とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十話





 自分の師匠に泣き付くなんて恥ずかしい話だが、正直本当に滅入っていた。少なからず頼りにしていた桃子やフィリス、大人の女性達は絶望の淵に陥っている。

無関係であればともかく、全員俺が原因で不幸になってしまったのだ。どれほど面の皮が厚くても、責任を感じない筈がない。まして救う手立てもないのであれば、泣きたくもなる。

師匠に話すには、気が引けていた。師匠は俺のように、カレン達支援者に手厚く守られてはいないのだ。一瞬一時の気の迷い、集中力の乱れがそのまま命取りにもなり得る。

本当ならば、黙っておくべきだった。それが分かっていても打ち明けてしまったのは、俺の弱さに他ならない。自分だけスッキリするなんて、最低だ。


強くならなければ、ならない。けれど、今だけは――許して欲しい。


「今一度、確認するが」

「はい」


「二度に渡りお前を斬った高町美由希は、自分の家族を不幸にしたお前に復讐しようとしている。そうだな?」


「彼女自身が、そう語っていました」

「……不幸に陥った家族の為に、凶刃を振るう。誰も救われず、誰も救おうともせず。自分の心さえも、刃と変えて――ふっ」

「師匠……?」


「ふははは、ははははははははは……あははははははははは!!」


 高笑い、どころではない。哄笑、自分を含めた全てに対して猛々しく嗤っている。身震いするほどに強く、鮮烈で、何もかも呪うかのように。

電話越しでも感じられる、異常。抱えていた苦悩を全て吐き出した胸の内の清涼感が吹き飛ばされ、師匠からの激しい感情が心に突き刺さるようだった。

何が可笑しいのか、分からない。きっと、師匠自身も理解に及んでいない。分かるのは、笑っているという当たり前の事実。本当に、心の底から、笑っている。


今高町の家に訪れた不幸を、笑ってしまっている。


「そうか、くくくく……そうか、お前もか。お前も、同じ道を選んでしまったのか!」

「ど、どうしたんだよ、師匠!?」

「因果なものだ。廻り回って、同じ地点へ戻ってしまう。結局選ぶのは、復讐あるのみ。剣を取った人間が選ぶのは、斬るだけなのだな。
あははははは、滑稽だ。これを滑稽と言わずして、なんという!」

「一体、何を言っているんだ。あんた、やっぱりあの家に縁ある人間なんだな!」


「斬れ」


「……は?」

「遠慮はいらん、高町美由希をたたっ斬れ。救おうなどとするな。人殺しに、救われる道などない」


 い、意味が分からない。どう聞いたって、自棄になっているとしか思えなかった。俺が言うのなら分かる。俺が当事者で、俺が斬られたのだ。どうして、師匠が救済を拒否する!?

頭が良くなくても、突き詰めて考えれば理由には恐らく辿り着けられるだろう。師匠のこれまでの挙動や言動、そして高町美由希に関する過剰なまでのこの反応。

俺が話したのは、全てだ。高町美由希の件だけではない。他の人達の不幸についてはむしろ親身になって、慰めてくれた。高町美由希に対してのみ、これほどまでに異常な言動を続けている。


考えれば、誰でも分かる。だからこそ、俺は考えるのを放棄した。師匠が語らないのであれば、推察であっても辿り着くべきではない。信頼を得て、答えてくれるのを待つべきだろう。


その上で、師匠の答えを吟味する。到底受け入れられないが、それは俺個人の感情でしかない。人を斬った人間は救われない、そんなもの剣士であれば誰でも覚悟を決めている。

カレン達は怒りを剥き出しにして、あらゆる意味で抹殺すべきだと主張している。穏健なアリサ達でも、警察への通報を常識的に訴えていた。分かってはいるんだ。

高町美由希を止めたいと思っているのは所詮、俺の我儘でしかないと。本人さえも、望んでいないのだということを。


フィリスと、美由希――高町恭也であっても、二人は救えないのだと知ったのだから。


「師匠はどうなんだ。あんただって、人を斬っている」

「私は元々、救われることを望んではいない。テロリストであっても、何人も斬り殺したんだ。罪人だよ、私は」

「自分の業を他人にまで強制するのか、あんたは」


「他人ではない!!」


「……っ」

「他人じゃない、他人じゃないんだ……だから、言っている。これは私達の、御神の剣を取ってしまった私達の宿命なんだよ。
不破と化してしまったのであれば、もう止められない。私と同じなんだ、だからこそよく分かる」


