とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第二十八話





 七月に開催された世界会議では、夜の一族を敵に回して戦った。弁舌を尽くし、策謀を繰り広げ、己の命運をかけて議論する。確たる新年こそなかったが、俺には戦う理由があった。

善悪を競ったつもりはない。世界会議を終えても明暗こそ別れたが、正しさと間違いの区別を明確にはつけなかった。俺には目的があり、許せない敵がいただけだ。

圧倒的弱者である俺が戦い続けられたのは仲間達に助けられたのもあるが、自分を信じられたからだと思う。海鳴の人達が変えてくれたこの自分、信じなくてどうするのか。

カーミラの暴虐、ディアーナの悪逆、クリスチーナの狂気、カレンの陰謀、ヴァイオラとカミーユの政略。世界すら歪める彼女達の強さに立ち向かえたのも、この志があってこそ。


ならば彼女達が正しい場合、間違えてしまった自分はどう立ち向かえばいいのだろうか?


「一応聞くけど、護衛チームは少なくとも後一ヶ月は付きっきりだよな?」

『当たり前だ、馬鹿者。お前は、この夜の一族の長たる私の下僕だぞ。無防備で野晒しにするなどありえん。
平和ぼけしている日本ならば差し迫った危険はないとも思っていたが、見込みが甘かったと言わざるを得ないな。まさか月村と綺堂の地で、お前に手を出す不届き者がいるとは思わなかったわ。

本来ならば強制的にでも我がドイツへ帰国させたいのだが――可愛い下僕の強い希望とあれば、無碍にも出来ん。全く、手間のかかる奴だ』


 豪奢なベットの上で相変わらず無防備な黒の下着姿のまま、カーミラは画面越しに俺を睨みつける。くそっ、悪意があるのなら徹底的に抗戦してやるのに。

厳密に言うと、異世界について秘密とはされていない。時空管理局からも、口止めされたこともない。時空管理局は法の組織であり、悪の秘密結社ではないのだ。コソコソする必要がない。

そもそも時空管理局は、広大な次元世界を管理する巨大組織だ。一つ一つの世界でいちいち組織の存在を秘密にしていては、犯罪を抑制出来なくなる。広く知られたその名こそ、悪への脅威となる。


とはいえ、秘密にしていないからベラベラ喋っていい道理はない。何よりアギトは犯罪事件の重要証拠、ローゼは封印指定危険物である。本当なら、人目にも晒せないのだ。


一ヶ月の時間を与えられたが、猶予であって釈放ではない。本来なら極秘の内に封印されなければならないのだ。管理外世界であっても、公開は出来ない。

護衛チームをこのまま引き連れたらどうなるか、考えてみよう。連絡係兼管理担当役は、クイント。彼女は現地に派遣された捜査官、見られること自体は問題ない。

カレン達なら俺の身の回りの関係者を調べそうだが、この世界でクイントに関する身元情報は一切ない。無いからこそ疑問視するだろうが、知らん振りしていればいいだろう。


問題はやはり、異世界へ行くことだ。この一ヶ月は特に、行き来しなければならなくなる。俺が急に消えれば、何事かと思うだろう。何しろ、この世界から居なくなるのだ。


とぼけるという選択肢は、今晩の無茶で消えてしまった。次に俺が姿を消せば、カレン達は何らかの方法で護衛を撒いたと勘違いするに違いない。徹底的に追求されてしまう。

どこか密閉した空間で異世界へ転送してもらう手もあるが、護衛の力量次第では怪しまれる。不法侵入であっても、プロなら護衛優先で確実に中を見張る。

困ったぞ……本当のことを話す以外に、言い訳のしようがない。けれど本当のことを話したら、第三者にバレた事実が発覚した場合管理プランは中止となる。アギトとローゼは破滅だ。


ぬぐぐぐぐ、どうすればいいんだ。この場に、アリサを呼びたい。


『まさか、とは思いますが前言を翻す真似はいたしませんわよね、王子様』

『何度も言いますが、貴方様の身の安全を守る為の配慮です。貴方様をお守りする事により脅威に歯止めをかけ、貴方様の周辺の安全保証にも繋がるのです。
貴方様のお住まいの町全体にも介入はしておりますが、もう少し時間がかかります。万全を期して警備体制を敷かれれば、貴方様も自由に行動出来るようになりますので少しの間ご辛抱を。

