とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第二十話




 神の降臨を予言した聖王教会の聖女、カリム・グラシア。日々聖堂に篭り聖なる王へ祈りを捧げる彼女を"鳥籠の鳥"と嘲笑う人は少なくなかった――彼女本人と、面談するまでは。


聖女は問うた――とてもありきたりな自己紹介、ありがとうございました。結局、それで貴方は何が出来るのですか――自身の経歴を自慢していた若者は、泣いて経歴書を破った。

聖女は問うた――とてもお強いのですね、貴方は。それほどお強い貴方は、何故世界で一番を目指さないのですか――自身の強さを誇っていた戦士は、泣いて剣を折った。

聖女は問うた――実際、私には何の興味はないのでしょう。私も貴方には、何の興味もありません――自身の魅力に胸を張っていた若手権力者は、泣いて自分の写真を燃やした。

聖女は問うた――10年も励まれて役職も何もないのですね。護衛という役職を何故与えられると思ったのですか――自身の経験をアピールした傭兵は、泣いて鎧一式を質に出した。

聖女は問うた――危険な仕事を数多くこなされたのですね。でしたら人を護るより、人を傷付ける仕事の方が気楽でしょう――自身の戦歴を語った猟兵は、泣いて団に縋り付いた。

聖女は問うた――護衛の仕事に就く事が夢だったのですね。ならば今護衛ではない貴方には、何の価値もないのですね――自身の夢を叶え続けた元護衛は、泣いて田舎に帰った。

聖女は問うた――貴方の御意見は恐らく、正しいのでしょう。ですが私は貴方の正しさに、何一つ賛同出来ません――自身の正義を語る老提督と護衛は、席を立った。


聖王教会主催。聖女の初お披露目、公式面談会――今日この日に至るまで、合格者は一人も出ていない。



聖女は神の下で、今日も人の罪を裁いている。















 公式面談会、当日。当日と言っても開催日ではなく、白旗代表者である俺との面談日。予言の聖女カリム・グラシアの護衛を志望するべく、本人との面談が行われる。

娼婦より事前に調べさせた面談内容は壮絶の一言で、教会側の意向に真っ向から反して聖女は徹底的な志望者の排除を行っている。理不尽とも言える断罪により、多くの志望者が心を折られていた。

名のある強者や権威ある権力者、有名な猟兵団や傭兵団、時空管理局の名誉顧問に至るまで、あらゆる角度から示唆された矛盾や欠点を、隙のない観点より指摘している。

残念ながらこの世の中非のない人間などいないし、欠点のない生物なぞ存在しない。雇用する側もその点を考慮して然るべきなのに、聖女は決して許さない。望まず、与えず、受け入れない。

聖女の断固とした非雇用姿勢を当然聖王教会は鼻白みつつも、面談内容を改めようとはしない。信者達の多くも、聖女の厳しい姿勢に賛同している。理由は、明らかだった。


彼らが聖女の護衛に望むのは"待ち人"であり、神――絶対者そのもの。理不尽の極みである、完璧な存在を望んでいるのだから。


「なのにどうして誰も相談に乗ってくれないんだ、くそったれ。カレンが用意してくれた正装を持って来ておいてよかったよ」


 夜の一族の世界会議中に行われた支援パーティー、フィアッセの両親と出会った宴に出席した際仕立ててくれた和服の正装を着用。娘達からも評判が良かったのは、せめてもの救いか。

異世界の礼装は最悪聖女の指摘材料にされてしまいそうだが、どうせ何を着ても異世界出身の身元不明者なんぞ他の点で指摘されるのは目に見えている。正装なのに違いはない、堂々と行こう。

俺が孤独に面談対応している中、リニューアル工事は着々と進んだ。ルーラー達は白旗の業務に励み、アリサ達は交流所の依頼に着手、那美達は霊障及び魔物対策に励んでいる。


そして時空管理局最高顧問役、グレアム提督の来訪と聖女との公式対談――時空管理局と聖王教会との蜜月関係を象徴する公式の会談に、各メディアは大いに盛り立てた。


当然会談の警備を担当する護衛も注目され、聖地における知名度と存在感は抜群に高まった。各勢力はグレアム提督の護衛を務めた者達の引き抜き工作に取り掛かり、権力者も取り入るべく励む。

