とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第五話






 海鳴町に存在する前先道場。

この剣道道場は駅からやや距離があり、場所には少々難ありである。

自転車通いの者には申し分ないが、歩いていく分には距離的な疲労を伴う。

考えによっては体力トレーニングとも言えて、事実自ら走りこみで通う者も中にはいた。

住居的条件としては不便さがあるが、この剣道道場に通う者は二桁を優に超えている。

道場を興した会長による実戦的信念と新開拓による指導。

厳しい修練によって心胆を練り技を磨き、各道場相互の親睦を深める。

青少年の健全なる育成を志そうと言う高き理念が、剣を志す者達の共感を呼んでいるからだ。

道場に名を連ねる者は近年増加しており、学生の中では全国大会へと出場を果たした者もいる。

本日週末の土曜日、ここ前先道場はにわかに活気が増していた。


「やあっ! はっ!!」


 一列に整列し、修練場では道場生達が一心不乱に稽古を積んでいる。

幼き剣士達は年長者を相手に打ち稽古を行っており、あふれんばかりの元気さを道場内に漲らせていた。

振りかう竹刀は勢いがあり、厳しい稽古による汗が飛び散る。

冬の終わりのこの時期においても、ここは寒さに縁がないようだ。

そんな気迫に溢れる者達の中、一人の女剣士が戸惑いを隠せない表情をしていた。


「美由希お姉ちゃん、僕の相手してよ〜」

「こら! 何を言ってるんだ、ひよっこ坊主!
美由希さんのお相手は俺だと決まってるんだ!」

「ちょっと、ちょっと! 何戯言ほざいているのよ。
高町お姉様は私との相手を希望されているのよ」


 周囲より集まってくる大勢の胴着を纏った年齢問わずの男女達に、美由希はたじろいでいた。

学校が午前様で終了した美由希は今朝恭也に話した通り、ここ前先道場へと出稽古へ来ている。

本来道場への出稽古は本来の師匠である恭也の都合に合わせての為、前先道場へと訪れるのは不定期だが、

美由希は自身の整った容貌と剣士にそぐわない優しい性格もあって、ここの道場生達に人気が高かった。

一度稽古を申し出れば嫌とは言えない美由希は、どんな人間に対してもきちんとした稽古を行っているのだ。

年少者には優しく、年長者には礼節を持っての態度。

お陰で出稽古を行う度に、こうして多数の男達と子供に若干の女性達が集まってくる。


「あ、あの〜、み、皆さん一人一人お相手をしますから……」


 喧嘩しないでくださいと言葉を続けようとしたその時、怒声が突如降りかかる。


「何をしているんだ、君達は!」

「あっ!? じゅ、準師範……」


 肩を怒らせて近づいて来た一人の青年に、周りの道場生達は一気に沈黙する。

事の成り行きに狼狽する美由希に青年は一礼して、皆を一瞥した。


「高町さんはわざわざ出稽古へと出向いて下さっているんだ。彼女を困らせるような事はしないでくれ。
君達は打ち込み稽古へと戻りなさい。いいね?」

「は、はい……」


 青年の厳しい言葉に誰も逆らわず、すごすごと散って行った。

どうやらこの青年は道場内でかなりの発言力のある人間のようだ。

見た目は美由希と同世代のような若さがあり、やや彫りの深い顔立ちをしている。

白い胴着に包まれた健康的な男の身体は鍛錬のたまものか、精力にあふれていた。


「どうも申し訳ありません、高町さん。うちの道場生がご迷惑をおかけしました」

「いえ、そんな! 気にしないでください、高瀬さん。
