とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第七十八話
他人との人間関係を重視してはいるものの、まだまだ人との触れ合いを苦手とする俺に、他人との会話は営業の挨拶回りのような感覚がある。嫌いでは無くなっているが、疲労はある。
とはいえ徒労を嫌がり、軽視したせいで、今月の悲劇は起きてしまった。敵対した美由希やリスティにしても、もう少しきちんと人間関係を築けていれば問答無用にはならなかっただろう。
今月下旬から来月にかけて、俺は再びこの町より旅立つ。次は海外ではなく、異世界。文字通り、音信不通となる。今度はちゃんと一人一人と向き合って、挨拶しておこう。
戦いは勝てば終わりだが、人間関係は解決してもその後続いていくのだから。
「クロノさんの世界に行く? 何や、またトラブルを抱え込んどるんかいな」
「だったら俺、一緒に行きますよ。是非、力にならせて下さい!」
「何故、俺の関係者は学校をサボる奴ばかりなのか。これ以上、同行者を増やさないでくれ。リンディやクロノから許可貰うの、大変だったんだから」
鳳蓮飛は今月末に海鳴大学病院、その後経過通院となった。心臓病は難病であり、人間にとっては繊細で重大な臓器。手術が成功しても、経過を見守らなければならない。
幸いにも現時点での経過は順調で、手術後の発作も言わば精神に起因する衝動であったらしい。城島晶という親友が傍に居る限り、彼女が精神的苦痛を感じる事はないだろう。
友達や家族に囲まれている彼女は健やかで、憎まれ口も健在だった。
「お前、空手道場を一ヶ月以上サボって大目玉食らったんだろう。俺を探してくれたんだから責めたりしないけど、しばらくは学業や稽古に専念しておけ」
「大体あんた、毎日うちの所に遊びに来てるけど夏休みの宿題はちゃんとやったんか。うちも来月から復学や、不真面目は許さんよ」
「うう、大人しく留守番しておきます」
城島晶は一ヶ月以上の家出で、高町の家族よりこっぴどく叱られて事実上の外出禁止。家に閉じ込められている訳ではないが、門限を設定されて真面目な夏休みを強要されている。
今のこいつはロストロギアの問題よりもまず、夏休みの宿題を何とかする方が優先される。問題に大小などない、俺もこいつも乗り越えるべき難題は同じだ。
空手の鍛錬に学業、そして家族との交流。平凡な日常の中にも、試練は多く存在する。軽視していい問題なんて、一つもない。俺は剣士として、城島晶は女学生として、今を生きる。
「次に帰ってきたら、今度こそ俺を助手にして下さいね! 俺、何でもやりますから!」
「何や色々問題抱えとるみたいやけど、うちも退院したら手伝ってあげるから声をかけや。クロノさんに迷惑かけたらあかんよ」
少し早い退院と学生復帰祝い、別れとは思えないほど輝かしい門出。見送りもなく、そのままそれぞれの道を進んでいく。少し先で、交差するために。
レンの見舞いを終えた後は、自分の診察。病院をお見舞いした後で、自分の身体の心配。我ながら悲しくなるが、ここを疎かにすると剣を見事に取り上げられるので仕方がない。
主治医の診察室には、レスキューが訪問中。血の繋がりがあるのか分からないが、並んでみると家族を感じさせる姉妹だった。
「ミヤちゃんやアギトちゃんの世界に? あまり賛成は出来ませんが、ご家族の為であれば仕方ありませんね」
「今度は大勢の仲間と一緒だし、向こうの世界のお巡りさんも同行してくれる。勝手な行動すれば強制送還されるから、大人しくしているよ」
「信じてあげなよ、フィリス。君がこの街に居る限り、彼はきっと戻ってくる」
「何でそんなロマンティックな理由に置き換えるんだよ!?」
「ふふふ、そうであってくれると嬉しいのですけど」
フィリス・矢沢、彼女への説得が一番大変に思えたがペンフレンドが援護してくれた。援護の仕方は正直微妙だが、フィリスが嬉しそうなのでまあいいだろう。
植物状態より奇跡的に復帰した彼女だが、引き続き滞在している医療チームの治療を受けている。彼らは偶然の奇跡を信じないプロ集団、その理由を求めてフィリスの検査を続けているのだ。
