とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第四話






 世の中には大別に選り分けて二種類の人間がいる。

「金を持っている人間」と「金を持っていない人間」である。

俺は後者に属しており、お金がない分でかい野望と男らしさに持ち前のカッコ良さが揃っている。

人間、金が全てではない。中身が大切なのだ。

と奇麗事をぬかす人間が世の中に入るようだが、そいつらに俺は声を大にして言いたい。

お前らはこの家を見てもそう言えるのか、と。


「どうしたの? 呆気に取られた顔しているけど」

「呆気に取られてるんだよ」


 朝の一番から不幸な事故にあった月村の案内で、俺はここ月村邸へと訪問していた。

俺の気まぐれに感極まった月村が、俺を朝飯を御馳走したいという殊勝な心がけでやって来たのだ。

分かってはいた。覚悟だって出来ていた。

家の者に迎えを来させると言う月村の言葉に、まるで一家の主のような態度が見え隠れしていたし、

迎えの車とやらが来てみれば、一般人はお呼びじゃない超高級車だったから。

だが、それにしたってこの家は反則だろう。


「はっはっは、なるほど分かったぞ」

「? 何が?」


 小首を傾げて尋ねる忍に、俺は爽やかな笑みで頷いた。


「俺をドッキリではめようとしているんだろう。うん、ナイスジョーク。
十分びっくりしたから、早くお前の本当の家に案内しろ」

「だから、私の家はここよ」

「ほ、本当か!? 本当にお前の家なのか!?
何だ、この三階建てという庶民を見下ろさんばかりの高さは!
この国の伝統住宅をシカトしている西洋風ばりばりの家は一体なんだ!?」


 文句をつけながら、俺は目の前に広がる月村邸を見やった。

町から離れ、山へと向かった先にある広大な敷地の中央に建てられた屋敷。

三階建てのモダンな見栄えと西洋風のインテリアを施されている。

敷地には手入れが行き届いた庭模様が優しげに来客者を歓迎してくれていた。


「私に追求されてもちょっとね。元々私の一族所有の屋敷だから。
財産の一部でもあるの」


 自慢そうにではなく、あくまで事実として話す月村。

遠回しな言い方が気になったが、追求するほど俺は野暮じゃない。

ただ単に朝食をご馳走になりに来ただけの他人だ。詮索してもしょうがないだろう。


「同じ年代の奴が贅沢に過ごしているのを見ると、何かむかつくな。
金目の物でもかっぱらうか」

「仮にも家の主の前で、堂々と窃盗宣言しないでほしいな」


 月村はそう言いながらも、どこか楽しそうにしている。

俺は胸を張って述べた。


「俺は正直がモットーの男だ」

「はいはい、じゃあ盗まれない内に朝ご飯食べていってもらおうかな。ノエル」

「はい」


 かちゃ、と運転席のドアが開いて、一人の女性が出てくる。

きちんとされた統一感のある服装に、月村邸の雰囲気に合う西洋人の端正な顔立ちをしている女性。

月村の紹介によると、「ノエル・K・エーアリヒカイト」とか言う名前らしい。

今日怪我した月村を車で迎えに来た女がこいつである。


「今から朝食取るから、侍君のと一緒に準備して。
あ、侍君はご飯と味噌汁がいいかな」


 ……この女は俺を時代劇と一緒にしているに違いない。

好意なのかからかっているのかは釈然としないが、こめかみを痙攣させつつ言った。


「俺は基本的に好き嫌いナッシングだ。パンでもご飯でもドンと来い」

「ノエル、お願いね」

「かしこまりました」


 月村の言葉に淡々と返事をして、ノエルは車を屋敷内へと運転していく。

恐らく車庫に収めに行くようだが、この分だと車が何台あるかも予想できない。

あんな高級車があるくらいだから、一台や二台じゃすまないかも知れない。

うぬぬ、ブルジョアな……


「車はあれ一台よ。家は私とノエルだけだから」

「何だ、そうか――って、おい!」

「侍君は考えが顔に出やすいね。注意したほうがいいよ」


 言い返す暇もなく、月村はてくてく庭先を歩いていく。

初めは他人に壁を張るクールな女だと思っていたが、なかなかどうしてユーモア性もあるらしい。

そういえば、あのノエルとか言う女は無愛想だったな。

公園まで車で迎えにきた時にノエルと言葉を交えたのだが、会話とは言えない内容だった。



『この度はお嬢様を助けていただきありがとうございました、宮本様』

「いや、別に助けたわけじゃないから。ただ偶然居合わせただけ」

『ご朝食をとの事ですので、どうぞお車へお乗りください』



 これだけである。

初対面から礼節なのはいいが、会話に起伏がないのは辛い。

一言も言い返せないからだ。

金持ちに仕える使用人は皆こういう人種なのだろうか?