多分皆さん。ただ私が珍しいだけだと思いますから、はは……」


 苦笑ぎみの美由希の言葉に、高瀬と呼ばれた青年は紅潮して首を振った。


「そ、そんな事はありません! 高町さんは皆に慕われています!
あなたの剣への熱意と凛々しさは、その、なんというか……」


 本人を目の前にもどかしげにしている高瀬に、美由希は照れ笑いで答えた。


「私なんかより、高瀬さんのほうがずっとご立派ですよ。
準師範となって、こうして道場生の皆さんをご指導されていて……」


 高瀬は幼き頃親の教育により剣道道場に通いだしてから、既に十年余りとなる。

元来の真面目な性格と剣道への熱心さもあって、若いながらに段位を授かっていた。

美由希の賞賛に高瀬は純情に喜びを表情に表して、恐る恐る一歩前へ出る。


「あ、あの! もしよかったら、練習が終わった後……」

「はい?」

「その、ぼ、ぼ、僕と……」

「はあ・・・・」


 なかなか二の句が告げられない不器用な高瀬に、人の好意に鈍感な美由希。

なかなか微笑ましいこの光景に、新たに近づく人間がいた。


「美由希君に高瀬君、練習頑張っているかね」

「あ、し、し、師範!?」


 太い眉と老骨ながらに鋭い眼差し、それでいて表情に朗らかさのある男。

高瀬に師範と呼ばれたこの男性こそが、前先道場設立者である「前先 健三郎」であった。

高瀬は突然の師範の登場に声を上ずらせて、美由希に勢いよく頭を下げた。


「た、高町さん、お話はまた後で! 失礼します!」


 びしっと規律正しい言葉で礼をして、高瀬は慌てて離れていった。

訳も分からず頭の上に疑問符を並べる美由希だったが、気を取り直して健三郎に視線を向ける。


「どうもこんにちは、先生。いつもお世話になっています」

「うむ。高町君は元気にしておるか?」

「はい。いつも兄にはしごかれてばかりです」

「ははは。君のお兄さんはなかなか剣術には厳しそうだからな」


 白い髭を揺らして笑う健三郎には、温かみがあった。

美由希のみならず恭也もこの老人にはお世話になっており、兄妹共に恩がある。

老齢にして懐が広い健三郎は皆に慕われている人物なのだ。


「きちんと毎日鍛錬に頑張っている様だね。剣に出ていたよ」

「み、見ていらしたんですか!?
あ、はは……私なんてまだまだですよ」


「自分を過小評価するのはいかんな。若い間は傲慢でもいいほうだ。
君が本気になれば、高瀬君でも敵うまい」

「そ、そんな!やめてくださいよ、先生〜」


 日頃自分の兄からはお叱りばかりいただいている反動か、美由希は褒め言葉に慣れていなかった。

素直な性格もあって動揺を表情に出していると、健三郎は目を細めて言った。


「特に君のお兄さんは実戦においては、相当な腕前だ。
いつか手合わせをお願いしたいものだ」

「……兄は本来の実力を出す機会に恵まれていませんから」


 美由希はそう言って、複雑な表情を露にする。

事情を知る健三郎はそれ以上何も言わず、ふと表情が真剣になる。


「美由希君。
私は君達の剣にこそ、本質があるのではないかと思っているのだよ」

「え……?」


 健三郎は伏目がちになりつつ、遠目に練習生達を見やった。


「彼らはとても熱心に剣の道を追随し続けている。
だがね、古き時代が去り、平和な時代が訪れて剣術は錆付いてしまっている。
必要とされなくなってしまったのだよ、剣は」

「先生……」


 いつにない厳しさと寂しさの混在した老剣士の横顔に、美由希は胸を突かれる。

何か言いたいのだが、まだまだ未熟な自分に何が言えるのだろうか?