カレンには強く言っておいたので、人体実験的な検査は行われていない。HGSはあくまで病気であり、医療チームは人を治す為の集団。治療に専念できる。
職場にも復帰しているが、フィリスも患者の一人。今月と来月は、静養とリハビリの日々となる。少なくとも、剣士の出番はない。
「同行するお巡りさんも、呼んである。挨拶の一つでもしておいたほうが、お前も安心だろう」
「今の良介さんは怪我もなく健康ですが、旅先でまた怪我を増やすかもしれませんからね。きちんとお願いしておきます」
「心配症だと言いたいけれど、君の場合は不安が的中しそうで怖いね。折角だから不幸話なんかじゃなく、武勇伝を聞かせてよ」
「悪かったな、折角来てくれたのに色々バタバタさせちまった。手紙をまた送るよ、来てくれて本当に助かった」
「私こそ、家族を救ってくれた君には心から感謝してる。今度は君が遊びに来てよ、国中を案内してあげる。可愛い女の子友達にもいっぱい、君を紹介してあげる」
「俺を紹介するのかよ!? 普通、逆だろう!」
「いーやーでーす。私が君の、一番のペンフレンドなんだから。自慢しまくってやる、ふふん」
セルフィ・アルバレット、彼女はしばらく海鳴に滞在。フィリスやリスティ、フィアッセのその後の経過を日々共に過ごして見守っていくらしい。
入れ違いで俺が旅立つのであまり遊べなかったが、彼女にとっての一番の滞在目的は俺が果たして満足してくれたようだ。彼女の言う通り、今度は俺が遊びに行こう。
ほんと、厄介事を全部片付けたら一度のんびり休暇を取ろう。人間関係とか、マフィアとか、魔法とか、ロストロギアとか、もう何もかも忘れて、リフレッシュしたい。
その時、彼女達と一緒に遊べばきっと楽しいだろう。俺の初めてのペンフレンド、彼女との出会いをくれたフィリスに感謝を述べて、診察を終える。
一緒に病院に来た家族達と、一緒に帰り道を歩く。
「ローゼちゃんとアギトちゃんの為なのは分かるけど、リョウスケが居なくなるのは寂しいな。私も一緒に、行きたいなー」
「チラチラ見ても、駄目。しばらく、護衛はお休みします」
「私に何かあるかもしれないよ。えーと、えーと、例えばまた声が出なくなるとか」
「真っ先に医者に見せろよ! 俺は甘える女には、厳しいぞ」
「甘えていいといったのに!?」
フィアッセ・クリステラ、思えば彼女が今回一番の被害者だった。家族を無くして声を失い、初恋の人にはフラれて心が傷つき、絶望の淵に立たされた。
改善の見込みはないように見えたが、振り返ってみれば当然だった。彼女本人には何の問題もないのだ、彼女に何をしても効果が出ないのは当たり前だ。
周りさえ改善されれば、彼女は安定する。俺に出来たのは、崩れ落ちないように支えるだけだった。この先も彼女の手を取って共に歩むのが、俺の責任だ。
今は容赦なく手を振り払っているが、一応自分の事情以外にも理由はある。
「どんな形であれ、再来月の十月には帰ってくる。その間俺と一緒にいるよりも、お前はようやく取り戻せた家族と一緒に過ごした方がいい。
リスティの奴、警察への民間協力復帰をまだ尻込みしているんだろう。多分俺との事が、色々引っかかっているんだ。今は、俺が居ない方があいつの為でもある」
「そ、そんな事……そんな事ないよ! リョウスケのおかげで、私達は……!」
「別に卑下して言っているんじゃねえよ。喧嘩して仲直りなんて、青春じみた真似を俺達は出来ないんだ。一旦距離を置いて、自分自身を見つめ直す時間が必要なんだ。
今月末まで、シェリーの奴もいる。あいつやフィリスと一緒に、しばらく一緒に過ごしてやれ。大切な人達と共に過ごしていれば、心も落ち着いてくるさ。
ついでと言っては何だが、シャマルも面倒見てやってくれ。この就職には命をかけているから、クビになると風俗とかに走ってしまいそうで不安だからな。よろしく頼んだ。
で、来月については――ほれ」
「飛行機の、チケット……?」
「親父さんと、お袋さんには、お前の事を連絡しておいた。あのな、回復した事をどうしてお前から伝えていないんだ。両親二人して、怒っていたぞ」
「う、うう……だって治った事を伝えたら、帰って来いと言われそうだから……そうしたら、リョウスケと離れ離れになっちゃう」
