とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第七十四話





 この八月。帰国して早々さまざまな災難と苦難に襲われて、人生の危機ともいうべき状況に陥った。それも自分自身ではなく、自分の家族や仲間達が絶望に落とされた悲劇。

自分を第一とするかつての主義であれば、何の問題もない一ヶ月だった。他人と積極的に関わるという方向転換が招いた危難だというのだから、皮肉な話だった。

たとえ自分が原因でも全て無視していれば、楽だっただろう。利き腕も治り、剣も存分に振るえるようになった。金にも困らず、生活にも不自由しない。何の文句もなかった。

そういう意味では今月、俺自身には何の問題もなかったのだ。余計な苦労だと言われれば、何の否定も出来ない。全てが終わった今でも達成感よりも、徒労が大きい。


ともあれ、ようやく終わった。


「フィアッセと美由希さんの検査、終わりました。お二人共問題はありませんが、しばらく定期健診して頂く必要がありますね」

「心の病というのは、簡単には治らないか」

「カウセリングも必要でしょうけど、特に美由希さんはお身体にも相当負担をかけています。よほど無理強いをしたのか、筋肉も関節も大きな負担がかかっています。
疲労も蓄積していますし、十分な治療と整体が必要です。検査入院が最善なのですが、学校もあるでしょうし、病院との往復になるでしょう」


 高町美由希との戦闘に勝利し、フィアッセとの対話も終えて、俺と恭也は自分達の大切な人をそれぞれ海鳴大学病院へ連れて行った。少年漫画のように、勝って終わりではないのだ。

フィアッセの喉は元々問題はなかったらしく、フィリスの診察によると精神面での圧迫が問題だったらしい。締め付けられた心が解放されれば、自然と声も出るようになったらしい。

美由希の場合殺意に心を凝り固め、人を殺す肉体に無理やり仕上げていた為に、心が緩和された瞬間一気に負担が襲いかかったらしい。今頃ベットの上で悶え苦しんでいるだろう。

そして今二人の診断結果を聞きながら、俺はフィリスの治療を受けている。俺は心も体も、知覚に至るまで限界を超えてしまっていた。


「斬り合いにまで発展させず、美由希さんに心を説いて事を収めた点には成長を感じますが、その分身体に負担をかけているようでは駄目ですよ」

「仕方がないだろう、敵は本気だったんだ。剣の達人を相手に、剣以外で止める術はなかった」

「そうですか? 私にはお二人が通じ合っているように見えました」


 どうだろうな、俺もあいつも結局何がしたかったのか明確ではなかった。子供の喧嘩なんてそんなものだろう。勝った後ではなく、まずは勝つことを考えてしまうものだ。

俺に斬られて、あいつは負けを認めた。分かりやすい形での決着を迎えて、あいつの心も落ち着いた。負けを求めていたのではないのだろうが、敗北もまたあいつの救いとなったのかもしれない。

救われる道はなかった。あいつ自身が求めない限り、永遠と人を斬る道を進んでいたに違いない。剣を収めるには鞘がいる、同じ剣士である俺では斬り合いになるだけだった。

あいつの鞘となった男はこの先人を斬る剣を、人を守る剣へ変えるだろう。それが可能だからこそ、あの男は物語の主人公に相応しいヒーローなのだ。


「良介さんには私だけではなく、私の大切な人達も救っていただきました。本当に、ありがとうございます」

「恩を返しただけだ、礼を言う必要はないぞ」

「でしたら良介さんも、今後気兼ねなく私の診察を受けてくださいね」

「しばらくは怪我人や病人の顔も見たくない。お前もいきなり復帰せず、少しは休めよ」

「ずっと休んでいたんですよ、私。怪我も問題ありませんし、復帰しないと――と言いたいですが、実は今月いっぱい休暇を取るつもりです」

「おっ、珍しいな」

「シェリーも来ていますし、リスティの職場復帰も説得しないといけませんし、フィアッセもまだ経過を見守る必要もあります。
私も良介さんを見習って、今月は大事な家族の為に時間を使おうと思うんです」


