とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十一話
                              
                                
	
  
 
 フランスの貴公子と、イギリスの妖精。面識はあれど敵対している二人を、朝食に招いた。応じてくれるかどうかは、彼ら次第。 
 
世界会議が行われれば敵勢力図が明確化されて、この城は本格的に戦場となるだろう。和んでいられる時間も僅かだ。 
 
後継者争いに参戦するのは俺の意思であり、久遠や夜天の魔導書は関係ない。交渉の道具にされる前に、何としても取り戻す。 
 
とはいえ、略奪は最後の手段。話し合いで済めば、それに越した事はない。その為の朝食会、美味しい食事は身も心も癒してくれる。 
  
ただ、この城で俺は孤立無援。食事の用意を頼むのも簡単ではない。貴族を満足させる食事ともなると―― 
 
  
(……部屋の鍵が開けられている?) 
  
 
 自分の部屋を前に、足を止める。剣は折れてしまって手元にはなく、松葉杖を握り締めるしか出来ない。 
 
鍵はきちんとかけた筈なのに、ドアノブが回る。部屋を留守にしている間に、誰かが無断で侵入したらしい。 
 
部屋の鍵はカードキーではなく、金属の鍵。セキュリティシステムが最新ではないのが、古城ならではの欠点だ。 
 
俺の部屋の鍵を持っているのは、城の管理人のみ。忍達にも渡していない。警戒しながらも、素早く部屋の中に入る。 
 
  
「やあ、お邪魔させてもらっているよ」 
 
「……誰だ、てめえ。どうやって中に入った」 
 
  
 ドアを蹴破る、侵入者の胸倉を掴む、腕や足が使えなければ出来ない。まともに動かない身体に、歯軋りするしかない。 
 
部屋を荒らされた形跡はない、物取りではないようだ。悠々とソファーに座って、楽な姿勢でくつろいでいる。 
 
侵入者は、男。名前は知らないが、見覚えのある人間だった。ドイツの吸血鬼カーミラの隣にいた奴だ。 
 
 
「ちゃんと正面から鍵を開けて、部屋に入らせてもらったよ。室内には手を触れていないので安心してくれ」 
 
「出来るか、ボケ。警察に突き出すぞ、この野郎」 
 
「この城では、劣等種が定めた法など適用されない。僕がその時になれば、君を捕まえさせる事も出来る」 
 
 
 警察など呼べないのだと、分かっていて言っている。かなりの自信家で、肝も座っている。断じて雇われる側の人間ではない。 
 
開いたままの扉を閉める。力づくで追い出してやりたいが、今の俺では小学生と喧嘩しても勝てない。 
 
本当に俺の命の危機であれば、妹さんが飛んでくるはず。その程度の裏付けでしかないが、ひとまず実力行使は控えた。 
 
 
緊張感を漲らせ、松葉杖をついて男へと歩み寄る。 
 
 
「酷い怪我だね、散歩するのも一苦労だっただろう。ゆっくり腰掛けるといい」 
 
「俺の部屋だよ、我が物顔するな。いい加減名乗ったらどうだ」 
 
「相手に名を尋ねるのなら、まずは君が――と言いたいが、君の事は既に知っている。当別に、僕から名乗るとしよう。 
 
『氷室遊』、ドイツ髄一の夜の一族マンシュタイン家の代表だ」 
 
 
 マンシュタイン、カーミラの身内。この男がマンシュタイン家の次期当主、カーミラの婚約者なのか? 
 