先立って護衛チームを送っておりますが、優秀なスタッフも抜擢して派遣しておりますので必ずやお力になれるでしょう』


 カレンとディアーナが念押ししてくる。俺にただならぬ秘密があるのだと、完全に察しているようだ。何度も護衛チームを退かせているので、当然といえば当然だが。

彼女達も意地悪で言っているのではない。俺の今の状況は、本当に危険なのだ。海外から武装テロ組織に狙われ、国内では身内から迫害を受けている。針のむしろに等しい。


加えて彼女達は知らないが、異世界からも自分の身内を引き渡すように通告されている。明確な敵と、敵に等しい味方と、味方だが立場上の敵がいるこの状態。生きているのは、不思議なほどだ。


突っぱねること自体は、本当に簡単だ。俺の意向で、護衛チームを退かせればいい。命令ではなく支援というのであれば、俺の意思次第で拒否することは出来るのだ。

さくらの責任問題に発展しかけた先程ならば最悪その選択肢もありえただろうが、今そうしてしまうと後々必ず追い詰められる。異世界の問題は解決しても、海外の問題はどうにもならなくなる。

目先の辻褄合わせに振り回されてばかりでは、大局を見失う。ジュエルシード事件が、いい悪例だ。あの時の俺は呆れるほど短絡的で、目の前の問題しか見ずに馬鹿な行動ばかり取っていた。

何かを選べば、別の何かを切り捨てることになる。覚悟は確かに必要なのだろうが、諦めていい理由にはならない。頭が痛いが、考えるのを放棄するべきではない。


苦しい限りだが、今だけは泣くのをやめて打開しよう。もうこれ以上、俺を想ってくれる人達を泣かせないためにも。


「分かった、分かりました。どうやら、これ以上隠し立てするのは難しいらしいな」

『あら、王子様。私達に、何か隠し事でも?』


 この女、知っているくせにいけしゃあしゃあと言いやがる。ここまで言われると、憎たらしさより可愛げを感じさせる。ディアーナも興味津々で、耳を傾けている。

さーて、また考えながら話す作業が始まる。異世界の件を、正直に全部言う訳にはいかない。かといって、何もかも適当では怪しまれるだけで護衛チームは退かせられない。

事実を明確に、事実ではない部分を曖昧に。世界会議の、再現だ。


「まだ構想の段階で、具体的な計画は煮詰めていかなければいけないが――」

『聞かせて、リョウスケ。ボクだって、友達の為ならどんな事でも力になるよ』

「旗揚げするつもりでいる」


 旗揚げ、単に名乗りを上げるのではなく新しい勢力を独自で作り出す。単純な集団やチームなどではなく、確固たる一勢力として独立する。

各国の代表者達の前での独立宣言、大国から絶大な支援を受けながらこの宣告。お前達の干渉が気に入らないと言っているのと同じ、宣戦布告に等しい言動。

勢い委せで言っているのではない。世界会議後から考えてはいたのだが、美由希に斬られて決断出来た。


もう、俺一人では解決できないと――自分の限界を、肯定した。


「この際、腹を割って話す。自動人形であるローゼの資材や管理機材をお願いした事からも薄々察していると思うが、俺は今法に関連する組織より睨まれている。
俺が世界会議に関わり、お前達と関係を持った事で俺に注目が集まり、俺が預かったローゼについても調査の手が入っている。
無論、ローゼが持つ危険性の全てが発覚しているのではない。ただ、人の形をした兵器である事は恐らく分かっているのだと思う」

『そ、そんな――どうして!?』

「忘れたのか、カミーユ。ローゼの事を知っているのは、俺達だけじゃない。月村安二郎を通じてロシアンマフィアに、マフィアを通じて武装テロ組織に伝わっているんだ。
武装テロ組織は先月、世界を混乱に陥れる大規模なテロ事件を幾つも起こした。世界各国の主要機関が、見て見ぬふりをするわけがないだろう。

連中を調べ上げれば、ローゼの事がばれても不思議でもなんでもない」

『わたくしに最終機体を渡しながら、ロシアにも通じておりましたものね……あの男!』

『――そして、お父様もテロ組織と繋がりを持ってしまった。既に縁は断っておりますがどこまでも不愉快にさせてくれますね、あの人は』

『ウサギを困らせるなんて……あの時撃ち殺しておけばよかった、あんな奴!』


 法は法でも国ではなく、次元世界の法なんだけどね。嘘は言っていない。法についてどう解釈するかは、人それぞれである。

市井の女性達ならばこの程度の説明でも納得してくれそうだが、彼女達は政治や経済界を主戦場としている女傑達。男の戯言では、そう単純に心を惑わされない。

早速、俺の説明の穴を指摘してくる。


『しかしながら、王子様。今のこの情勢、王子様に関与しようとする勢力は多くおありでしょう。何しろ王子様はドイツの英雄であり、世界平和の立役者となっているのですから。
わたくし達とも血の繋がりを持ち、本妻であるヴァイオラ様を筆頭に愛人としての関係を持っております。王子様を通じて、わたくし達に関係を持とうとする勢力もあるでしょう。

