とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十話





 廃墟に居たアリサに語った自分の夢、天下人。子共が持つイメージの延長上に過ぎず、具体的なビジョンは何一つない。剣による天下統一ではなく、天下無双に近しい偶像に過ぎなかった。

子供ならまだ許されるが、十七歳にもなかった人間が語っていい夢ではない。極めて幼稚であり、途方も無く馬鹿馬鹿しい夢物語であった。そんな夢に縋ってしか、自分を鼓舞出来なかったのだ。

あの頃と今の俺では違ってはいるが、馬鹿さ加減では似たようなものだろう。路線こそ大幅に変更されたが、目指すべき点は同じなのだから。


旗揚げをして、独立した勢力を創り上げる。一国一城の主といえば大袈裟だろうが、決して妄想ではない。建国くらい成し遂げる気概がなければ、立ちはだかる壁は乗り越えられない。


昨晩カレン達には護衛チームを一時的に退かせる口実として旗揚げを語ったが、完全なる法螺ではない。夜の一族の世界会議以降、常に頭の中にはあったのだ。

アギトについてはともかく、七月の時点で既にローゼは引き取っていたのだ。ローゼは自動人形最終機体であり、異世界の技術で製造されたガジェットドローン。抱えるリスクは、計り知れない。

違法な技術で製造された以上時空管理局にはどうしても目をつけられるし、異端な技術は裏表問わずこの世界の権力者達に目をつけられる。マフィアとテロ組織には、バレているのだから。

ローゼの完全なる自由を保証する場所は、世界中の何処にもない。心が在ろうと、ローゼは優れた兵器なのだ。一国に匹敵する軍事力を、個人が保有することなど出来ない。


ローゼを引き取ると決めた時点でもう、俺は個人では居られなかった。俺は――独りになることを、今度こそ諦めた。


だからこそ、一大勢力を作り上げる。時空管理局という正義の味方、武装テロ組織という悪の手先、聖王教会という神の御子より、ローゼを守らなければならない。

善も、悪も――そして神まで、俺の敵なのだ。個人では絶対にどうにも出来ない。一人で戦える相手ではない。他人の協力は不可欠なのだ。

まずは一ヶ月後に行われるローゼの封印とアギトの引き渡しという決定を、覆さなければならない。仮に決定を覆せたとしても、その後も安穏とはしていられない。

テロリスト達は常に狙ってくるだろうし、時空管理局だって上層部次第で簡単に決定は捻じ曲げられる。聖王教会だって、目の敵にしてくるだろう。敵対勢力は、増え続ける一方だ。


各組織を黙らせるには、不干渉を貫ける確固たる勢力が必要となる。自分の夢が今では手段にすり替わっていることに、苦笑を禁じ得ない。


「アリサ、今日の予定は?」

「クイント捜査官――今回の場合、監督官ね。良介が提唱した管理プランの成立を確認するべく、午前中視察に来られるわ」


 ノエルが作ってくれた朝食を取りながら、今日の予定を確認する。昨日とは違い、今日から俺は管理体制に組み込まれる。自分一人の気ままな行動は、断じて許されない。

スケジュール管理及び異世界関連の関係者各位の窓口はメイドのアリサが担当し、夜の一族を含めたこの世界の関係者各位の連絡役は護衛の妹さんが担当してくれている。

妹さんは日頃無口かつ無感情だが、必要とあればコミュニケーションは取れる。普段必要としないので、何も言わないだけである。義務であればむしろ積極的に行動してくれる。


一緒に住んでいる月村家、八神家の家族達も同席して話を聞いている。


「あいつ以外に、立会人はいるのか」

「ルーテシア捜査官も同行するそうよ」

「くそっ、さすがに甘くないか」


 夜天の魔導書、ヴィータ達守護騎士達の存在、自動人形であるノエルやファリン、夜の一族である月村忍とクローン人間である月村すずか。見せたくないものが揃いすぎている。

クイント一人ならば如何様にも誤魔化せたのだが、よりにもよって俺に良い感情を持っていないルーテシアまで派遣してきやがった。徹底的に、身内贔屓をさせないつもりらしい。

ジュエルシード事件の時は何かと融通を利かせてくれたのだが、今回は俺が真っ向から管理局の決定に反対しているのだ。情の入る余地は確かにないが、何かと厳しすぎる。


子供の甘えを断じて許さない、クロノやリンディ達の厳しさが伺えた。レティ提督の意向も含まれているのに違いない。大人達の容赦の無さに、頭が痛くなってきた。


「わたしら家族は出かけていた方がええかな?」

「いや、最初が肝心だ。目先を誤魔化しても、後で発覚すれば何の意味もない。余計に、心証を悪くするだけだ」


 海鳴町でやらかした数々の失敗を噛み締めながら、俺ははやての申し出を断った。目の前の問題を解決するのに拘って、後々の悪影響に気付けず他人を傷つけてしまった。

ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ、そして夜天の魔導書。彼らは明らかに、時空管理局から逃げている。犯罪の類を疑うべきなのだろうが、彼女達の高潔さが悪とは到底結び付かない。