日本人の名前だが、容貌は綺堂さくらや月村忍と同じ西洋人。彼女達と同じく、抜群の美貌を誇っている。女にさぞモテるだろう。 
 
高町恭也も美男子だが、この男とはタイプが異なる。恭也は質実剛健、氷室は軽薄な感じを受ける。身持ちの硬い女は嫌がりそうだ。 
 
嫌味を感じさせるのは、同性ならではの嫉妬かもしれない。少なくとも、現代社会の女の子達には俺よりこの男が好かれる。 
 
 
「マンシュタイン家の代表様ともあろうお方が、不法侵入なんぞするのか。来ると伺っていれば、歓迎もしたのに」 
 
「心にもない事を言うのはやめたまえよ。庶民である君の歓待なんて期待も出来ない。 
煩わしさを感じるくらいならば、こうして気軽にお邪魔させてもらったほうが有意義というものだ」 
 
「ようするに、俺と会う手続きを踏むのが面倒だっただけか」 
 
 
 話が早いとばかりに、男は笑う。酷薄な笑み、友好的な関係を結ぶつもりはさらさらないらしい。 
 
そうなると、疑問を感じる。何しに来たんだ、こいつは? 性格から言って、無駄足踏むのも嫌がりそうなものだ。 
 
俺と話しても価値がないのならば、いちいち足を運ぶ必要もないだろうに。 
 
 
「会議に出席される御方々ならば手順を踏むのは至極当然だが、君程度に時間を割くなど労力の無駄だろう」 
 
「おい、俺も会議には出席するんだぞ。アポを取れ、こら」 
 
「……そこが気になる。何故君のような無価値な劣等種が、崇高なる我が一族の会議に呼ばれる?」 
 
 
 氷室遊の姿勢は変わらない。くつろいだままの隙だらけな態勢であるのに、男の纏う空気が一変する。 
 
瞳を赤く染める忍、記憶を奪ったさくら。牙を剥き出しにしたカーミラや、殺意を放つクリスチーナ――同種の、気配。 
 
人とバケモノの、存在感の差。血の濃度で、こうも違ってくるのか。 
 
 
「それが、あんたの本性か。ナンパな男に見えても、一族の代表とあればやはり違うな。恐れいった」 
 
「っ! オレの力に平然としている!?」 
 
 
 男は初めて顔色を変えた。倒れるどころか、涼しい顔をされて驚いたらしい。得意げに笑ってやる。 
 
別に、俺が強くなったのではない。南極で極寒生活する人間に、扇風機の風を浴びせても寒がったりしないのと同じだ。 
 
ロシアンマフィアであるクリスチーナと比べたら、こいつの敵意なんぞ鳥肌も立たない。 
 
 
「ちっ、忌々しい……月村め、やはり一族の血を与えたのか。 
 
もしやと思うが、貴様――さくらの血を飲んだんじゃないだろうな?」 
 
「さくら……? お前、彼女と何か関係を持っているのか」 
 
「お前の質問に答える義理などない。立場をわきまえろ、下劣な種族め。お前は踏み付けられる側なのだと、理解しろ」 
 
 
 俺を屈服させられない事に苛立ってか、傲慢な物言いになる。これが、この男の本心。人という存在に、価値を見出していない。 
 
むかつく言い方だが、怒りまでは沸かない。夜の一族にはこういう考え方の者も居るだろうと、何となく分かっていた。 
 
人間同士だって肌や髪の色など、些細な違いで強い差別をしている。存在まで違うとなれば、上下関係をつけたくもなるだろう。 
 
この世界を人間が支配者面出来ているのは、結局数の力でしかない。個人の基本的な能力は、夜の一族の方が上なのだ。 
 
 
「高貴な一族のお前らだって、後継者争いなんぞという人間臭い揉め事起こしているじゃねえか。 
それほど上等な一族には見えないぞ、あんたも含めて」 
 
「……ほう、その血に縋ろうというお前が、我が一族を否定するのか」 
 
 
 息を呑む。俺の目的が、この男に見破られている? 顔色を伺って――自分の失策に気づいた。 
 
違うのならば、すぐに違うと言わなければならない。考えた時点で、肯定したのと同じだ。ぐうう、他人との会話は難しい。 
 
俺の迂闊な反応に気を良くしたのか、氷室にも余裕が戻る。座り直して、俺を見上げた。 
 
 
「君の事は知っていると、言っただろう? 僕の花嫁に取り入ろうとした結果が、その惨めな姿だ。 
感謝してくれたまえよ。我が領土を荒らした君の不始末を、僕が綺麗に掃除したのだからね」 
 
