とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第六話
思えば、最近は布団で寝る日々が続いている。
つい数週間前までは橋の下や駅の構内など、最低限雨風がしのげる場所で窮屈に寝ていたのが嘘のように思える。
時間に関係なく寝られるのはいつもと同じだが、周囲を警戒しないでいいというのは心身共に落ち着ける。
仕方がないとはいえ、野宿は夏冬が寝苦しいからな・・・
街中の寂れた場所で寝ていると時折チンピラや警官が来る時もあるし、橋の下や山は野犬類がうるさい。
前までの自分の身の上を考えると、暖かい布団に三食付きの此処は悪くないかもしれない。
剣の練習が出来ないのと、退屈でさえ目を瞑ればのんびり出来るしな。
そう、剣の稽古と退屈さえ我慢すればいい。
我慢すれば。
我慢―――
「出来るかぁぁぁ!!!」
「きゃっ!? りょ、良介さん、どうしたんですか!?」
突然跳ね上げた俺の声にびっくりしたのか、診察を行っていたフィリスが目を白黒している。
今日も変わらず診察の時間になり、フィリスが俺の個室へと来ていた。
「フィリス、まだ練習しちゃ駄目?」
「駄目です。二日前に注意したばかりじゃないですか!」
フィリスが俺の担当になって三日目になるが、相変わらずの返答だった。
面倒見のいい先生ではあるが融通が利かないんだよな、こいつは。
「もう治ったって。剣ぐらい振ったって全然問題ねえよ」
「いけません! まだ安静にしていてください」
手元のカルテを軽く降って、フィリスは俺を軽く睨んだ。
医者と患者としての付き合いで慣れて来たのか、フィリスも少しずつ言動に遠慮がなくなっている気がする。
「だって診察が終わったら寝るしかないじゃねえか」
病院は病気や怪我を治す所であって、遊び場ではない。
言ってみれば面白みもくそもない施設であり、退屈で退屈で仕方がなかった。
「良介さんは怪我人なんですよ。
大人しくしていないと、退院だって長引いてしまいます」
「それは分かってるんだけど――」
大人しくしていないと、肩の怪我だって悪化する事くらいは分かる。
フィリスが心配してくれているのも気持ちとしては嬉しいのだが、退屈には勝てない。
不貞腐れた様子の俺を気遣ったのか、横から覗き込むような仕草でフィリスは俺を見る。
「テレビはどうですか? ドラマとか最近は面白いのをやっていますよ」
「テレビね・・・一応見ているけど、そればっかりと言うのも・・・」
この部屋にあるので退屈を凌げるのはテレビしかない。
診察さえ終わったらやる事もないのでテレビは一応つけてはいるが、夢中になれる番組は今の所ない。
俺としては、テレビは本当に退屈凌ぎでしかなかった。
「売店に雑誌とか売っていますよ? よかったら、私が買ってきます」
「ありがたいけど、お金がない」
「いいですよ。私が出しますから」
「い、いや、別にいいって。そこまでしてもらうほど読みたい訳でもないから」
立ち読みに何度か行った事があるのだが、売店のおばちゃんは凄まじい警戒態勢を敷く。
速攻目をつけられた俺は、すっかり要注意人物にされた。
患者に少しは慈悲とか与えられないのだろうか、あのおばはんは。
と、フィリスが困り顔で悩んでいるのを見て、俺は苦笑いをして言った。
「気使わなくてもいいから。
で、俺の怪我の具合とかは実際どうなの?」
「順調ですよ。このままちゃんと安静にしてくだされば、早くに退院出来る筈です」
「お、本当?」
「はい、私も驚いています。良介さんは治りが早いです」
優しく肩を撫でながら、フィリスは微笑む。
「ただし! ちゃんと安静にしていれば、ですよ。
問題行動を起こしたら、悪化する可能性が高いんですから」
「ちぇっ、分かったよ。大人しくしていればいいんだろう」
「ふふ、はい。その通りです」
その後治療を行って、今日の診察は終わった。
包帯を取り替えて固定をし、フィリスはきちんとした処置をしてくれる。
「では、今日はここまでです。
