でも俺は主ではないが、彼女の仲間であるくらいには自惚れてもいいはずだ。フィリスだっていつも、赤の他人だった俺を癒して支えてくれた。
『分かった、じゃあせめて彼女の友人として伝言を伝えてほしい』
『ほう、"君からの"言葉か』
『貴女の剣により、俺達の白旗は今も聖地の空に掲げられている――この白き旗の下で、俺はいつでも待っていると』
連中は、俺達を批判する――批判している、だけだ。口出しも、手出しもしてこない。理由は明らかだった、奴らの領域においても打倒できなかった――その一点のみ。
戦場において強さこそ第一であり、猟兵や傭兵にとって強さは名誉より重んじられる。魔法を打開した強者達を打倒したのは、聖騎士の高潔なる剣であった。銃を、剣で斬ったのだ。
銃弾を斬り裁き、銃口を斬り結び、銃身を斬り開き、銃声を斬り裂いた。剣一本に近代兵器が太刀打ち出来無かったという、悪夢のような現実。
そんな彼女、聖騎士が掲げている白旗は、無風の状態で今もたなびいている。それが名誉でなくて、何だというのか――恥じることなど、ない。
『――だってさ』
『えっ……?』
『――っ……うっ……あ、ありがとう、ございます……私のような者に斯様な期待と、賞賛のお言葉……うう……
剣士殿、必ず――必ず、私は貴方の元へ馳せ参じます!!』
『お前から伝えろと、言っただろう!?』
『ふふふ、すまないね。まあ、安心してくれ。シャッハや"娼婦様"にも同じ言葉を送っておくから』
『同じ病院なのか、あいつ!? というか、留守番電話のような対応はやめろ!』
ヴェロッサ・アコースという頼もしくも愚かな査察官様に、一応ルーラー達の事は任せている。容態は劇的に回復しており、退院もそう遠くはないらしい。
とはいえ、近い内では決してない。人手不足は明らかに深刻だった。戦力不足は勿論だが、単純な意味でも人手が足りない。そもそも俺以外全員有能なのだ、半分も減ると組織が成り立たない。
俺としては仲間の回復を待つ間、白旗を一時的にでも畳みたかった。猟兵団や傭兵団といった敵陣営も、ルーラーやレヴィの活躍で及び腰になっている。俺達には手を出してこないだろう。
仲間を信じる――海鳴より学んだ人間としての教えを、俺の相談役達は非情に断じた。
『宮本君、仲間を思い遣る君の気持ちは美徳だ。信頼の高さこそが、白旗を支える大きな要素であることも認めよう。だが、敢えて言わせてもらう。
君の今の姿勢には、到底賛同できない。人としては立派だが、人の上に立つのであれば、その決断は失格だよ』
『儂も同意見じゃ。もし入院中のミゼットちゃんが今此処におれば、お前さんを厳しく叱りつけていたじゃろうな』
『人を増やせと、仰るのですか。しかしそれは彼女達を蔑ろにする行為じゃないですか、きっと彼女達はすぐ良くなりますよ』
『学校行事ではないのだよ! 白旗を掲げている以上失敗は当然だが、停滞も許されない。今すぐにでも、人材の募集をかけたまえ!』
『馬鹿を言っちゃいかんよ。ユーリ嬢ちゃん達を蔑ろにしているのはむしろ、煮え切らないお前さんの今の態度じゃ!