 ほんの少し照れながらも、彼女には珍しく自慢気に家族を語っている。これでもう大丈夫だと、この時ようやく俺も心から安堵した。

結局、俺に出来ることは少なかった。誰一人救えず、彼女達を止めただけだ。やはり人を救うのは剣士ではなく、医者がむいている。彼女なら、皆を救えるだろう。

仕事は、終わりだ。達成感も何もないが、安堵はある。この穏やかさこそ、俺が求めていたものだ。神様じみた奇跡では、決してない。



夏もそろそろ終りを迎えて、涼しげで優しい風が吹いていた。















「ふふ、聞いて驚いて下さい」

「もったいつけず、早く言って驚かせてくれ」

「就職が決まりました」

「えええええっ!?」


 一段落がついた後の家族会議は、身内話にしかならない。そもそも平穏な日常で度々事件なんぞ起こらない。毎日開催する必要はないのだが、今ではすっかり日課になってしまった。

八神家と月村家は毎度全員仲良く卓を囲い、美味しい食事に舌鼓を打っている。暖かな夕餉に口元も緩み、心も柔らかくして、何気ない日常に会話の華を咲かせる。

家族が全員揃った状態での気の緩んだ時間では、些細な話題でもそれなりに盛り上がる。馬鹿馬鹿しいにも程がある会話でも、こうして興じられるのだ。

家族の一員であり主婦層のシャマルからの爆弾発言に、俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。


「お前、子供もいるのに夕食の席で枕営業の自慢をするなよ」

「誰が枕営業なんてしますか!? 騎士ですよ、私は!」

「知ってるか、お前ら。こいつ、水商売の求人を真剣に検討してたんだぞ」

「……シャマル、お前。ちょっと相談してくれれば、ゲートボールくらい誘ってやったのに」

「申し訳ありません、主。将として、私が後ほど厳しく戒めておきますので」

「何でバラすんですか、もー!」


 身元不明とはいえ、ここまで就職に追い詰められる騎士とか歴史上初ではないだろうか。どれほど列強の騎士でも、現代社会では生きてはいけないということか。

弱肉強食の世に生きてきた騎士に、資本主義国家での立ち回りは難しいらしい。セミナーとか行かせてもいいけど、こいつ一人だと怪しい宗教とか勧誘セミナーに巻き込まれそうだからな。

同じ守護騎士達に同情までされるシャマルだったが、とりあえず就職は決まったせいか、すぐに機嫌を直した。

鼻歌まで歌いそうなご機嫌ぶりで、シャマルは皆に問いかける。


「さて、私はどんな職業で採用されたでしょう?」


「靴磨き」
「トイレ掃除とか」
「うーん、ビラ配りかな」
「ヒーローショーとかどうですか?」
「ねずみ講はちょっと……」
「臨床試験のアルバイトって結構危ないよ」
「旅の鏡を悪用するなとあれほど」
「スーパーの店員とかじゃねえの? あ、ごめん。不採用になったんだよな、前に」


「そろそろ泣きそうやから、やめてあげて――桃子さんのお手伝いをすることになったんよ」


 別に申し合わせた訳ではないのだが、みんな揃って酷かった。誰が何を言ったのか、本人の名誉とシャマルへの同情により伏せておく。

俺と並行して、高町桃子へのお見舞いに行ったはやて。桃子の心情を汲み取った上で高町なのはの友人として、俺の家族として彼女と長く話をしたそうだ。

シャマルは主の八神はやての護衛として一緒についていったのだが、彼女本人も主婦仲間の一人。ご近所さんの心配の声を、直接彼女に伝えたらしい。


はやては、こう言ったそうだ。


『美由希さんとフィアッセさんの事は、心配いりません。今良介が高町恭也さんと一緒に話し合い、改善に努めています。きっと皆、元通り仲良うなってくれるでしょう。
わたしもこの足です、励まされる嬉しさと――辛さを、よく知っています。心配も、励ましも、時には本人に大きな負担になってしまうもんです。
でも、忘れんといて下さい。桃子さんが良介を励ましてくれたから、あの人はちゃんと立ち直って、今恩を返そうとしてるんです。