 高町美由希を糾弾しながら、自分自身を斬り付けてもいる。激し過ぎる感情、確かに他人に向けるべき気持ちではない。狂わしきほどに、感情移入をしてしまっている。

反論する余地も与えず、師匠は最後通牒を突きつけた。


「お前に出来ないのであれば、私がやる。いや、そうだな――私が直接日本へ出向き、あの子を斬るべきなのだろう。
お前に人斬りを強制するとは、どうかしていた。すまなかったな」

「ちょっと待ってくれ、師匠。そんなことまで頼んでいないだろう」

「私ならば、あの子を斬れる。そうしなければならない責任がある。憎しみの連鎖は、どこかで断ち切らなければならないんだ。
私が、やらなければならないんだ。この重荷は、お前が背負うべきものではない。責任を感じる必要なんて、無いんだ。

必ず、断ち切ってみせる。それで終わらせるんだ、何もかも」


 師匠の実力は、よく分かっている。あのロシアの殺人姫、クリスチーナでも恐れて手出し出来ない剣の鬼。通り魔だった爺さんが霞んで見える、実力者である。

達人の域を超えて、既に剣の理に達している。不破の剣士となった高町美由希の才能でも、容易く凌駕は出来ない。彼女ならば、斬り殺すのも難しくはない。

あいつを斬ること自身、拒絶反応はない。そもそも、俺が斬ろうとしていたのだ。『神速』を学ぶ決意をしたのも、言葉による説得ではなく剣による抑止を狙った手段でしかない。


御神美沙斗なら、高町美由希を斬れる。そして、彼女ならばこの件に関わる資格はある。


俺達はどこまでいっても、剣士でしかない。剣を取ることを選んだ以上、人を斬ることを容認したのだ。復讐も、救済も、全て剣に頼っている。見下げ果てた外道だ。

こういう結論になってしまったが、それでも俺は打ち明けたことをもう後悔はしていない。むしろ、こうなって良かったとさえ思える。


やはりこうして話してみなければ、他人を理解することは出来ないのだ。


「師匠ってさ、結構後ろ向きだよな」

「む……?」

「こうするしかない、ああするしかない。戦い方には柔軟性を求めておきながら、剣の道については凝り固まってしまってる。
自分が人殺しだから、美由希も同じ断罪を与える。理屈は分かるんだけど、納得は出来ないな」

「我々に斬られた人間は皆、同じ理不尽を感じているさ。斬り殺された人間は、斬った人間を恨む。当然の理屈だ」

「だから、理屈は分かるんだよ。俺が納得出来ない」

「お前の気持ちは、どうでもいいことだろう」

「高町美由希に斬られたのが、他ならぬ俺なのに?」


 師匠は、言葉に詰まった。そりゃそうだろう、俺も意地悪で言っている。こうでも言わないと、師匠は絶対に黙ってくれないからだ。

何だかこういう言葉での脅迫じみたやり取りがすんなり出来るのも、我ながらどうかと思う。世界会議での経験は色々勉強になったが、悪影響にもなった気がする。

自嘲気味に苦笑いして、俺はその場に座り込んだ。携帯電話を持ち直して、じっくりと向き合う。


剣は持っていても、剣の実力はない。そんな俺にだって、出来る戦い方はあった。


「師匠の言ったこと、よく分かるよ。ある種正論だとも思うし、師匠が自分でやるというのも筋ではないかとも思う」

「……持って含んだ言い方だな」

「それは師匠の方だろう。さっきから色々言っているけど、要は自分自身の責任から来る懺悔じゃないか。
後ろめたいと思っているのなら、どうして復讐を今でも続けているんだ。師匠が辛いだけじゃないか」

「出来損ないの弟子が、師に説教するとは偉くなったものだな。お前に、復讐を否定されるとは思わなかった」

「否定なんてしていないさ。むしろ、賞賛さえしているよ」

「賞賛……?」


 ああ、やっぱりこの人は分かっていなかったんだ……溜息がこぼれる。本当に、悲しい人だ。未熟な弟子なのは分かっているけど、打ち明けて欲しかったと思う。

知れたのは良かった。俺も、この人に全部話せて本当に良かった。心からそう思う。

だって、


「師匠の言葉、言い換えると――復讐に走った高町美由希をもし救えたのなら、師匠にだって救われる道はあるってことだもんな」


「なっ……!?」

「ありがとう、師匠。おかげで、やる気が出てきたぜ。こうなったら絶対、俺があいつを止めてみせる。復讐の対象が俺だとしても、絶対やめさせてやる。
俺とあいつがもし和解出来たのなら、師匠も自分の生き方を改めてくれ。弟子が一つの結果を出したんだ、師匠が模範とならないと駄目だろう。

