とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十五話





未練はあったが、なのはを呼び付けた後は桃子達を訪ねず速やかに撤退した。戦場において、敵への情報不足は命取りだ。世界会議で情報の重要性を痛感した今、無謀に突撃なんて出来なかった。

高町美由希より断罪の意味も含めて家族の事情は簡潔に聞かされているが、家族一人一人が負った心の傷の具合までは分からない。救済であっても、我が物顔で踏み込む訳にはいかない。

アギトに頼んで念話をしてもらい、足止め役を担ったミヤとローゼに撤退命令を出す。妹さんの案内で帰り道も安全ルートを確保してもらい、何とか無事に家から離れられた。


合流した際ミヤやローゼに傷一つなく、分かってはいたがホッとさせられる。


「夜の一族に関する情報を伏せた上で、先月ドイツにおける主の事情をお話いたしました」

「お話は、最後まで聞いて頂けたんです。すごく怖い顔をしておりましたが、始終静かに耳を傾けておられました。ですけど、その――

リョウスケの取った行動も事情も全てご理解して頂けたのですが、やはり許せないと仰るばかりで」

「……だろうな」


 期待はしていなかった。無論、ミヤやローゼの説得力を疑っているのではない。強要も何もない俺の方が、よほど言葉足らずだ。世界会議で連中を陥れられても、他人を救う言葉は持たない。

人間というのは、誰しも理性的で正論が通じるとは限らない。テロ事件は半ば巻き込まれた形だが、関わろうとしたのは俺だ。家族を顧みなかった俺にだって、責任はある。

積極的な交流を持たず、美由希達の善意に甘えてばかりいた。自分から彼女達に、優しくしようと思ったことは一度もない。そんな自分の行動に理解を得られるはずがないのだ。


分かってはいても、許せない。正当な評価であり、復讐に足る理由だ。俺と関わったせいで、彼女の家族が崩壊したのだから。


「ほ、本当なんですか……おねーちゃんが、おにーちゃんを斬ったなんて!?」

「自分の家族の事情も知らねえのかよ、このガキ。あんな危ねえ奴を放置しやがって、どう責任取るんだ!?」

「っっ……ごめんなさ――」

「謝らなくていい、当人同士の問題だ。アギトも何を怒っているんだ、お前は」

「斬られた当人が平然としているのが、なんかむかつくんだよ!」


 家から連れ出したのはいいがまだまだ不安定で、キツイ態度を取ると泣き出してしまう。ひとまず事情を聞き出すのは後にして、まず俺の方から話をすることにした。

今日の目的はあくまで、高町なのはを精神的に外へ連れ出す事だ。こいつの不安や懸念を取り除くには、片っ端から安心材料を与えてやればいい。基本は、実に単純な娘なのだ。

こいつは異世界に関わっているので、事情はほぼ全てオープンで話せる。ローゼやアギトの事情も含めて、隅から隅まで一部始終を説明してやった。

そして最後に、ゲンコツを一発入れておく。


「――という俺の凄まじく忙しない状況であるのに、のんきに部屋で閉じこもっているんじゃない」

「お、おにーちゃんの事で色々悩んでいたのですが……」

「正確に言うなら俺のせいで起きた家族の崩壊だろう、気を使わなくていいよ。
本当に、悪かったな。面倒押し付けしまった。俺がちゃんと何とかする」

「……ぐす……おにーちゃん!」


 ――変な言い方だが、子供のように泣き出したなのは。頭を撫でず、抱き締めもせず、俺はただこいつの爆発した感情を受け止めてやった。優しさも、温かさも、今のこいつには毒だ。

悩むよりもまず行動、なのはへの指針は既に決まっている。具体的な改善策が見い出せないのが痛いが、一人だけ確かな行動を示せる者がいる。

今日危険を承知で此処へ来た、理由を明確に告げる。


「なのは、お前に頼みがある。フィアッセに、取り次いでもらえないか」

「今からですか?」

「美由希の目が行き届けているから、今会うのは無理だ。桃子達に悟られないように、そっとあいつに伝えてくれ。
フィリスとリスティについて、大事な話がある。明日の正午、海鳴大学病院に面する公園で俺が待っていると」