護衛選抜を辞退した俺はこの時自ら望んだとはいえ、完全なる敗者であった。メディア媒体越しに取り上げられる英雄達を見上げるだけの哀れな負け犬、俺は机に向かって惨めに面談対策するのみ。

メディアにこそ取り上げられなかったが、グレアム提督は間違いなく俺という存在への注意と警告を促しただろう。調査した娼婦は必死に否定するが、俺はとても楽観出来なかった。


三役はグレアム来訪の夜、本人の元へ極秘で会いに行ったまま帰って来ない。元より面談については俺に一任されているとはいえ、心細さに変わりはなかった。


「娼婦の奴も、本当に体調不良で休みやがった。せめて面談当日の、聖女の様子くらい調べさせたかったんだが」


 どういうパイプを持っているのか、あいつは面談の詳細を事細かく調べてくれていた。内容は俺にとっては絶望的だが、情報の価値の高さは承知している。当日の情報がないのは悔やまれた。

今日の同行者は護衛である妹さん一人、教会への仲介人であるルーラーは名残惜しげであったが辞退。除隊したとはいえ、権威は健在の聖騎士。聖女との面談への同行は、メディアの的となる。

その妹さんも面談には同席出来ず、教会前で別れる。普段俺への心配りと気遣いは欠かせない彼女にしては珍しく、今日の面談には楽観的だった。


「お帰りの際は娼婦さんが剣士さんのお迎えに伺うとの事ですので、面談終了時娼婦さんと交代致します」

「体調不良の分際で護衛代わりかよ、あいつ。妹さんも今日は霊障と魔物探索に回るんだろう、気をつけて」

「ありがとうございます、剣士さん。本日の喜ばしき成果を、心よりお待ち申し上げております」


 成功を祈っているのではなく、成功するのを待っているとは物凄い送り出しである。合格確定の試験を受けるような祝辞を信頼と受け取るべきかどうか、心底悩んだ。

そんな妹さん達の奮戦による白旗の実績が、今日の門出を開いてくれたのは違いない。聖王教会に名を告げると、修道服を着た少女が案内してくれた。

ドゥーエじゃなくて、正直ホッとする。聖女との面談は恐らく過去最高の難易度を誇る試練となる。過酷な面談の前に、あんな怪しい女と心理戦なんぞしたくなかった。


どうやら修道女の見習いさんらしい、無口で無表情だが可愛らしい少女だった。ただ案内する間も無言で、俺の顔を何度もチラ見するのが気になった。


「……」

「どうしたの、さっきから俺を見て」

「……」

「この服装? 俺の国の正装なんだ。君の聖服と同じだよ」

「……」

「君が聖女様の身の回りの世話係を担当しているんだ。しっかり者でえらいな」

「……」

「お姉さんの教育か。世話役への推薦もその人がしてくれたんだ」

「……」

「此処が面会の場か、案内してくれてありがとう」

「……」

「? どうしたの?」

「……、……」


「"セッテ"? ああ、君の名前か。俺は良介だ、もし護衛になれたらよろしくな」


 グッと拳を握り、最後に可愛らしく応援してくれて彼女は一礼して歩み去る。愛想こそなかったが、なかなか話しやすい子だった。ボソボソ声なのが、また何とも可愛らしい。

案内された面会場所はサンクチュアリー、至聖所と呼ばれる聖域。祭壇が置かれている部屋で司祭が聖餐式の司式をする聖域、信仰理解を努める意味では面談の場所には相応しかった。

問題なのは、相互理解に努める意志が聖女には全くない事だ。面談相手を歓迎する意志も見せず、非常に権威的で威圧的な態度で望まれる。当然だが、茶の一杯も出さない。

俺は社会人でこそないガキンチョではあるが、夜の一族の世界会議に出席した経験を持つ。あの会議では全員が敵、歓迎どころか敵対されていた。あの時の経験を活かして、今回も打破してみせる。


