とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第六十話
翌朝。天狗一族は、解放される事となった。月村屋敷への損害及び夜の一族の地への不法侵入、八神家への危害等については、賠償金という分かりやすい形で決着となった。
関係改善に向けた、支払金ではない。和平条約も結ばれず、此度の一件を単純に収めたのみ。余力を十分に残している彼らは、再度戦争を起こすことが出来るのだ。
天狗一族が矛を収めたのは人質奪還やシグナム達の徹底抗戦による不利もあるが、何より"座敷の神"が住まう地である事が判明したからだ。神格者であるからこそ、古来の神には敬意を示す。
天狗一族の長が持ちかけた同盟、和平への唯一にして不遜な条件は――俺が、拒否した。
「条件は、飲めない」
「戦争になってもかまわぬというのじゃな」
「俺に、そんな気はない。勝手に仕掛けたのはお前らだ、天狗一族」
「もう少し利口な男かと思っておったが、落胆させてくれる。所詮は、一介の人間じゃったか」
「――主」
「よせ、ローゼ。黙って送り出すんだ」
綺堂さくらを筆頭に昨晩夜の一族の姫君達が対応を話し合い、夜の一族への不可侵を正式に認めさせた。戦争を望む相手には建前でしかないが、ひとまず此処へは直接仕掛けては来なくなる。
天狗一族が大人しく夜の一族に従っているのは、ここが彼女達が踏み込める限界だと分かっているからだ。天狗一族が明確に敵対しているのは夜の一族ではなく、この俺なのだから。
彼らが条件を認めてこの領地から一歩でも出れば、夜の一族との諍いは解決してしまう。となれば不可侵を提示した彼女達もこれ以上は踏め込めず、表立って助力も出来ない。
人との融和を方針とする夜の一族を最終的には滅ぼすつもりでいるとしても、今は表立って争うつもりはないのだ。彼らはこれから人との敵対を掲げ、仲間を集めて打って出る気でいる。
申し出を蹴った俺は今より天狗一族のみならず、世界中の半共生派を敵に回した。これは個人の決断であり、夜の一族の決定ではないのだ。深入りは出来ない。
と、思っているのだろう。その認識は為政者としては十分、正しいのだが――
『下僕。お前にもしものことがあれば私自ら日本へ乗り込み、彼奴らを討伐するからな』
『貴方様の決定には従いますが、貴方様に何かあれば私の持てる全ての力を行使して、一族郎党含めて壊滅させますからね』
『クリスの可愛いウサギに手を出したら、あらゆる血が絶えるまで皆殺しにすると、そいつらに言っておいて』
『兄上。貴方が危険だと判断したら、僕は財力を駆使してもそいつらを経済制裁しますからね』
『怖がりな我が弟にしては、随分威勢がよいこと。わたくしは優しいですから、金も権力も全部奪った上で、丸裸にして寒空に放り出すくらいですわ』
『ボ、ボクだって、キミの為なら怒る時は怒るからね!』
『私は敢えて何も言わないわ。だって勝つのは、アナタですもの』
――こいつらの本音を聞いたら、この天狗の長はどう思うんだろう……大陸を支配する覇者達は、まったくもって大人気なかった。
というか改めて思い出してみると、あいつら全然俺を信用してねえじゃねえか! 優しい婚約者だけだ、俺が勝つと信じてくれるのは。婚約者がいるって素敵なことだね。
まあ、心配するのは分かる。半共生派の中には人間と仲良くしたい者もいる、というのは結局経験に基づいた俺の推測でしかないのだ。蓋を開けてみなければ、分からない。
仮にも神格を持つ者が自信を持って掲げた、百鬼夜行への推進。俺の小癪な現実論が通じるかどうか、カレン達が不安に思うのも当然かもしれない。
シグナム達も、同意見なのだろう。今屋敷にいる総出で警戒しながら、天狗一族を敷地の外へ送り出している。その一歩手前で、長は振り返る。
「最後に一つ、聞こう。儂の提案を拒否したのは、お主自身の判断によるものか」
「そうだ、夜の一族は関係ない」
「すなわち――お主の決断で、お主の家族を戦争へ巻き込むというのじゃな」
――そういう事である。俺個人の判断ではあるが、俺一人の犠牲では済まされない。人の上に立つということは、その人達全員を背負う義務が生じるのだ。
長が示唆しているのはアリサ達俺の関係者や、忍達夜の一族ではない。そしてシグナム達、強者揃いでもない。
