とらいあんぐるハート3 To a you side 第九楽章 英雄ポロネーズ 第十八話




『真剣での切り方と竹刀での打ち方は、全く異なるものだ』


 ドイツの地で、師匠より叩き込まれた戦い方。利き腕が動かず、全身が衰弱して衰えた俺を見捨てずに、あの人は別れる際まで真剣かつ親身に剣について教えてくれた。

カーミラ・マンシュタインや爆破テロ事件の犯人達での死闘で、俺が武器としていたのは桜の枝。現場に駆け付けてくれた師匠は、瀕死の俺を助けてくれたらしい。

恩人である師匠は恩には着せず、むしろ忠告として俺に注意を促した。


『こうして今、師匠から教わる事は役に立たないと?』

『実際の果たし合いでは一撃で相手を倒すには余程の鍛錬が必要だと言う事だ。実際お前は敵の反撃を許し、胸を撃たれて生死を彷徨った』


 思い出す。爆破テロが起きた際のカーミラの強襲、燃え上がる店内で死闘を繰り広げた際カーミラを打ち倒した。だがその後テロリストとの戦いの最中、逆襲を受けた。

真剣であればあの時、確実に斬り殺せていた。その後の関係を思えば殺さずに済んで良かったかもしれないが、結果論でしかない。瀕死に陥ったのは事実だからだ。


桜の枝も、竹刀も、あの状況ではさほど変わりはない。切れない刃は所詮、剣の紛い物でしかない。


『刀はまず切り傷を与えて出血させ、出血多量で意識や体力の消耗を待つのが普通だ。その点お前が一撃を狙うのは、自分の非力を認識した逆転を狙っての発想なのだろう。
仮にお前が真剣を持っても、竹刀で叩く感覚で振ってしまうと人の体など斬れはしない』

『真剣を意識した稽古が必要なのかな』

『この先お前が成すべき戦い次第だ。剣道とはそもそも理想の一撃を想定し、理想に限りなく近づける事を良しとする。目標を定めて自己を達成する事が大切だ』


 俺はこの時、師匠が言いたい事を察していたのだと思う。それでも俺はなかなか受け入れられず、内心に不平不満があった。自分の弱さを、あれほど知りながら。

利き腕を失い、全身が痩せ衰えて、足腰も弱って立ち上がる事も出来ない。ミイラ同然だった状態でありながら、剣への未練があったのだ。


だから師匠のこの言葉を聞き入れず、それでいて忘れられなかった――



『この先も真剣勝負を行うのであれば、竹刀で戦う限りお前は理想に達するまで生き残れない』















 自分の決断が正しかったと、これほど早く確信出来たのは生まれて初めてかもしれない。白旗の"三役"となってくれたご隠居方は、すぐに白旗として行動に移してくれた。

自ら時空管理局に捕まることしか頭に無かった俺をレオーネ氏は戒め、破壊された車から管理局員達の救助に取り掛かる。自分の事しか頭に無かった自分に恥じ入るばかりだった。

