とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第十話
深夜――
消灯時間が過ぎて、院内は真っ暗だった。
昼間患者や病院関係者が行き交う廊下には人影もなく、ただ静まり返っている。
面会時間も終わり、入院患者は寝るしかない時間帯。
患者が大人しく寝ていれば看護婦や医者も面倒を見る必要もなく、夜間は静寂に満ちていた。
都合が良かった。
「よし、誰もいないな・・・」
そっと個室のドアを開けて、左右を見渡すが案の定誰もいない。
俺は廊下へと出てドアを閉め、病院内を歩いていく。
コツコツと反響する俺の足音が、廊下に反響する。
よく怪談話で夜の病院が出るが、今体験してみるとその奇妙さに納得出来る。
怖くは全然ないが、昼間とは病院内は雰囲気が違っていた。
「今なら外に出れそうだな」
外は天気もよく、窓から空を見れば星が見える。
こんな気持ちの良い夜にただ寝ているのはもったいない。
大体昼間もベットでじっとしているしかないのだから、結局寝るしかない。
それでまた夜静かに寝れる筈がない。
いい加減ゴロゴロするのも飽きたので、俺は思い切って外の散歩に乗り出す事にした。
昼間だと看護婦やフィリスがうるさいが、流石に夜まで監視には来ないだろう。
俺はエレベーターで階下へ行き、こっそり外に出た。
自動ドアを開いて外に出た途端、俺の全身に冷たい風がよぎる。
「うわ、寒!? まだこんなに寒かったのか・・・」
肌に染み込むように、寒気が俺に流れる。
俺は若干身体を震わせながら、病院内の周りを歩いていった。
普段着ならともかく、寝巻き姿だとまだ夜中外を歩くのは寒い。
考えてみれば、入院してからまだあまり日にちも過ぎていない。
もうこの病院に随分長くいるような気になっていたのだが・・・
「毎日退屈だからな」
嘆息する。
肩の怪我のせいで、剣も触れず鍛錬も出来ない。
動き回れば医者や看護婦が飛んできて、強制的に寝かされる。
病院内には娯楽施設もなく、あるとすれば売店や待合室のテレビか雑誌だ。
退屈凌ぎにもならない娯楽――
「早く治って、とっとと出て行きたいぜ」
じっとしていると、身体中が沸き立って仕方がない。
俺を構成する細胞そのものが訴えている。
動け、動け、と。
やっぱり退院を待たずに出て行こうか?
何度も襲われる誘惑だが、その都度待ったをかけるのはフィリスの存在だった。
容易に想像できるのだ。
俺が許可なく出て行けばどんなに怒るか。
そして、どんなに心配して心を痛めるか――
温厚なフィリスに悲しい表情をさせるのは、どうも気が引けた。
「前の医者のままだったら遠慮なく出て行ていくんだが、と・・・」
出入り口を出て正面の噴水を横切り歩き続け、建物の横手に出る。
其処には患者を和ませる環境が整備された中庭、奥手の方には森林があった。
フィリスの話だと、ここ海鳴大学病院は設備が整った総合病院らしい。
確かに俺が今まで旅して各地方を見て来たが、こんなに院外の敷地が広い病院はなかった。
陰りのない月明かりの下で、俺は中庭を歩き回る。
俺の怪我は肩だけなので外に出るくらいはいいと思うのだが、そこは俺。
問題行動ばかり起こしているせいか、目を付けられて外出もままならない。
でも、今は違う。
時間拘束も何もない自分だけの時間。
やっぱり俺には自由が一番だ。
俺は気持ち良く思いっきり伸びをしようとし、肩の激痛に顔をしかめた。
「ぐぐ、忘れてた・・・」
固定はされているが、日常に差し支えがないのでこういうミスをよくする。
つくづく厄介な怪我だった。
早く治らないものかと切に思うが、治す為には安静にしているしかない。
大人しく寝ていないと駄目ですよ、と笑顔で言うフィリスの顔が思い浮かぶ。
「影響されてきているのかな、あいつに・・・」
俺は中庭に広がる芝生に寝転がって、仰向けになり夜空を見上げる。
この病院に入院し、俺の担当医として関係を持ったフィリス。
今までの医者とは違って、俺のような奴にも献身的に治療をしてくれる。
その上俺の身辺や境遇を気遣ってか、よく面倒を見てくれていた。
