とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第五話







とりあえず俺の話をする前に、まずじいさんの話をしてもらう事にした。

簡単な経緯は聞いたものの、捕まってからどうなったかを俺は詳しく知らないからだ。


「取調べにはきちんと答えてくれているよ。
自分の罪も認めているし、きちんと全部話してくれたから裏も取りやすい」


 じいさんの犯した罪は重い。

被害者数は一人や二人ではなく、何の関係もない人間を無惨に襲った。

だけど俺としては剣を交えた間柄として、どちらかと言えば心情はじいさん寄りだった。


「通り魔の類は精神鑑定だの何だのでややこしいから。
全員が全員とは言わないけど、言い逃れとかも結構あるんだよ。
お陰でこっちの苦労が増えてしょうがない」

「愚痴を言いに来たのか、お前は」

「愚痴を言える相手ってのは意外に少ないからね。機会があれば、話す事にしているんだ。
ストレスを溜めないコツだよ」


 笑顔でそこまで言える辺り、こいつはやっぱりただもんじゃない。

大体事件に巻き込まれた被害者に対して愚痴られても困る。

俺は気を取り直して尋ねた。


「じいさんの怪我の具合は? 取調べが出来る程回復したのか」

「怪我は君のほうが重傷だよ。
鍛え方が違うんだろうね。今はもうしっかりした様子でいるよ」


 うぬぬ、こっちはまだ剣を振る事も出来ないのにむかつくな。

もうちょっと痛めつけておけばよかったと思うが、あの時は追い詰めるのに精一杯だった。

年寄りだけあって、年季が違うという事だろう。

結果的には借りは返したので、これ以上ガタガタいう気はないが。


「それで、後は俺の話か」

「うん。今日はそっちがメインだよ」


 腕を組んで艶然と微笑むリスティには、思わず言うことを聞いてしまいそうな華がある。

フィリスといい、目の前のリスティといい、最近の医者や警察にはこういう女が幅をきかせているのだろうか。

種族的な嗜好としては、野郎が偉そうにするよりはよっぽどいいけど。


「一質問100円」


 ずいっと俺は手を差し出す。

リスティは一転して渋い顔になる。


「・・・まだ言ってる」

「当然だ。無料で話聞かせるほど、俺は暇じゃないぞ」

「誰がどう見ても暇そうに見えるけどね」


 勿論、とは言えない。

この後の予定は寝るかテレビしかないとは死んでも言えない。

予定としてはあまりにも寒すぎる。


「大体だな、仮にも見舞いに来たのなら、それなりに持ってくる物とかあるだろうが」

「花とかかい?」

「なめんな! 俺がんなものを見て喜ぶような奴に見えるのか」

「はは、全然」


 ・・・にこやかに断言されたらされたで、何かむかつくな・・・

釈然としない心持ちで話を続ける。


「見舞いといったら当然食い物だろう。
メロンとか持ってきたら、俺は口がものすごく軽くなるとでも言っておこうか」

「婉曲のようで、ストレートな要求だね」

「俺は正直な男なんだ」


 思えば、生まれてから一回もメロンなんて食べた事もない俺の人生。

果物に縁がないのならともかく、食生活に恵まれずに育ったというのは問題がある気がする。

メロンを要求したのも美味そうだという俺の想像に過ぎない。

ああ、考えれば考える程食いたくなってきた・・・

十代の少年の純粋な食欲に身を躍らせている俺を尻目に、リスティは胸元のポケットから何かを取り出した。

怪訝に思いながらリスティの手を見ると、手帳が握られている。


「? 何だ、それ。手帳なんて食えないから好みじゃないぞ」

「食べる事が出来たら、君をテレビに売り込むよ。
見舞いの果物代わりに私の話をちょっと聞いてくれないかな」

「話? 俺はもうてめえに聞きたい事なんぞ・・・」


 俺に差し出す気がないなら帰れと言おうと思ったが、リスティは手帳をペラペラ広げる。

そして何かを見つけたのか、あるページで手を止めて冷静に読み上げた。


「宮本良介 17歳」

「は?」

「身元は不定。学歴等の履歴はなし」

「て、てめえ、まさか・・・」


 慌てて上半身を起こすが、肩に走る痛みに顔をしかめる。

リスティは楽しそうに続きを読んでいく。


「調べた所によると、君は孤――」

「わーわー! 分かった分かった!
話すよ、話せばいいんだろう!」


 何て奴だ、こいつ!?