「分かりました。必ず、伝えますね!」


 二人の名前を出してはいるが、本当に話をしたいのはフィアッセ自身についてだ。声が出なくなったのが精神的な理由であるなら、間違いなく俺に原因がある。

フィアッセはなのはと違って部屋に閉じこもってはいないが、心はむしろなのはより大きな問題を抱えている。表向き外に出ているので余計に厄介なのだ、あいつの場合は。

私見ではあるが、心の傷の具合はなのはよりフィアッセの方が重傷だ。なのはは自発的に行動させれば自然と立ち直るだろうが、フィアッセは多分一人では立ち直れない。


……正直言って、フィアッセを本当に癒せるのは俺ではないと思ってもいる。


「それでだな、恭也の奴は一体何をしているんだ。俺が言うのも何だか、こんな時こそ長男の踏ん張りどころだろう」

「おにいちゃんは、その……おねーちゃんの事に、かかりきりになっているんです。おねーちゃん、夏休みに入る少し前からずっと学校を休んで、剣を振っているんです。
手がボロボロになっても剣を離さず、足がズタズタになっても走りこむのもやめず、ほとんど休まずにずっと鍛えてばかりで――

おかーさんも晶ちゃんが行方不明になってすごく心配して警察に行ったり、フィアッセさんの事で病院に行ったりで、家にいることも殆ど無いんです」

「――くそっ、まずいな……」


 家族がここまで短期間で崩壊した理由が、分かった。血の繋がらない家族であるがゆえの、弊害が浮き彫りになっている。良心的な人間ばかりだったので、今まで問題が出なかっただけだ。

優先順位が、各個人で微妙に異なっている。家族一人一人が大切なのは全員共通しているが、博愛主義なんて所詮幻想だ。人である以上好き嫌いがあり、人間関係に大小あれど温度差が生じる。


高町恭也の一番が高町美由希、直弟子であり大切な妹。高町桃子は逆に、血が繋がっていない人達を第一としている。一家の大黒柱として、他所の子供を預かる責任があるからだ。


どちらも別に、他の家族を蔑ろにしているのではない。家族を信頼しているからこそ、自分の第一を考えて行動出来ている。考え方として、間違えてはいない。

ただ、そうであったとしても第一に選ばれなかった人間側は温度差をどうしても意識してしまう。フィアッセはその顕著な例であった。


フィアッセ・クリステラにとって一番なのは――高町恭也なのだから。


「確か、恭也と美由希って血は繋がっていないんだよな」

「! おにーちゃんも、知っていたんですね」

「まあ、な――うーん、やばいな……」


 悩みこむ俺の視界に、アギトが怪訝な顔をして滑り込んでくる。


「やばいって、何が? 家族じゃないから、ショックを受けているのか」

「血は繋がらなくても、二人は家族だよ。少なくとも今までは、そうだった。ただ――」

「ただ?」

「俺の訃報が引き金となって、家族一人一人に問題が生じた。そのせいで本来平等で成り立っていた関係に、不破が生じてきてしまっている。
家族ではなく、個人個人で動いてしまっているんだ。そうなると、すごくまずい」