綺麗な銀髪で笑顔の似合う容貌に、性格も優しいときている。
さぞ患者に人気があるだろう。
ああいうのを白衣の天使というのだろうか。
頭にワッカをつけて背中に翼を生やすと――、似合いすぎていて怖い。
「って、何で俺はフィリスの事なんぞ考えているんだ」
女の事を悶々と考え込むなんぞ、男が廃る。
俺は頭からフィリスを打ち消して、そのままじっとする。
退屈な病院生活。
狭くも広くもない個室の中でじっとそのままでいると、むず痒さが抑えきれない。
他の入院している連中はよく耐え切れるものだ。
「・・・そういえば・・・」
今日の出来事――
『そんな・・・人は一人では生きてはいけませんよ。
良介さんにだってお友達とかいるでしょう』
俺はいないと言った。
いる筈がない、俺を気にかける人なんて。
フィリスにそう断言したのに―――
『・・・なんや、めっちゃ元気そうやないか。
来て損したわ』
レン。
『どうもこんにちは。失礼します』
晶。
『あの、えと、こんにちは・・・』
美由希。
そして――
『・・・君とはあの時結局戦えずじまいだったな』
あいつは思い出すように言った。
『君は多大な恩がある』
鋭さの宿った凛々しい顔に浮かんだ小さな笑顔は、あいつを優しく見せた。
『君との勝負、楽しみにしている』
男との初めての握手がごつごつとして、力強かった。
「もう一つ頼みがある」
何だ? と目で聞き返すあいつに、俺は言った。
「名前で呼んでくれ。君なんて気持ち悪い。
それと、敬語だか何だかの変に持ち上げたような口調も禁止。タメ口でいい」
俺がそう言うと、あいつは少し驚いた顔をして――
「分かった」
高町 恭也。
奴はそう言って、また小さく笑った。
「ま、今日は退屈はしなかったな」
思いがけない見舞い客の数々に、当人の俺がびびってしまった。
それにコンビニで会ったレンまで高町兄妹の関係者とは・・・
この町に来て色んな奴と会ったがこうも繋がりがあると、馬鹿馬鹿しいが運命なんてもんを信じてしまいそうだ。
まさか月村やノエルも連中と関わりがあるんじゃないだろうな?
って、
「そういや、あいつらどうしているかな・・・」
不意に思い出されるノエルと月村の顔。
数日だけだったが、一つ屋根の下で暮らした二人。
行動を共にし、食事を一緒に取り、一日の大半を三人で過ごしていた。
事件が解決し、俺が入院してから会ったのは一度きり。
その後、月村もノエルも病室に訪れる事はなかった。
当然といえば当然だ。
事件も解決し、俺も二人も無罪放免となった。
協力してくれたのは善意だとしても、見舞いに来る程の義理はない。
「ふう・・・」
寂しいだとは思わない。
ずっと一人だったのだから、また一人になるだけだ。
「うじうじ考え事なんぞ性に合わないな。やめやめ」
もう会う事はない二人よりも、必ず会う奴の方が先決だ。
俺は立ち上がり、芝生の汚れを軽く払う。
今日恭也まで来るとは思わなかったが、勝負の約束をこぎ付けられたのは収穫だ。
早く怪我を治して、真っ先に挑みに行ってやる。
今からその時を思うと、身体が熱くなるのを感じる。
身体を動かしたい、剣を振りたい――
手先が興奮で軽く震えるのを、俺は必死で押さえる。
奮い立つ気持ちのまま無茶したら怪我は悪化し、結局先送りになる。
本末転倒は御免だった。
「・・・そろそろ戻って寝るか」
考えれば考える程、剣の事ばかりが乱反射のように脳裏に絶え間なくちらついて仕方がない。
本能的な欲求に負けない内に寝た方が賢明だろう。
俺は踵を返し、病院へと歩き始める。
と――
俺は気づいて、足を止める。
「ん? 何だ?」
俺はそのまま耳を済ませる。
徐々にではあるが、こちらへと近づいてくる音。
これは――足音?
にしては随分小さい・・・、あっ!?
視力抜群の俺の闇夜に慣れた瞳が素早くキャッチする。
俺の元へと近づいてくる小さき存在を――
「お前、何でここに!?」
「くぅ〜ん・・・」
見下ろす俺の足元には、甘えるように子狐が鳴いていた。
<第十一話へ続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
|