隊長さんは前後不覚だが何とか無事、残る局員達は怪我が酷いので救急隊を呼んで病院へ搬送。俺の逮捕劇に気を取られてしまったが、考えてみればこれも立派な事故現場だ。


相談役のレオーネ氏は俺に同行してくれたが、参与及び顧問役のミゼット女史やラルゴ老も抜かりはない。


「儂は聖王教会及び騎士団に連絡を取り、話をつけてこよう。公人ではなく私人としての立場になるが、知り合いも多いので穏便に話をつけられるじゃろうよ」

「ユーリ嬢ちゃん達は、アタシと一緒に来なさい。親を慕う気持ちは分かるけど、まずはお前さん達に出来る事から始めた方がいい」


 俺を案ずる娘達や俺にべったりのナハトヴァールも、祖父や祖母役には弱い。俺は大丈夫だと念を押した後、彼女達はマイアの運転する観光車に乗って走り去った。

そこから先は大変だった。治療を受けた後隊長さん達と共に休息を取り、現場検証と事情聴取。翌朝より、本格的な取り調べとなった。極めて難しい立場なのは言うまでもない。

不幸中の幸いだったのは、時空管理局としては俺の逮捕よりもプレセアの襲撃事件を重んじてくれた事だ。加害者ではなく、被害者として扱われる立場となった。


レオーネ氏の存在も大きかったと言える。どういう立場なのか分からないが、この人が詰め所に来た瞬間全員が直立敬礼したのだから。


前後不覚に陥っていた隊長さんも翌朝復帰して、詰め所を取り仕切って人員共々立て直しを図る。自他共に厳しいレオーネ氏は厳しく、局員の指導に当たっていた。

どういうご隠居なのか疑問に思うよりも前に、俺にとってはこの時懸念の方が強かった。事情聴取を通じて、あの時の状況を省みることが出来たのだ。


確信を、持った。



(竹刀では、戦えない)



 車のボンネットを貫いた、龍姫の槍。空より強襲したあの女は頑丈な車体の装甲を紙のように突き破り、片腕で引き抜いて俺の喉を突き刺した。

本人の技量も大きいが、龍が持つあの槍は間違いなく一級品。竹刀で立ち向かえば、いとも容易くバラバラにされるだろう。傷ひとつ負わせる事も出来ない。


俺の竹刀"物干し竿"は、俺の生き血が染み付いている。巨人兵戦で血を大量に染み込ませて、自分の魔力を通して剣を強化した。その強化を前提にしても、この竹刀では戦えない。


プレセア・レヴェントン、あの女はシグナム達に並ぶ強者。試合ではなく殺し合いを望む、純然たる戦士。竹刀で戦える相手ではないが、戦闘は恐らく避けられないだろう。

ユーリ達に任せれば一番楽に解決出来るのだろうが、あの様子では執拗に俺を狙うだろう。結果今回のように俺ではなく、周りが被害に遭う。あの女は人間を、ゴミとしか思っていない。

異世界であればデバイス等の強力な武器を、用意出来そうではある。剣型のデバイスがあることは、シグナムの例で分かっている。だが武器を変えてしまうのは、抵抗があった。

分かっている。くだらない意地だ、ドイツでも師匠が警告してくれた。殺し合いで生き残りたいのであれば尚の事、竹刀はもう捨てるべきだ――だが。


(この竹刀の強化、せめてあの槍に耐え得る"力"を剣に宿せれば――魔力か、それとも)


 悩みは尽きないが、今の自分の立場において自分だけ悩んでいるのは許されない。一旦悩むのをやめて、白旗が置かれた現状の苦難を解決すべく行動に移す。

一体どういう職権があるのか、事情聴取にはレオーネ氏の立合いも許された。正直取り調べで局員に囲まれると思っていただけに、味方が居てくれるのは心強かった。本当に、頼もしい。

堂々と時空管理局員を襲ったプレセアは襲撃犯に該当するが、聖地における手配は難しいらしい。自治領という特殊な環境のみならず、人外である事が二重のネックとなってしまっている。


「龍という存在は、非常に特殊なのだよ。高位に属する龍は人語を理解し、人の文化に長けている。まして人の姿を模せるのであれば、相当の脅威だ」

「次元世界を管理する規模の組織であれば、龍であっても対応は出来ないのですか?」

「精鋭は揃っている、捕縛することは可能だよ。この場合の脅威というのは単純な戦力ではなく、立場という面も考慮しなければならない」

「龍族の姫、公式の立場が気がかりであると」

「龍に限った話ではないよ。広い次元世界、多種多様の種族がいる。時空管理局の法が立法で定めた世界基準ではあるが、法の権力が及ぶ範囲は世界的規模で見ればまだまだ狭い。
特に此処はベルカの自治領、聖王教会に通告はするつもりだが――」

「――即座に手配となると、難しいでしょうな……我々は、軽視されておりますから」


 レオーネ氏はベルカ自治領派遣の管理局員の対応に憤りを見せていたが、その怒りは彼らの怠慢に限った話ではない。隊長さんの対応は民の理解は得られないが、聖地の意向には適っているのだ。