深呼吸一つ、まずはノックを――する前に、勝手に扉が開いた。


「ようこそお越しくださいました!」


「……えっ、あの」

「お出迎えもせず、大変失礼致しました。本来私の方からお迎えに上がらなければなりませんのに、立場上ここでお待ちするしかなく申し訳なく思っております」

「いえいえ、そんなお気遣いならさずに!?」

「ご寛大でいらっしゃるのですね。貴方様のような素敵な御方が護衛を志望して下さり、とても光栄に存じます。失礼がないように心掛けますので、どうぞ末永く宜しくお願い致します」

「は、はあ……はあ?」

「さあどうぞ、お立ちになっておられないでこちらのお席にお座り下さいませ。本当はソファーを用意させたかったのですが」

「いやいや、聖女様自ら椅子を引かなくていいですから!?」


 えっ、ちょっと待って。何この、新手の不意打ち。ベルカならではの心理戦ですか、セールストークを駆使した政治的陥落を企んでおられるのですか。

口元一つ緩めないという事前の噂は何だったというのか、ニコニコ顔で俺の手を引いて部屋の中へ招き入れる。余所者の汚い手を握るその感覚に、微塵の躊躇いもありはしなかった。

俺の両手を握りしめて、予言の聖女と呼ばれる女性が頬を上気させて俺を上目遣いに見上げた。


「本日の面談役を務めさせて頂きます、カリム・グラシアと申します。今日この日を、一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました」

「ど、どうも初めまして、宮本良介と申します。異国者ゆえ、呼び辛い名前で恐縮です」

「ご自分を卑下なさらないで下さい、とても素敵な名前ではありませんか。とても男らしく紳士的で、女性を包み込み優しさに満ち溢れておりますわ」


 ホントかよ、おい!? 宮本良介なるどこにでもある名前を、どこをどうほじくったらそこまで感激させられるのだろうか。自分の親でも、そこまで我が子の名を誇ったりしねえよ!

カリム・グラシア、聖王教会が誇る予言の聖女。俺如きよりも、彼女の方がよほど素敵な女性だった。聖女にふさわしい気品と、女性らしい愛情に満ち溢れている。

朝陽よりも美しい金の髪、強い崇拝の光を見せる瞳、透き通るような白い肌、ガラス細工のように繊細な美貌、聖堂服を窮屈に盛り上げる豊満な肢体――目を見張る、美女。


見上げるその瞳は感動に滲み、情熱的に頬を染めて、柔和な唇を俺の頬に押し当てる。最大級の愛情と歓迎の証、聖女は恥ずかしげに微笑む。


「品質の良いゴールデンティップスをご用意致しました。今、お茶をお入れいたしますね」

「わ、わざわざお茶まで!?」


 圧迫面接にお茶なんて出るのか!? まさか毒入りか、自白剤でも混入するのか!? なるほど、過去の面談情報を収集していると読んでの方針転換か。やるな、聖女め。

そうとでも思わなければ理解の出来ない、聖女の軟化であった。もしかしてこの人こそ、今朝間違えて毒かなんか飲んだんじゃないのか。いや俺にとっては、歓迎すべき姿勢なんだけど。

リーフをティーポットに入れて沸騰、ボコボコしてきた瞬間の熱湯を少し高めの位置から注ぐ。洗練された紅茶の入れ方、娼婦の奴もこんな感じで入れていたな。

鼻歌でも聞こえてきそうな上機嫌で、丁寧な仕草で俺の前にティーカップを置いてくれた。


「お待たせいたしました。貴方様のお気に入りであるダージリンです」

「どうして俺のお気に入りがダージリンであると……?」

「あっ!? えーと、その……せ、聖女の、予言です!」

「一個人の嗜好まで予言出来るの!?」


 しまった、さっきから普通にツッコんでしまった。おのれ聖女め、俺の素の態度を誘うとは恐るべき女だ。まるでこういうやり取りを常日頃していたような錯覚に陥ってしまう。

聖女も同じ印象を抱いているのか、楽しげに笑って俺を見つめている。どうしてそんなに親しげなのか、全く理解できない。美人には慣れているが、初対面から好かれるのには慣れていない。

