とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十二話







 イギリスとフランスの一族が主催する、カミーユ・オードランとヴァイオラ・ルーズヴェルトの婚約披露パーティ。

政府要人や財界人に加えて、政治家や王族など国内外の指導者達の前で婚約が発表される。

パーティー形式で婚約を披露して、ゲストに祝福を頂く事を趣旨としている。あくまでも、建前として。


本当の目的は、イギリスとフランスの同盟を宣言する事。この一夜で、ヨーロッパのパワーバランスが劇的に変化する。


十数か国の要人達の前で絶大なる力関係を示せば、支援者並びに協力者が多く名乗りを上げる事だろう。

イギリスとフランスの一族は政界や財界人、メディア関係等国内の指導者達のみならず、諸外国の外交官達とも親交があると聞く。

二つの名家が手を結んでしまえば、両家と信条の反する勢力も抗えずに屈服するしかない。


夜の一族は、歴史の闇に生きてきた存在。彼らはその深き闇に、太陽が如き大いなる光を浴びせるつもりだ。


婚約披露パーティーで同盟の重要性と招待客の地位が強調されれば、他の一族も平伏してしまう。

月村すずかが始祖の血を持つ純血種であっても、数の暴力と世界の権力には到底抗えない。


世界会議はイギリスとフランスの両家が支配し――邪魔者は、排除される。すなわち、日本が征服される。


身の安全まで脅かされるかどうかは、分からない。だが少なくとも、綺堂さくらは間違いなく追放される。

そして、自動人形であるファリンとノエルは確実に回収される。人形が仕えしものは、本当の主なのだから。

信頼する者が誰もいなくなれば、月村忍は安二郎に蹂躙されるだろう。あいつは何もかも奪われて、孤独に死んでいく。

……確かに、俺は先月何も守る事は出来なかった。不甲斐ないと思うし、今でも悔やまれてならない。


だからこそ、今日――此処に、来ている。自分と他人、どちらも選ぶと決めたのだから。


『――、――』

"婚約披露パーティへの出席の御礼と、招待状の確認を求めているわ"

「オッケー、プリーズ、ミー!」

"……適当に英語を使うのはやめなさい。翻訳してあげるから、主である私の指示通りに動くのよ"


 この婚約披露パーティには、カミーユとヴァイオラの名で世界各国の権力者達に宛てて出されている。

俺が手にしている招待状もその一つで、俺は老人の代理人としてパーティに出席する事になっている。


婚約披露パーティ――軽く聞こえるが、二つの名家の名で投函された招待状。権力者達が涎を流して欲しがる、プラチナチケットだ。


パーティーは世界の要人をもてなす大事な儀式、限られた人しか入れないプレミアムな空間。

その招待された人々の内、賓客として扱われるのはごく僅かな者達だ。招待されればいいというものではない。


一国を牛耳る権力者の上に立つ、VIP――王族クラスの、人間。あの老人が、その一人に加わっている。


"下僕、お前は一度も彼の素性を聞かなかったわね。あの老人が何者なのか、気にはならないの?"

"世話になった人間に言う言葉は、日本では「ありがとう」だけだ。他に言うことはねえよ"

"フフ……お前が人として上を目指すのであれば、いずれ分かるわ。私の期待を裏切らない事ね、下僕"


 代理人であっても、賓客ならば丁重に扱われる。招待状と老人の一筆を見せただけで、畏まられた。

第一関門は突破、老人から協力を得られた事に感謝こそしても抵抗はなかった。昔の俺ならば、ありえない。

代理人という存在は、それほど軽くはない。代理人の軽挙妄動は、代理を任せた者に責任がのしかかる。


彼は俺を見込んで、代理人としてくれた――のではない。あの老人は、俺を試すつもりでいる。


綺堂さくらの採用試験を思い出す。まったく、この一族はつくづく他人を安易に信用しない。

どれほど綺麗事を並べても、どんなに主義主張を唱えても、行動による成果を出せなければ無価値なのだ。

さくらから良い評判を聞いたところで、自分自身で選別しなければ納得しない。上に立つ者の、判断。

この招待状は、言ってみれば受験票だ。試験会場に着席して、初めて試験が行われる。

ただ試験を受けるにも言葉や文字が分からなければ、0点だ。ここからは、カーミラに翻訳してもらう。


『クロノ・ハラオウン様で間違いございませんか?』


(……リョウスケ、クロノ様の名前を勝手に使っていいんですかぁ……?)