時空管理局が襲われたので手配を頼み込むのは、聖王教会や騎士団に泣き付くのに等しい。襲撃事件が起きているというのに、彼らは重要視しないのだ。治安の悪化にしかならないというのに。

聖地における治安事情は、切迫している。その最たる理由が、今の支配構造になる。権力者達のご機嫌伺いを行っているようでは、腐敗は続くばかりだろう。

少なくとも、プレセアは俺に狙いを定めている。プライドの高いあの女が、他の人間を狙うとは考えにくい。俺が健在であるかぎりは、あの女は凶行には走らない。


襲撃事件対応についてレオーネ氏と隊長さんが話し合う中、俺は面会に来てくれた数少ない教会側の味方と会った。


「管理局に逮捕されたとお聞きして、自分の耳を疑いました。襲撃も受けたとのことですが、ご無事でしたか!?」

「ああ、この通り何ともない。心配かけてすいません」

「いいえ、剣士殿が謝られる必要などございません。このような不義理な行い、断じて見逃す訳にはまいりません。
剣士殿がご無事だと分かった以上、私は成すべきことを果たすまで――失礼致します」

「待った、待った!? 予想はつくけど、何をしに行くつもりかな?」


「無論、聖王教会騎士団へ抗議に出向きます。真意を問い質し、然るべき対応を取って頂く所存です」


「――もしかして、昨晩も?」

「大変でした……剣士様のご無事を確認出来るまで安易に行動するべきではないと、必死でお止めして」

「気持ちはよく分かるんだけどね……剣士が大人しく捕まったと聞いて、何か考えがあっての事だと思って」


 我が事のように憤りを露わにするルーラーの気持ちは嬉しいのだが、正直シャッハやヴェロッサの冷静な対応はありがたかった。俺を理解してくれての行動に、感謝する。

聞いた話では、娼婦は俺を信じて朝まで待っていてくれたらしい。ユーリ達の帰宅で安堵したようだが、公式面談会の事を聞いて今度は飛び出していったらしい。何なんだ、あいつは。

ただ教会側としても、公式面談会の件は上層部だけの極秘事項だったようだ。修道女や査察官候補まで、首を傾げていた。


「恐らく聖女様ご自身も、今日に至るまで聞かされていなかった話である筈です。聖女様の意志を考慮せず、話を進めているのでしょう」

「酷い話だよ、本当に。ただ当日の面談はさすがに本人が行わないと駄目だからね、面談結果そのものは聖女様の意向には沿うと思うよ」

「となると、やはり聖女次第か……まずいな、何とかして潔白を訴えないと確実に印象を悪くする」


「その点は何も問題ないでしょう」

「うん、君が嫌われるなんて万が一にもありえないから」

「何でそんな自信たっぷりに!?」


 シュテル達も真剣に取り合ってくれなかったからな、他人事で静観しているのはまずいと思うんだがこいつらは危機感がなさすぎる。もっと真剣に、自分の立場を分かって欲しい。

ともあれ、暴走しそうな聖騎士様を止めなければならない。ただ気持ちは嬉しいので、彼女の行動そのものを批判するつもりはない。


「ルーラー、貴女の気持ちは嬉しい。だからこそ、今の貴女に出来る事はある」

「と、言いますと?」


「お願いした通りです――貴女に、白旗を掲げて貰いたい」


「!? あ……」

「昨晩の逮捕劇で、民は白旗に萎縮しております。このまま沈黙していては、この聖地に蔓延る強者達の思う壺でしょう。
この前も言った通り、全ての責任は私が取ります。その為にこうして時空管理局に留まり、彼らを説き伏せている。

