とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十五話
先月から度々要請されていた自動人形最終機体の検査、その日程が八月になって明日に決定された。時空管理局と俺、双方の都合がようやくついたのだ。
最初の予定ではローゼ本人をクロノ達に預けるように請われたのだが、俺が反対した。もっとも、この件についてはゼスト隊が俺本人を求めたので揉めずには済んだのだが。
クロノやリンディ、クイント達は個人的に信頼はしている。ただ、時空管理局という法の組織そのものについては懐疑的だ。何しろ組織そのものを知らないのだ、判断しようがない。
仮に警察を基準にしてみても、ローゼを黙って引き渡すのは考えものだろう。銃を警察に渡して、そのまま返してくれる筈がない。そして、ローゼは銃よりよほど危険な代物なのだ。
最新型自動人形、ガジェット・ドローン指揮官タイプ。心の機能を持たない、人間兵器。この子を明日検査に出す上で、対策を練っておかなければならない。
「ローゼ、明日お前を検査に出す。その上で、注意しておかなければいけないことが幾つかある」
「分かっております、主。ローゼの清らかな裸体は、主以外の人間には決して見せません」
「検査だと言っているだろうが!? 全部、見てもらえ!」
ローゼは現在、忍の家に預けている。ローゼ本人は俺との同居を強く求めてきたのだが、八神家にこれ以上人数を増やす余裕はなかったのだ。俺も日々、こんなアホの相手はしたくない。
忍の家にはノエルやファリンも居るので、彼女達に今人間との生活について教育をお願いしている。何しろ一般常識そのものがないのだ、同じ自動人形の立場ならよく学べるだろう。
ローゼは人間らしい感情こそ持ち合わせていないが、ノエルを姉として言う事をよく聞いている。ノエルもローゼがファリン同様可愛いらしく、教育には熱心だった。
クロノ達は検査と称しているが、実際は試験に等しい。もし危険と判断されれば不合格、クロノ達といえどローゼを封印するだろう。
「検査には、俺も立ち合うつもりだ。検査内容についても全て、前もって確認はする。その点は安心しろ」
「身体検査と称してローゼを拘束し、体のあらゆる箇所を徹底的に値踏みされることはないのですね」
「……まず、その下ネタを禁止しておこう」
ローゼは指揮官タイプゆえ勉強には熱心なのだが、俗な知識も豊富に蓄えるので厄介だ。羞恥心がないので、俺をからかう為なら平気でベラベラ喋ってきやがる。
時空管理局にも話の分かる人間は居るだろうが、検査員は基本的に真面目だろう。こういう言動が、別の意味で危険視されるのは避けたい。保護する俺の人間性まで疑われるからな。
そうだな、こうしておこう。
「いいか。くれぐれも言っておくが、余計な事は一切喋るな。俺は笑って許してやってるが、冗談の通じない奴もいるんだからな」
「勿論です、主。ローゼの小粋なジョークも通じない人間を、主と認めたりはしません」
「実はそんな理由で選んだのか、俺を!?」
くそっ、初めて会った日こいつが部屋を訪ねてきた時居留守を使うべきだったか。いやでも、主と認められてなかったら要人テロ襲撃事件で俺は殺されていたからな。うぬぬ。
アホな言動に付き合わされると疲れるので、注意するに留めておこう。
「時空管理局に知られてはいけないことも、多くある。今から説明するから、頭の中で切り分けておけ」
「承知致しました、お願いします」
海外で二度会った白衣の男、チンクとトーレ、そしてドゥーエ。時空管理局が探し回っている犯人達、もしくは繋がりがありそうな連中については敢えて秘密にはしない。
俺としては連中には悪い印象を持ってはおらず、管理局にも特別な肩入れをしていない。かといって、連中の擁護をしてやる義務もない。あくまで、中立でしかない。