となると考えられるのはローゼと同じ可能性――つまり、夜天の魔導書も危険視される力を秘めている。万が一発見されれば、即座に封印される類のロストロギア。


頁が改竄された時、シャマル達は強力な魔法が消えてしまった事を怒り狂っていた。あの言からしても、相当危険な攻撃魔法とかがあるのだろう。世界すら、壊しかねない程の。

平和な現代には無用な力でも、古代であれば話は別。異世界の歴史なんぞ知らないが、日本だって昔は荒れていたのだ。強力な力が必要とされた時代もあったのだろう。

どれほど危険でも、所詮は道具。使用者が取り扱いを間違えなければいい。八神はやてが主であれば、何の心配もいらない。騎士達も、八神はやてを今では主として慕っている。


だが、時空管理局は静観してくれないだろう。危険であれば、封印する。その判断はローゼと同じく、間違えているとは言えない。迷惑をかけるのは自分達ではなく、他人なのだから。


「ここである程度、ハッキリさせておきたい。お前らは時空管理局に存在を知られたくはない、そうだな?」

「その通りだ。断じて、知られてはならない」


「その理由は魔導書に秘められている、暴走しかねない力にあるのか」


 俺の推測を口にすると騎士達よりむしろ、夜天の人が過剰な反応をした。魔導書から半身を出してまで、俺に驚愕と警戒に満ちた眼差しを向けてくる。

冷静かつ冷徹に見えた魔導の女性がこうまで感情を浮き彫りにするのは、珍しい。核心をついているのだと、手応えを感じる。同時に、危うさも。

この秘密に触れれば彼女達の根幹に踏み込めるが、恐らく人間関係が激変する。この同居生活まで、崩しかねないほどに。

知りたいとは思うし、知らなければ後々必ず厄介な問題となる。自分の立場を危うくすると分かってはいるが――彼女達を傷つけてまで、保身に走ろうとは思わない。


「つっこんで、聞こうとは思わない。最初に事情を知るのは主であるはやてだと、思うからな。はやてが追求しないと決断したのなら、俺は家族として尊重しよう。
その代わり同じような秘密を抱えるローゼとアギトを守るべく、協力してほしい。この管理プランの成功によりローゼとアギトの自由が認められれば、良い前例となる。

同列に扱うべきではないのかもしれないが、あんた達への恩赦も認められるかもしれない。無論、その為には引き続き俺に協力して貰う必要があるが」

「……ちぇっ、生意気な子分め。そう言われたら協力するしかねえだろう」
「何だか腹黒くなりましたよね、この人。折角、傷を治してあげたのに」
「剣士が政治的な手腕を持つのは、あまり感心はしないな」
「我としては、頭よりも身体を動かしてほしいものだ」


「素直に受け止めればいいだろう!?」


 恩赦法が時空管理局にも適用されるかどうかは分からないが、前例があれば交渉には持ち込める。空手で無罪を訴えるよりは、効果を見込めるだろう。

無論、ローゼと騎士達で違いがあるのは分かっている。ローゼは基本的にまだ犯罪を犯していないが、騎士達は過去に前科があるかもしれないのだ。

前科があるのとないのとでは、雲泥の差だ。完全無罪とは、いかないだろう。俺も身内であっても、そこまで厚かましくはない。要するに、即封印されなければいいのだ。


ローゼは自動人形、そしてシグナム達もまた守護騎士プログラムというシステムそのものだ。人間として扱わなければ、逆に活路があるかもしれない。


「それで、実際にどう協力しろってんだ?」

「アリサが監修するから、まず徹底的に変装をしてから変身魔法で姿形を変えてくれ」

「……? 最初から変身すればいいでしょう。どうしてわざわざ変装と変身を使い分けるんですか?」

「相手は、プロの捜査官だぞ。変身魔法の精度がどの程度か知らんけど、見分ける術があるかも知れないだろう。というか変身魔法を見分けられなかったら、犯罪とかやりたい放題だろうが。
変身魔法にばかり比重を傾けないで、変装に力を入れてくれ。大丈夫、化粧とコーディネートはメイドの必須技術だ。なあ、アリサ」

「ふっふっふ、イギリス仕込みのこのスキル。遂に生かせる時が来たのね……!」


 ――女帝から教わったのは経済や政治だと思うのだが、自分なりに色々学んできたのだろうか? 人脈を構築していたのだ、その手に詳しい人から教わったのかもしれない。

謎の気迫を燃やす俺のメイドにうんざりしながら、忍のメイドにも手助けを求める。


「ノエル、ファリン。お前達も、手伝ってやってくれ」

「任せて下さい、二号!」
「かしこまりました、旦那様」


『二号? 旦那様……!?』


 ざわつくシグナム達を前に、俺は忍を睨みつける。自分のメイドの変化に、忍はニヤニヤしながら親指を立ててくる。殴りたい、あの笑顔。


「主、ローゼもお手伝い致しますよ。ご命令下さい」

「お前は、第一管理対象じゃねえか!? クイントとルーテシアはお前を最優先で見に来るんだよ、他人のおめかししてる場合か!」

「他人のお手伝いをしている場面をお見せすれば、心証も良くなるのではないかと」

「隠蔽工作に加担する時点で、思いっきりアウトな気がする。バレないだろうけど、やめてくれ」

「ほんなら、わたしはどうしようか? 大人しくしておいた方がええかな」

「色々あったけどお前とは今後家族付き合いをするつもりだ、はやて。だから、綺麗事めいた事は言わず率直に言う。
両親を事故で失った、足の不自由な車椅子の少女が家族としてローゼ達を受け入れている。そういう印象をアピールしたいので、お前を全面に押し出したい」

