とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第二十話
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「まさか慌てて外に出る羽目になるとは思わなかったな」
「す、すいません!
何から何までご迷惑を・・・・」
ふらついた足を抱えて、俺は玄関から外に出る。
夜が明けて、そろそろ辺りが白み始めている。
ここに到着した時は日付けが変わった頃合だから・・・・
俺は呆然と闇が薄らいでいる空を見上げる。
自分が何時間いたのかを改めて思い知った。
「いや、別にあんたは悪くは無いだろ。
誰が悪いかと言えば――」
俺は恐縮する神咲の背後を睨む。
「ん?誰か後ろにいる?」
「酔っ払っているみたいだね、リョウスケ。
病院に帰ったらちゃんと休んだ方がいいよ」
「露骨にとぼけんなお前ら!」
夜食を出してくれたのは素直にありがたかった。
神咲の用意してくれた食事を残らず平らげて腹は膨れた。
問題はそこに酒を出してきたこの二人――リスティと真雪。
二人が何やら盛り上がって、酒宴の騒ぎになった。
お陰で寮の住民や管理人やらが目覚めて、大変な事になってしまった。
「管理人がとりなしてくれなかったら、面倒な事になってたぞ。
反省しろ、反省」
確か愛とか言ってたかな、あの人?
管理人と聞くと年食った中年を想像するが、若い女だった。
穏やかな感じのする女で、神咲より事情を聞いてあっさり俺を信用した。
ゆっくりしていってくれと言われたが、注目されるのも嫌なので俺はさっさと出た。
「でもリョウスケだって飲んでたと思うけど」
「うんうん、なかなかいい飲みっぷりだったね。
あたしも思わず対抗しちゃった」
そ、それは誤解だ。
俺はちょっと、ほんのちょっとだけ飲んだだけ。
紙コップ十杯に、一気飲み対決で少々やらかしたくらいだ。
少なくとも俺の倍は飲んでたこいつ等に言われたくない。
「・・・み、皆さんお酒強いですね・・・」
飲み合っていた俺等を始終見ていた神咲は、苦笑いを浮かべるばかりだった。
生真面目なのか、この娘はお茶ばかり口にしていた気がする。
折角の酒なのに飲めばいいのに。
「すっかり徹夜しちまったな・・・ま、帰っても寝るだけだが」
朝までには帰るつもりだったんだがやばいな・・・・
とにかく、フィリスに気付かれる前には戻らないといけない。
「リスティ、病院まで送ってくれ。
歩きだと何時間かかるか分からん」
第一、帰り道も分からない。
道案内役は神咲の腕の中で眠りつづけている。
俺の頼みを、リスティはあっさり快諾した。
「飲んたから、無理。
タクシー呼んでるから、すぐ来るんじゃないかな」
おお、手回しがいい。
これなら思ったより早く帰れそうだ。
俺はリスティに感謝し(心の中でだが)、神咲に振り向いた。
「そいつには挨拶なしで帰るが、よろしく言っといてくれ。
生意気に人の言葉分かるみたいだし」
「あ・・・・
久遠、ほら。宮本さんが帰るわよ」
ゆさゆさ揺する神咲に、俺は苦笑して首を振る。
「いいって。寝かしといてやってくれ。
疲れてるだろうし、そいつも」
目を伏せる。
「・・・・もう会う事もねえし、下手に懐かれても困るからな」
病院に退院すれば、町を出て行く。
こいつの事だから、下手に懐かれてしまうと追いかけて来そうだ。
可愛がってくれる主人もいる以上、それは互いに迷惑になるだけ。
俺がそう言うと、何故か神咲は悲しそうな顔をする。
「・・・・また会ってあげてくれませんか?」
「・・・・・・・それは・・・」
答えずにいると、神咲は腕の中の久遠を見下ろす。
「この子人が怖くて、なかなか打ち解けられないんです。
気を許す人以外にはすぐ逃げてしまって・・・・・」
とつとつと、神咲は語る。
まるで我が事のように、久遠を案じている様子が伺えた。
「・・・・初めてなんです。
こんなに早く他人に心を許す久遠は。
この子・・・きっと貴方が大好きなんだと思います。
・・・自分から会いに行くなんて、今までありませんでした」
大人しく眠る久遠。
それは、俺の前でも変わらない姿だった。
呑気に人のベットで、俺の傍でくつろいでいたっけ・・・・
「貴方が居なくなればこの子、とても悲しむと思うんです。
勝手な御願いですけど・・・・・
また会いに来てあげてくれませんか?きっと喜びます」
心からの願いとばかりに、頭を深く下げる神咲。
自分のペットの為に頭を下げるとは・・・・
いや――
この娘にとって、久遠は大切な身内なのだろう。
家族のように大切にしている。
だから、こんなに必死で頼み込んでいる。
悲しむ様子を見たくはないから――
「あたしからも御願い。また来てやって。
いつでも歓迎するから」
「・・・・・」
先程とはうって変わって、真面目な顔で頼む真雪。
こいつとは昨晩意気投合して、名前を呼び合う仲になった。
ここまで頼み込まれると、俺としても嫌だとは言い辛いが――
・・・・いや、馴れ合うつもりもない。
気持ちは分かるが、俺にそんな優しさを求められても困る。
ここはきっぱり断わ――
「・・・・気が向いたらな」
――あれ?
「その、何だ・・・・
暇で暇でどうしようもない時来てやるよ。
い、一応言っておくが、気が向いたらだからな!」
おいおいおい!?どうした俺!
心とは裏腹の言葉に、自分が驚いた。
いつからこんな小娘に情けかける男になった?
一匹狼が俺の信条じゃなかったのか。
そんな俺の葛藤とは別に、神咲はおろか残り二人まで明るい顔をする。
「ぜひいらして下さい!
今度はちゃんと歓迎しますから!」
「また酒のもーな、良介」
うわ、めちゃめちゃ顔が緩んでるしこいつら。
気が向いたらと言ったのに――
顔が熱くなるのを感じ、何も言わず俺は背中を向ける。
と――
「・・・お?」
丁度いいタイミングで、タクシーがこちらに向かってくる。
これ以上ここにいると、連中の影響を受けかねない。
とっとと病院に帰って寝よう。
タクシーは素晴らしい滑りで道を走り、寮の前で停止する。
そのままドアが開いて――!?
「さ、さて、朝飯でも食おうか!」
「え?帰られるんじゃ・・・」
180度回転して向き直った俺に、神咲が不思議そうな顔をする。
俺はダッシュでその場を離れ、玄関先に突っ込む。
「いいから!俺は今朝飯が猛烈に食べたい!
今直ぐに寮の中に入って―――」
「―――そんなに御飯が食べたいのなら」
後ろからがしっと掴まれる。
穏やかで、優しい声色――
「病院で用意していますからゆっくり食べてください、良介さん」
俺の肩を掴んで、優しく語り掛ける。
俺は久しぶりに冷や汗が出るのを全身で感じた。
振り返りたくない、振り返りたくは無いが!
恐る恐る背後を振り向くと――
「フィ、フィリス・・・・?」
「はい♪」
「な、何で・・・・?」
「勿論迎えにきたんですよ。
何しろ―――夜通し探し回ったんですから♪」
「え、え〜と・・・・・」
一番会いたくなかった奴が目の前にいる。
ぞっとする程冷たい笑みを浮かべて――
俺は戦慄に身を震わせながら、八つ当たり気味にこいつを呼んだ大馬鹿野郎を睨む。
「身体大切にね、リョウスケ」
銀髪の子悪魔は憎たらしい笑顔で手を振った。
<第二十一話へ続く>
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