とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十三話
月村の地で実施されているロストロギア管理プランの、進捗会議。黙認に近いがプランそのものは既に承認を頂いたので、今回はプランの進捗状況を報告するだけの会議。
アリサを同行させたのは会議対策ではなく、護衛チームを雇ってくれた夜の一族への義理と擬態でしかない。俺としてはさっさと会議を終わらせて、正午の待ち合わせに向かうつもりだった。
進捗報告と言ってもプラン開始から、短期間しか経過していない。異常なしの一言でも十分なのだが、一ヶ月後に向けて少しでも成果を上げるべく、アギトに捜査協力をお願いしたのだ。
当然管理プランの新緑報告用の書類しか用意しておらず、関係者一同に配って説明する必要性しか感じていなかった。俺の今日の難題はこの後、フィアッセとの対面だった筈なのに。
何故か会議中央に陣取っている一人の顧問官が、楽観を許してくれない。
「ミヤモト。会議を始める前に、僕からまず紹介しよう。この方はギル・グレアム提督、僕の指導教官を務めて下さった方だ」
「彼から先の事件での君の活躍を聞かせてもらったよ。被害者の救済と加害者の説得、局への貢献には私からも礼を言わせてもらおう」
ギル・グレアム提督、顧問官だと聞いていたが役職名と肩書は異なるのだろうか? ただ、顧問官より提督という肩書きの方がこの老人には相応しく聞こえる。
高齢でありながら衰えを感じさせない、覇気のある眼。短く切り纏められた白髪に、丁寧に結われた口髭。刻まれた皺の一つ一つにも老化ではなく、年齢の刻みを感じられた。
ゼスト・グランガイツ隊長やゲンヤ・ナカジマ部隊長、列席する彼らも責任ある大人ではあるのだが、歴戦の勇士と呼ばれる男の存在感は別格であった。渋みでさえも、重さがある。
息を吐く。現場を既に退いてはいるようだが、引退した単なる老人ではないらしい。俺の敵になりそうな大人は、どうしてこう手強いのか。
「――そちらの女性は?」
「彼女は、私の秘書官だ。アリア、挨拶しなさい」
「リーゼアリアです。よろしくお願いします」
定型文、というより慇懃無礼に等しい無感情な挨拶。品行方正さを感じさせるだけに、付け入る隙を見い出せない。指摘をしても多分、気のせいで済ませてしまうだろう。
気になるのは、どうして秘書官まで会議に列席させるのか。この会議は確かに民間人が提案するプランの進捗を報告するのみだが、黙認に等しく外部には漏らせない。
口外出来ない秘密には、関係者を限定させるのは鉄則だ。その鉄則を恐らく知りながら、無視する形で同席させている。顧問官に、そんな権限を許してもいいのだろうか?
これは越権に近しい行為であり、俺にとっては攻撃の材料となる。が、俺は敢えて利用することにした。
「奇遇、という言い方は失礼かもしれませんが、今回の会議より俺も秘書を連れております。アリサ、挨拶しなさい」
「アリサ・ローウェルです。本日は会議出席の御許可を頂き、ありがとうございます」
「許可を出したのかね、リンディ提督」
「それは――」
「秘書官をお一人同席させると伺っておりまして、俺の方も合わせて許可を頂いたのですよ。ですよね、リンディ提督」
「――ええ。未成年ではありますが、彼女はとても優秀な秘書なのです。グレアム提督がご参席されるのであれば、会議を滞りなく進める上で必要であると判断しました」
にこやかに説明するリンディ提督の横で、クロノはリンディと俺の連携に露骨な溜息を吐いている。うるさい、この程度の強弁は許してくれよ。
事前に秘書を同席させるなんて、当然だが俺は聞いていない。下調べでもしない限り、察知なんてしようがないのだ。紹介されて判明した事実を、俺は利用したのだ。
向こうが立場に物を言わせた越権をするのであれば、その点を指摘するよりこちらの隙を潰した方がいい。アリサの列席は元々、クロノやリンディの好意にすぎないのだから。
敵の失点を狙う攻撃よりも、味方の失点をなくす防御。強者の論理ではなく、弱者の法則で戦う。
「本局の人間にわざわざご足労頂けるとは光栄ですが、いささか緊張しますね」
「私は、ただの監督だ。問題がなければ何も言わないので、安心して会議を進めて欲しい。君の提唱するプラン、実に興味深い」
嫌味を込めたジャブを放ってみるが、礼節を込めたカウンターで返された。名誉職についていながら、お飾りのままで老成していない健在ぶりを見せつけてくる。
