とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第二十一話
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誰かこいつを何とかしてくれ・・・・
体格や力だけでは圧倒的に俺が上。
こんな小娘一匹、黙らせる事など簡単。
簡単なのだが―――
「―――です!
聞いているんですか、良介さん!」
「はいはい、聞いてます聞いてます」
はいは一度です!と、俺の隣に座るフィリスは似合いもしない一喝をする。
さざなみ寮を出て一時間以上。
タクシーに乗せられた俺を待っていたのは、延々と続く説教だった。
にこやかに俺を迎えに来て、悪鬼の如く怒鳴り続ける。
悪鬼と言うには可愛らしく、迫力は0点だ。
「どうして落ち着いてられないんですか!
良介さんは怪我人なんですよ!」
「分かってるって」
「分かっているなら―――!」
・・・頼むからこいつを止めてくれ。
いつもなら適当に返事していれば収まったのだが、今回は根深い。
どうやら余程怒らせてしまったらしいな。
今更ながら、こいつを呼んだあの酒飲み警官を恨む。
っと、ふと気付いた。
「あのさ、お前」
「何ですか!言い訳は聞きませんよ!」
「だから落ち着けっての。
タクシーの運ちゃん、笑ってるぞ」
「あ・・・・」
バックミラーに映る年食った運転手の顔は、完全に笑いを堪えていた。
馬鹿にしたという感じではなく、どちらかと言えば微笑ましさ全開だけど。
フィリスはようやく第三者に気付いたらしく、顔を真っ赤にして俯いた。
よしよし、今が怒りを静めるチャンス。
「ひょっとしてだけど、お前俺が病院抜け出したの分かってたのか?」
一晩中探してたような事、さっき言ってた気がする。
俺が尋ねると、当たり前ですとばかりに頷く。
「今夜巡回の人に連絡をもらって、慌てて駆け付けたらベットが空だったんです。
騒ぎにならないようにするの、すごく大変だったんですから!」
「それって・・・」
一歩間違えたら、責任問題に発展するんじゃねえのか?
病院制度はよく知らないけど。
面食らった俺に畳み掛けるように詰め寄る。
「抜け出したと分かって、ピンと来ました。
久遠ちゃんの飼い主さんを探しに行ったんだなって」
うわ、一瞬でばれたか。
「・・・飼い主探しだけともちょっと思えませんでしたけど」
じろりと睨まれて、冷や汗をかく俺。
夜食目的もあったと気付かれたら、余計怒られそうだ。
「それで近辺をずっと探し回って、人に尋ねて、暗い公園とか回って・・・・」
「・・・・?」
あれ?
「・・・それでも良介さんが居なくて・・・」
あれれ?
「・・・・・良介さんに・・・・何かあったんじゃないかって、私・・・」
フィ、フィリスさん?
「・・・・とっても・・・・とても・・・・心配したんですから・・・・ね・・・」
膝の上でぎゅっと握り締める手の平に落ちる雫。
ぽたぽたと、淡く儚く白い手に流れ落ちる。
ま、まさか・・・・・
「もう・・・知りません・・・良介さんなんか・・・・
いつもいつも・・・・心配ばかりさせて・・・・・」
小さな身体を震わせて、銀髪を揺らす。
力なく俯いた顔からは表情が見えず、ただ涙が零れ落ちていた。
泣いてるし!?
「・・・・リスティが・・・知らせてくれて・・・・
ぐす・・・すごくほっとして・・・力が抜けて・・・」
・・・あいつ、もしかして―――
何故フィリスに直接連絡を取ったのか。
確かに俺の反応を面白がる意味もあったんだろう。
しかし、それ以上にあいつはリスティを思い遣っていたんだ。
心配しているだろうと、心を痛めているだろうと―――
去り際に見せたリスティの意地悪な顔の意味に、俺はやっと気付いた。
「・・・・どうして・・・私に何も言ってくれないんですか・・・
私はそんなに・・・・頼りになりませんか・・・?」
はあ・・・・
苦手だ。
心底苦手だ、この空気。
今までの人生で一度も体験した事が無い。
他人に非難されたり、馬鹿にされたりするのは慣れている。
無視すればいいし、むかついたら殴ればいい。
自分で望んで生きて来た生き方だ。
文句言われる筋合いは無いし、それでも言いたい奴には言わせればいい。
でも・・・・
俺は目を逸らす事も出来ず、困り果てる。
泣いている女にどう接すればいいのだろうか?
男ならいちいち泣くなと一発食らわせればいいが、女だとそうもいかない。
ふとバックミラーを見ると、運転手が黙ってじっと俺を見ている。
目尻の皺を深め、俺の一挙一動を見守っている。
その視線には男なら何とかしろと如実に物語っていた。
何とかしろと言われてもな・・・・・
俺はあれこれ考えるが、気の利いた言葉も思いつかない。
フィリスはぐずぐず泣いて、視線を下に落としている。
・・・・しょうがない、か・・・・
「・・・・っ!りょ、良介さ――!?」
フィリスは驚いた様子で、身を強張らせる。
無理もない。
いきなり目の前の患者の胸元に引き寄せられたのだから―――
俺は腕の中の柔らかい感触を身を浸らせながら、言った。
たった一言。
長い間錆付かせていた言葉を―――
「・・・・ごめん、なさい」
久しぶりゆえに、ちょっとどもった上に舌を噛んでしまう。
それが妙におかしかったのか、
「・・・ふふ・・・」
フィリスは少し笑って、大人しく俺の胸に飛び込んで来た。
はあ・・・・・
やっぱり、苦手だ。
変わらずミラーに映る運転手の満足げな顔が、やけにむかついた。
<第二十二話へ続く>
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