仲間を信じるのは良い。だが、仲間に頼り切ってはいかん。まして甘えるなんて、リーダーとしては失格じゃよ』
近日中に良くなる――その近日という期間すら甘く見るなと、レオーネ氏やラルゴ老から散々叱られた。この姿勢は一貫として崩せず、人材募集をしないのなら俺を降ろすとまで言い切られた。
彼らの言い分には腹が立った、でも反論が出来なかった。あれほど俺を信じてくれる仲間達と一緒にやりたい、それは甘えなのだろうか? 信頼と依存、その違いがよく分からない。
彼らは正しいと思う。でも、自分の意志を崩したくはない。どうするべきか悩んでいると――今度は、アリサに平手打ちされた。
『いい加減にしなさいよ、あんた。忠告したでしょう、こうしている間にも聖地は荒れているのよ。騎士団が居なくなって、白旗が機能していない。
連中はあたし達が居なくなって、批判がきいていると思い込んでいる。積極的に支配活動に出て、ただでさえ被災した後の聖地の民が苦しんでいるのよ』
『分かってる。でも皆が居ないと、残されたレヴィ達に負担がかかって、結局白旗の活動に支障が出てしまう』
『苦労を掛けたくない気持ちはよく分かるわ。でも言わせてもらう、あんたは甘い。あんたが失敗すれば、この異世界ミッドチルダは滅ぶのよ。
聖王が命をかけても成し遂げられなかった悲願を、そんな甘い姿勢で果たせると思っているの!?』
『……』
『ユーリ達が、悪化したわ』
『あ、あいつらが!?』
『元々ユーリ達やザフィーラ達は、素性のしれぬ人間。探らない事を条件とした以上、一般の病院には頼れない――今の所はそう説明しているけど、悪化したら話は全く別。
現状維持なんて出来ないの。仲間に無理をさせなさい、新しい仲間を作るべくリスクを背負いなさい。出来ないのなら白旗を下ろし、その竹刀を捨てて聖地から出なさい。
――どう決断しても、あたしはあんたの味方になってあげるから』
現状維持、そう結局は現状を辛うじて維持しているだけなのだ。ローゼの奮戦も、夜天の人の決断も、三役の忠告も、アリサの示唆も、このままではなし崩しに無意味となってしまう。
苦しんでいる人達を救うために、仲間達を苦しめる。それは矛盾に見えるが、必要不可欠な行動なのだ。誰もが皆救われる道は、もう途絶えてしまった。
竹刀袋に入ったままの、自分の剣を睨みつける。こいつが、全ての元凶なのだ。皆が信じる待ち人――神様が、人々を苦しめている。
『全てを救いたかったんじゃないのか、あんたは!』
『――全ての人間を救うには、全ての人間を滅ぼさなければならない。取捨選択こそが人類を長らく苦しめた決断なのですよ、愛しき子よ』
『ふざけるな。救えないから全員を殺すなんて、それこそ究極の現実逃避じゃないか!』
『人間は、間違えている。その前提があるかぎり人を救えても、また人を殺さなければならない。永遠に繰り返すことは、永遠に間違い続けるという事なのです』
『誰かが、正しい決断をすればいい!』
『そして、次の誰かが間違えてしまう。間違えたことで、人はまた傷付いてしまう』
『正しく在り続けようと努力することが、人間なんじゃないか!』
『我が子よ――貴方はその努力をしたと、胸を張って言えますか?』
――!? 仲間を傷付けたくないから決断しない、それは努力の放棄じゃないのか? 傷付けたくないのなら、傷つかないように少しでも何かするべきなんじゃないのか。
現状は、維持出来ない。何をどうしたところで、危険は確実にある。ならば危険を回避するべく、努力をしなければならない。決断は決して、終わりではないのだ。その先にもまた、努力が必要だ。
ユーリ達を、救う。新しい仲間を、求める――二つを導き出す決断は、一つしかなかった。最初から、分かっていた事だった。
「分かりました、人手を増やしましょう。この聖地で確かな身分を持つ人間は軒並み他勢力に引き抜かれた後なので、ユーリ達と同様に人材次第で身元は問わずとしましょう。
ただし人材の最終決定は、私とさせて下さい。皆さんが適正を見極めた上で、私が選出します――そうは言っても、白旗に人が来るかどうか分かりませんが」
「君の悪い所は、自己評価の低さにもある。その分我々を信任してくれているのでやり甲斐はあるのだが、長としてはもう少し胸を張ってもらいたいね」
「ふぉっふぉっふぉ、白旗に注目する人間は多いのだよ。前々から問い合わせも多くあってな、ミゼットちゃんが内々に書類選考していたのだよ」
「聖王のゆりかごの起動で、聖王の存在が確かになったのよ。あの時聖王教会関係者もいたけど、無事だったのはあたし達白旗のみ。時期的に見て、あたし達の誰かが聖王候補だと捉えるでしょう。