「! あの隔離施設に俺を運んだのは、お前か」 
 
「怪我人を、病院へ連れていくのは当然じゃないか。まして、君は僕の大事な花嫁まで傷つけた。 
本来ならば見捨ててやりたいところを、わざわざ助けてやったのだ」 
 
 
 病院と言い張られてしまえば、為す術がない。殺されかけたのだと証明する事が、出来ない。 
 
あの施設が何処にあるのか老人に聞けば分かるかもしれないが、もう時間が経過している。証拠は何も残っていないだろう。 
 
こいつの言う通り、ドイツはマンシュタイン家の庭だ。日本人一人が何をしようと、どうする事もできない。 
 
 
「君を会議に呼んだ理由は定かではない。だが、君の目的はハッキリしている。その身体を見れば明らかだ」 
 
「……」 
 
 
 ルーテシアは分からなかったのに、この男は気付いている。怪我の具合だけではなく、怪我をした経緯まで知られている。 
 
マンシュタイン家の当主を名乗っているが、名前は日本人。俺の知る限り、綺堂や月村以外にも日本には夜の一族が居る。 
  
月村安次郎――奴と繋がっているのならば、俺の事はほぼ知られているに違いない。 
 
 
「このまま放置してもかまわなかったのだが、君があまりにも哀れで滑稽なのでね――忠告しに来たのだよ」 
 
「忠告……?」 
 
「僕の目的は、夜の一族の王となる事。今はマンシュタイン家の次期当主でしかないが、僕はその程度で満足する男ではない」 
 
 
 ドイツ一国を手に入れるだけでは、物足りない。そう言い切れる男に、俺は脅威を感じた。 
 
世界に出て世界に圧倒されるだけの俺とは違って、この男は世界制覇を視野に入れている。覇を成す男は、強い。 
 
そして、 
 
 
「僕は、後継者候補である彼女達全員の血を頂くつもりだ。一人や二人ではない、全員だ。 
ドイツ、ロシア、アメリカ、フランス、イギリス――主要国全てを飲み込んで、僕は王となり世界に君臨する。 
 
分かるかい、下民。君の努力は無駄となるのだよ。どの国に取り入ろうとしても無駄だ」 
 
 
 王となる英雄に、女は強く惹かれる。古今東西どの歴史を探っても、例外なんてありはしない。 
 
大言壮語だと笑えない。夜の一族の女が異性に血を与える意味を、俺はよく知っている。血を与えるとは、自分の全てを捧げる事。 
 
 
そして氷室遊という男は――女に好かれる全ての要素を持っている。 
 
 
「ず、随分デカい事を言っているが……果たして、実行できるのかな?」 
 
「カーミラ・マンシュタインは、僕との婚約を正式に受け入れた」 
 
 
 俺の動揺を看過して、氷室は残忍な笑みを浮かべる。優越者の特権、他者を見下ろす権利。 
 
そうなのだ、事実が既に証明している。どんな理由があろうと、カーミラは俺の元を離れて家に戻った。 
 
次期当主とまで言う以上、マンシュタイン家にも受け入れられている。俺が足踏みしている間に、王手をかけていた。 
 
 
「ロシアのマフィアとも交渉を進めていてね、ドイツが僕の物になれば立派な手土産も用意出来る。 
夜の一族は闇が本分、裏社会を牛耳るのは造作も無い。 
フランスとドイツの同盟がいい脅威になってくれた、ロシアはドイツと組む事を視野に入れている。 
 
一族同士の同盟となれば、何を交えるのか――想像はつくよね?」 
 
 
 なんて、奴だ……二国の同盟すら、自分の目的に利用するなんて! 大胆かつ狡猾な策謀に、震え上がる。 
 
血を手に入れるという目的だけを突き止めれば、この男のやり方は壮大ではあるが現実的だ。ドイツさえ物に出来れば、不可能ではない。 
 
ディアーナは現実主義、クリスチーナは奔放だがマフィアだ。一族の決定ならば、受け入れる。 
 
 
「肝心のイギリスとドイツの同盟も、まだまとまっていない。切り込む隙はいくらでもある。 
特にルーズヴェルト家の婚約者探しは、有名な話だ。僕が候補に名乗りでてもいい」 
 