「結論を言えよ。煮え切らない言い方されると、イライラするだろうが」

「家族じゃなくて、男と女になっちまうということだよ」


 いみじくも、今朝視察に訪れたルーテシア・アルピーノの指摘が俺に気付かせた。もし今日の朝にあいつから言われなかったら、気付かないままで終わっていたかもしれない。

血の繋がらない男女が家族として成立するかどうか疑問、あいつはそう言った。年頃の男女が一緒の家に住んでいるのは風紀上問題がある、日本社会では当然の指摘である。


一見理想の家庭に見える高町家が、モロにその指摘に当て嵌まっている。問題も起きずにあれほど平穏に成り立っていたのは、奇跡と言っていいかもしれない。


一緒に住んでいれば誰だって、フィアッセが恭也を好きなのが分かる。美由希も多分、意識はしていた。肝心の恭也が朴念仁で、気付かせていなかったのだ。

危うくも奇跡的なその三角関係を破壊したのが、俺という要素だ。俺の訃報でバランスが崩れてしまい、家族が個人となってしまった。


個人となってしまえば家族同士ではなく、人間関係――男女の関係にも、変貌してしまう。


「で、でも、愛し合っているのであれば、問題ないのでは!? 血が繋がっていないのなら、尚更」

「男が一人で、女が二人だぞ。どうやって恋愛関係が上手く成立するんだ」

「ふぇ……? だって、リョウスケはちゃんと成立させてますよね」

「どうして、俺が!?」


「だって今のリョウスケ、ヴァイオラさんと婚約していて、忍さんやカレンさんと愛人関係で、カーミラ様とは主従の契りで結ばれ、ディアーナさんとクリスチーナさんに飼われています。
ちゃんと上手く成立しているじゃないですか。美由希さん達だって大丈夫ですよ」


「ふええええっ!? おにーちゃん、海外で何をしていたんですか! ハレンチです!!」

「ちなみに、ローゼは主にとって松葉杖なのです」

「おいおい、お前。いいから早く、管理局に自首しろ。松葉杖とか、どういう関係なんだよ!? ついてけねえよ、アタシは!」

「全部他称じゃ、ボケェ!」

「私は、剣士さんの護衛として――」

「……妹さんまで自己アピールしないでくれ、お願いだから」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ馬鹿共は放置して、発覚してしまった人間関係を頭の中で整理する。この変貌した関係、やばいにも程がある。

高町美由希が不破の剣士と化した理由、フィアッセ・クリステラが自分の大事な歌声を喪ってしまった理由。その大元はもしかすると、この点にあるのかもしれない。


美由希が俺を剣を血に染めてまで、排除せんとするのも分かる。俺は裏切り者であり、成立していた家族を崩壊させた本当の意味での原因なのだ。


家族が崩壊した今、恭也個人が救えるのは限られている。言ってしまえば美由希かフィアッセ、どちらかしかない。どちらも、はないのだ。二人に、愛されているのなら。

どちらかと選んで、もう一人を救うのは無理だ。だって、もう一人だって自分を選んで欲しいのだから。選ばれることが、最大の救済となるのだから。

選ばれなかった方は恐らく、二度と消えない深い傷を追うだろう。そして選ばれた方も、選ばれなかった人間を憂いて幸せにはなれない。

二人は既に、追い詰められている。もうあと一歩、崖っぷちだ。もしもここで更なる傷を負えば――崩壊してしまう。最悪、フィリスのようになってしまうかもしれない。


(恭也、お前が家族を救えなかった理由がわかったよ……本当に、すまない)


 恭也が、救えるはずがない。救うには、どちらかを選ばなければならない。選んでしまえば、救われなかった方が死んでしまうのだ。

なんて事だ。今まで何度も悔やんでいたが、改めて思う。どうしてこうなった。どうして、ここまで追い込んでしまった。


美由希か、フィアッセか。どちらかしか、救えない。なのはから聞いた話だと恭也が今向き合っているのは、恐らく――だとするならば、あいつはどうなってしまうのか。


多分俺の訃報がなければ、たとえこの先家族でなくなったとしても恭也はどちらか選べた。美由希か、フィアッセか、どちらか幸せになれたはずだ。

もう一人は失恋してしまうが、きっと立ち直れていただろう。たとえ恋人でなくても、家族なのだ。家族であれば、許しあえる。優しく生きていける。

なのに、家族ではなくなってしまった。俺が、俺の訃報が、家族そのものを崩壊させたから。


全員はもう、救えない――手遅れなのだと絶望して、今日という日が終わった。
















<続く>








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