「優先順位を間違えるな、アホ。とにかくお前は今月と来月は、家族への奉仕期間。心配してくれた家族に、今度はお前が恩返しするんだ。
俺だって同じだよ。ローゼにもアギトにも借りがある、だから恩返しをする。俺達に必要なのは互いを慰めるんじゃなく、慰めてくれた人達に報いる事だ」
「……そっか……そうだよね。でもリョウスケ、きっとまた私の所へ帰ってきてくれるよね?」
「当たり前だ。俺は、お前の護衛だろう」
「うん、私の騎士だよ」
今度のお別れは、寂しくも悲しくもない。何も言わずにすれ違うのではなく、再会を約束して自分達から別れるのだから。大切な人達の元へ、行くために。
独りぼっちになるのではない。家族や仲間達と一緒に、時間を過ごすのだ。人間関係を優しく温めて、皆と輪を作る。二人して傷を舐め合うよりも、よほど健全な生き方だ。
指切りをして、俺達は別の家路についた。リスティや美由希とも、結局会わなかった。でも今までのように、すれ違ってはいない。
傍目から見れば殺し合いでも、俺達は命をぶつけ合った。真剣に殺そうとして、敵である相手を理解しようとしたのだ。分かり合えている。
言葉ではなく剣を交え合い、命をかけて、お互いの主張をぶつけた。ある意味、フィアッセ達よりも充実した対話を行っている。もう十分だった。
再会したその時は、また剣を交えよう。喧嘩もしよう。今度は命を懸けずに、自分達の信念を語り合おう。より深く、分かり合うために。
「次は、電話か。今時の世の中、色んな交流の仕方があるんだな」
那美が説得するとは言ったが、他人任せにしたままでは同じ事の繰り返しだ。今リスティと直接は会えないので、さざなみ寮には行けず電話で話す。
神咲那美の保護者は実家だが、保護役は仁村真雪。魔法関連を除いて、彼女にはある程度の事情を以前に説明している。久遠の件も含めて、今度の旅の事を話した。
彼女は、頭がいい。異世界なんぞと直接的には言わずとも、事情は察してくれる。俺自身も知らない、神咲那美や久遠の事情も含めて。
当然いい顔はせず、今の実質的雇い主である忍やさくらとの話も必要だった。さくら本人には同じく同行する忍やノエルの許可を得る必要もあり、後日三者三様で席を設けて説得した。
なのはやフェイトとは結局、出発まで会う時間がなかった。片方は塾通いと宿題、片方は裁判――全部片付くのは九月になるらしい。
気落ちしていたなのははまだ、生来の前向きさを完全に取り戻せていない。悲しみを引き摺るフェイトはまだ、生来の魔法が使えない。
八月は様子見、学業に裁判と専念すべき事もある。ひたむきさでは誰にも負けない二人だ、やるべき何かがあれば悩みを忘れて打ち込める。
「九月か、二人は異世界の事情に精通しているからな……俺には関わらんように、クロノ達に釘を差しておくか。
まあ、わざわざ聖王教会にまでは来ないだろう。母ちゃんのこともあるからな」
喜ばしいのは引き篭もっていた桃子の復帰と、引き摺っていたプレシアの裁判結果が出た事だろう。なのはの母は喫茶店経営に復帰し、フェイトの母は罪を償う。
娘が忙しければ、母もまた忙しい。桃子は家族と喫茶店の立て直しに奔走し、プレシアは自分と娘の人生をやり直すべく異世界での静養生活に入る。
会いたい気持ちはあったが、俺も彼女達も今必死にならなければならない。だから電話で自分の気持を伝え、再会の約束をした。今大事なのは、その気持ちだ。
十月――その時はきっと全てが精算されて、家族一同で笑って再会できるだろう。
妖怪達への事情説明や、はやて達への引き継ぎ。天狗一族への対策や、留守にする海鳴の防衛と対策。管理プラン移設に向けた準備や、旅支度。
自分一人で満足せず、アリサ達ともよく話し合って、何事も無く旅立れるように万全を期しておく。何もかも終わった時は、すっかり夜中になっていた。
剣で戦うよりも、よっぽど疲れる。人間、社会で生きていくのって本当に大変なんだな……人間関係を上手くこなす大人を、心の底から尊敬する。
「最後は、インターネットか。何で海外にまで、連絡取れるんだろう……そこまで便利な世の中にしてもらいたくなかった」