失礼だが十分に確認して、紅茶を飲んだ。爽やかな口当たりと芳醇な香りだが、どこか懐かしい。毎日味わっているかのような、上質の茶を連想させられる。

緊張がほぐれそうだが、油断は出来ない。懐柔策はハニートラップに匹敵する危険さがある、聖女はここから切り崩してくるはずだ。


「二人でこうしてお茶を飲んでいると、連れ添う夫婦のような気分になりますね」

「そ、そうですかね……?」

「貴方様を護衛にお迎えする立場ではありますが、上下関係なぞ意識なさらないで下さい」

「いえ、さすがに立場をわきまえるべきでしょうし――」

「ふふ、立場をわきまえるのであれば私が腰を折るべきですよ。こうして日々、貴方様のお茶をお入れする自然な関係でありたいのです」

「ど、どうも、光栄です」


 何が光栄なのかさっぱり分からんが、警戒しまくっていて何を言っているのか自分でも分からない。というかそれって、お茶汲みと同じじゃねえか。

予言能力ありきではない。この女性は予言なぞなくとも麗しく、聖女の名に恥じない品位を持っている。それほどの気位の高い女性に、お茶汲みなんぞ罰あたりでさせられない。

もしもこれほどの女性をお茶汲み同然の下女扱いする男なんぞいれば、俺が剣で斬り倒してやろう。


そしてお茶を飲み終えた後、いよいよ聖女との面談が始まった――


「待遇につきましては今お話した通りですが、あくまでも初任給です。貴方様の御希望に最大限沿うつもりですので、どうぞ私に要求なさって下さい」

「この月収、庶民の年収分に匹敵するんですけど!?」

「私からの要望については、申し訳ありませんが一つだけございます。護衛体制について私に就くのではなく、貴方様のお側にお控えする形でお願い致します」

「普通、逆じゃないですか!?」

「白旗の御活躍、お聞きしております。貴方様のお心遣いに、大変感動致しました。今も昔もこの先も、私は貴方様お一人のみ信頼を寄せております。どんなご命令でも、お聞きする所存です」

「命令を聞かなければならないのは、こっちなのに!?」

「昨今世を賑わせる周囲の雑音になぞ惑わされたりしませんので、ご安心下さい。貴方様の品位を貶める者には神罰が下るべきであると、私は常々思っております」

「聖女が神罰を唱えちゃ駄目ですって!?」


 噂に違わぬ面談の苛烈さに、俺は心底疲労させられた。なるほど、最近の就職難でよく聞く圧迫面接の意味がよく分かった。確かに圧迫させられる、俺の心が。

新手の精神攻撃に大分心を弱らされたが、俺は何とか持ち堪えられていた。女心の奇怪さは夜の一族の姫君で思い知っている。愛情という名の鞭は、男にとって辛いものだ。

それにしてもこんな攻撃を仕掛けてくるなんて、思わなかった。他の猛者共が心をへし折られたというのも分かる。


聖女にここまで謎の愛情を向かれたら、不気味すぎて畏怖を感じて当然だ。


「本日は足を運んで下さって、誠にありがとうございました。面談は以上となります」

「こちらこそ、機会を与えて下さってありがとうございました。何卒、よろしくお願い致します」

「はい、勿論後日合格のお知らせを致します。つきましてはその一環といたしまして、近々貴方様に私の護衛を依頼させて頂きたいのです」

「えっ、合格!? それに一環としての護衛というのは……?」


「"聖王のゆりかご"――限定的ではありますが、予定されていた聖王様の居城公開が遅れております。その原因は『玉座の間』、入室した調査員全員が原因不明の失調に襲われているのです。
業を煮やした教会の上層部が、予言と照らし合わせるべく私に現地調査を命じました。グレアム提督より護衛の方々を推薦頂いたのですが、私は白旗の方々にお願いしたい」


