とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第十話





 世界会議後、夜の一族の名家から多くの誘いを受けたが俺は断って日本に帰国した。カレン達の申し出は本当に嬉しかったが、俺には日本でやるべき事が多くあったからだ。

まさか友人知人から恨みを買っているとは夢にも思わなかったが、成すべき事やるべき事は変わらない。受けた恩は必ず返す、どれほど憎まれようとも俺は恩返しをするつもりだ。

加えて、今まで棚上げにしていた件も数多くある。面倒だから先延ばしにしていたが、今にして思えばそれはチャンスを逃していただけだった。貴重な機会を、棒に振っていたのだ。


何事も、今行わなければならない。


「――主、この店です」

「間違いないな?」

「主の人生には、間違いが多くあるかもしれませんね」

「お前と出逢ったことも間違っていたよ」


 最近の喫茶店は漫画や雑誌が読めるだけではなく、パーソナルコンピューターまで自由に使えるらしい。ダーツやカラオケ、ビリヤードまである店もあるらしいので驚きだ。

快適なリクライニングシートやソファ、シャワーまで料金を払えば使用出来る。多少狭くはあるが、個室まで用意されている。今の時代、金があれば喫茶店で快適に生活出来るものらしい。

金もなく、野宿生活を繰り返していた昔の俺が何とも寂しく感じられる。今時の若い物は、なんて言いたくはないのだが。


「まさかお前がコンピューターにまで詳しいとは思わなかったな」

「この次元世界の技術レベル程度であれば、ローゼに搭載された学習機能を用いれば掌握はさほど難しくはありませんでした。
アリサ様より提供された情報を元に海鳴町にて調査を行い、ネットワークを解析して特定いたしました。

リストアップして分析したところ、今の時期ですとこの店を拠点としております」

「足取りを簡単に追えないように自分のねぐらを都度変えてやがったんだな。面倒かけやがって、あの野郎。
妹さんは、ここで待っていてくれ。万が一の場合、頼む」

「分かりました、剣士さん」


 見張りを置き、ローゼを連れて店に入る。インターネットカフェ、漫画喫茶、色んな呼ばれ方があるそうだが一応は会員制らしい。客の情報を、安易に第三者に見せたりはしない。

こんな喫茶店の店員にまで俺の顔は知られていたらしく、入店するなり恐縮されてしまった。単に、執事服の美少女と剣道着の男が来店してビビっただけかもしれないが。

顔バレしていた分警戒はされなかったが、とはいえ客扱いを超えたりはしない。客について訪ねてみたが、そう簡単には教えてくれなかった。対応が完璧だからこそ、奴も拠点に選んだのだろう。