相手にダメージは与えられなかったが、相手の感情そのものは理解できた。俺の嫌味に困惑するのではなく、受けて立つと言わんばかりに反撃に出てくる。明確な、敵対姿勢だ。
やはり、管理プランには反対の立場でこの会議に参席している。提督だけではなく、秘書官の態度もそれを証明している。礼儀正しくはあるが、先程から俺を一瞥もしていない。
敵対される理由が、今一つ分からない。確かに局の決定に歯向かってはいるが、ルールそのものには従っているのだ。プランそのものにどうして、ここまで叛意を示すのか。
俺の疑問はそのまま、他の会議の列席者にも広がっている。ゼスト隊長、ルーテシア、クイント、ゲンヤのおっさん。立場上敵側のレティ提督や、エンジニアのマリーまで。
疑問を口にしないのはギル・グレアム提督の立場にある。階級に媚びているのではなく、戦歴に敬意を払っている。名誉職とは、名誉ある人間がつける立場なのだ。
それもまた忌々しいのだが、組織に属している人間を悪くいいたくはなかった。自由気ままに生きてきた昔とは違い、働く人間の大変さを今は知っているのだから。
この場で味方と断言できるのはアリサとアギト、ローゼのみ。護衛の妹さんはさすがに出席できないので、待機してもらっている。
「会議を始めます。この場は昨日承認を出した管理プランの進捗及び状況確認が主な議題ですが、事件に関する情報の共有も行ってまいります」
「彼らは民間人だが、事件に関する情報をこの場で共有してもいいのかね」
「一連の事件は、彼が大きく関わっています。事情も知らず無関係とする方が、より危険であると判断いたしました」
リンディ提督の毅然とした態度に、正直救われる思いだった。議事進行する上で中立である議長が、上の立場にいる人間に恐縮されると非常にまずい。
彼女は身内贔屓する人間ではないが、杓子定規な女性でもない。俺にもし非があれば容赦なく指摘するだろうし、正当性があれば今のように応対してくれる。
こちらがルールを破らなければ、彼女は必ず中立でいてくれるだろう。完全な味方ではないが、敵だけに肩入れしない。それで十分だった。
安心して、議題を進めていこう。
「では、管理プラン責任者である俺から進捗を報告します。お手元の資料をご覧ください」
大人に媚びるなんぞ御免だと息巻いていたのに、いつの間にか敬語で話すことに違和感がなくなっている。他人と関係していると、言葉も少しはマトモになっていくものらしい。
進捗報告の資料はアリサが作成してくれている、不備など絶対にない。資料の朗読で事足りるが、余計な第三者が入ったのできちんと説明する義務が生じてしまった。
鬱陶しいが、良い機会だと前向きに考える。問題無しと単純に報告するより、小さくても成果を着実に伝えておこう。引き渡しは一ヶ月後、それまでに局の決定を覆さなければならないのだから。
プランの安全性を訴えるだけでは、まだ足りない。ローゼとアギトの協力的な姿勢も、責任者である俺から喜ばしい事であると賞賛しておく。
「管理プラン実施により新しい環境へ移り、両名の心境にも大きな変化がありました。健やかな環境と優しい人達に囲まれて、心にも落ち着きが出ております。
静かな暮らしの中で自分自身をもう一度見つめ直し、今模索している最中です。社会貢献を望むのは時期尚早でしょうけど、本人達の意識改革にも当プランは適しています。
アギトは事件解決に向けて情報提供を自ら訴え、ローゼも時空管理局の検査に進んで望んでいます。プランによる良い影響が出ている、確実な証拠でしょう」
敢えて、断言する。心の意識改革なんて本来数日でどうにかなるものではなさそうに見えるが、うちのアホ従者はうどん食わせて名前やっただけで懐いたお手軽人形である。
ファリンや妹さんの例にもあるように、心の育成に時間なんて関係ない。俺だって海鳴に来てたった数ヶ月で、随分変わった自覚がある。心とは、侮れないものなのだ。
この管理プランにおいて、俺の勝算の一つでもある。無謀ではあるが、無策で挑んだ戦いではない。アギトもプランを行使する前話してみて、きちんとした心を持っている奴だと確信出来ている。
曖昧であるからこそ心であり、そして目には見えない成果となり得る。成果の強調は、彼女達への肯定に繋がる。自信を持って言えば、庇護下にある彼女達だって安心出来る。
曲者なのは先程も言った通り、成果が見えにくい点にある。リーゼアリアが挙手する。