黙り込んでしまう美由希に対して、言葉を続ける。


「これから先、剣無き時代になって、世の中はどうなっていくのだろうね……
親や周囲の人間、社会の価値観に流されるままに生きている人間がなんと多い事か。
古臭い人間である私だが、正直最近の若者達には目を覆いたくなるほどだ」

「そ、そんな……」

「はは、愚痴めいてしまったね。無論道場生や美由希君は別だ。
どの子も可愛い私の教え子だからね」


 暗くなった雰囲気を察してか、明るくそう言って健三郎は話を締め括る。

美由希は微笑しながらも、健三郎の口から出た言葉のように驚きがあった。

この国の時代を思い悩む目の前の恩師には、重みが込められていたからだ。

二人共にその後黙って佇んでいると、修練場内に慌てた様子で一人の中年女性が入ってくる。

女性は慌てて周りを見渡し、健三郎に目を止めると駆け寄ってきた。


「はあ、はあ……先生、大変です!」

「どうした。そんなに慌てて」

「そ、それが玄関先に……」


 中年女性からの言葉に、聞いていた美由希は目を丸くした。














「ここが前先道場ってところか。生意気になかなかでけえじゃねえか」


 月村の好意で車で送ってもらい、俺は前先道場って言う名の剣術道場へとやって来ていた。

朝食を御馳走になったのはいいが、その後月村と妙に意気投合して喋りに熱中して遅くなってしまったのだ。

女の癖になかなか見どころのある奴だった。

今度会う機会があれば、俺の伝説を聞かせてやろう。


「創設者前先 健三郎により、道場は発展していったようです。
現在海鳴町において、宮本様の条件ではここが最適であるかと思われます」

「な〜るほどな。ノエルだっけ?わざわざ調べてくれてサンキューな」


 運転席より降りてわざわざ助手席のドアを開けてくれたノエルに、礼を言う俺。

冷静で愛想のない女だが月村に剣術道場について尋ねた時、このノエルが調べてくれたのだ。

何でもノエルは月村曰くかなりの情報通らしく、短時間で詳細をきちんと上げてくれた。


「いえ、忍お嬢様の申し付けでしたので」

「むっ、なんか言われたからやったって聞こえるぞ」

「それは違います。宮本様には感謝しております。
忍お嬢様の怪我に処置をしていただいたお陰で、幸いにも大した状態にならずにすんだのですから」


 あいつの怪我、ひどくはならなかったのか……

せっかくいらん節介までしたのだから、治ってもらわないと困るな。

俺は安心して頷いた。


「そっか、怪我は安静が第一から面倒見てやっておいてくれ。
あいつ、結構やせ我慢するタイプだぞ」


 こう見えても、人を見る目には自信がある。

ああいう女は例え体調が悪くても、自分の都合を優先するタイプだ。そうに違いない。

俺が寛大にも忠告すると、ノエルは意外だったのか軽く目を見張った。


「……はい、お心遣いありがとうございます」

「え?!」

「? 何か?」

「い、いや、何でもねえよ」


 び、びっくりした……

てっきり仕事に徹する冷血仮面かと思いきや、こいつ笑えるんだな。

俺の言葉に緩やかだが微笑したノエルは、不思議と温かみが感じられた。

しかもかなり可愛――俺は慌てて頬をぺちぺち叩く。

これから伝説が始まろうとしている時に、男として変な顔は出来ない。


「さ、さて、そろそろ行くか!送ってくれてあんがと。
月村に言っておいてくれ。いつかあの家は俺の別荘にしてやると」

「分かりました。宮本様も頑張られて下さいね」


 ぺこりと一礼して、そのままノエルを乗せた車は去っていった。

あ、あいつ、まさか本気にしていないだろうな?

別に伝えられても問題はないけどな。

俺はしばし車が去っていった方向を見つめ、やがて道場へと視線を向ける。


「名うての剣術道場か。へ、この俺が来たからにはもうでかい顔はさせねえぜ」


 思えば、ここまでの道のりは長かった。

山で地道に修行に励み、あてもなく旅をしてきた数年間が思い出される。

だが、今までの苦労も今日これから報われるのだ。

腰元から剣を引き抜き、俺は肩越しに担いで携える。

俺の唯一の相棒のこいつで、この道場の連中をひれ伏してやるぜ。

そのまま玄関先へと歩いていき、俺はそのまま扉を蹴破って中へと入った。


「たのもぅーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 さあ、いよいよ戦闘開始だ!




























<第六話へ続く>







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