(……俺の顔だけじゃなく、何故か本名まで海外ニュースで公表されているんだ。仕方が無いだろう。
俺だって、自分の髪を金髪になんかしたくなかったんだぞ! ご丁寧に、メイクまでしやがって)


 ミヤとカーミラだけではなく、老人にまで大笑いされた変装。俺は今、別人になりすましている。

服装だけではない。髪や目、顔や肌、仕草に至るまで徹底的に仕込まれた。変装というより、人体改造だった。

たかがメイクと馬鹿にしていたが、一流の手にかかれば本当に別人になれる。鏡を見て驚いた。

加えてカーミラの積極的な協力により、声まで変化している。血の適合による効果だった。

名前は、クロノ・ハラオウン。外人の男性の名前で最初に思い付いたのが、生真面目な執務官殿の名前だった。

あまり変な偽名だと呼ばれても気付けないかもしれないし、日本人の名前だと勘繰られてしまう。

異世界の人間の名前ならば、俺を連想する事はまずないだろう。招待客にバレなければ問題ない。


宮本良介として会うのは、二人――カミーユ・オードランと、ヴァイオラ・ルーズヴェルト。


『会場へご案内します、ハラオウン様』


(ここからが、正念場だ。行くぞ、二人とも)

(はいです! 頑張りましょう、リョウスケ!)

"お前の真価を見せてもらうわ、下僕"


 通り魔の老剣士やアルフ、巨人兵やプレシア・テスタロッサ――彼らとは違う次元の、真剣勝負。

背負っているのは自分と、多くの他人の命運。敗北すれば、自分ごと他人を地獄へ落としてしまう。

この手に、剣はない。けれど、俺自身はまだ折れてはいない。どれほど傷つこうと、戦える。


ヴィータ、シャマル、シグナム、ザフィーラ――那美、見ていてくれ。今度こそ必ず、俺が勝つ。















 さて、婚約披露パーティーの流れについて整理しよう。文化や格式は異なれど、要所要所は各国で共通している。

まずは主賓であるカミーユ・オードランと、ヴァイオラ・ルーズヴェルトの入場。開会の挨拶は、進行役が行う。


ここからが、重要だ。この婚約において、両家による婚約誓約書が作成される。婚姻と同盟を証明する、重要な書類。


男女二人で婚約誓約書を読み上げて、婚約した事を招待客全員の前で報告する。"誓い"は、この時立てられる。

婚約誓約書に二人でサインをして、招待客の前で婚約が成立した事を証明。同盟が、成立する。


夜の一族のサインとは、血――カミーユとヴァイオラが血の盟約を交わし、永遠を誓い合う。


"婚約誓約書に夜の一族の男女が血判して、永遠の愛を誓い合う。
死が二人を分かつまで、他者に血を捧げたりなどしない。サインされれば、お前は終わりね"

"どのみち同盟が成立すれば、日本は終わりだ。阻止することに、変わりはねえよ"


 婚約が成立した後、カミーユ・オードランとヴァイオラ・ルーズヴェルトが婚約記念品の交換を行う。

一般的には男性側は婚約指輪を、女性は婚約者の為に選んだ品を贈る。互いの誠意を形にするわけだ。

この記念品についても、老人から聞いた嫌な噂話があった。



『ヴァイオラ・ルーズヴェルトの婚約話は、これまでも数えきれないほどあった。
写真を見てもらえれば分かると思うが、彼女は見目麗しい。誰も彼もが夢中になり、結婚を申し込んだ。