「先程から管理対象の意識改革を熱弁されておられますが、そもそも管理下にある彼女達に意識改革を強制するのは危険ではないでしょうか」
「強制はしていません。彼女達の自発的な行動による、意識の変革です」
「ならば、矯正と言い換えましょう。管理する貴方次第で、彼女達は本当の危険物になるかもしれません」
「――アリア、彼に対して少し失礼だろう」
「プランを承認する前に問題点として上がったはずでしょう、クロノ。どうして貴方がこの点を見過ごしているのか、理解に苦しむわ」
リーゼアリアの指摘は、実際承認を受ける際の話し合いで挙がっている。管理者である俺がもし良からぬ企みを持ってアギトやローゼを使えば、次元犯罪に繋がってしまう。
アギトはともかく、ローゼは俺の命令で軍事力を行使出来る。俺への信頼性を訴える、あらゆる資格を持ち合わせていない。結局、俺個人の人間性を信頼してもらうしかないのだ。
この点をつかれると、本当に痛い。危険物を取り扱う上で、危険物取扱資格を持つのは当然の義務である。俺はその義務を怠りながらも、彼女達の権利のみを訴えているにすぎない。
クロノやリンディには信頼を勝ち取っている自信はあるが、それにしたってジュエルシード事件への貢献が大きい。他の人間を説得できる材料が、何もないのだ。
どう訴えるべきか苦慮していると、俺の隣に座っていたアリサが挙手して発現する。
「管理プランの責任者である彼に、彼女達を危険物とする意図は一切ありません」
「彼が危険人物ではないと、証明は出来ませんよね」
「出来ますよ」
「……彼は管理外世界の人間で、ミッドチルダの法に基づく資格を有していないでしょう」
「ミッドチルダの法を遵守しておられる皆様が、管理者の信頼性を保証して下さいます」
資格のない俺を信頼している、資格ある者達こそが安全性の保証であるとアリサは訴える。そういえば他者との繋がりを最初に提唱していたのは、アリサだった。
俺を疑うということはすなわち、俺を信じてくれたクロノやリンディ達を疑うということである。彼女達を信用出来ないのか、とアリサは笑顔で脅しをかけたのだ。
そう言われると、相手側も黙るしかない。リーゼアリアが敵と見なしているのは俺であり、俺を守る人達ではないのだ。不本意な火種を撒くのは、避けたいに違いない。
素晴らしいぞ、アリサ。何て頼りになる奴なんだ、惚れ惚れしてしまう。
「リーゼアリアの疑問は、私の懸念でもある。そもそも何故、彼に危険なロストロギアを預けているのかね」
「預けているのではありません。我々の目の届く範囲で、管理しているのです」
「詭弁だよ、クロノ。実際に、彼に託しているじゃないか」
「彼は事件の関係者であり、保護対象でもあります。彼は事件の犯人とも接触をしており、本来なら警護すべき人間なのです。
ロストロギアを封印した彼を、我々が今こうして管理している。彼の手に今あるのが一番安全であることは、今の報告でお分かり頂けたでしょう」
詭弁だと追求されても、朗々と詭弁を重ねる執務官の手腕に感嘆する。お前だって十分口先じゃねえか、そう目で訴えるとクロノはすました顔で座り直す。
ロストロギアの管理を許しているのではなく、管理者である俺を管理することで危険物を保管している。保管先が、月村の地であるというだけ。ものすごい詭弁に、感心させられる。
とはいえ詭弁であるのは明白なので、グレアム提督もいい顔はしない。
「もしもロストロギアが暴走したら、どうするのかね。君達の勝手で、無関係な人間を多く巻き込んでしまうのだぞ」
「ちょっと待った。俺が提唱しているプランだ、その手の責任問題は俺に対して言ってくれ」
「話にならんよ。君に、どういう責任を取れるというのだね」
「プランの進捗を確認する前に、報連相を徹底してもらいたいもんだ。レティ提督にも同じ指摘を受けて、既に返答している」
頭痛がする思いでつい口調も素に戻ってしまったが、偽りない気持ちである。責任、責任と、二言目にはそれしか無いのか、こいつら。
責任を追求されて、怒っているのではない。責任の追求をいちいち反論材料にされているのに、腹が立つのだ。その点をつけば、勝てると勝手に思い込むのが大人の悪い癖だと思う。
本来、責任というのはもっと崇高であるべきなのだ。失脚の材料とする、安易な大人が多すぎる。声高にそう訴えるから、責任を取ることに怯えてしまう羽目になる。
