とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第十八話
--------------------------------------------------------------------------------
予想よりも遥かに飼い主の家は遠かった。
車で走っても何十分もかかり、もしも歩いていたらと思うとぞっとする。
まず間違いなく朝に病院には戻れなかっただろう。
リスティの運転の元、俺はようやく到着した。
飼い主の神咲那美が住むさざなみ寮に――
「ふーん、思ってたより普通だな・・・」
車から降りて、俺はさざなみ寮を正面から見つめる。
既に真夜中なので薄暗いが、俺は比較的夜目が利く。
二階建ての住み良い佇まいで、敷地も広い。
広いと言っても月村の家には及ばないが、庭もあるようだ。
「どういう家を想像していたんだい?」
俺の声が聞こえていたのか、車の窓から顔を出すリスティ。
「お前の家だから、雑なアパートみたいなのを」
「素直だね、君は」
何故か顔をしかめて、リスティは額を押さえる。
まあ半分は冗談にしても、意外だったのは事実だ。
見た目も普通で、管理もしっかりしていていそうだ。
口にするのはむかつくので、心の中で認めておく。
リスティが気に入るのも分かる気はすると――
「車停めて来るから、ちょっと待ってて」
「早くしろよ」
リスティは車をゆっくり走らせて、庭の方へと入っていく。
奥に停める場所があるのだろう。
俺はそのまま久遠を抱えて待つ事にした。
「連れて来てやったのにぐっすり寝やがって・・・」
車内で眠りこけたまま、久遠は寝息も立てずに俺の腕の中に収まっている。
綺麗な毛並みより伝わる温もり――
カイロ代わりにはぴったりで、俺は思わず撫でてしまった。
久遠は心地良いのか、身体を揺する。
「・・・幸せな奴」
思えば、こいつとはこの町に着てから随分一緒にいる。
もしも飼い主がいなければ、このまま飼ってやってたかもな――
考えても仕方が無い事だが。
「お待たせ。那美も連れて来たよ」
玄関先から聞こえる声と、軽快な足音。
視線を向けるとリスティと、その背後から駆け寄ってくる女がいた。
寝る準備をしていたのか、女は寝巻き姿に上着を羽織っている。
「久遠・・・・久遠っ!」
神咲那美、久遠の飼い主――
俺は黙って寝ている久遠を神咲に差し出した。
心配していたのだろう、神咲はぎゅっと久遠を抱き締めた。
「もう、すぐ黙って行くんだから・・・・
心配したのよ、久遠」
声を震わせて、心から再会した事を喜んでいる。
・・・本当に、幸せものだ。
寝込けたままの馬鹿狐を見下ろしながら、俺は口を開く。
「病院に来てたんだよ、こいつ。
いっちょ前に俺の所へ見舞いに来やがってな」
「そうでしたか・・・・本当にありがとうございます。
この前も貴方には助けていただいて、ろくもお礼も出来ませんで・・・」
「別にいいよ。その、まあそいつも・・・」
頬を掻いて、俺はそっぽ向いて言う。
「退屈しのぎにはなったからさ・・・」
・・静かな病室内で独り過ごすよりはよっぽど良かった。
おっと、これ以上言うと未練たらしくなる。
そのまま口をつぐむと、那美は俺をじっと見詰めて黙って頭を下げた。
うー、背中が痒くして仕方がない。
人に疎まれるのは慣れているが、感謝された事はない。
自分が良ければそれでいい主義で、他人の事なんぞ無視して生きて来たから――
うーん・・・・何か変な感じだな、人に礼を言われるのは。
入院して以来何度も経験したが、何かこう・・・居心地が悪い。
俺は頭を掻いて、そのまま黙るしか出来なかった。
しばしの沈黙後、様子を見ていたリスティが口添えをする。
「中に入ってもらったら?
久遠もお世話になったみたいだし」
リスティの申し入れに、那美ははっとして慌てて言う。
「そ、そうでした!?
す、すいません、気が利かなくて・・・・あの、その・・」
先程の礼儀正しい雰囲気とはうって変わって、急におろおろとしだす。
久遠を抱えて右往左往し、すっかりパニくっているようだ。
・・・うーん、もっと落ち着いた娘だと思ってたんだが・・・
見ていて面白いが、放っておくと際限なく続きそうなので口を挟む。
「だな、続きは家の中で話そうぜ。
お茶と茶菓子、それと飯食いたいな」
「え?え?え!?」
「・・・本っ当に素直だね、君は」
横で冷たい視線を向ける女は無視して、俺は混乱する神咲を強引に押し入った。
歩き続けて腹も減ったからな・・・・
こうして、俺は二人の家さざなみ寮にお邪魔する事となった。
・・・俺に図々しいという言葉は通じない。
車内で時間を確認したが、思っていたよりも深夜帯だった。
そのせいもあってか、寮内は恐ろしい程静かで完全に消灯していた。
廊下を歩くと連なって部屋の扉が並んでおり、真っ直ぐに続いている。
二階も同じ造りだとすると、部屋数は十かそこらかだろう。
寮と言うより、少し広めの一般住宅のような感じの内装だった。
最近は鉄筋の建物が多いが、この寮は木造でアットホームな雰囲気がある。
俺のような庶民派は一瞬で馴染めそうだった。
「すいません、お気を遣わせて・・・」
先頭を歩く那美が小声で話し掛けてくる。
寮内にはリスティと那美以外にも住民はいる。
静まり返った寮内を無用に騒がすまいと、俺は電気もついていない廊下を無言で歩いている。
その辺の配慮に、神咲が申し訳なく思っているらしい。
俺は首を振る。
「いや、夜中だししょうがねえだろう。
住民も女が殆どらしいじゃねえか」
リスティから聞いた話だ。
何でも寮の住民は学生が多いらしい。
俺とほぼ変わらない年齢の女ばかり――
そんな寮に夜中得体の知れない男が押しかければ、騒動になるだろう。
・・・自分で言うのもどうかと思うが。
「男の来客は久しぶりだよ」
「・・それもそれで空しくねえか?
って、ていうか耳元で囁くな」
間近にいるリスティに、咎めるように言う。
リスティは何が可笑しいのか、くすくす笑って離れる。
くそうー、嘗めてやがるなこの女。
文句の一つでも言いたいが、この場で騒いだらやばい。
ぐっとこらえて、俺は神咲の後ろを歩いていく。
「・・・で、あんた誰?」
「誰ってお前、人様を轢きかけておいて―――!?」
今の声、リスティじゃない!?
声は背後、神咲は前。
っとすると・・・・
「んー、悩むね。どっちの彼氏なのやら」
慌てて振り返ると、眼鏡をかけた女が暗闇の中立っていた。
<第十九話へ続く>
--------------------------------------------------------------------------------