だからこそ、わたくし達も王子様に関与せんとする者達には目を光らせています。ですが、今王子様が仰った組織については何の情報もあがって来ていないのですが』

「……ツッコミどころが色々とあったが、置いておいて。何、俺の人間関係にまで注視意しているの?」

『下僕、お前と最初に出逢ったあのホテルで見たであろう。薄汚い人間共が列をなして、浅ましく私に群がろうとする光景を』


 そ、そういえば、月村安二郎やドゥーエが出待ちしていた気がする。他にも外国の大物や、日本の企業家らしき人物も多く並んでいたな。

俺のような一般人には一生待っても会ってくれないだろうと、俺は強引に会いに行ったんだっけな。結局、不興を買って戦闘にまで発展したのだが。

誰が聞いても悪しき思い出なのだが、カーミラは当時の事を思い出して懐かしそうに微笑んでいる。おいおい、お前にホテルの最上階から落とされたんだぞ、この野郎!


『裏社会の介入も懸念して、貴方様の周辺には特に気を使っております。なのにどうして、貴方様本人に関わりを持てたのでしょう』


 不思議だと口にはしているが、ディアーナは自分の落ち度より俺の嘘だという不信を持っている。元々口が上手ではないのだ、このくらい勘弁してくれないだろうか。

いつも思うのだが、俺が相手をする人物はどいつもこいつも一筋縄ではいかない。俺に好意を持ってくれている連中でさえ、こうした問題事項には容赦しないのだ。

ドラマや映画の主人公達はいつもどうやって、あんなにかっこよく大人達に認められるのだろう。カリスマというやつなのだろうか?

また知恵熱が出そうなほど頭を働かせて、口火を切る。嘘に嘘で誤魔化すのはまずい、真実を少しだけ手札として見せる。


「その答えは、簡単だ。その組織に、俺の知り合いがいる」

『何ですって!? どなたですか!』

「そこまでは、流石に言えない」

『王子様、貴方の今の状況を――』

「だから、旗揚げをするんだよ」


 一旦抗議の手を止めて、俺は宣言を行う。そもそも交渉で勝てる相手ではないのだ、相手にばかり意見をさせていては押し切られるのは目に見えている。

俺の意見をズバッと言い切って、ゴリ押ししないと相手は絶対に黙ってくれない。納得もしないだろう。

今回必要なのは、世界会議のような承認ではない。カレン達個々人の、理解なのだ。証拠云々までは、必要ではない。


「俺の友人も今、その組織では苦しい立場にいる。組織の決定を受け入れるのは、組織に居る人間にとって当然。俺はそいつと何度も交渉して、妥協点を探り合っている状態だ。
もしお前達がそいつやその組織を知って動いてしまうと、俺やローゼが助かってもそいつの立場は間違いなく無くなる。ローゼが助かっても、そいつが転落するのは本意ではない。

第一その組織にバレた以上、ローゼは今後あらゆる干渉を受けてしまう羽目になる。世界中に存在する組織の勝手な都合や決断で、いちいち左右されるのは御免だ。

だから、旗揚げをする。いきなりお前達のようになるのは無理だとしても、世界中のあらゆる決定に左右されない確固たる独立勢力を作り上げてみせる。
護衛チームを退かせたのは、その交渉の一環でもあるんだ。相手にもし監視チームの存在が気付かれると、不信の目を持たれてしまう」

『でも、君一人で何もかも推し進めるのは難しいと思う。こんな事を言いたくはないけど、君はこういった交渉にはまだまだ不慣れだろう。
ボク達に状況を説明してくれれば人材を送るなり、ボク達自身が出向いて立場を説明してもいい。

君の意思はすごく立派だと思うし、君なら必ずやり遂げられるだろうけど、今から何もかも上手くやるのは無理だよ』

「俺だって、自分で何もかもするつもりはないさ。イギリスの女帝より引き抜いた優秀な秘書もいるし、綺堂や月村の協力も得ている。
お前達も既に調べ上げているかもしれないが、現地にも優秀な人間は多くいる。海外の有力な人物と繋がりのある人物も知っている。そいつらと俺は、懇意の仲――だった」