グレアム提督がレティに問い質すと、彼女はゲンヤのおっさんとクイントを紹介してくれた。
「お初にお目にかかる。地上の平和を守る責任ある立場の人間が、本局の案件への責任者となっている事に失礼ながら驚きを禁じ得ない」
「息子に対して、俺が責任を取るのは当然でしょう。地上であろうと、本局であろうと、変わりはしませんよ」
「義理の息子だと、お聞きしている。本案件の重要性を考えれば、越権だと言わざるをえないよ。諌めるべきではないか?」
「私としちゃ、見所のある奴だと感心しているんですけどね。子供の我儘を喚き散らすのではなく、きちんとしたルールに基づいて自己の主張を行っている。
若者の個人主義が問題となっている昨今の社会で、ここまで友達や家族の為に頑張れる息子を叱り付けるなんぞ出来ませんよ。
もう少し、長い目で見てやってくれませんかね。何かあったら当然、責任は私が取ります」
「……残念だが、そうはいかんよ。彼は無関係な人間も多く巻き込んでいる」
さっきから何なんだ、こいつは。無関係な人間と口酸っぱく言っているが、関係のない人間なんてあそこには一人もいない。
月村の連中は進んで自分の土地を提供してくれたし、八神家の人達も家族として積極的に協力してくれている。無関係だなんて、むしろあいつらに失礼だ。
彼らを侮辱されて、流石に黙ってはいられない。
「管理プランの地を提供してくれたのは彼らだし、ローゼやアギトに対しても親身に接してくれている人達だ。言いがかりをつけるのは、やめて貰いたい」
「ならば聞くが、彼らがロストロギアに関して何の関係があるのかね?」
「ロストロギアに関係する俺に、関係している人達だ。無関係じゃない」
先ほどのクロノの論法だが、同じ手が通じる相手ではなかった。少しもひるまず、更に追求してくる。
「家族や仲間の好意に甘えて、危険なプランに参加させるのが君なりの誠意のつもりなのかね。事故が起きれば、彼女達も巻き込むのだぞ」
「それを承知の上で、彼らはこのプランに参加してくれている。何でしたら、プラン遂行の人員として別途登録申請をお願いしてもいいですよ」
「答えを聞かせてもらっていないよ。
ロストロギアがもし暴走したら、彼らは間違いなく死ぬ。そうなったら、君はどう責任を取るのかね」
責任者まで紹介に出したのに、あくまで責任を追求するつもりか。起こるか起こらないか定かではない今だからこそ、追求できる絶好の機会なのだ。
厄介だ。今までの相手は指摘を受ければ、論調を変えてくれていた。年寄りだから、というのは偏見かもしれないが、頑固に責任問題一点で追求してくる。
責任者であるゲンヤのおっさんやクイントを軽んじる態度に、彼らは鼻白む。あくまで俺個人に責任を取らせようとする態度、俺を無責任とするその論調。
追求自体、間違っていないから腹立たしい。責任なんて、何の立場もない俺には取りようがないからだ。頭を下げて済むのは、子供だけだ。
睨み合いになっていると、隣に座っている少女が持っていた書類を机の上に投げ捨てた。
「一体何の会議なんですか、これは」
「むっ……何だね、急に」
「声高に責任ばかり問いますが、現在プランを提唱する上で問題は起きていません。むしろ、大きな成果を上げている。何処に問題があるんですか」
「問題が起きたらどうするのか、彼に問うているのだよ。今は、発言を控えてくれたまえ」
「お断りします」
「先程から父さ――提督に向かって、失礼が過ぎますよ」
「失礼なのは貴方の上司でしょう、リーゼアリアさん。馬鹿馬鹿しい、話にならないわ」
「貴方――!?」
冷静沈着だったリーゼアリアが、怒り心頭で立ち上がる。男性すら怖気づく凄まじい視線を受けても、アリサは平然と座ったまま睨み返すのみ。
机の上に投げ出した書類を人差し指で叩いて、一言一言丁寧に告げる。
「成果を、上げているんです。何故責任を問われなければならないんですか。責任を問うてどうするつもりですか、あなた方は」
「決まっているでしょう。こんな危険で無謀なプランは、中止するべきよ!」
「だったら、賠償問題にさせてもらいます」
「賠償ですって……?」
「ローゼは自分自身の命に関わる製造技術を、自分の身体を見せることで提供している。アギトも今日、ゼスト・グライアンツ隊長に情報提供を行いました。
管理プラン承認に対する成果として、言わば時空管理局に差し出したのです。貰えるだけ貰って、プランを頭ごなしに中止するなんて詐欺同然でしょう」