桃子さんに元気になってほしいから――桃子さんのいるこの家が好きやから、良介は今戦っているんです』


 一歩間違えれば、完全に無駄になっていた説得。俺が美由希に勝利して、フィアッセを救うことが大前提。救えなければ、全てはご破産だっただろう。

はやては説得したのではない。こいつは単に、信じていただけだ。俺という人間を、俺という家族を、心の底から信じ抜いた。その思いが、報われたのだ。

俺は自分が信じられずに神速を躊躇った中というのに、はやてはずっと信じられた。はやては本当に、強い。純真無垢で、とても真っ直ぐな、一家の大黒柱。

だからこそ相手が大人であっても、救えたのだろう。こいつはあの高町桃子にさえ、勝ったのだ。


「フィアッセさんも声は治ったとはいえ、急に接客させるのも難しいそうやからね。シャマルが手伝いを申し出たんよ」

「しばらく病院通いだし、フィリス達と家族で過ごすそうだからな。ちょうどいい人選かもしれないな」

「なのはちゃんも立ち直って、夏休みはお店でお手伝いするそうなんよ。わたしも遊びに行くつもりや、お客さんとして」

「うふふ、ウェイトレスさんですよ、ウェイトレスさん! お客様に満足頂けるサービスを提供いたします」


「侍君の影響なのか、何かこう……卑猥な響きに聞こえるんだよね」

「あはは、まあ、良かったじゃないですか」


 喫茶翠屋が再開したら、家族皆で行こう。あの家の敷居を跨ぐのは照れ臭いけれど、美由希達が元気になったその時に訪ねようと思う。

桃子もまだ立ち直ったばかりだ、病み上がりの顔なんて見せたくはないだろう。家族であることを強制する必要はもうない、俺達はちゃんと繋がっている。

生まれ変わったあの家ならば、血の繋がりがなくても本当の意味で家族となれるだろう。


「ところで、良介さん。はやてちゃん、騎士の皆さんにも、お願いがあります」

「どうした、那美」

「よろしければ、これからもここで働かせていただけませんか? 美由希さんとの事も解決して、もう不要でしょうけど、出来れば――」


 高町美由希を倒したので、神速はもう必要ない。そもそも俺一人では使えない絶技なのだ、身の程知らずもいいところの奥義。使えたのは、那美や忍がいたからだ。

感覚を共有するのにユニゾンデバイスのミヤも協力してくれたが、技の負担であいつは今も寝込んでいる。那美や忍にも、壮絶な疲労を与えてしまった。

全てが終わった以上、もはや技は必要ない。那美本人も、既にリスティと和解している。あの寮に帰ろうと思えば、いつでも帰れるのだ。

俺とはやて、そして騎士達まで顔を見合わせて、改めて聞き返す。


「これからも、うちの家で働いてくれるんか……?」

「は、はい、迷惑でしょうけど、是非!」


「何を言うてるんや、こっちからお願いしたいくらいやよ!」

「えっ……」


「那美なら安心してはやてを任せられるし、アタシもお前の飯ははやての次に好きだぞ」

「生活面では、いつも世話になっている。ぜひ今後もお願いしたい」

「我も、あの獣に信頼を勝ち得る努力をするつもりだ」

「ま、まあ、私も働きに出ますから――この家のことは、お任せしますね」

「ありがとうございます、嬉しいです!」


 そしてまた一人、新しい家族。ずっと一緒にいるのは難しくても、立場や身分を超えて人は通じ合える。分かり合うことだって、出来るのだ。

和気藹々とする、夕食の一時。絶望を乗り越えられた後の平和とは、格別だ。いつも以上にご飯は美味しくて、人と話すのがこんなにも楽しい。





そうした中で――俺はそっと、席をはずした。この席にいない、者の元へ。





「――どうだった、妹さん」

「間違いありません、以前の"声"の主です」

「アリサ、お前の懸念はやはり正しかったか……対応は?」

「相手の出方待ちね。ローゼも連れて行かないといけないし、気は抜けないわ」


「どうやら――明日の採決の場は、荒れそうだな」


 この世界は平和となり――次は、異世界が荒れつつあった。










<続く>








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