とらいあんぐるハート3 To a you side 第三楽章 御神の兄妹 第一話
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三月―――
身体の怪我は完全に癒えて、肩も完全ではないが復帰。
怪我の回復はフィリスも目を見張るくらい良好で、日常生活にはもう支障は無い。
そして今日―――俺は退院となった。
「まだ無理はしないで下さいね、良介さん」
「・・・お前って最初から最後までそれだな」
病院口で、俺は盛大に溜息を吐いた。
別にいいと何度も言ったのだが、フィリスは最後の見送りにここへ来ている。
ほんのしばらく世話になった病院も、こいつも今日でお別れだ。
思ったより早く治療も終わり、フィリスも俺の回復力に驚いていた。
もっとも、早期退院出来たのは俺の希望をフィリスがきちんと受け止めてくれたからなのだが。
「一週間に一度は来て下さいね。まだ完治はしていませんから」
「えー、まだ終わってないのかよ」
「私がいいと言うまで駄目です」
・・・・こいつ、段々強気になってきてないか?
結局、最後の最後まで勝てなかった相手だった。
「怪我が治るまでです。
私は良介さんの担当なんですから、最後の最後まで御世話させて下さい」
渋面になっていただろうか?
俺の表情をまじまじと見て、フィリスが微笑んでいる。
はあ・・・ま、いいけど。
俺は自動ドアを潜り抜けて、病院口から外へと出る。
荷物は鞄一つのみ――
着替えと日常品を全て一つにまとめ、折れた木刀類を無理やり押し込んだ。
入院中もらった品は殆どないし、花はフィリスにやった。
今頃どこかの病室か、医務室でひっそり花びらを広げているだろう。
俺が持っていても枯らすだけだしな・・・・
俺は鞄を肩に担いで、今日一番の空を仰ぎ見る。
季節も変わり、寒さも急激に弱まってきた。
天候は快晴で、気持ちいいくらいの青い空が顔を覗かせている。
うんうん、俺に相応しい退院日和じゃねえか。
俺はその場で振り返り、たった一人の見送りに目を向ける。
別に寂しくは無い。
むしろ、一人でも退院を喜んでくれる奴が居るだけで御の字だった。
「そんじゃあな。
お前もあれだ・・・・あんまり患者に入れ込みすぎるなよ」
・・・・お陰で、精神的に大変だったしよ・・・・
泣かれたり、怒られたりした記憶が脳裏を駆け巡る。
「患者さん第一ですから。
それより、良介さんこそ御身体を大切になさってくださいね。
また無茶な行動をしてはいけませんよ。
食事はちゃんと取って下さいね。
もし何かありましたら、すぐに私に言ってください。
何でもお力になりますから!
それと、それと・・・・・」
「・・・いや。もういいから、とりあえず落ち着け」
「きゃふっ!?」
長い銀髪ごとわしっと掴んで、頭を強めに撫でる。
このまま放って置けば、際限なく心配事を並べられそうだった。
フィリスはううーっと小さい声で窮屈そうにしながらも、俺を上目遣いで見つめる。
・・・ちょっと心臓が一瞬躍動しちまった、くそ。
「良介さんはしばらくこの町で滞在されるんですよね?」
「・・・前に話した通りだよ。
余計な世話ばかり焼かす連中がいてな・・・
出るに出られなくなっちまった」
月村と再会したあの日―――病院に帰れば、フィリスに当然の如く詰め寄られた。
当然だろう。
病院に着き、タクシー内で起きれば隣にいた患者がいない。
すぐに帰ると伝言されても、それは一度脱走した人間が言う言葉。
月村と別れて帰ってみれば病院玄関で待ち伏せまでしてやがりましたよ、この医者。
町に残る事を話せば、怒ってたくせに急に大喜びしやがったし・・・・
最初から最後まで、本当にお節介な奴だった。
「それは何よりですけど・・・・・」
少し間を置いて、フィリスは言いにくそうに口を開く。
「住む所とかは・・・・決まっているんですか?」
「・・・・・・」
なかなか痛いところをついてくるな・・・・
今更だが、俺は放浪中の身。
帰る家はなく、この町に居場所は無い。
居場所が無いからこそ出て行こうとしたんだし、身軽だからこそ気ままに旅が出来る。
剣の修行だって、別に誰に遠慮する事なく出来る。
だが、長期滞在するとなると話は違ってくる。
高町の件はともかく、久遠や月村との約束は時間がかかりそうだった。
多分、一日や二日で納得したりはしないだろう。
黙って出て行くという選択は、月村との約束を破る羽目になる。
別に女一人の約束なんぞどうでもいい・・・・いいんだが・・・・・・
この町に残ると言った時の月村の表情は今でも忘れていない。
あんな嬉しそうな顔をされては、下手に出て行けば後々怖そうだった。
女の執念は時として恐ろしい。
かといって、住む場所のあては全く全然これっぽッちもない。
「・・・ま、何とかするさ。心配するな」
「心配しますよ!
良介さんの事ですから、野宿とか身体に障ることをしそうです」
・・・・うぐ、見破りやがった。
『いいじゃねえか、別に野宿でも。
誰に迷惑かける訳でもないし、第一お前には関係ないだろう!』
・・・・と言ったら、また泣きそうだしな・・・・
なかなか難儀なお医者さんである。
「大丈夫、大丈夫。お前に迷惑はかけないから。
男一匹、どうとでもなるさ」
「本当ですか・・・・?
もし良介さんさえよろしければ、私―――」
「いいって、いいって!?」
心配げな顔をするフィリスに、慌てて首を振る俺。
お人好しなこいつの事だから、自分の家にとか何とか言いそうで慌てて黙らせた。
こいつが嫌いなら別にいい。
泊めるだけ泊めてもらって、利用するだけ利用すればいい。
偽善な奴だと内心嘲笑って、好き放題やればいい事だ。
問題なのはこいつが心の底から俺を案じており、その・・・・
俺も、そんなこいつが嫌いじゃないところだった。
こいつの家に行けば、変に気兼ねしてしまいそうだ。
「適当に顔出すからさ・・・・安心しろよ。
俺だってもう子供じゃねえ」
「良介さんはまだ子供です!
私もこれ以上強くは言いませんが・・・・
何時でも力になりますから」
真剣な表情で、俺の手をぎゅっと握るフィリス。
繊細な手先は少し冷たく、握る感触はとても―――
「・・・・・本当、ありがとな。
あんたが担当で良かったよ」
つい、そんな事を言ってしまう自分がいた。
フィリスは少し驚いた眼差しを向け、そのまま赤くなって黙り込んでしまう。
や、やっぱり言うんじゃなかった・・・・・
奇妙な沈黙が押し寄せて来て、居心地の悪さに身体が強張る。
何か言おうとして―――
「あー、おったおった・・・・・
――――ああっ!?」
・・・・硬直。
恐る恐る振り返ると、碧の髪の少女が俺を―――
握り締められた俺の手を凝視していた。
<第二話へ続く>
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