言わば白旗こそ聖女様の護衛、最有力候補。機を見る目を持つ才覚者であれば、人材募集すれば真っ先に応募してくるわ」
「白旗への依頼も日々増え続けて、いい加減外からの協力者とか必要になってきたからね。本物の冒険者が来てくれるかもしれないわよ。楽しみだね、那美」
「で、出来れば、皆さんのように優しい方々がいいですよ、忍さん」
「ウキウキし過ぎだろう、お前ら。他勢力のスパイとか来るかもしれないし、用心しておけよ」
白旗は確かな実績こそ出してきているが、所詮はまだ弱小勢力である。来てくれたとしても大抵は就職難の若者達ばかり、実力ある魅力的な人なんてどうせ一人か、二人に違いない。
ただアリサや三役の見方では、そもそも白旗が今もこれほど聖地で良好に取り上げられているのは妙だと言う。被災では情報が錯綜しやすく、現地関係者や余所者はメディアに悪く捉えられ易い。
今までシュエル達が情報管理をして、ルーラー達が情報統制を行っていた。事務と現場が連携していたからこそ、情報は完璧に機能していたのだ。その二つが倒れたのに、まだ機能している。
つまり――白旗の『事務』と『現場』を、誰かが代わりに行っている。事務的人間と現場的人間、最低でも二人以上の人間が自主的に補佐してくれているのだという。
事務に強い人間と、現場に強い人間。そして何より、俺達白旗に協力的な才覚者。自主的にやってくれているところを見ると、自分の利益を求めていない。一体、何処の誰だろうか。
この人材募集を行えば、炙り出せるかもしれない。少なくともこの人材は、今の白旗には不可欠なのだ。引き抜いて損はなかった。
「新しい人材が揃い、ユーリ嬢ちゃん達が元気になったら、白旗もまた新しく立て直そうではないか。今が踏ん張り時だよ、宮本君」
「はい、ご忠告感謝します。聖王のゆりかごの件についても、皆が揃ったら改めて説明させて頂きますから」
「うむ、儂らも気になってはおるが、まずは現地の立て直しが肝心じゃ。此度の被災と聖地の混乱もあって、現地の人員のみでは対処しきれず、管理局からも応援が来るらしい。
ゆりかご起動で予言も確かなものとなり、今後聖地にもますます人が来るじゃろう。その為の要員じゃ」
「"応援"ですか――どの組織も、今が正念場ということですね」
白旗の"追加人材"に管理局の"追加要員"、敵勢力の"追加戦力"――アリサの懸念通り、いよいよこの聖地は戦場となり、戦乱の時代がやってくる。聖王の霊が狂える、このミッドチルダに。
人材募集に関する諸手続きを頼み、俺は竹刀袋を背負って護衛の妹さんを連れて聖王教会へ向かう。混沌と化してくるのであれば、一刻も早くユーリ達を元気にしてやらなければならない。
実のところ、最初から心当たりはあった。仲間を傷付ける決断こそしたが、自暴自棄にはなっていない。裏に精通する猟兵団や傭兵団になんぞ、頼れない。となれば、他に頼るしかない。
本当はあんな奴に頼りたくはなかったのだが、俺の知る限りで裏に精通していそうな人間は一人しか思いつかなかった。
「陛下、おめでとうございます。聖王のゆりかごが見事、起動されたそうですわね!」
「ちくしょう、真っ先にお前が誤解していると思ったよ!」
俺を最初に聖王陛下と誤解した人間、ドゥーエが感激に目を潤ませて抱き着いてくる。一応俺の味方だと公言していた女だが、今では別の意味で敵と思いたくなってきた。
こいつがいるといつも事態がややこしくなる、聖王の霊も実はこいつの用意した敵なんじゃないかと勘繰ってしまう程に怪しい。俺が平穏無事で済まないのは、間違いなくこいつのせいだ。
いい女なのは事実なのだが、愛情たっぷりに抱き締められても劣情よりも徒労に襲われる。とにかく、こいつの相手は疲れる。忍のいい友達になるに違いない、俺への嫌がらせも兼ねて。
離そうと力を込めて、なかなか強引にしがみついて来る。むぐぐぐ、何だこの信じられない力強さは……なんか歯車の音っぽいのが聞こえるぞ!?
「ゆりかごが起動して地震が起きたんじゃなくて、地震が起きてゆりかごが揺れただけだ。真実は逆なんだよ」
「陛下が訪れた途端に地震が起きた、と? 陛下が訪れた、その瞬間に」
「何だよ、その嫌な念押し!? 偶然だと言っているだろうが、とにかく離せ!」
「ああん、陛下。何て逞しい……ウキャー!?」
心底嫌がっているのに何故か頬を染める変態が、突然愉快な悲鳴を上げて仰け反った。彼女の背後を見ると、背の高いドゥーエに隠れていたセッテがブーメランを突き刺している。刺した!?