肩突っ張るかもしれませんが、まだ無理に動かしては駄目ですよ」
「へいへい、おとなしくしてます」
投げやりな返事をして、俺はベットに寝転んだ。
すっかり馴染んでしまった敷布団の感触が、身体の衝撃をやんわりと包み込む。
そんな俺の様子を見つめ、ふとフィリスは思いついたように口を開いた。
「そろそろ面会時間ですね。ご家族の方はいらっしゃるのですか?」
「!?」
家族――
口の中に苦味が走る。
泡立つ感情が身体の中に浸透するが、俺はフィリスに悟られないように自然に答える。
「・・・別に」
「え?」
不思議そうに聞くファリスに、重ねて答える。
「・・・家族なんぞいないから」
「あ――」
分かり易いほど、フィリスの表情が曇っていく。
触れられたくない話題ではあった。
だが、それはフィリスのせいではない。
「・・・すいません、良介さん。私・・・」
「気にしなくていいぜ。昔の事だからな」
しきりに恐縮するフィリスに、俺は笑ってひらひら手を振った。
同情や哀れみの目は向けられたくはなかった。
気にしていないのは事実だし、一人でいる事にも慣れている。
逆に他人に温情の目を向けられると昔の事を思い出してしまうので、出来ればそっとしてもらいたかった。
「旅を続けて、気ままにやってるからな。
一人でいるほうが気楽でいいよ」
「そんな・・・人は一人では生きてはいけませんよ。
良介さんにだってお友達とかいるでしょう」
「いないよ」
フィリスが心配そうな顔をして言葉を出そうとするが、遮って続きを話した。
「俺は今まで一人でずっとやってきたからな。
人間、一人で生きようと思えば生きられるもんさ」
「そ、それは違いますよ、良介さん!
良介さんが気づいていないだけで、良介さんの身を気遣う人だって・・・」
「いない、いない。
ほれ、見舞いだってこの三日間一人も来なかっただろう?」
三日どころか、この部屋に尋ねてきたのは数人程度だ。
月村とノエルは何度か来たが、最初だけでもう来てはいない。
リスティも来たけど、あいつは警察関係者。
事件の経過を聞きに来たっていったから、もう来る事はないだろう。
来たとしても事件絡みであって、俺を案じてではない。
寂しいとは思わない。
俺が選んだ道であり、俺の選んだ人生だから何も気にはしていない。
なのに、フィリスは悲しそうな顔をして黙り込んでいる。
別にそんな顔をしなくていいのに。
誰かと関わりを持ちたいとも思わないし、一人の方が楽でいい。
・・・退院したら、この町から離れるか・・・
気まずい沈黙が部屋内を支配して、居心地の悪さを生み出す。
しょうがないので、俺は何やら落ち込んでいるフィリスに冗談の一つでも言おうとすると、
コンコンっ
ドアに明るいノック音が響く。
誰か・・・来た?
と気づいて見ると、フィリスが何やら嬉しそうな顔をして俺を見ている。
その表情の意味を俺は一瞬で理解した。
『ほら、ちゃんと来てくれたじゃないですか』と言いたいのだろう。
「空いてるから、入って来ていいぞ」
俺は入室を促しながらも、フィリスの期待は裏切られると予想していた。
見舞い客は恐らくリスティだろう。
また来るとも言っていたし、事件の事で進展か何かがあったのかもしれない。
我が事のように喜ぶフィリスに苦笑しつつも、扉が開いて入室してくる。
「ちゃんとメロン持って来たんだろうな?
メロンだぞ、メロン。
リンゴとかならまあ許してしてやってもいいが、花とかだったら殺す・・・て。
へ?」
言葉半ばで俺は目を見張った。
「・・・なんや、めっちゃ元気そうやないか。
来て損したわ」
「どうもこんにちは。失礼します」
入ってきた二人の人間は、あらゆる意味で予想外だった。
「お、お前、あのコンビニのガキじゃねえか!?」
一人は見覚えはないが、もう一人は以前のレンとかいうガキだった。
何しに来たんだ、こいつらは・・・
突然の訪問に、俺は首を傾げるしか出来なかった。
<第七話へ続く>
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