俺は白旗を、白旗を掲げてくれる皆の立場を守るべく話し合いを続けます。ですので貴女の正義は騎士団ではなく、今こそ民に向けられるべきだ」

「剣士殿……分かりました、私にお任せ下さい。貴方が掲げる旗印は私が必ず守り、民に示してみせましょう。聖地のお守りはお任せ下さい!」


「よろしくお願いします――申し訳ないけど、二人は引き続きこの人のフォローをよろしく」

「ふふ、分かりました。それに貴方様がお連れした方々もおりますし、こちらの守りはお任せ下さい」

「君って凄い人脈を持っているんだね、驚いたよ本当に……ルーテシアちゃんなんて、彼らを見るなり卒倒していたからね」


 何で卒倒するんだ、あいつが!? 若者である俺には厳しいくせに、年寄りには頭の上がらない生き物なのだろうか。年功序列に従うとは、食えない女である。

その後俺は取り調べや事情聴取の日々で留守となり、白旗の活動はアリサ達に任せる事となった。俺の不在は三役が補ってくれて、聖地での活動は順当に進んだ。

三役が超有能なのは言うまでもないが、俺の逮捕を受けてアリサ達が奮起したのも大きい。ユーリ達やヴェロッサ達は今まで以上に活動し、猟兵団や傭兵達を更に脅かす結果となる。


そのユーリだがあの夜が行った"白夜"については、メディアを通じて都市伝説のように盛り立てられていた。UFOか、太陽か、星か、それとも神そのものなのか。


常識を超える現象が起きると、人間とは現実を受け入れないものらしい――という心理を利用して、三役が融通を利かせてくれたそうだ。明らかに、女の子が飛んでいたのに。

民にはそれで受け入れられたが、強者達は違う。彼らは強き者であるがゆえに、どれほどの現実でも受け入れる。だからこそ、ユーリ達の脅威を骨の髄まで味わった筈だ。

あの逮捕劇は俺達白旗の抑制にはなったが、ユーリ達によって強者達の行動制限にもなってしまったのだ。自然現象の脅威を前に、権力ではどうにもならない。


とはいえ立場は別、彼女達は強くても女の子だ。俺が白旗の権利を、勝ち取らなければならない。日々、話し合いが続いた。


「猟兵団や傭兵達の縄張りに関わる場合、あんた達に都度通報するのはどうだ?」

「白旗が目立っては駄目なんだよ。何度逮捕されても言うことを聞かないんじゃ、俺らが抑制になっていねえじゃねえか」

「ここ連日を通じて、君達の立場は理解したつもりだ。だからこそ言うが、現状管理局の存在は彼らの抑制には繋がってはいないだろう」

「ぐっ……で、ですがね、お話した通り、我々がここに居る事そのものが重要なのであって」

「何度も言うが、君達の立場は理解している。隊長である君の苦慮を知り、我々も現状把握の不足に恥じ入っている。今の私は彼の相談役であり、私人だ。萎縮せず受け止めてもらいたい」


 俺の察するかぎり、三役は非常に大きな権限を持っている。であるにも関わらず、お三方は誰一人として権力を行使せず私人として活動してくれていた。

彼らが権力を使えば、それこそ鶴の一言で解決するのだろう。水戸の黄門のように、その雷名は天下に轟くに違いない。なのに俺の意向を汲んで、一個人で活動してくれている。

俺が感心しているのは、その事実のみではない。私人としてでさえ、彼らの存在がこれほどまでに大きい事だ。人生経験だけの話じゃない、一人の人間として彼らは大きい。


俺達若者が模範とするべき、立派な大人なのだ――権力ではなく、彼らという人間の器に頭を下げる。俺は男として、彼らを心から尊敬してしまっていた。


「だったら一つ一つの現場を重視せず、数を頼りに幅を利かせるのはどうかな」

「どういう事だ?」

「逮捕なんて大袈裟な真似をしないで、現場に出向いて加害者被害者に問わず注意するんだ。喧嘩をした連中も、それを止めた俺達にも警告する。
喧嘩を止めた俺達が貴方達の威光を重んじて頭を下げれば、事実上その現場は貴方達が取り仕切った事になる。

傍から見れば管理局が現場を執り成したことになるし、逮捕せず現場に残してもらえれば俺達も依頼人の対応が行える」

「悪くはねえが、猟兵団や傭兵達側から不満が出るんじゃねえか」

「あいつらだって所詮、背後の権力者を笠に着ているだけだ。その権力者が俺達白旗は管理局に頭が上がらないとわかれば、溜飲だって下げるだろう。
権力者達だって現場を常に直接見ている訳じゃないんだ、見た目の印象さえ取り繕えばいい」