「聖女様の護衛ですか!? こ、光栄ですが、聖王教会には騎士団の方々がいらっしゃるのでは……?」

「騎士団の方々は当日、聖王のゆりかごの警備に当たります。聖王教会にとってはある意味私よりも、聖王様の居城が大切ですから。
『玉座の間』に関する問題もありますし、当日騎士団の方々は万全の警備体制で当たります。ですので、皆さんには私の護衛をお願いしたいのです」



 聖女は、問うた。



「リョウスケ様――どうか、私をお護りして頂けませんか」















 ――面談を終えて部屋を後にすると、見習いのセッテが待っていてくれた。とことこ歩く彼女に心を癒やされながら、俺は今日の聖女様との面談内容に没頭する。

帰り際セッテと話す機会があったが、どうやら聖女の周辺の世話は彼女に一任されているらしい。子供に任せるあたりセッテへの信頼というより、聖女の扱いの悪さに疑問を感じた。

聖女は常に聖堂に篭っている――セッテは念を押して、何度もそう教えてくれた。本当です、嘘じゃありませんとばかりの勢いで。分かった、分かったから!

恐らく彼女は本来、教会側にとっては予言の聖女という宣伝材料でしかないのだろう。軽視どころか重要視こそされていても、籠の中の鳥に過ぎない。ゆえに軽く扱いつつも、権限を与えている。


小娘に強い権限を与えても生かせないという過小評価を、聖女本人は巧みに利用している。非遇に甘んじないあの強さは、一体誰から与えられたのだろうか?


少なくとも俺から見た聖女は明るい微笑みを絶やさない、素敵な女性だった。あの輝きは生来の美しさもあるが、大いなる予言により陥った今の状況に負けない気高さがある。

冷酷に人を切り捨てる魔女のような断罪者だという噂とは多少違うが、今回の面談には冷や汗が流れた。話の一つ一つにありえない好意が満ちていた。あの愛情に、危うく陥落するところだった。

面談が成功だったのかどうか、正直半信半疑だ。合格とまで言われたが、実際は多分次の護衛任務で判断するつもりなのだろう。聖女の余所者不信は、偽の愛情すら生み出すほどに歪んでいた。