「……なるほど、わたしを宣伝材料にするつもりなんやね。ええよ、任せて。
せいぜい同情されるように、薄幸の少女を演出するから」

「悪いな」

「だから、ええって」


 ヴィータ達は自分の主を利用されると聞いていい顔はしなかったが、反対もしない。実際、宣伝とは言っても効果は薄いだろう。クイントも、ルーテシアも、任務に私情は挟まない。

車椅子のはやてを無理強いさせておきながら、戦略効果は期待出来ないという悪辣さ。我ながら最低だが、少しでも同情を変えるのなら俺は何だってやる。

全くの赤の他人なら強要となるため、こんなお願いはむしろ出来ない。八神はやてだから、俺は下劣な策でも頼み込める。


そういった気持ちはシグナム達なら伝わるが、新参者には以心伝心は出来ない。朝食が終わるなり、噛みつかれてしまう。


「おい、さすがにあんな車椅子の子供にまで芝居させるのはやり過ぎじゃねえのか」

「出来る事があるのなら、何でも実行した方がいいだろう」

「家族を利用しておいて、なんだよその言い草!」


 歩いていた俺を阻むように、アギトが俺の眼前に立ち塞がる。並んで歩く妹さんが止めようとするが、手を出して押さえる。喧嘩をするつもりはない。

怒り心頭に睥睨するアギトを、俺が逆に見上げて呟いた。


「お互いに利用し合う関係だろう、俺達は」

「アタシらの話だ。あの子には、関係ねえ」

「そうやって無関係にされるのが一番嫌なんだよ、あいつは。そういう奴なんだ」

「だからって何でもかんでも無理強いさせればいいってもんじゃねえだろう。お前ならもっと、負担させないやり方を思いつける筈だ」

「意外とお前に買われているんだな、俺は」

「昨日死にかけた時点で大暴落したけどな。たく……アタシはあんなに止めたってのに、無茶しやがって」


 ――こいつ、今まで居なかったタイプだ。自分の優しさを、自覚していない。すごくいい事を言っているのに、いい事を言っている自覚が全然ない。本人はこれで罵倒しているつもりなんだろう。


同じユニゾンデバイスのミヤも良い子だが、ミヤは天然ではあるが良心に従って行動している。善悪を自分で判断して、他人を思い遣れるのだ。

アギトは、違う。こいつは自分を悪だとは思っていないにしろ、良い子だと思っていない。むしろ世の中に逆らう悪い子であるかのように、悪ぶっている。

口も態度も悪いが、単純に悪いだけだ。言葉や行動そのものは、完全に優しさと思いやりに満ち溢れた良い子である。


同じ同行者のミヤなんてアギトの言葉を聞いて感動し、ウルウルしている。俺も何だか、申し訳なくなってきた。


「分かったよ、お前の意見もちゃんと聞く。今日から一緒に行動するんだから、指摘してくれればいい。どうせ黙って、俺の言うことを聞く気はねえんだろう」

「当たり前だろう。アタシは、お前の融合騎じゃねえんだ。好き勝手にやらせてもらうさ」

「一緒に頑張りましょうね、アギトちゃん!」

「ちゃん付するんじゃねえ!」


 天下は、一人では取れない。まずは家族と呼べる人達との交流を通じて、足場を固める。月村忍の屋敷を含めたこの山、管理体制が敷かれるこの土地を本陣とする。

此処での管理体制が時空管理局に認められれば、心を持ったロストロギアの安全地帯となる。最終機体に古代ベルカの融合機、夜天の魔導書。力による封印ではなく、優しさによる管理。

力が集中すれば、当然危険視もされる。危険というのは脅威であり、脅威というのはある種の発言力ともなり得る。危険の意味を変えればいい、そうすべく俺は今動いている。


平凡な人間が一人も居ない、人外魔境。その頂きに立たんとする俺は――


妹さんが俺を引っ張って前を促す。指し示す方向を見ると、ちょこちょここちらに歩いてくる人影を見つけた。

座敷わらしである、チョウピラコ。おかっぱの髪の少女が、広い屋敷内を駆けまわって楽しんでいた。おかしいな、座敷わらしはもっと大人しい妖怪だと伝説にはあるのに。

流石というべきか、妹さんはちゃんと認識できるらしい。今更不思議とは思わないが、相変わらず謎の感覚を持つ子であった。


座敷わらしは俺の前で足を止めて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。


"ごきげんうるわしゅう、夜の王"

「――お前が、俺を『夜の王』と呼ぶのは……まさか」



"今日が始まりでちゅよ、王様"
















<続く>








小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]





Powered by FormMailer.