何の力もない一般人、車椅子の少女。足が動かない女の子、八神はやてを目の当たりにして、覚悟を問うている。これは看過出来ない、問いかけであった。
何も思わなかったといえば、嘘になる。でも俺に、怯むのはもう許されなかった。
「この子、八神はやては俺の家族だ。運命を、共にしている」
「……無益な」
「だけど、勘違いするなよ。戦争を良しとはしていないし、この子を傷付けるつもりはない。ただ、無関係だと言うつもりはないだけだ。
この子を盛大に巻き込んだ上で、一緒に戦って勝つ。敗北も、勝利も、共に味わう。一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に生きていく。
もう一度、言うぞ――ここにいる俺達は、家族だ」
天狗の長は、息を呑む。問いかけた重い覚悟に対し、俺が返答したのは常識的な判断。何処にでもある、当たり前の、価値観。一人の人間としての、答えであった。
俺の言葉を聞いたはやては驚きを露わにしながらも、とても嬉しそうに俺の手をギュッと握った。実を言うとこんな当たり前の答えを教えてくれたのは、この子だった。
ジュエルシード事件で一方的に巻き込んでおいて、はやてを無関係にしていた。その結果はやては怒り、夜天の書は暴走して、傷ついた俺を癒やすべく那美は魂を削ったのだ。
同じ間違いを、俺は二度としない。そういった気持ちの延長でしかないが、凡人の俺が出せる精一杯の意思であった。
理解できぬと、大妖怪の長は首を振って踵を返した。
「お主のその判断も、無駄となろう。地獄の果てに、後悔するとよい」
「……」
「次は戦場で、会おう」
最後にそう締めくくって、長は一族を引き連れて去っていった。言い返さなかったのではない、言い返せなかったのだ。
俺が開けたのは未来への扉か、地獄の蓋か。カレン達でさえも未知数な、判断。何が起きても不思議ではない。俺と天狗、どちらが正しいのかも分からない。
家族達を、振り返る。俺の決定に対して、皆何も言わなかった。隷属するのは御免、けれど判断が正しいのかどうかも不明。
怖い、とは思う。だが逃げ出すようには言わなかったし、シグナム達もこの場を離れるとは言わなかった。それだけでも、励まされた。
「アリサ、何が起きても――」
「何があっても、あたしはあんたと居るわ」
アリサは、とても無邪気だった。何の気負いもなく、笑っている。リクスも何もかも受け入れた上で、俺の決断を良しとしている。必ず上手く行くと、確信している。
そして万が一上手くいかなくても、上手く"いかせる"。主への信頼と自分への自信、両者が揃ってこそ従者でありメイド。アリサは立派に、わきまえていた。
人事を尽くして天命を待つ、後は天の意思に任せるのみ――最大限の努力をしたのだから、結果がどう出ても後悔はなかった。
「来ちゃった」
「天狗の娘!? 何しに来たんだ!」
「こっちの陣営に加えて頂けないかと恥ずかしながら単独で参ったのですよ、ええ」
「一族を飛び出したのか。どうして!?」
「時代云々と言うなら、孫娘を勝手に売り渡す一族に未来はないでしょう」
「……切実だな、おい。まあ、いいか」
「あやや、自分で申し出てなんですがよろしいのですか? このタイミング、スパイの可能性もありますよ」
「俺をスパイして何か意味があるのか、おたくの一族に。サイコロはもう振られている、後は出目を見るだけだ」
「なるほど。あ、生活は自分でしますので御安心を。ただ天狗一族の情報は――」
「いいよ。お前を、裏切り者にはしない。俺が引き抜いたことにすればいい」
「なかなか頼もしい台詞、ヒーローインタビューしたいですね。
では今後ともよろしくです、ご主人。妖かし達の情報収集については、わたしにお任せくださいな」
「おう――ご主人?」
「――道路拡張工事に伴い、家の立ち退きを命じられたのです」
「それはまた、難儀でしたね」
「息子と二人、長年住んでいた家でした。なのに、どうして強制されなければならないのでしょう!」
「いやー、俺が言うのもなんですけど――放置されていたとはいえ、小屋に勝手に住むのはちょっとまずいかと」
「住む場所がないんです。何処へ行っても人と打ち解けられず、孤立してしまいまして」
「最近はそういう人が多いですね、よく分かります」
「せめて人様に迷惑をかけないように、人里離れた場所を選びました。なのにまた追い出されて……グスッ」