ローゼが知り得る連中に関するあらゆる事を話しても、別にかまわなかった。本当に不都合があれば、そもそも俺にローゼを託したりもしないだろう。下手に隠し立てする方が問題だ。
連中が一番欲しがっている情報は渡してやる。その代わり、俺個人が不都合とする情報は絶対に渡さない。
夜の一族に関する全て、八神家の詳細、海鳴町に関連するあらゆる事項。彼らの力を借りる時も来るかもしれないが、現時点で話すべき事ではない。
ローゼは一軍を統率する指揮官、情報の切り分けは造作も無い。説明を聞いて、首肯するのみだった。
「ガジェットドローンシリーズは、時空管理局には一切渡すな。犯人側が制限をかけていて今は呼び出せない、で通る」
「何もかも渡さないのは不信を招いてしまうのでは?」
「あの兵器の数々を調べられて危険だと判断されるとお前だけではなく、同シリーズのノエルやファリンも危なくなるだろう。
連中はノエル達の事は知らないが、後でバレると問題化する可能性を除去しておきたい。それに兵器を呼び出せないのなら、お前が危険視される割合も少なくなるからな。
ようするに、この検査さえ乗り切ればいいんだ。お前は安全なら、ノエルやファリンだって危険視はされない」
「主……意外と、物事を考えておられるのですね」
「お前のようなアホといっしょにするな!」
「賞賛したつもりだったのですが――ともあれ、了解いたしました。ノエル姉様達のためにも、秘密といたしましょう」
異端技術を知られる事による悪影響は、世界会議で存分に知らされている。カレン・ウィリアムズは、異世界の技術で人間世界を変革しようとしたのだ。
クロの達が住まう異世界の技術レベルがどこまでのものか知らないが、魔法なんてものが発達している分科学技術には疎い――と判断するのは、軽率だろう。戦艦なんてものがあるしな。
自由自在に何処でも大量に呼び出せる兵器が出回ってしまえば、異世界であろうと危うくなるかもしれない。渡してしまうのは、明らかにまずい。止めておくべきだ。
そこまで考えて、苦笑する――自分一人で生きていると錯覚していた頃、ここまで考えたりはしなかった。何て安っぽくて軽い人生を送っていたんだろうか、俺は。
「検査員はクロノ達が手配した人材だが、基本的に全員疑ってかかれ。安易に信用はするな」
「ご安心下さい。ローゼは、主以外の人間に心を許したことなど一度もありません」
「……そうか」
俺ははたして、ローゼの主に本当に相応しいのだろうか? 忍を主とするノエルと違って、ローゼは少しも人間らしくなろうとはしていない。
子は、親を見て育つ。ローゼが仮に俺を通して人間という生き物を学んでいるのなら、人間らしさを見せないローゼに俺という人間は悪影響であることを示している。
時空管理局は、正義の組織。疑う必要なんて、何処にもないのかもしれない。クロノ達が所属しているのだ、安心して任せば何も心配はいらないと普通は思うべきなのだろう。
しかし――俺が封印したジュエルシードは、内部犯により盗まれた。
「ローゼ。お前にとって、人間とは何だ?」
「未知なる存在です」
「未知は、疑ってかかるべきだろうか」
「当然です。主はいつもそうされているのを、ローゼは知っております。他人を知るべく、常に疑ってらっしゃる。だからこそ、主は人という存在をよく知るのでしょう。
何も認識されない存在ほど、無価値なものはありません。ローゼは、主にとって価値のある存在となりたい」
常に相手をよく見ることは、相手を疑っているのと同義だとローゼは語る。何もかも信じるというのは、相手について考えるのを放棄しているのと同じであると。
そうかもしれない。他人を切り捨てていた頃の俺は、他人について何も考えていなかった。あの時の人間関係は、信頼も不信も何もなかった。
だからこそ、今のように簡単に壊れてしまったのだ――桃子達は俺の死を簡単に認めてしまい、俺は桃子達を知りもせず絶望に追いやってしまった。
何の疑いもない人間関係だったから、俺の死すらも疑われずに破綻してしまった。