「こ、この子は危険なロストロギアを有しているのだから、検査は当然よ! それに、事件解決に情報提供するのは義務でもあるわ」
「研究材料にされた二人に対して、よくそんな事が言えますね。今の発言、記録させてもらいます。人権問題にも発展するかもしれませんが、覚悟しておいて下さいね」
「こ、この……!?」
「帰るわよ、良介。次は、裁判所で彼らと話せばいいわ」
「あ、ああ……」
――こいつ、俺の悪影響を受けていないか? 無茶苦茶な論法である。相手がもし徹底抗戦に出たら、勝ち目なんて絶対にない。リーゼアリアが善人だと決めつけての、強硬手段だった。
もし相手が悪の秘密結社や武装集団であれば、こんな論法が通じる筈がない。法の守護者である時空管理局が相手だからこそ、人権だの賠償だのに敏感に反応するのだ。
この辺に、管理と管理外世界への微妙な隔たりがある。犯罪捜査に市民が協力するのは義務、ならば管理外世界の住民ならどうか? グレーゾーンである。
完全な無関係とはいえないのだ。だって俺が関係者だからこそ、管理プランが承認されたのだから。けれど、同時に被害者でもあるのもまた事実。
俺という立場の難しさを逆手に取った、アリサの極悪な手段。こう攻められたら、相手としても俺の立場を明確にしなければならない。そうすると、相手としては困ったことになる。
だって彼らは今日突然来たクレーマー、俺の立場を明確になんて出来るはずがないのだから。相手の弱みに付け込んだやり方、俺に似ていてちょっと末恐ろしくなった。
リーゼアリアもその点に気付いていながらも、引き止める。彼女の立場上、引き止めるしかなかった。可哀想に。
「申し訳ありませんでした。先ほどの私の発言は、取り消します」
「分かりました。こちらこそ、事を荒立ててすいませんでした。勿論、先ほどの発言の記録は削除しますからご安心下さい」
「あ……あ、ありがとう、ございます……」
こ、こええええ!? リーゼアリアの不気味な震え声に、俺は心の底から恐怖した。殺意すら滲み出して、アリサに頭を下げている。俺だったら、殴られても文句は言えない。
多分この瞬間、リーゼアリアは俺からアリサに敵対心を変更しただろう。発言を撤回して座った彼女の眼差しは、アリサに向けて暗く荒んでいる。
二人の空気に飲まれて、さすがの老提督も言葉を失っている。それすらチャンスとばかりに、アリサはにこやかに提案する。
「何だか場の空気を悪くしてしまいましたね。リンディ提督、申し訳ありませんが今日の会議はこれで終了させてもらえませんか?
我々の報告は済ませましたし、必要な書類は追って提出いたしますから」
「そ、そうね……今日のところは、これで解散としましょう」
こうして、厄介になりそうな会議があっさりと終わった。奇襲を仕掛けてきた老提督やその秘書の目論見は、見事に失敗で終わった形となる。
猶予が与えられれば、こちらだって対処はできる。今日この時、この場こそ、俺を吊るし上げる最大のチャンスだったのだ。だからこそ、責任をああまで追求したというのに。
机に投げ出した資料をまとめて、アリサは立ち上がる。先程からずっと睨みつけているリーゼアリアに、トドメの一言。
「勿論、資料はお二人にも用意いたしますね」
「――アリサ・ローウェル……今日のことは、忘れないから!」
机を乱暴に叩いて、リーゼアリアは高らかに靴を鳴らして出て行ってしまった。あーあ、完全に敵に回してしまったぞ。
穏便に済ませるのは無理なのは、俺にだって分かる。彼らは明らかに、反対する姿勢だったのだ。説得するのは、限りなく皆無に等しかった。
だからって、あそこまで恥をかかさんでも……敵なのに、同情してしまう。
「良介、問題はちゃんと解決したわよ。頼りになるでしょう」
「……新しい問題が増えただけの気がする」
リーゼアリアという恐るべき敵を生み出したというのに、アリサは楽しそうだった。甚振って喜んでいるのではない、むしろ反撃に期待しているかのようだ。
ふと、思う。生前のアリサは、不幸の一言だった。両親に見放され、友だちも出来ず、好きな人もいない。誰にも相手にされないまま、死んだ。
アリサには味方もいなかったが――敵さえも、いなかったのだ。
誰からも無関心こそが、本当の不幸なのかもしれない。
<続く>
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