ヴァイオラは誰一人として、彼らの愛を無下に拒んだりはしなかった』

『えっ、受け入れたということか……?』

『彼女は想いを受け入れた上で、相手に対して心を求めたのだよ。
身分高き方々であっても、相手を知らないまま結婚は出来ないと言って』

『それは当然だと思うけど、どうやって誠意を見せろと?』

『"私の言う物を持って来る事が出来た人に、お仕えいたしましょう"、彼女の言葉だ』

『――歌と本が好きなんだっけ? 日本の童話を読んだな、さては』



 イギリスの妖精が、日本のかぐや姫のお伽噺を持ち出すとは恐れ入る。かの姫も、多くの権力者から結婚を申し込まれたのだ。

かぐや姫は、伝承でしか聞かない珍しい宝を求めた。金や権力でも手に入れるのは困難な品で、難題をこなした者は誰一人としていない。

今回の婚約が成立したのは、両家の強い意向があっての事。多分、イギリスの貴公子も難題は突破していないはずだ。


望んだ結婚であるならば――婚約記念品に、カミーユ・オードランが愛をこめて特別なものを選ぶかもしれない。
望んだ結婚ではないのならば――婚約記念品に、ヴァイオラ・ルーズヴェルトは皮肉交じりに珍しい品を選ぶかもしれない。


例えば、人に化ける狐。
例えば、魔導の意思と知識を持った本。


久遠は極度の人見知りだ。不安と緊張に潰されて、人に化けてしまうことも考えられる。

夜天の魔導書である彼女は冷静沈着だが、自律行動しているところを見られている。空飛ぶ本なんて、立派に怪しい。

二つが婚約記念品に選ばれれば、俺の所有物でも安々と返してくれないだろう。いざとなれば、俺個人が握り潰される。


"婚約を阻止するのは分かったけど、具体的にどうするつもりなの?"

"婚約パーティが始まってしまえば、行動が制限される。阻止するのは限りなく不可能だろう。
パーティが始まる前に、二人に会って話をする"

"結婚はやめてくださいとでも言うつもり? 初対面の人間の言う事なんて、聞く耳持たないわ"

"命令じゃない、説得するんだ"


 パーティ会場に案内された後、ミヤに頼んで二人の今いる部屋を探し出してもらう。隠密行動に、あのチビはピッタリだ。

その間怪しまれない程度に、会場内を探索しておく。いざとなれば、すぐに動けるように。

会場内にいる招待客、外の警備、位置関係その他――後は、婚約披露パーティの主催側。



「あ……あああああああああああああああああっ!!」



 会場内に、突如悲鳴が上がる。俺のみならず、会場内にいた全ての人間が一点に視線を向ける。

婚約披露パーティを行う主催側にいる女性。写真のヴァイオラによく似た、麗しき淑女が両手で目を押さえている。


両目から血を流して、俺に人差し指を向けて――えっ、俺!?


『……あ、ありえない……何という、"運命力"……』

「げげっ、変装がばれたのか!? やべえ!!」


 馬鹿な、テレビで見たくらいでは絶対に分からないはずなのに!? 回れ右して、逃げる。

問い詰められれば、正体がバレるかも知れない。そうなると、代理を任せた老人にまで責任は及ぶ。

各国の来賓を騙す自信はない。彼らと俺の人生の経験値は、天と地の差がある。


『待ちなさい。貴方は、ヴァイオラの運命の――!』


 警備員を呼ばれる前に逃げるが、ホテルからは出ない。会場を出て、人目につかない場所へと避難する。

幸いにもすぐに避難行動に出たので、追手は来なかった。長く走れる身体ではない、薬が効いていても辛い。

ひとまず落ち着いたところで、中座する。腰を下ろしたら、疲労でへこたれそうだった。


"どうするの? 一気に目立ってしまったわよ、うふふ"

"人のハプニングを楽しみやがって……悠長にしてられる時間はなくなった。俺も探しに行く"

"どうやって探すの? アテもなくうろうろしていると、警備員に捕まるわよ"

"その警備員の流れに辿るんだよ。異常事態が起きれば、まず確認するのは雇い主の安全だろう?
奴らが部屋を教えてくれるさ。そこをつく"


"クス……お前といると、退屈しないわ……"


 早速起きた、ハプニング。婚約を阻止する壁は、高くなっていく一方。目的だけが、変わらない。

ヨーロッパの運命を左右する夜は、長くなりそうだった。















 


















































<続く>







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