見惚れる程の美人なのにもったいない気がした。


「侍君〜、早く来ないと先に食べちゃうよ」

「へえへえ、今行くよ。てか、その呼び方やめろ」


 家の主と言う不思議な雰囲気を持った「月村忍」に、冷たい美貌を持つ使用人「ノエル」。

二人しかいないにしては広すぎる西洋風の屋敷。

腑に落ちない疑問に首をかしげながら、俺は月村邸へと足を踏み入れた。















 外観もカルチャーショックを受けたが、月村邸の内装も驚くほど洗練されていた。

さり気なく飾られた美術品や小物が来訪者の目を惹きつける。

建築設計も無駄なく領域がそれぞれに区分化されており、住み心地も良さそうだった。

部屋の数は二桁に及ぶ数があり、恐らく内部もきちんと清掃されているだろう。

月村の案内にダイニングキッチンへと案内されて、白いテーブルクロスのかけられたテーブル席に座る俺。

ほどなくして、二人分の朝食が用意された。のはいいのだが――


「え〜と、質問がいくつかあるのだがいいか?」

「プレイベートな質問じゃなかったらいいよ、別に」


 こぽこぽと香りのいい紅茶をカップに注ぐノエルを見ながら、俺は口を開いた。


「ノエル、だっけ?その服装は……」

「何か問題があるでしょうか?」

「いやいや、別にあんたにいちゃもんつけるつもりはない。
ただ俺には巷の男の憧れの一つであるメイドさんの服装に見えるんだが、気のせいか?」

「いえ、宮本様のご指摘どおりです」


 俺の指摘にも眉一つ動かさず返答して、ノエルはてきぱきと朝食の準備をしている。

いや、だからリアクションの一つくらいないとつっこめないっての。

困っている俺を見かねてか、横から月村が説明してくれた。


「ノエルは私の家の家事全般をやってくれているの」

「なるほど、だからメイドさんか」


 あんな服装、テレビでしか見た事がないぞ。

だが大袈裟な格好のように見えるが、ノエルには不思議と似合っていた。

彼女自身魅力的だからであろう、メイド服はより一層美しさを際立てている。

ノエルの場合プロポーションもいいから余計にそう思えるのかもしれない。

これが朝見かけたあのガキが着れば、アンバランスなだけだ。


「この屋敷、二人じゃ広すぎるだろう。
このテーブルも十人以上が使うみたいだし、寂しくないのか?」


 心配している訳じゃない。

今日知り合ったばかりの他人を気にかける程、俺は暇人じゃない。

ただ純粋に好奇心として知りたくて聞いただけである。

答えにくい質問かと思ったが、案外あっさり月村は答えた。


「別に寂しくはないよ。ノエルがいれば大丈夫だから」


 表面上何も変化のない顔で、月村は普通に答えた。

強がっている訳でも、嘘をついている顔でもない。

本当にそう思って答えたのだろう。

簡単な返答に何か奥の深い事情があるのかもしれないが、それ以上は関わる気はない。

俺は質問を切り上げて、用意してくれた朝食を遠慮なく食べ始める。


「俺からはそれだけ。ほんじゃ遠慮なく食べるぞ」

「あはは、どうぞどうぞ」


 頬杖をついて月村が笑顔で薦めるのに従って,俺はパンを手にとって食べる。

朝食は洋風の献立であり、久しく食べていない手料理だった。

こんがり焼けたパンが美味しく、スープは朝の冷たい気温に晒された身体にとても温かかった。


「ね? 私からも質問いいかな」

「んお? 何でも聞きたまえ」


 もぐもぐ頬張って俺が食べている姿を見つつ、月村は可愛らしく手をあげて質問した。


「侍君って海鳴の人じゃないんだよね」

「海鳴? なんだ、それ」

「私と侍君が会った町の名前。知らないって事は違うんだ。
どこから来たの?」


 なるほど、目の前の天下人に興味を持ったか少女よ。

俺はサラダにフォークを突き立てつつ、答えた。


「南の方から来た」

「南? どの辺り」

「温暖な場所だ。冬の寒さを凌げる所なら何処でも良かったからな」


 俺は月村の質問に曲解的に答えた。

言ってみれば、嘘は言ってないが真実ではないって事だ。

月村が聞きたいのは、俺の出身地だろう。

だが捨ててきた故郷に触れられるのは嫌なので、あえて曖昧に答えた。

俺の答えに月村は気を悪くした様子もなく、言葉を続ける。


「旅をしているんだね。なんか憧れちゃうな」

「ふ、まあな。俺は自由な流離い人だから」

「自分で否定しない辺りがすごいよね、侍君って」


 む、なぜ笑うのだそこの女よ。

事実を正直に話したのに楽しそうにしている目の前の少女に、自由の流離人は孤独を感じるぞ。


「天下を目指しているって言ってたけど、やっぱり武者修行か何か?」

「おうよ。俺は剣一本で強くなっていくって決めたんだ。
ま、見てろ。俺が本気出せば一年くらいで達人になれる」


 まだ自己流でしか鍛えていないが、頑張って特訓は重ねてきた。

力や体力はかなり自信がある。


「へえ、この町に来たのも修行のため?」

「そう、俺はこの町からのし上がっていくんだ。その点では運がいいぞ、月村。
お前は将来の天下人のスタート地点で知り合えたんだからな。
俺が自伝でも出した時には、美味い飯を食わせてくれた女って事で記してやろう」

「脇役的なポジションがすごく気になるけど、楽しみにはしておくね」


 その後平凡な会話から旅の話などを聞かせてやったが、月村は一つ一つ興味深く聞いてくれた。

もしあの時公園で寿司を一人食べていたら、今の気分は得られただろうか?

久しぶりの楽しい朝食だった気がした。

遠慮なくパンの追加等をしながら紅茶を飲んでいた時、ふと思いつく。


「そうだ、月村。お前に聞きたい事がある」

「え? まだ何かあるの」


 月村は小食なのかすぐに食べ終わって、カップを口元へ運んでいる。

俺は今日の行動予定を思い出しつつ話した。


「海鳴市だっけ? あの町に有名な剣術道場とかないか?」

「剣術道場?」


 目をぱちくりしながら聞いてくる月村に、俺は力強く頷いて腰の剣を手に取る。


「俺の剣術がどれほど通じるか試すのさ」


 手の中で握ると、昨晩拾った木切れより力強い感触が返ってきた。



























<第五話へ続く>





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