我儘なお姫様方のお相手は、王子様に努めてもらいたい。心の底から白馬の王子が来るのを心待ちにして、回線を繋いだ。
『聞いたよ、ウサギ!? あの女、斬ってやったんでしょう! クリスのウサギに手出しするからそういう目に遭うんだよ、ほんとバカだよね』
『きちんと首を獲ったのだろうな、下僕よ。吊し上げにするので、我に献上せよ』
『見事なお裁きでした。貴方様の武勇を直接拝見出来なかったのは残念ですけど、映像は勝手ながら見させて頂きました。あまりにも凛々しいお姿に、惚れ惚れしておりますわ』
『少々生温い結果に終わったのは、わたくしとしては不本意ですわね。二度と刃向かえないように、心身共に滅多打ちにしてさしあげればよろしかったのに』
『無事勝ったんだから、いいじゃない。すごかったよね、何度映像で見ても君の動きが見えなかったよボク』
『お疲れ様でした。貴方の気苦労を厭えないのが歯痒いけれど、無事解決してホッとしたわ』
出会い頭に絶賛の嵐――い、言い辛い。各国の名高い美女達が、満面の微笑みで祝福。頬を赤らめてまで武勇を賞賛してくれるその表情に、何とも言えない罪悪感がこみ上げる。
護衛チームがあの勝負を監視していたのは知っているけど、撮影までさせていたのか。一度斬られた時撤収させていただけに、文句が言えない。こいつらにもさんざん心配かけたからな。
こんなかんじでほぼ毎日会っているこいつらに、旅立ちを自分から切り出さなければならない。無言で去っても追えないだろうけど、護衛チームにも申し訳ないからな……
今月と来月、留守にすることを恐る恐る告げてみる。
『えええええっ!? ウサギと一ヶ月以上会えないなんて、ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ〜〜〜〜!!』
「だー、うるさい!? 泣き喚くな、おおっぴろげにパンツ見せて暴れるな! こっちは今、夜中だぞ!?」
『貴様、毎日の私への拝謁はどうするつもりだ! 欠かすなとあれほど命じたはずだぞ!』
「今初めて知ったわ、そんな習慣!」
『私を置いて留守にしてもよろしいのですか、貴方様。帰ってきたら、故郷が支配されているかもしれませんわよ』
『うふふ、王子様ったら可愛いお人。わたくしから逃げられると本気で思っているのでしょうか』
「こええええ〜!? こんな女共に、権力なんぞ持たせるなよ!」
こいつら、俺に会う前はどうやって生きてきたんだ。予想以上に抗議されて、パーソナルコンピューターの画面越しに仰け反ってしまう。我儘も過ぎると可愛らしく見えてしまう、この魔性。
異世界のことを言う訳にはいかないのだが、こいつらの場合既に察していそうだからな。日々護衛を通じて俺の行動や言動を知っているので、最低でも魔法のことは完全にバレている。
そもそもリスティ戦では思いっきり魔法を使っていたし、美由希戦は絶対に勝てっこない戦いなのだ。神速そのものは剣の技だが、凡人の俺が使える技ではない。カラクリがあるのはバレバレだ。
ガミガミうるさい女共の声に顔をしかめつつ、説得に入った。
「前にも言っただろう。ローゼを狙う組織があって、そいつらと内々に接触して交渉を進めている。その交渉がそろそろ佳境に入りそうなんだ。
今まで交渉は比較的順調だったんだけど、交渉には反対だった組織の幹部が口出ししてきて台無しにしようとしているんだ。このままだと、ローゼが取り上げられる。
全面戦争になれば、仮にお前達の協力を得ても犠牲が多く出てしまう。そうしない為に、別の力ある組織に協力を求めに行ってくる」
『その為に、"最新型自動人形製作の技術が存在する世界"へ赴くと?』
「うげっ、何で!?」
『王子様。そもそもローゼの製作資金を提供し、研究施設を提供したのはわたくしですのよ。あの技術が異端、この世界には在り得ない物であることは承知済みです。
自動人形が製作された古代のロストテクノロジーかと推測していた矢先、今月における王子様からの新情報の数々。王子様の元に集っている身元不明の人間達、各国に所属していない謎の組織。
博士達は依然消息不明、世界の何処にも足取りさえ掴めず――王子様ご本人まで今、わざわざ別れを切り出してくる』