昔ほど、俺も世間知らずではない。ムキになって実力行使には出ず、丁寧な態度で事情を説明する。この程度の説明も出来ないようでは、世界会議の場で弁論など出来ない。

事情を説明したら店員も分かってはくれたが、立ち会いを求められた。店としては最大限の譲歩、俺は承諾して頭を下げる。他人に礼を言うことに、最早屈辱も感じなかった。

案内された先は、高い料金設定がされているリクライニングリーム。常連中の常連らしく、専用ブース扱いにまでされているらしい。何だか、むかついた。

ローゼの調査は正しく、今日この時も奴はちゃんと来店していた。鼻歌を歌いながら、パーソナルコンピューターのキーを軽快に打ち鳴らしている。


店員がドアを開けたその瞬間乗り込んで、俺は即座に奴の首を絞めた。


「見つけたぞ、こら!」

「むぎゅっ!?」


 立ち合った店員には事前に説明はしている。暴力は絶対に厳禁、ただし首は締め上げる。こいつのしたことを考えれば、これくらいやってもバチは当たるまい。

突然後ろから首を絞められて無様に暴れ出すが、俺の顔を見た瞬間首絞めとは別の理由で顔が青ざめていくのが見て取れた。よしよし、この顔が見たかったのだ。

二ヶ月もかかってしまったが、ようやく探し出せた。


「久しぶりだな、情報提供者。よくもあの時は俺を罠にはめてくれやがったな」

「あ、あはは……お、お久しぶりですわね……」


 学校の制服を着ている、小柄な少女。茶色い髪をツインテールに結んでおり、独特の古風な口調で話しかけてくる。幼さを残す可憐な表情に、焦りが滲んでいる。

名も知らず、一度話しただけの女の子。先々月の六月、月村家の護衛をした頃に行方不明になった忍の行先を、通りすがりのこいつに教してもらったのだ。

だが実際に行ってみると、そこは不良達が縄張りにしていたゲームセンターだった。結果乱闘となり、散々な目にあったのだ。

連中は、妹さんの護衛中追っ払った奴らの仲間だった。わざわざ、巣穴に飛び込んでしまったのである。


「さーて、今から一緒に警察へ行こうか。刑務所行きにはならんだろうが、今のお前の日常は余裕で崩せるぞ」

「な、何の証拠もないでしょう!? 言葉だけでは、何の信用にもなりませんわ」

「残念ながら、二ヶ月前と今ではお前と俺の立場は決定的に異なる。今や、俺の身元は世界が証明してくれるんだ。この町の警察にも、名前も恩も売っている。
俺という人間が自分の口で説明し、懇意にしている役人に誠意を持って釈明し、然るべき身元保証人を連れてくれば、立件はされずとも事件性は成り立つ。

ゲームセンターで乱闘した俺も無罪にはならんだろうが、乱闘事件を招く要因になったお前だって無傷では済まないぞ」

「――くっ……随分と、知恵をつけましたわね……」

「海外で一ヶ月も荒事をこなしてきたんだ、多少は世渡りも出来るようにはなるさ」


 肩で大きく息を吐いて、少女は観念したように俯いた。こいつは事情通で頭が良い、逃げ道はないと察して降参したようだ。

未成年による乱闘事件、怪我人も出なかったが器物破損はあった。ただゲームセンター側は被害届も出さず、喧嘩した連中も敗北した手前訴えたりもしない。

当人同士で片がつく事件にいちいち首を突っ込むほど、警察も暇ではない。事件としては成立しないというところが、逆にこいつを追い詰める要素となり得る。

内輪揉めとなれば、警察を味方にした方が強いに決まっている。この二ヶ月の行いが、明暗を分けたのだ。


「という訳だ。後は当人同士、話し合いで片を付けるよ。騒がせて悪かったな、店員さん」

「し、しかしですね……」

「大丈夫ですわ。料金を支払って、すぐに出て行きますから」


 常連客らしく使っていた個室をきちんと掃除して、料金も支払う。パーソナルコンピューターに挿していた情報媒体を持ち出すあたりが、抜け目がない。

脱出する隙を多少は伺っていたようだが、連行するローゼのガードの固さと、店の出入り口を見張っていた妹さんを見て、準備万端な警戒態勢に改めて観念した。


ワイドショーにでも感化されたのか、ローゼはノリノリで犯人を連行する。情報通の少女が見せしめにされてしまっていた。


「どうして、この店が分かったのですか? わたくしの居所を知る人間は限られているのですが」

「先々月、俺を賞金首にして追い回していただろう。その当時の痕跡を、こいつに辿らせた」

「学生達をターゲットにした、賞金をかけた遊び。情報媒体は学生達の使用頻度の高いメール、そして掲示板等を使ったソーシャルネットワーク。
発信元である貴女を辿られぬように、海外を何重にも経由していましたね。特定するのは確かに困難ですが、不可能ではありません」

「不可能ではない……? まさか、不可能な筈ですわ。個人の技術レベルでは追いつけないように、工夫はしておりますもの」

「可能です。ですからこうして、貴女に辿り着きました」


 少女は絶句している。こういう自分の実力のみで勝負する人間は、自分では太刀打ち出来ない存在に出逢ってしまうと恐怖してしまう。

多分、自分の情報網には絶対の自信を持っていたはずだ。なまじ暴力に頼るより、敵のプライドを崩す方が大きな痛手を与えられる。

自分の情報網を簡単に崩されたのだと悟った少女は、顔を蒼白して唇を震わせていた。


「――何となく」

「うん……?」

「何となく、予感はしておりましたわ。海外での貴方の数々のご活躍を知り、貴方に関する興味を深め、貴方に対する認識を都度改めさせられる結果となりました。
今や貴方は個人ではなく、一勢力そのもの。報復に出られたら、個人でしかないわたくしが敗北するだけですもの」