他人の身元を調べるとは卑怯すぎる。

別に後ろめたい秘密でもないが、警察が絡むとややこしい出生を俺は持っている。

この国は十代の男が一人旅をする事にも色々とうるさいんだよな。

俺が必死になって止めると、リスティは済ました顔で手帳のそのページを千切った。


「協力、ありがとう。どうしても聞きたかったんだ」

「・・・メロンはいらないから、とりあえずお前の顔を一発殴らせろ」


 民間人を脅す警官がどこにいるんだ、たく。

座り直しているリスティに、俺はベットの上から睥睨する。


「俺の身元を調べたのか?」

「好奇心からというのは否定しないけど、君は事件の関係者だからね。
木刀で通り魔と戦った民間人ともなれば、誰でも調べるよ」


 そ、そういえば後先考えずにこいつの前で派手に戦ったからな・・・

ん?

俺はそこまで考えて、ふと思い立ってリスティを見る。


「まさか俺に取調べがほとんどなかったのは・・・」

「・・・感謝しろとまでは言わないけど、大変だったよ。
月村さんだったかな? 彼女達への詮索もしていないから安心していい。
その辺も含めて話を聞きたいんだ」


 通り魔事件の犯人にされて、警察から一度逃げている俺。

パトカーとの熾烈なカーチェイスまでやったのに、事件が解決した後もその辺りは触れられていない。

疑問には思ってはいたけど、ようやく何で俺達に捜査の手が回らないのかわかった。

・・・そういう事は早く言えよな。

ちょっとだけリスティに感謝してやりながら、俺は事の始めから話した。

道場へ挑みに行った事から事件現場で誤解されて追われた事、逃走した事から犯人追撃にかかった事。

全てを話し終えて、リスティは感心したように俺を覗き込んでいる。


「君もなかなか不運だったんだね。
いや、行動力が並外れているとでも言うのか・・・」

「どういう評価だよ、それは」

「誉めているんだよ。
自分が犯人にされて、すぐに真犯人を自分で捕まえようとする根性は見上げたものだと思う。
意外に君は警察官なんて向いてるかもしれない。どう?」

「謹んで遠慮させてもらう」


 何が悲しくて、警官なんぞにならないといけないんだ。

リスティはクスっと笑って、煙草を咥える。


「話してくれてありがとう。面白い話が聞けたよ。
君や月村さんについては、私が引き続き担当するからこれ以上の追及は出ないものと思ってくれていいよ」

「そりゃあ助かるな」


 特に月村やノエルはただ俺が巻き込んでしまっただけだ。

一宿一飯の恩もある以上、あまり迷惑はかけたくはなかった。

それにしても・・・


「ここまで事態がでかくなるとは思わなかったな」


 この町が気に入って、ここで天下の名乗りを上げようと初陣に出て一ヶ月も経っていない。

でももう、それまでの旅暮らしにはない経験をしてしまった。


「君はずっと彼方此方を回っていたそうじゃないか。
他と比べて、この町はどうかな?」


 興味津々なリスティに、俺は少し考えて答えた。


「いい町だとは思うぜ。なにしろ俺が気に入った場所だからな」


 振り返ってみると、なし崩し的に巻き込まれてしまった一連の事件。

月村と出会わなかったら、あの道場へ挑みに行かなかったら、この町に来なかったらこういう目にはあわなかっただろう。

どの要素が欠けてもあり得なかったという事に、俺は改めて溜息をついた。 

そんな俺の様子を黙って見つめ、リスティはゆっくり立ち上がった。


「話、聞かせてくれてありがとう。突然来て悪かったね」

「・・・別にいいよ。どうせ暇だったから」


 もう嘘をついても仕方がないので正直に言うと、リスティは苦笑いした。

そしてそのまま個室から出る際に、リスティは思いついたように振り返って言う。


「君は退院した後はどうするつもりなんだい」

「え?」

「また旅に出るのかな? それともこの町に?」

「う〜ん・・・」


 この町一番の道場の師範であるじいさんとは決着がついた。

天下の名乗りを挙げる意味での出だしはいいスタートだと言えよう。

目的は果たせたし、別にもうこの町にいる意味はない。

ないんだが――


「・・・まだ時間はある。ゆっくり考えるといいよ」

「あ、おい・・・」

「また来るね。今度は見舞いの品を持って」


 呼び止める間もなく、リスティは一つ手を振って退室する。

また来るのかよ、あいつは。

俺はどっと疲れてベットに横になり、天井を見上げる。

退院した後は、か――

考えても見なかった事に、俺は答えが出せないまま目を閉じた。



















<第六話へ続く>







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