『この世界の何処かに行かれるのであれば、協力を求めることはあっても別れをいう必要はありませんもの。
護衛チームに、そして私達に追えない場所――"異なる世界"へ行かれようとしているのでしょう、貴方様』
うぐぐぐぐ、突飛な発想だと笑ってやりたいが、突飛な真実が他ならぬ俺から豪快に流出しちまっている。こんなに材料が揃えば、在り得ない推察にまで真実味を帯びてくる。
ローゼやアギト、ミヤの存在。当然のように使っている、魔法。HGSの超能力、夜の一族の能力、それらと並びながらも、異なる要素。
そして何よりアースラでの進捗会議中は、俺はそもそもこの世界から実際に姿を消しているのだ。お伽話めいた結論でも、真実であれば抗えない。年貢の納め時だった。
そもそもこの調子だと、絶対間違いなくクリスチーナが追っかけてくる。日本で見つからなければ、八つ当たりで町の人間を殺しそうだった。
半ば見破られているのであれば、真実を話して秘密にさせた方が話が早そうだった。渋々、全てを打ち明ける。
『ジュエルシード、ミッドチルダ、時空管理局――なるほど、ローゼに組み込まれていた永久動力源の正体がようやく分かりました。
博士は笑って詳細を曖昧にしていたのも、頷けますわね。迂闊に興味を示して触れてしまえば、暴走する恐れがありましたわ』
『ディアーナさんのお父さん達からボク達を助けてくれたのも、その時空管理局という法の組織だったんだね』
『その組織からローゼの動力源を危険視され、封印が決定されてしまった。貴方はそれを阻止するべく、異世界にある宗教団体に頼るおつもりなのですか』
さすが各国で立身出世している姫君達、一を聞いて十を知る。俺自身も異世界の事情には詳しくないので、多くは推測で語っているのだが。
お伽話や映画の中でしかありえない世界観を、俺からの説明というだけでカレン達は全て受け入れる。こいつらはほんと、俺を信頼し過ぎだと思う。
先月は信頼を得るべく努力したのだが、努力が報われ過ぎてお腹いっぱいである。砂糖もかけ過ぎると、虫歯になってしまうというのに。
ヴァイオラやカミーユは受け入れるのに精一杯だが、夜の一族の主要陣であるカレン達は問題点まで指摘してくれた。
『起死回生を狙う今の状況はお察ししますが、異世界であれど宗教団体。過度に重視するのは、禁物ですわよ。
危険物を回収・管理する宗教団体ともなれば、相当危うい組織でありましょう。出来れば、王子様には関わってほしくはないのですが』
「危ういことは、分かっている。そもそも封印自体、管理面で言えば間違った判断ではないからな。時空管理局の姿勢そのものは、正しいんだ。
極端から極端に走る気はない。まず直接出向いて話を聞き、改めて判断するつもりだ」
「"ベルカ自治領"と仰いましたね。自治領とは当該国の主権の下に属しながらも、独自の政府や自治権を持つ事が許されている領土です。
聖王教会は恐らく時空管理局によって自治を認可され、宗教独自の規律によりに高度な自治を行っている組織。付け入る隙は、確かにあるでしょう。
しかしながら独自の自治を行う領土で危険物を取り扱うとなると、早々の権力が求められますよ。
貴方様は管理外世界の余所者、田舎者以前の異邦人。招待されたとはいえ、歓待されると思わない方がよろしいでしょう。今のままでは、体よく利用されるだけです』
自治領の地位は次元世界でも特権的な価値がある、だからこそ独自の権力が成立している。神の名の下に、大いなる権力により支配されているのだ。
神の信者が皆、純真純朴ではない。そもそも清廉潔白では、権力社会では到底生き残れない。仮にも自治権が与えられる宗教団体、仮面の奥には禁忌とされる悪魔の顔がある。
そんな場所に投下された、"聖王のゆりかご"という爆弾。壮絶な火種の匂いを嗅いで集まった、強者達。点火すれば燃え上がり、次元世界を燃やす戦火となるだろう。
一人の剣士が、立ち向かえる相手ではない――そう忠告するディアーナ達に、俺は思わず笑ってしまった。
「お前らが、それを言うのかよ」
『と、いいますと?』
「先月と同じ状況じゃないか。ドイツの地では剣も持てない俺一人で、世界を裏から紙牌するお前達夜の一族と戦わなければならなかった。