「だから、海鳴へ帰ってきた俺の身辺を探っていたんだな」

「ご存知でしたの……!?」

「ううん、今知った」

「! 酷い殿方ですわね、カマをかけるなんて……」


 アタリはつけていたんだけどな。先月あれほど世間を賑わせてしまったんだ、俺を賞金首にしていたこいつが興味を示さないはずはない。

声を聞ける妹さんと情報を操作するローゼがいる以上、俺に知られずに情報を探るのは不可能だ。だからこそ警戒もせず、安心してこいつの行方を追えた。

二ヶ月もかかってしまったが、ようやく決着が付けられたというわけだ。


「海外でのご活躍、耳にしておりますわよ。自分で調べておいて、デマではないかと疑ってしまう程の英雄談。とても一個人で成せるとは思えませんでしたわ。
実際にこうして再会しても、疑問は消えません。六月に初めてお会いした時とは、まるで別人。

一体何をどうすれば、そこまで変われるのでしょう」


 自分が変わったという自覚は、確かにある。自分でも気付いてはいるが、実際に年月を経た後で見比べると相当違いが生じているようだ。

先々月はこいつには明らかに侮られていたのに、今ではむしろ恐れられている。単純に追い込んだというだけでは、ここまで平伏したりはしないだろう。

実際、俺もこいつと相対した時脅威を感じなかった。カレン達がそれほどまでに、恐るべき敵だったということなのだろうか。



自分の成長――喜んでくれる人達は、もういない。



「さてこのまま警察に行けばお前は破滅なんだが、どうする?」

「きましたわね!」

「きました……?」

「た、たとえ、この身が穢されようとも……心までは断じて、渡しませんわ!」

「何の話だよ!?」

「ふふふ、そう言いながらも下の口は熱く蕩けるのですよ」

「お前も何言ってるんだ、ローゼ!?」


 陵辱だの何だのと騒ぎ立てるアホ二人を、容赦なくぶん殴る。俺が知り合う女共は度の過ぎたお人好しか、変人奇人しかいねえ。模範的な女性に巡り会いたい。

そもそも俺はこいつを、警察に引き渡すつもりはなかった。警察を持ち出したのは単なる脅しであり、こいつを心から反省させるネタでしかない。

ローゼにより、こいつを心から屈服させられた。今やこいつはプライドもボロボロ、心も恐怖で染まって怯えきっている。これでもう十分だろう。


俺と、参謀でありメイドでもあるアリサの認識は、一致している。


「お前、人を探すのは得意だろう。この町の情報にも詳しいようだ。俺の依頼を達成してくれたら、警察に引き渡すのは勘弁してやろう」

「……そこまで言うからには、貴方にとって重要な人物を探しておられるのですわね。より好み出来る状況ではありませんが、仕事の働きぶりで評価して頂きたいものですわね。
この時代、行方不明者なんてこの国だけでも何万人もいるのですわよ。探し出せなかったからといって――」



「死ぬ気で、探せ」



 少女は言葉を引っ込め、息を呑む。ローゼも今の俺の顔を見るなり、態度を改めた。二の句を継げさせず、俺はポケットから一枚の写真を取り出す。

写真に映し出されているのは、快活に笑っている少女の姿。今はもういない、幸せの欠片。


少女の眼前に、自分の絶望を突きつけた。



「城島晶、先月から行方不明になっている。こいつを探し出せ」



 ザフィーラにも協力してもらっているが、人では多いに越したことはない。どんな手段を用いても、誰であろうと、頼れるものは頼る。面倒な人間関係を持ち込もうとも。

すぐには結果は出ない、こうした地ならしは正直苦痛でもある。焦りはどうしても出てくるし、結果が出ないとやきもきさせられる。歯がゆくて、仕方がない。

そんな心苦しさを――俺が先月、全員に与えてしまったのだ。そして、皆が絶望してしまった。

どんな苦痛も、今は甘んじて受けよう。贖罪とは言わない。罰だとも思わない。ただ黙って耐え忍び、皆を救い出す。



「――やはり貴方は、変わってしまったのですね」



 他人を、どれほど怖がらせようとも。
















<続く>








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