とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第十九話




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 動揺がさざ波のように広がる――

暗い廊下で、俺は顔を引きつらせて背後を仰ぎ見る。

眼鏡をかけた女――

誰かは知らないが、ここの寮の住民なのは子供でも分かる。

違ったら、こいつこそ不法侵入者だ。

突然の登場に思わず上げかけた声を――


「ま、ま、ま、真雪さん!?お、起きていらっしゃったんですか!?」


 ――俺以上に動揺した奴がかき消した。

そんな神咲の口を、眼鏡の女がおもむろに手で塞ぐ。


「大声出すと、愛が起きるよ。秘密事なんだろう?」


 リスティに似ているが、声質は低い。

どちらかと言えばハスキーな声だが、違和感はなかった。

女の放つ雰囲気だろうか?

眼鏡の女の注意に、神咲ははっとしてコクコク頷く。

素直な態度に満足したのか、眼鏡の女は俺に視線を向ける。


「で、あんたはどっちのこれ?」

「はあ?」


 眼鏡の女は子悪魔的な笑顔で、小指を立てて振る。

何考えてんだ、この女は。


「どっちってあんたな・・・」

「そうそう、一目瞭然。見たまんま。
良介は私のだよ」


 ふざけた発言と同時に、人様の腕にしがみ付く銀髪の悪魔。

押し付ける腕と伝わる胸の感触に心臓が跳ね上がるが、俺は惑わされない。

・・・ま、惑わされないっての!?


「見たまんまってなんだ、見たまんまって!?
てめえとはまだ数回しか会ってねえじゃねえか!」

「愛に回数は関係ないよ」

「思いっきり他人だろうが!」

「ふ、二人とも大人です・・・・」

「招き入れたあんたまで何感心してやがる!?」


 厳密に言えば、俺が強引にねじ込んだんだが・・・・

―――ひたすらややこしくなるので言わないでおく。

言い合いを続けていると、不意に小さな笑い声が上がる。


「ふふん・・・なるほど、そういう仲ね。うんうん」


 待て、どういう納得をした貴様。

問い質そうとして、女は俺と女二人を見回して言う。


「とにかく、台所にでも行ったら?
廊下は声が響くよ」


 ・・・現状を忘れてた。

眼鏡の女の指摘に、神咲も気づいて慌てて行動に移る。


「そ、そうでした!?ごめんなさい、宮本さん・・・
すぐに案内しますから」

「いや、まあいいけど。真っ直ぐだし」


 これ以上揉めるのもなんなので、俺は黙って付いて行く事にした。

・・・・一言言ってやってから。


「・・・お前、いい加減手離せ」

「照れてる?」

「照れるか!」


 しがみ付いたままのリスティに、俺はまた大声を上げてしまった。














 台所と言うより、居間のような生活空間に案内された。

内装は平凡だが温かみがあり、寮の主人の人柄を感じさせる。

電灯もつき、俺はソファーに腰を下ろしていた。


「なんだ、じゃあ久遠を届けに来てくれたんだ?」

「それ以外にこんな辺鄙な所、来る訳ないだろう」


 嫌味をこめて言ってやったが、対面の相手は笑って流す。

名前は仁村 真雪。

リスティと神咲の紹介で、俺は眼鏡をかけた女の名を知った。

普段はコンタクトで、今は何か仕事の最中でかけていたらしい。

リスティに似通った雰囲気はあるが、本元っぽい感じがある。

多分リスティの方が影響されてああなったのではないかと思う。

俺にとっては悪影響にしか見えないが。

隣に座るリスティに目を向けると、本人はきょとんとした顔をする。

寮内の規則か、煙草は火をつけずに口に咥えている。


「神咲妹、久遠が居なくなってしょげてたからね・・・・
あたしは大丈夫だって言ってたんだけど」


 仁村はそう言って軽く笑った。

噂の当人はソファーの上でぐっすり眠り続けている。


「心配なら放し飼いにしなきゃいいのに。
こいつ放っておいたら、また自分勝手に行動すると思うぜ」


 一度目も二度目も俺と一緒だったからいいものの、事故にでも遭ったら大変だろう。

今の世の中馬鹿が多いから、危害を加えられる可能性もある。

保健所にでも連れて行かれたら、泣くに泣けないぞ。

その辺のガキが気に入って強引に持って帰られたら、見つけるのも困難になる。

俺のナイスな助言に、リスティが少し考え込んだ顔で、


「この子は人の言葉も理解出来る頭の良い子でさ、滅多に危ない所には近づかない。
那美が大好きで、いつもべったり。
人見知りするし、一人で行動する事なんて殆ど無いよ」