約束してくれ、師匠。復讐をやめろとは、言わない。でも――自分も救われるやり方に、変えて欲しい」


 大義名分が、なかった。高町美由希を救いたいと思うのは、結局我儘でしかなかったから。何度も言うが俺は善人でも正義の味方でもない、救済が本分ではないのだ。

責任感や罪悪感でしか動けなかったから、剣先きが鈍ってばかりだった。悩んで迷って苦しんで、それでいて立ち止まって師匠に泣き縋ってしまった。

でも、これからは違う。俺もあいつも、そして美由希本人もやり直すべく戦えるのだ。


「ば、馬鹿馬鹿しい。誇大妄想もいいところだ。第一、お前の実力ではあの子には勝てないだろう」

「剣では勝てないことくらい、分かっている。今更御神の剣を学んでも、百年頑張っても追いつけない。才能からして、歴然とした差があるんだ。

『神速』の極意を俺に教えてくれ――あいつより速く、斬るしか方法はないんだ」

「色々言いながらも、お前も斬ることを選んでいるじゃないか!」

「斬り殺すんじゃない。斬って、あいつを止めるんだ」

「分かって言っているのか!? 斬り殺すよりも難しい手段なんだぞ、お前の取った選択は!」

「あんたを思い止まらせるにはこれくらい難しい事だって分かっているんだよ、俺は!!」


 通り魔になった爺さんは、救えなかった。あの時は救うつもりもなかったが、今では少しだけど心残りになっている。もう少し、分かり合えたのではないかと。

所詮他人でしかなかった爺さんのことでも、心残りになったんだ。高町美由希にいたっては、家族に等しい。救えなければ、絶対後悔するに決まっている。

師匠だってそうだ、いつまでこんな真似を続けるんだ。どこかで区切りをつけなければ、どこまでも行くだろう。憎しみは、際限なく人を狂わせるのだから。


「剣は所詮、人を斬る道具だ。こんなもの、大層にぶら下げる俺達は時代遅れの外道だろう。人に迷惑ばっかり、かけてしまっている。
だからって、開き直ってどうするんだ。間違えていると思うのなら、変えなければ駄目だろう」

「っ……どのように、変えるというんだ」


「あいつは――高町美由希は、以前言ってたよ。大切な人を守るために、自分の剣はあるんだって」


「!?」

「剣の本分なんて、くそくらえだ。人斬り道具だろうが何だろうが、手にしている俺達次第でどうとでもなる。
剣は人を不幸にするためだけにあるのではないと、俺が証明してみせる。あいつを、救うことで。

あんたが教えてくれた剣で、あいつは救えるんだぞ。夢のある話じゃないか」

「……、お、おまえという奴は……ぅ……ほ、本当に、愚か者だな……ぅぅ……」

「俺を誰だと思っているんだ。ロシアンマフィアに好かれるような馬鹿野郎だぜ」


 師匠は嗚咽で声を詰まらせながらも、俺の言葉に笑っていた。冗談はどうも苦手なのだが、場を和ませるにはよかったらしい。

ありがとう、師匠。やっぱりあんたは凄いよ。俺のような自分勝手な人間が、他人を救えるかもしれないんだぜ。剣には本来、それほどの可能性があるのかもしれない。


どうして忘れていたんだろう――人を守ると言った高町美由希の剣に、あれほど魅せられた筈なのに。


あの輝きをもう一度取り戻せれば、あいつはきっとやり直せるはずだ。まだあいつの剣は、俺の血にしか染まっていない。ならば俺さえ許せば、きっと正せる。

幾らだろうと、許してやるとも。どれほど非道な真似をしようと、俺だけは許してやる。傷ついても、決して恨んだりはしない。


だって、家族なんだから。


「『神速』を、教えてくれ」

「……分かった。いいか、必ずモノにしろ。出来ないとは言わさない」

「任せてくれ」


「本当に――本当に救ってくれたのなら、お前の言う通り私も今一度自分の人生を考え直してみる」


「ほ、本当か!? 本当だな!」

「ふっ……まさか自分に弟子が出来て、その弟子に諭されるとは思わなかった。馬鹿な弟子に偉そうに説教されて、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
復讐をやめる気はないが、やり方は変えてみよう。出来の悪い弟子に、剣を教える時間くらいは作らんといけないからな」


 剣の価値を高め、剣の本分を変えるべく、剣を振るう。そういう剣士が、いたっていいだろう。

どれほど強くても、不破はお前の剣の本分じゃない。才能があったって、自分を忘れた剣なんかに俺は負けてやらない。俺が必ず、思い出させてやる。


後日――ディアーナを通じて、師匠が法の組織からのスカウトを正式に受けたと聞かされた。
















<続く>








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