「加えて君達が騒ぎに怯える民に対し、現場は大丈夫だと事後のケアを行えばいい。元々現場の取り仕切りだけではなく、事前事後の調整も本来の君達の職務だよ」

「――分かりました。俺達だって民を守る気持ちはありますし、こんな不当な逮捕を何度もしたくありません。
ただし白旗だけではなく、事前に貴方と連携が取れるようにしてもらいたい。私が言うのもなんですが、表立って一勢力に肩入れするのはまずいので」

「無論だ。私としても、現地の君達をこのままには出来ない。引き続き、目を尖らせておくつもりだよ」

「…‥…俺はいいんです、どんな処分でも受け入れましょう。ただどうかお願いします、部下達の処分だけはどうか――」

「――ふっ、なるほど。宮本君の言うように、書面の報告ではなく直接話し合ってみるものだ。君がどんな人間か、分かった。
先程も言ったが、今の現状は時空管理局全体の問題だ。君達だけを尻尾切りにしても解決はしない。共に、改善に努めようじゃないか」


 気落ちする肩に手を置いて力強くレオーネ氏が励ますと、あの隊長さんが全身を震わせて感涙に咽ぶ。こんなカッコイイこと、俺には絶対言えねえ!?

何十年歳を取っても、これほどの男に俺はなれないんじゃないだろうか。痺れるなんてもんじゃない。頼もしすぎて、安心感が半端無かった。

権力なんて、この人達にとってはお飾りでしかない。この人達はそんな飾り物など必要とせず、ただ人間として逞しく強いのだ。ただただ、頭が下がる思いだった。


こうして何とか、時空管理局と折り合いはついた。花は時空管理局に渡し、俺達白旗は実を取る算段で今後活動していく。


現場を収めたという実績を管理局に譲り、民を守ったという結果を俺達が受け入れる。俺達に誉れは与えられないが、民からの信頼は得られるという形式だ。

実際問題、俺達は猟兵団達が望む武功や支配なんて必要としていない。強さをひけらかすつもりはなく、結果として民を守れればそれでいい。

民が安心すれば聖地も収まり、聖女の懸念も張れる。白旗は、お飾りでいいのだ。あの旗を見て民が守れるのであれば、誰に馬鹿にされようとどうでもよかった。



連日の話し合いがようやく終わり、俺は晴れて釈放となった――



「公式面談会、開催されたそうですね」

「うむ。聞いた話では、あの時現場にいた猟兵団や傭兵達の長は面談を受けたそうだ」

「評価は、いかほどで?」

「ふふ――かの聖女殿はどうも、籠の中の鳥ではないらしい。徹底的な粗探しをされて、面談では周囲が驚くほど徹底的な追求をされたそうだ。
"独自の情報網"か"優秀な参謀"でもお持ちなのか、事細かく調べ上げた上で厳格な姿勢で各勢力との面談を行っているそうだよ。全員不合格とは、何とも厳しい御方のようだ」