「・・・え?」


 人見知りするのは知ってる。

俺も初めて会った時警戒されたし、月村やノエルにはなかなか懐かなかった。

それは分かるのだが――


「こいつ、結構活発的だと思うぞ」

「へえ・・・それはまたどうして?」


 興味津々に尋ねる仁村。


「俺と一緒だった時、ずっと動き回ってたからよ。
犯人見つけたのもこいつだし」

「犯人?」

「ああ、それは――」


 事情を知らない仁村に、リスティが説明を入れる。

話を聞いている内に好奇心を大いに刺激されたのか、表情に張りが出る。

身を乗り出して、まじまじと俺を見て来た。


「ふーん・・・なかなか面白い人生送ってるね、あんた。
名前、なんだっけ?」

「そういや名乗ってなかったな。
宮本―――宮本 良介」

「んじゃ良介。
こいつ、あんたが好きみたいだね。
神咲妹や姉貴以外の奴の為に頑張るなんて珍しいよ」


 ・・・だとは思ったけど、あっさり名前呼びやがった。

仁村は久遠の毛並みをポンポン叩き、微笑んでいる。

強く、それでいて優しい笑顔――

雰囲気とのアンバランスに、俺は二の句を告げずにいた。

せ、背中が痒い・・・


「と、とりあえず心配ならちゃんと監視した方がいいぜ。
俺だってもう世話出来んし」

「冷たい男だね・・・・久遠が嫌いなのか?」


 嫌いかどうかと聞かれれば、それは――

危うく答えそうになり、俺は慌てて言葉を直す。


「怪我治ったら、この町出てくからな。
連れてく訳にはいかんだろう、そいつ」


 エプロン姿で台所に立っている飼い主を見る。

俺の為に夜食を作ってくれているのだ。

断れるかと思ったが、見かけ通りの善人みたいだ。


「ん?この町生まれじゃないの?」


 どかっとソファーにもたれ、仁村が聞いてくる。

俺は頷いて、


「最近この町に着たばかり。
・・・・この町の空気が気に入って、ちょっと立ち寄っただけさ」


 思い掛けない事ばかりあったけどな。


「旅行かなんかの最中?てっきり学生かと思ってたんだけど」


 十代だからな、俺。

仁村が間違えるのはむしろ当然だ。


「学校なんぞ行ってねえよ。
頭悪いし、金もねえし、親もいねえからな。
きままに旅してる最中だ」


 年齢的に言えば、神咲とそんな変わらん気もする。

・・・・・・ん?

神咲? 神咲・・・妹?

そういや仁村の奴、さっき神咲をそんな呼び方で・・・・って、おい。

何だ、そのきらきらした目は。


「ふーーん・・・・」

「な、何だよ。じろじろと」

「今時珍しいと思ってね。
何か目的があるの?夢とか」


 夢―――?

夢と言われると、何か違う気がする。

目標はあるし,叶えたい志はある。

でも―――夢のような綺麗さはない。


「俺は―――」

「すいません、お待たせしました!」


 台所からパタパタと神咲が走り寄って来る。

お、出来たか。

空腹も手伝って、俺は慌しくソファーから腰を上げる。


「あ、那美ー!私、お酒」


 うわ、こいつ飲む気だ。


「あたしも一杯やろうかな。つまみもよろしくー」


 いい感じに、相手の手を入れる仁村。

流石に他の奴らが起きて来るだろう、おい!?





・・・と気づいたのは、既にできあがった後だった。























<第二十話へ続く>

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