とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第四話






「怪我がひどくて入院したって聞いたけど、思ってたより元気そうで良かったよ」


 心配に曇らずに、明るく笑いながら警官は俺の個室へと入室する。

俺はフィリスの誠心誠意真心こもったありがたい治療後だったので、何か言ってやりたい気も起きずにいた。

特徴的な銀髪が目に鮮やかなその女は、トレンチコートによそ行きのシックな服装が似合っていた。

年齢的には俺より少し上といった所だろうか?

事件絡みで出くわした関係なのだが、こうして見舞いに来てくれる程仲良くなった覚えはない。

俺は警戒心を剥き出しにして女を睨み付けるが、その直後予想もつかない展開が待っていた。


「リスティ、ひょっとして良介さんと知り合いなの?」

「ああ、フィリスも知っているだろう? 私が事件協力した例の通り魔事件。
その時に犯人逮捕に貢献してくれたのが彼なんだ」

「リスティの事件に、良介さんが関係していたの!?」

「うん。その辺は色々と複雑でね・・・
でも、本当に元気そうでよかった」


 ふむ、表情と声から浮き出る感情の色から察するに、本気で心配していたようだ。

思えばじじいと対決したあの時、この警官の前で命懸けのタイマンやったんだっけな。

その事を追求しに来たのか、あるいは別件での余罪がばれたのか。

今まで生きていく上で仕方がないとはいえ、俺も結構色々やったからな・・・

もっともかっぱらいとか強盗とか、そんな悪質な犯罪はやってはいない事を念のため言っておこう。

にしても一番気になるのが、


「この警官、フィリスの知り合いなのか?」


 気安く名前を呼びやっているこの二人だ。

するとフィリスはえっ?、という表情をして、俺ではなく警官の方を向いた。


「リスティ、良介さんには・・・」

「ほとんど初対面。彼、それどころじゃなかったからね。
こうしてゆっくりと顔を合わすのは初めてだよ」


 リスティと呼ばれたその女は落ち着いた様子でそう言って、俺の許可なく傍らの椅子に座った。

ずうずうしいと言えばそうだが、嫌味にならないのはこの女の魅力なのかもしれない。

何にせよ、変わった警官だ。

上半身を投げ出したまま見つめる俺に気がついたのか、警官は俺の方を向いた。


「改めて自己紹介した方がいいみたいだね。
私は、リスティ・槙原。
フィリスとは・・・・・・昔からの知り合いと言っておこうかな」


 言っておこうかな?