「へえ、意外ですね……それほど、余所者を嫌がるとは」


 白旗の立場を守っている間にでも、強者達は既に先へ進んでいる。忌々しいが、結局あいつらの企みで俺達は足止めを食ってしまった。

日々が過ぎて公式面談会の開催は決定し、聖女様のお披露目も叶ったようだ。ルーラーから司祭に頼んで面談の許可は貰えたそうだが、遅れたことには違いない。


しかも厄介なタイミングで、懸念事項が重なってしまった。


「お話に聞いていた、例の件も?」

「――グレアム君の来訪に合わせて、聖女殿との対談が発表された。護衛も決まったと、報告を受けているよ」


 最悪である。何と、あのグレアムが聖女との面談を行うらしい。俺を要注意人物だとぬかしやがるあいつが、よりにもよって聖女と対談するのだ。ふざけている。

今にして思えば、あいつが聖地に来ること自体が妙だった。俺への嫌がらせかとばかり思っていたが、こうしてみると事前に公式面談会の情報を知った可能性がある。


まさか公の場で俺の悪口を言ったりしないだろうが……奴の手の者が聖地に入り込んでいるのであれば白旗の事も、俺の逮捕も確実に知っただろう。


であれば俺個人への攻撃ではなく、白旗への印象操作を行うかもしれない。面談はあいつの対談より後。くそったれのタイミングに舌打ちする。

俺が逮捕されたのは時空管理局との話し合いの為だが、印象次第で何とでも言える。そもそも白旗の活動は長期を睨んでいるのだ、こんな短期で印象は覆せない。


俺には、敵が多すぎる――このままでは、聖女との面談は最悪の結果となるだろう。どうも聖女様は、"余所者"を嫌っているみたいだしな……


「ロストロギアの民間管理プラン、ここ連日対象であるローゼ君やアギト君と話してみたが彼女達はまごうことなき人間だ。人の心を持っている。
だが時空管理局の理念を思えば、封印処置も決して行き過ぎではない。難しいところだね」

「はい。私自身もレティ提督の懸念や、グレアム提督の反対も分かるつもりではいるんです。ですが身内である以上、引き下がれません」

「グレアム君か……一体何が、彼を駆り立てているのか。我々も憂慮はしているのだよ」

「御三方は、グレアム提督を御存知で?」

「公人、私人共に、彼をよく知っている。彼がこの聖地へ来るのであれば、私としても直接出向くつもりではいるよ。
今の我々は、君の三役だ。我々の立場をあまり意識せず、白旗としての活動を続けたまえ。ローゼ君やアギト君を、守る為にも」

「ありがたい御言葉です」


 年齢としては近しいとあれば、友人か何かかも知れない。だからこそレオーネ氏の配慮は心強くも、心苦しかった。彼は俺の三役といった以上、下手をすれば敵対することになるから。

だが、俺も彼らに甘えるばかりでいるつもりはない。仲間と戦う辛さは他の誰よりも、美由希やリスティ達と戦った俺がよく知っている。あの辛さを、彼らに味わってほしくはない。


グレアム、リーゼアリア――ありえないかもしれないが、彼らとの和解の道も探るとしよう。


「ふふ、それにしても人の縁とは――いや、君自身の縁かな――恐ろしいものだね」

「縁、ですか?」

「まさかこの私が、心から驚かされるとは思わなかったよ。君のお仲間を見て、我々は驚愕を禁じ得なかった」

「ま、まあ、娼婦とかいますからね……あの、別にあいつは、その」


「ははははは、いい。分かっている。"よく分かっているから"、何も言わなくていい。くくくくく」


 あいつの何が、そんなに可笑しいの!? いや、娼婦の格好をしているだけで、ハレンチの一言なんだけどさ!

さてようやく足場も固まったので、俺も本格的に身を乗り出すとしよう。まずは目の前に迫りつつある事態について、全員と話し合う必要がある。

何しろ今、聖女様の俺への心象は最悪といえる。時空管理局に逮捕された犯罪者、聖地を荒らす愚か者、聖王教会の敵。聖女は聖地を乱す俺をさぞ、憎んでいるだろう。

せめて事前に聖女と会えればいいんだが、あの人は聖堂の中。俺の事なんぞ、関係者から聞いた話でしかわからない。つまり、最悪である。うう、話し合いたい。分かって貰いたい。

しかも面談の様子からすると、聖女はどうも俺達のような人間を嫌っているらしい。そんな厳しい態度で面談なんてされたら、嫌われ者の俺なんて一蹴されるだろう。



『公式面談会』と『グレアム来訪』――どうすればいいんだろう。二つの難事を乗り越えるには、聖女様の印象を何とか良い方向へ変えなければならない。



「レオーネ氏。グレアム提督の対談次第では、聖女様に悪い印象を与える懸念があります。何とか聖女様との関係を取り持つには、どうすればいいですかね?」

「良い印象ね……ははは!」

「笑い事!? 聖女様は、護衛そのものを嫌がっているんですよ!」

「確かに嫌がるだろうね、他の護衛は。ははははははは!」






 頼むから皆、現実をちゃんと見てくれよ!










<続く>








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