あの人間不信には、俺も覚えがある。人の醜さに触れると、他人を信じられなくなるものだ。何とかしてあの不信を拭い、彼女の愛を正さなければならない。


セッテは名残惜しげにバイバイと手を振って、教会へと戻っていった。聖女との護衛任務では、彼女とも会う機会があるだろう――


「お、おつ、お疲れ、様、で、でした、ご主人様……ハァ、ハァ……」

「体調不良の分際で、無理して走ってくるな!?」


 今まで寝込んでいたのか、大量の汗でローブを肌に張り付かせた格好で、娼婦が教会前で出迎えてくれた。寝過ごしでもしたのか、急いで着替えて走ってきたらしい。

無理に出勤する必要もないのだが、大切な面談の日に出迎えてくれた気持ちには一応感謝しておこう。肝心の日に、体調不良なんぞ起こすボンクラだけどな。

とりあえず呼吸が落ち着くのを待って、二人揃って家路につく。何故か教会から一刻も早く離れたいらしい、娼婦姿だから当然かも知れないが。


「いかがでしたか、本日の公式面談会。せ、聖女様が、ご主人様に失礼なことをなさいませんでしたか?」

「相変わらず聖女の事には口ごもるよな、お前。何で立場が俺の方が上なんだよ。俺こそ失礼がなかったのか、気がかりだ」

「ご主人様は完璧でいらっしゃいました。凛々しきお姿に、改めて感動させられました!」

「感動、させられた……?」

「――せ、聖女様御本人が」

「何で、お前にそれが分かるんだ?」

「そ、それは……ご、ご主人様の娼婦ですから当然です!」

「もう当然とまで言っちゃうのか!?」


 ――うん? いつものやり取りが、何故か引っかかる。うーん、何かこう、既視感が……気のせいかな。


面談については大丈夫だと前々から太鼓判を押していた分際で、当日になった途端に聖女の態度や言動が気になるようだ。だから対策練るのを手伝えといったのに。

おかげで今日は想定外の連続で、正直失敗だったかもしれないと反省している。まさか、あれほど奇想天外な態度に出るとは思わなかった。


何より、気になったのは――


「今日の面談なんだけどよ」

「は、はい、どこか変でしたか!?」


「変というか何というか――志望動機を、全然聞かれなかったな」


「あっ、そ、それは……きっとご主人様の誠意が、せ、聖女様に伝わっていたのですよ!」

「名前しか、身元を聞かれなかったな」

「あうっ、えーと……身元なんて聞かなくても、ご主人様が素敵だからですよ!」

「護衛に必要なスキルを、一切問われなかったな」

「ひい、そうだったぁ……あの、あの……ひ、日頃のご主人様の行動を見れば、どれほど有能か分かりますよ!」

「白旗を知っているのに、雇う護衛が何人なのかも聞かれなかったな」

「うぐ、しまった……ご、ご主人様のお連れであれば、何人であろうと雇うつもりなんですよ!」

「経歴書を持って来たのに、提出させようともしなかったな」

「わっ、忘れてた……ご、ご主人様の人となりを見れば、どんな人生を歩んだのか明らかですよ!」

「"待ち人"を探しているのに、俺に合格だしたけどいいのかな」

「ご主人様以外に、ありえません!」

「聖女の気持ちを勝手に代弁するな!?」


 公式面談会は無事終わったが、合格ではなく採用試験を与えられた。実技に等しい就活イベント、聖王のゆりかごの現地調査と聖女の護衛。これを乗り越えなければならない。

公式で面談会を行った以上、お披露目された聖女は合格者を発表する義務がある。俺が最終日だったので、後日聖王教会側より各メディアを通じて全ミッドチルダに発表される。


公式予定では当然時空管理局最高顧問であるグレアム提督推薦の護衛――なのだが、聖女の意向により俺達白旗となるようだ。聖女の護衛競争でようやく、一歩前に出れた。


衆目の前に出るというのは名を挙げるにはいいのだが、俺達のように地道な活動をする人間にとってはマイナス要素もある。嫉妬や逆恨みを買うケースだ。

断言してもいい。就活イベントである聖女の護衛任務では、確実に妨害工作が行われる。出し抜かれた強者達の反撃、厳選された刺客が送られるだろう。

狙いは聖女――に見せかけた、俺達護衛の任務妨害。権力者の力は聖王教会騎士団や時空管理局に及んでいる、仮に刺客を捕らえてもトカゲの尻尾切りされる危険が高い。

第一嫌がらせであれ何であれ、妨害を防げない時点で護衛能力に問題ありとなるのだ。それだけで奴らにとっては万々歳なのだ、何としても防がなければならない。

護衛にはシュテル達や騎士達のような精鋭を選出した上で、権力相手に波風立たないように三役とも相談して管理局等とも話し合わなければならない。

いずれにしても今晩、全員を揃えて面談の内容と今後について話しあう必要がある。今日という今日は、真面目に話し合わなければならない。


――そして聖王のゆりかご、玉座の間で起きる原因不明の失調。懸念している通りであれば、神咲那美と久遠の協力とアリサの同行が必要となる。


はたして偶然か、それとも意図的なのか、聖女は俺達に護衛を依頼した。あの現象については知らないはずなのだが、聖女なりに何かを察しているのかもしれない。

調査をさせているユーノ・スクライアとも、合流しよう。聖王のゆりかごと聖王本人について、俺は今こそ知らなければならない。このベルカの地であれば、情報もあるはずだ。



「――あの、ご主人様」

「何だよ」

「せ、聖女様が煎れられたお茶は――いかがでしたか?」

「何だ、その質問――何だ、そういうことか」

「な、何でしょう……?」


「心配するな。俺のお茶汲みは、お前以外にはさせないよ」

「そ、そうじゃないんですけど……ふふ、ありがとうございます。私はどのような形であっても、ずっとご主人様のお傍でお仕えいたしますから。
ご主人様。帰ったら、ダージリンをお入れしますね」

「おう」



 娼婦は俺の下で、今日もお茶を入れている。










<続く>








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