とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第十六話
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ガキの頃から冒険は好きだった。
山を駆けずり回ったり、電車で一本の隣町まで一人歩いていったのも覚えている。
やってはいけない事をあえてやる――
その行為にドキドキし、胸が弾んでしまう。
そう考えると、昔も今も俺は何も変わってはいないのかもしれない。
「結構遠いんだな、お前の飼い主の家って」
「くぅん」
声をかけると、前をテクテク歩く久遠が振り返る。
まだ先という事だろうか?
久遠は可愛らしく頭を下げて、またちょこちょこ歩き始めた。
病院を出てもうどのくらいになるのだろうか?
時間を確認したいが、生憎腕時計なんて持っていない。
街中なら時計の一つや二つ設置されているが、久遠の向かう先は何故か町から離れて来ている。
・・・あの娘の家、一体何処にあるんだ?
すぐに辿り着けると思っていたのだが、とんだ予想外れだった。
「ま、暇だしいいけどよ」
星が瞬く夜空を見上げ、俺は白い息を吐いた。
病院内は暖房が利いていたが、外は空気が冷たい。
当たり前のように野宿をしていた以前が随分昔に思える。
あの時はよくこうして空を見上げたものだった・・・
肌を刺すように冷たい冬の夜に、俺は訳もなく口元を緩めた。
退院すれば、また腐るほど眺める空だ。
少しの間ご無沙汰だっただけで、懐かしく思えている自分が可笑しかった。
俺はふっともう一息吐く。
「・・・気持ちいいな、久遠・・・」
「くぅーん」
薄着なので寒さが厳しいが、狭い個室で寝ているよりはずっとましだ。
外の冷たい空気が心地良く、吸い込むと肺が洗浄されそうだった。
一人部屋の中にいたら滅入るだけだからな・・・
俺は久遠に話し掛けながら、軽い足取りで歩いていく。
「・・・たまにはこうやって散歩するのも悪くねえな」
・・・フィリスが聞いたら怒りそうだけど。
というか、大体あいつもいちいち目くじらを立て過ぎなんだよな・・・・
何をするにしても、「安静にしていてください」の一言だ。
俺は別に病人でもないんだから、たまには外出も許してくれていいと思う。
病院の中庭は広いけど、それでも塀の中だ。
病院の外を自由に歩くのとは訳が違う。
肩の怪我も少しずつ回復して来ている。
足の怪我なんてないんだから、外出許可くらいすんなり出してはくれないだろうか?
考えてみる――
・・・・出してくれるわけないか・・・・
話した途端睨まれそうだ。
・・・一番の問題はあいつの顔色を伺っている俺だけどな。
いつもの俺なら、今日のように許可無しで悠々と飛び出すんだけど・・・
苦手意識が芽生えてでもいるのだろうか?
医者ってのは不思議だ・・・・
「くぅん?」
「ん?あ、ごめんごめん、右か」
久遠が方向転換した事に気づかず、真っ直ぐ進みそうになってしまった。
俺は苦笑いを浮かべて、久遠の後に続く。
うーん・・・・・
何か物足りない気がした。
快適な散歩を送っていて、誰の監視もなく自由きままでいる。
不満は何もない筈なのに、何かこう―――違和感があった。
そのまま歩く事数分。
俺はその原因が分かった。
「俺とした事が・・・・」
剣がない――
病院する前は毎日持ち歩いていた剣が手になかった。
山で手に入れた相棒も、爺さんとの戦いでへし折れてしまった。
修復不可能な程完全に折れており、もう手に持つ事は出来ない。
俺の肩の怪我がこの程度で済んだのも、最後の最後まであの剣が守ってくれたからだ。
単なる木切れだと人は笑うかもしれないが、俺にとってまぎれもなく愛剣だった。
こうして何も持たないまま歩いていると、その存在感の無さを感じてしまう。
「早く何とかしないとな・・・」
何も無いまま歩くというのは寂しいものだ。
両手をぶらぶらさせながら、俺はただ歩いていく・・・・・
歩いて歩いて・・・・
「ま、まだなのか?おい・・・」
「くぅん!」
何時間歩いたのか、もう考えたくも無い――
街中を通って、海の見える歩道を歩き、山伝いの道を歩く。
そのまま道を歩き、線路を越えて、坂を下って、また登る。
何キロどころか、何十キロと歩いた気がする。
寝てばかりだった身体が悲鳴を上げ、足もだるくなって来ていた。
久遠なんて途中でへばっており、今は俺の肩に乗っている。
道はもう完全に一本道。
急な上り坂だが、久遠の案内はもう必要なかった。
もっともこの先にまだ分岐があるかもしれないのだが。
「お前の飼い主、一体どんな所に住んでいるんだ・・?」
完全に町から離れた山際。
途中バスの停留所を幾度も見かけ、町からの距離を感じさせた。
こんな辺鄙な場所に住んでいるとなると、徒歩で町に行くにはきついだろう。
あの娘、どう見ても俺と同じくらいの年代だ。
学校に通うのも大変なんじゃねえのか、この辺・・・?
俺も俺で病院に帰れる自信がない。
久遠を飼い主に返す以上、町への道を聞く必要がありそうだ。
朝までに帰らないとやばいんだが帰れるのか、俺?
「・・・腹減ったな・・・・」
病院の晩飯は食べる気がせず、久遠に食べさせた。
余った物はそのまま返したのだが、今になって後悔し始める。
長時間歩いていて、身体中の栄養を全部使ってしまった。
加えて、毎日の貧弱な病院食じゃ体力も出ない。
肩の上の久遠も元気が無く、身体を縮こませる。
「歩くのはいいけど、何か食いてえな・・・・
肉〜、寿司〜、ラーメンでもいい〜」
入院しているとは思えない発言をする俺。
別に長坂を登ったり、長期間歩きつづけるのは別にいい。
疲れるが、これも修行の一環だ。
寝てばかりでなまった身体に活を入れるのにいい機会だ。
が、空腹なのは我慢出来ない。
健やかに育つ青少年にはきつすぎた。
「こうなったら絶対あの娘の家に辿り着いてやる・・・・
お礼としてたっぷり飯ご馳走になってやる」
延々と続く坂は終りが見えない。
こうなったら意地だ。
何が何でも登りきって、久遠の飼い主の家に辿り着いてやる。
決意を新たに、俺は重い足を引きずって歩く。
っと――
「・・・ん?」
真っ暗だった上り坂に、背後から突然一条の光が点る。
後ろを振り返ると、一台の車が速度を上げてこっちに――――へ?
「うおああああああああっ!?」
道路の隅を歩いている俺に向かって、車は急加速で突撃してくる。
到底避けられる速度ではない。
こっちに向かってるぅぅぅ!?
驚愕に体勢を崩してしまい、俺は地面に転がってしまった。
そこへ車がやって来て――
「おわあああああああっ!?
・・・って、あれ?」
危うい所で、俺の真ん前で車は急停止する。
ふー・・・・・・
「あ〜、やっぱり君だったか」
「お、お前・・・・リスティ!?」
運転席から出て来たリスティは、俺に笑みを見せた。
<第十七話へ続く>
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