あの戦いで最後に勝ち、お前達の血を与えられた名誉ある勝者は誰だったんだ』
『……うふふ、そうですか。王子様は、次に異世界まで支配されるおつもりなのですね。わたくし達だけでは満足しない、その貪欲さ――快感で、背筋が震えますわ』
『なるほどな。下僕、お前はこの私に異世界まで献上するつもりなのか。お前の志の高さには、感服させられる。それでこそ、私の下僕よ。
ならば主としてお前の勝利を信じ、晴れやかに送り出さねば主の器量が問われるというもの。見事、私に大いなる勝利を献上せよ!』
そ、そこまで大袈裟な話なのか……? ヒーロー戦記でも聞かされたかのような姫君達の興奮に、当事者の俺が困惑させられている。なるべく、穏便に済ませたいのだが。
しかしながら既に集まった二十名以上のメンバーを思い出すと、冷や汗の一つも出てくる。メンバーとしては心強い限りなのだが、新しい火種になっているような気もしないでもない。
そもそもジュエルシードを抱えているローゼを連れて行くのだ。火種というならまさに、あいつだろう。やれやれ、厄介な爆弾を抱えてしまった。
そして今、もう一つの火種を処理しなければならない。どうあれ別れとなるので、殺人姫やマフィアのボスはご立腹なのだ。
「再来月には、戻ってくる。帰って来たら、直接会って遊びにでも行こうぜ。ここ半年、厄介事の連続で正直疲れているんだ。お前らだって日々、忙しいだろう。
俺が旅している間、スケジュールでも調節しておいてくれ。今度は仕事でも何でもなく、私人として会おうじゃないか」
『クリスと一緒に遊んでくれるの、ウサギ!?』
『私も一緒でよろしいのですか、貴方様!? でしたら、お任せ下さいな。必ずご満足いただけるリゾート地を手配いたします』
『あ、いいね。ボクも君と一緒に、遊びたいよ。フランスにもいいところ、いっぱいあるよ!』
『私も、ソングスクールの先生に相談してみます。校長は貴方のこともよくご存知ですから、事情を理解してくれましょう』
『王子様とご一緒でしたら、休暇も悪くありませんわね。弟にスケジュールを調節させて、誰にも邪魔させないようにいたしますわ』
『すまなかったな、下僕よ。お前も私に会えず、寂しいのを我慢して旅立つつもりだったのだな。よいぞ、十月は思う存分甘えさせてやろう。我が胸に飛び込んでくるといい』
――単純に会って遊びに行くだけのつもりだったのに、何故かリゾートにまで発展してしまった。金持ちと貧乏人のスケールの違いに、歯軋りしてしまう。
ゆっくりしたかったのに、この勢いだと毎日が酒池肉林の騒ぎになりそうだ。こいつらもこいつらで火種だからな……十月くらい、平和であって欲しい。
『さて、異世界ミッドチルダへの干渉手段を探ってまいりましょうか』
『そもそも王子様が第一人者とは限りませんわ。別世界より来た博士も管理外世界そのものの事をご存知でしたし、足取り次第では向こうへ行く手段も掴めるかもしれません』
『あるいは過去、こちらから向こうへ行った人間も存在するやもしれんな。長として世界中の一族と連絡を取り、探らせよう』
『向こうから来た人、向こうへ行った人。世界中を探せば、何か見つかるかも知れないね。フランスは、ボクが探ってみるよ』
『イギリスは古き歴史を持つ国、痕跡が残されているかもしれません。お母様は高名な占い師、手掛かりを探してもらいましょう』
『ギル・グレアムと、リーゼアリア。ウサギを虐めた人間の名前、覚えたからね。
待っててね、ウサギ。コイツラを殺した後、すぐ助けに行ってあげるから』
「無駄な努力過ぎる!?」
絶対に無理だと思うが、さっさと解決してこの世界に戻ってこよう。手を伸ばせば月まで掴めそうな女共だ、何するか分からんから怖い。
日本では夜中にあたる時間帯に、騒がしい女性達。まだ徹夜になりそうだが、せめて今晩くらいはゆっくり姫君達のお相手をしよう。
――肝心の子供達の事を話していないのに気付いたのは、来月シュテル達の顔を見た瞬間だった。
<エピローグへ続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.