脊髄をモロに突き刺された彼女は、悲惨なほど見苦しく呻いている。脊髄は神経が集中している人体急所、痛いなんてもんじゃない。さすがに、気の毒になってきた。
世話係だったセッテは聖女の入院中、姉の手伝いをしていると聞いたのだが――もしかして。
「セッテ、お前の姉ってこいつだったのか!?」
「――」
「敬礼してる!? こいつに何を言われたのかしらないけど、全部誤解だぞ!」
「……」
「大変失礼しましたって、何が――いやいや、ドゥーエに無理やり敬礼させなくていいから!? 脊髄モロに刺されて、泣いているから!」
泣いて悶絶する姉を強引に敬礼させる妹の恐ろしさに、ちょっと小便をチビりそうになった。無感情に姉を突き刺す妹というのは、怖すぎる。顔が可愛くなければ、ホラーだった。
美人の姉に美少女の妹、造形こそ美で統一されているが、似ているかどうかは微妙だった。まあ突き詰めれば、トーレやチンクもあまり似ていなかったけど。
――という事はこの子は、チンクやトーレの妹でもあるのか。確かにトーレには、雰囲気が似ている気はする。
「ところで、セッテはもう大丈夫なのか?」
「……」
「そ、そこまで頭を下げなくていいから!? 心配するなんて当然じゃないか」
「……」
「陛下に信任頂けて嬉しい――信任? ああ、騎士団の話ね。ははは、頼もしいな」
ブーメランを掲げて騎士団長をアピールするセッテが、なかなか可愛らしくて頬が緩む。無表情だけど、この子は態度で感情を見せるのでなのは達とは違う可愛げがあった。
しかしユーリ達は悪化、ルーラー達でさえもまだ入院しているのに、子供のセッテが完全に回復している。これはひょっとすると――
俺は腰を屈めて、小さいセッテに視線を合わせる。
「セッテ。俺の仲間が君と同じ霊障に遭って、今も苦しんでいる。彼女達を治す病院を探しているんだ、出来れば素性を探らない医者がいる施設を」
「……」
「心当たりがある!? 頼む、皆を助けたいんだ。金なら幾らでも払う、助けてほしい」
「……」
「必ず治療させる――させる!? ちょっと怖いけど、ありがとう。よろしく頼むよ!」
「――!」
任せてほしいと親指を立てる、セッテ。よかった、この子なら信頼できる。まさかこんな新しい人間関係から、窮余を打開出来るとは思わなかった。
それにしてもアリサや三役の言う通り、恐れる必要はなかったのかもしれない。新しい人間関係の構築にはリスクは確かに付き物だが、単に危険を恐れていては何も生まれない。
そうだ、俺のような弱者が生きていくには、他人が絶対に必要なのだ。人とのつながりが可能性を生み出す――自分の信念を、忘れてしまっていた。
俺はまだまだだな、こんな小さい子に教わるなんて――小さな騎士の頭を、撫でてやった。
「……」
「えっ、俺も検査を受けた方がいい? いやでも、特に身体に問題はないからな」
「大切なお身体です。機会がある内に受けられた方がいいと思います、剣士さん」
「――」
「『血液検査』は無料なのか、なるほど。妹さんの言う事ももっともだし、タダだと言うのであれば」
昔から、俺は献血などの行為には反対だった。自分の身体を切り取ってまで、他人に施す善意などなかったからだ。でも他人への価値観が変わった今なら、いい機会かもしれない。
自分の血を採取されるなんてあまりいい気分ではないが、確かに俺だけ平然としたままだと変に勘繰られる可能性もある。大丈夫だとはいえ、表面上検査しておいた方がいいかもしれない。
そういえば俺、自分の血液型も知らないな……仕方がない、俺も血液検査を受けてみるか。
「では早速ユーリ達を搬送するから、案内を――」
「へ、へいか……わ、わたしも、びょういんに……」
「――あっ」
背中を捩って悶えるお姉さんが、魑魅魍魎の如き呻き声で手を上げる。セッテがあっ、と完全に忘れていた声を上げるのが恐ろしかった。この子は俺以外に、冷たすぎる!
ともあれ、セッテの案内により――ユーリ達を連れた俺は、聖地より少し離れた地へとマイアの車を走らせる。
ミッドチルダ湾岸地区、"A73区画"に建てられた医療施設へ。
<続く>
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小説を読んでいただいてありがとうございました。
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メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
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