『だった……?』

「俺を斬った奴やその家族、今俺を恨んでいる多くの友人知人だよ、ヴァイオラ。俺がこうして死にかけてまで、説得しようとしている理由が分かってくれたか』

『! なるほど……命に変えても不仲を解消せんとしているのは、新しい関係を築こうとしているからなのですね。
いずれ旗揚げするその日のために、今は下地を作っている段階であると』

「営業は地道な努力の積み重ねだ。苦労を惜しんでどうする』

『護衛を退かせるのはやり過ぎだとは思いますが、ひとまず納得はいたしました』


 カレンやディアーナも、ようやく溜飲を下げてくれたようだ。嘘をつくのがこんなに疲れるとは、思わなかった。剣の練習をするよりも、苦痛を感じる。

この一連の流れだけは、大嘘だった。今考えついて、言っただけだ。彼女達とやり直そうとするのは、彼女達本人が持つ技能やコネを得ようとしているためではない。

単純に、恩を返したい。何としても、不幸になってしまった彼女達を何とかしたい。その気持ち一つだけ、愚かしいまでの行動でしかない。

だからといって、人間関係が友情や愛情だけで結びつくものだけではないのは否定しない。利害もまた関係の一つ、だからこうして嘘をつけている。


『お話はわかりましたわ、王子様。ですが今の状況で、護衛チームを退かせるのは無理です。生命があっての物種でありましょう』

「それは分かっているし、反省もしている。だから、こういうのはどうだ?

単独行動は絶対にしない。その上で組織との交渉についてはアリサを同席させ、護衛には妹さんとローゼもテーブルについてもらう。
妹さんならあらゆる奇襲や暗殺を感知できるし、相手の悪意を見破れる。ローゼは自動人形であり、一軍に匹敵する固有戦力を持つ。テロ組織相手でも遅れは取らない。

必ず、彼女達をつけて行動する。もう二度と一人では動かないと、お前達の血にかけて誓おう。だから、この交渉については目を瞑っていてほしい。
ローゼの為にも、何より自分の旗揚げのためにも、成功させてみせる」


 そして最後に、本心を告げる。



「お前達が心から頼れる男に、成らせてくれ」



 俺だって、男だ。性別差別する気はないが、女ばかりに助けられてばかりでは嫌だ。女の好意に甘えるだけの、男にはなりたくない。

今までずっと、色々な人達に助けられてきた。その好意に気付けなかったから、俺は甘えてしまい破綻させてしまった。今こそ、本当の意味で大きくなってみせよう。


昔夢見た、天下人――今では意味も変わってしまった、その存在になろうと思う。


『アナタは、誤解しておりますよ』

「誤解ってなんだよ、ヴァイオラ」

『私達はもう、貴方を心から頼りにしております』


 ヴァイオラの言葉にカミーユが同意し、クリスチーナは嬉しそうに頷いている。旗揚げをすると俺が決意して、カレンやディアーナも上機嫌だった。


『素晴らしいですわ、王子様。わたくし、貴方のそのお言葉をずっと待っておりました。
やはりわたくしの支配者となられる御方は、高き野心をお持ちでないとなりません。支援を受けて満足されるだけでは、困りますもの』

『貴方様の平穏無事を心より願いながらも、覇道を目指される貴方様の御決意に喜びを感じる私は本当に罪深いですわね』


 俺の主を名乗るカミーユが祝福と応援の拍手をして、この場は正式に閉められた。何とかしのげたが、カレン達は必ず組織――時空管理局について、実態を調べるだろう。

カレンやディアーナも機嫌こそ良くなったが、全てを丸呑みして静観する気は微塵もないだろう。必ず探りを入れるはずだ、決して甘くなどない。納得させたのは、この場だけだ。

調べようがないのだが、油断はできない。今後の行動や発言には十分注意して、動かなければならない。


クロノ達も、カレン達も、決して無条件で味方にはなってくれない。今俺が言っているのは、全部理想でしかないからだ。大人を納得させるには過程ではなく、結果が必要だ。


彼女達は誰もが厳しい。でもそれは、俺自身を一人の人間として扱ってくれているからだ。子供ならば、甘やかせばいい。大人だからこそ、責任を追求するのである。

ローゼやアギトを預けられたのだ、出来ませんでしたで済む話ではない。頭の痛い日々は、他人を放棄しない限りずっと続く。この一ヶ月は寝ても起きても、完全には休まらないだろう。

本当に辛いが、今まで遊び呆けていたツケが来ただけだ。学校にもいかず、働きもしない人間に、かける情けなどない。汗を流して、結果を出すしか認められない。


朝から晩まで忙しかった、今日一日がようやく終わった。
















<続く>








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