「おい、カーミラとの婚約はどうするつもりだ!?」 
 
「僕達は、血を継いでいく義務がある。日本の古めかしい婚姻制度を持ちださないでくれよ。 
英雄が色を好むのは、女を選べる権利があるからだ。力ある者だけが、手に入れる事が出来る」 
 
 
 カミーユはともかく、ヴァイオラは一族の決定に従う。女帝を揺るがせるかどうかは別にして、あいつは私情を持ち込まない。 
 
覇権を握る為ならば、ヴァイオラを差し出すかもしれない。事実、政略結婚が成立しようとしているのだから。 
 
 
「各国を支配下におければ、強国であるアメリカも言いなりになるしかないだろう。 
あそこの御嬢様はプライドが高い、今から屈服させるのが楽しみでならないよ」 
 
「……妄想もそこまでいけば、ご立派だな」 
 
「この会議の進展次第で、勢力図は一変する。君のような俗物には想像もつかない世界だ。 
個人の倫理や価値観なんぞ、通じない。少なくとも、後継者に名乗り出た者達は全員覚悟を決めている。 
 
人としての幸せなぞ望まず、家の為に生きて死ぬ。血を遺すためだけに、彼女達は存在しているのだよ」 
 
 
 孤高であるが故に、人との結びつきを望まない。俺のやろうとしていた事が、完全に否定されてしまった。 
 
所詮は他人事と馬鹿にしていた昔の自分の方が、賢かったのか? 繋がりを望まない人間に、どうして協力を仰げる。 
 
友情や恋愛ではなく、ただ女を蹂躙せんとする氷室遊。下劣極まりないが俺とは違って、血は手に入れられる。 
 
 
「僕の貴重な時間を浸かって、忠告してやったのだ。感謝するといい」 
 
「嫌味を言いに来ただけに聞こえるぞ」 
 
「おいおい、まだ突っかかるのか……やれやれ、どうやら現実を教えてやらなければならないらしい。 
  
今日僕の主催で朝食会を開く予定だね、御挨拶も兼ねてオードラン家とルーズヴェルト家を招いている」 
  
「な、何だと――!?」 
 
「君は昨今の日本政府と同じだね、根回しが全然出来ていない。大口叩くだけで、何一つ実現出来ない。 
さようなら、道化君。君は実に、愉快なピエロだったよ」 
 
 
 一方的に言い放って、不法侵入者は高らかに靴を鳴らして出て行った。俺は、その自信に満ちた背中を見送るだけ。 
 
多分、偶然だ。ルーテシアとは、彼女の部屋で打ち合わせをした。招待した事を知っている筈がない。 
 
 
だからこそ、偶然だからこそ――同じ目的を持った人間に先を越された事に、打ちのめされた。 
 
 
追いかけてぶん殴ってやりたい。でも、身体は動かない。言い返してやりたい。けど、反論する材料は何もない。 
 
今の俺が、あいつに勝てる要素は何もない。恐るべき強敵、俺はまた奪われるしかないのか。 
 
 
忍やすずか、アリサがあいつに笑いかけるのを想像して――洗面所で、吐いた。 
 
 
朝御飯は、食べれそうにない。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「連れてきたわよ」 
 
 
「お、おはよう――ボク、どうしても君に謝りたくて……朝食に誘ってくれて、本当にありがとう!」 
 
「……顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」 
 
 
「あれれれれっ!?」 
  
 当たり前のように来てくれたカミーユとヴァイオラに、俺は仰天する。えっ、じゃああいつがすっぽかされたのか!? 
 
ざまあみろと言う以前に、この結果にむしろ俺が驚いた。根回しとは、何だったのか。 
 
 
本当に何だったんだよ、あいつは! 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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