「おーい、アリサ。お茶と、ハンカチ。それと息子さんに、お菓子でも出してやって」
「うう、ありがとうございます。ここ二、三日、何も口にしていなくて」
「なるほど、ものすごく切実ですね……踏み込んだ質問で申し訳無いですが、その、お金とかは?」
「働く先が、無いのです。面接でいつも落とされてしまいまして」
「うーん、なるほど」
「どうしてでしょう。これでも一生懸命、好かれるように努力しているんです。なのに何故かいつも、睨まれてしまって」
「そりゃま、まあ……人前で"猫耳"をぴょこぴょこさせている女性というのは、ちょっと」
「どうしてですか!? 最近は人間達の間でもこういう耳が流行っていると聞いて、私たち"猫又"の時代が来たと――」
「それ、絶対勘違いですから!? 一部の人間だけですから!」
「お願いします、助けてください。居場所がほしいんです、働きたいんです!」
「分かった、分かりましたから、土下座はやめて下さい!? 切実過ぎて泣けてくるので!」
「ありがとうございます! うう、よかった……これでようやく、ねこまんまが食べられます」
「好物なんですか、あれ!?」
「ご主人様と呼んでいいですか?」
「いいから大人しく、ねこまんま食べてて下さい」
「猫又達を誑かした人間というのは、お前さんか」
「……あの奥さん。人間とは仲良く出来ないのに、仲間はすごく多いんだな。鬼婆に河女――昨晩なんて、口裂け女が泣き喚きながら飛び込んできた。
『ずっとマスクをして生きるのは辛い』と言われた日には、どうしようかと。お前の存在意義は何なのだと」
「それよ。顔見知りが次から次へと此処へ来ていると聞いて、助けに来た」
「誤解だ。彼女達は、俺を頼って来てくれただけだ」
「真意というのは、対面してこそ分かる。直接、顔を見なければ信用出来ん」
「……」
「何だ、その顔は。やはりお前さん、妖かしに害意があるのか」
「いや、えーと……『顔を合わせないと』、相手が本当の意味で理解出来ないというのは分かるんですよ」
「うむ――と、名乗っていなかったな」
「"般若"さんでしょう、あの有名な」
「むっ、何故分かる?」
「般若面してて、何言ってる!?」
「我ら、"藤原千方の四鬼"なり。天狗一族への義により、お主を成敗いたす」
「――四鬼という割に、残りはあんた一人なんだが」
「むっ、"隠形鬼"の奴はどうした!?」
「妹さん相手に隠形は通じない」
「奴は所詮、四鬼の中で最弱――こちらには、水鬼もおる!」
「湖の騎士相手に、水攻めなんて無意味」
「か、火鬼こそが、主力よ!」
「烈火の騎士に火達磨にされたのは、ちょっと可哀想だった」
「……」
「……」
「降伏します」
「うちの警備よろしく、金鬼さん」
『――先の会議後、王子様が日本へ戻られる決断をしまして、わたくし落胆いたしましたの』
『クリスも正直、がっかりしたかな。あんな退屈な島国にいても、何にもならないのに』
『王子様は、覇道を歩まれるべき御方。ですのに平和な日常にいては、平穏に埋もれて消え去ってしまう。それがとても気がかりでしたわ』
『私は彼が平穏に生きることを望んでおりましたが――本音を言えば少し、惜しくもありましたね』
『でも、蓋を開けてみれば』
『今度は"幽霊機関車"とレースだと!? 何を考え――いや、何がどうなっている!?』
「だから何度も言っているだろう、カーミラ。昨日の夜、山の頂上に向かって列車が突っ込んできたんだよ』
『すまん、何を言っているのか本気で分からん』
「あっ、ドイツ語で翻訳しないと通じないかな」
『何語で言われても分からんわ! ああ、もう、どうしてこう次から次へと……ちょっと待て、今調べる。
恐らくそいつは、かの有名な『偽汽車』じゃ。すぐに緊急会議を行うぞ、屈服させて我らの専用車にしてくれるわ!』
『……ウサギって、すごいよね。毎日ここまで暴れ回るなんて、クリスだってしないよ』
『……あの決断より毎日、休む間もなく危難に襲われているようです。心労、お察ししますわ』
『……本当に、反省しております。王子様を見くびっておりましたわ。あの御方は、計り知れませんわね』
『……私の夫ですから』
『……ああ、そういう意味で信じていたんだね、キミ。苦労しそうだね』
<続く>
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