「……お前も、意外と考えてはいるんだな」
「十年先の分まで、主との人生設計を構築しておりますよ」
「検査が失敗に終わることを、全力で祈っててやるよ」
この調子なら、明日の検査も上手くいくだろう。兵器面の運用は禁じているのだ、ローゼ個人はそれこそ疑うべくもない。こいつは、平和なアホなのだから。
問題は、こいつの中身だ。ローゼのメカニズムは、博士以外誰も知らない。危険性が発覚した場合、俺のようなド素人では反論する余地もありそうになかった。
こういう時は、専門家に頼るべき。クロノ達との打ち合わせ後、月村邸に寄ったのは、何もローゼばかりが用ではない。
「忍、前々から話していたローゼの検査が明日になった。同行を頼めるか?」
「勿論いいよ。他ならぬ侍君の頼みだし、ローゼを守るためでもあるからね――真夏の補習も、嫌になってたところだから」
「休学ばかりしていたからな、お前」
今は八月、学生は夏休みの時期だが忍は補習に出ている。休学していたので、夏休みに学校に呼び出されているのだ。卒業のため、こいつも泣く泣く通っている。
俺の愛人を公言してはばからない恥知らずだが、さすがに高校中退はさくらが怒る。安二郎などの脅威も完全に無くなったので、今なら平和に学校にも行ける。
学校に通っていない気楽な俺を、忍は恨みがましい目で見てくる。仕方がないだろうに。
「それにしても、異世界だっけ? 私が気軽に同行出来るのかな」
「相手側に、人型兵器の専門家だと紹介してある。自動人形の事については何も話していないから、心配するな」
「うん、"契約"していなくても侍君のことは信頼しているよ」
「……嬉しそうに言いやがるな、おい」
「ふふん、愛してるもん」
こんな惚気けきった女を連れて行きたくないけど、ローゼの検査についてはこちら側の専門家も入れておきたい。仕方がなかった。
それに月村忍が時空管理局に重宝されれば、向こうの技術も獲得できる機会が訪れる。将来的には、ローゼを自分達で運用出来るようにしておきたかった。
何事も、管理局任せには出来ない。ローゼという存在は、それほど危うい立場にあるのだ。
「ローゼは自動人形をベースに製作されているから、私でも見ようと思えば見れるんだけどね。未知な技術も加わっているから、変にいじるのは危ないかも」
「だろうな。その点も含めて、明日の検査で見てもらおう。検査員と協力して解析すれば、今後お前が見てやれるだろうからな」
「学生ではあるけれど、技術者の一人として個人的にもちょっと楽しみかな。ローゼに使用されている技術を、ノエルやファリンにも転用出来るかもしれない」
「手をワキワキさせるな、コラ」
忍は、純粋な技術者とは呼べない。技術を学ぶ好奇心や向上心はあるが、それらは全てノエルやファリンのような身内に直結する。
誰かのために、世界のために、自分の技術を役立てるつもりは毛頭ない。自分の大切な人達のためだけに、こいつは技術を必要としているだけだ。
内向けな思考は技術者向きかもしれないが、技術の進歩には到底役立てないだろう。自分一人で、完結するのだから。
だからこそ、俺としては信用できる技術者でもある。
「それと、すずかから聞いたよ。侍君のお父さんとお母さんに会えるんでしょう、すごく楽しみ」
「親と認めてはないぞ、まだ!?」
「大丈夫、愛人とは言わないよ。身体だけの関係です、と正直に言うから」
「悪化しているだろう、その言い方は!」
――それに会えるのは、クイントやゲンヤだけではない。
ミッドチルダでも現存数が少ない、本物の古代ベルカ式融合騎。非合法の実験体として扱われていた、ユニゾンデバイス。
もしローゼの検査結果が合格だったのなら――危険な兵器がもう一つ、俺に託されることとなった。
<続く>
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