何か含みのある言い方に眉を潜める俺だが、リスティと名乗った女は表情一つ変えない。

追求しても仕方がないので、俺も渋々名乗った。


「知っているとは思うけど、宮本良介だ。
で、友達のフィリスに用があって来たみたいじゃないみたいだけど、俺になんか用か?」


 白々しく聞いてみる。

十中八九事件について何かの取調べか、俺自身の余罪の追及に来たのだろう。

一対一の当人了承済みの決闘とは言え、警官の目の前でじいさんに怪我させたのだ。

それに木刀を振り回してもいたからな・・・

反省する気は毛頭ないけど。

こうして嫌味な聞き方をしたが、元々警官自体嫌いなんで気遣いなんて無用だ。

愛想の欠片もない俺の問いに、リスティは口元を緩める。


「フィリスが君の担当医だとは思わなかったから、私もびっくりした。
一度この病院に足を運んだ時は確か男の医者だと聞いていたから」


 ・・・つっこまれなくない話題だ。


「あんたは知らないだろうが、あいつは最悪だったんだ。
重傷患者の俺に酷い虐待をしたんだ」


 我が物顔で話す俺だが、横からフィリスが速攻口を挟んだ。


「嘘はいけませんよ、良介さん!
貴方が問題ばかり起こすから、私に担当が回ってきたんです」

「そ、そんな!? 酷い、フィリス先生!」

「え・・・?
ええ!? 私が、ですか!?」


 当惑するフィリスを前に、泣き崩れる真似をする俺。


「先生は重傷患者の俺の言うことより、あんな先生の言う事を信じるんですね!」

「で、でも、さっき良介さんだって・・・」

「分かった、分かりました。どうせ俺が邪魔なんでしょう。
ちょっと退屈ではしゃいだからって、いたいけな患者を問答無用で追い出すんですね!
ひどい、うえ〜ん!!」

「あ、あ、ご、ごめんなさい良介さん。
わ、私は貴方の味方ですから!」

「・・・本当に?」

「はい。貴方の担当なんですから当たり前です」

「・・・本当の本当に?」

「私を信じてください」

「・・・じゃあ、剣の練習してもいい?」

「ええ、勿論です。

・・・あっ、だ、駄目です!」


 ・・・ちっ。

顔を覆っていた両手を下げて顔を上げると、フィリスが怖い顔をして俺を睨んでいた。


「もう・・・うっかり騙される所でした。良介さん、あなたは今は絶対安静です!
もう少し身体を労わって下さい」


 うっかり騙されるこいつもどうかと思うけど、あえて言わないでおく。


「いや、退屈で死にそうだという俺の魂の叫びが・・・」

「今は身体の言う事を聞いてください! 魂さんの願いはその後でゆっくりとどうぞ」


 見掛けや声こそ幼さのある女の子だが、こと医療事になると厳しいようだ。

俺を叱るフィリスの顔はまさしく医者としての顔であり、見つめるその視線は紛れもなく優しい。

高圧的な態度だと俺も反対できるが、心配されるのは苦手だった。

どうやらこの女が担当医である限り、俺には無理は出来そうにない。

それが嫌なのかどうかは少し複雑だが、フィリスの真心を踏み躙れる程俺は非情でもない。

しょうがないので渋々分かったよ、と頷くと、


「退院するまでの辛抱です。
私も精一杯良介さんの治療に勤めますから、一緒に頑張って治していきましょう」


 途端に笑顔になるフィリスに、俺はげんなりとする。

全く現金な女だ。


「ふふ・・・」

「あん? 何がおかしいんだ、そこ」


 黙って見ていたリスティが心底可笑しそうにしているのを見て、睨みを利かせて指摘する。

先程までのポーカーフェイスはもう微塵もない。


「いやいや、失礼。
フィリスが表情をさらけ出しているのは久しぶりだと思ったら、つい」

「リスティ!」


 フィリスは顔を真っ赤にして、持っていたカルテを振り上げる。

本気ではない事は傍目にも分かるが、リスティは大袈裟に両手を挙げて降参のポーズを取る。


「そんなに怒らなくてもいいだろう。
フィリスは良介君とはいつからの付き合いなんだい?」

「今日が初対面です! もう、変な事聞かないでリスティ。
良介さんにも失礼でしょう」


 まあ別に気にはしないけど・・・

にしても、色々な意味で仲のいい二人だ。

よく見ると髪の色が同じという事もあるが、何となく二人の雰囲気が似ている気がする。

姉妹というには少し変な感じだが、フィリスを少し大人にしたのがリスティという感じだ。

はっきりとは言えないが、どこか内面が似ているのかもしれない。

不思議な感覚で二人を見ている傍らで、リスティとフィリスの会話は続く。


「今日が初めて? 本当に?」

「嘘をついてどうするの。
院内では異例の措置だけど、良介さんに関しては色々と事情があったから」


 ・・・事情とは何なのかを聞くのは、俺の首を絞めるだけのような気がするからやめておこう。


「ふ〜ん・・・」

「な、何?」

「別に。それより今彼と少し話をさせてもらってもいいかな?」


 っと、リスティは本格的にこちらに身を乗り出してくる。

帰れと言っても帰ったりはしないだろう。

言葉こそ控えめだが、この女から伝わる意志の強さはその辺の野郎どもよりもびんびん伝わってくる。

俺は嫌々身体を起こして、リスティの横にいるフィリスに視線を向けた。

フィリスは心得た様子でカルテを手に取る。


「私は控えておいた方がいいわね。
良介さん、くれぐれも無理はしないようにして下さいね」

「へいへい、善処します」

「約束してください!」

「分かった分かった、前向きに検討します」

「どうして一言無理はしませんって言えないんですか!?」


 わはははは、こいつ本当に面白いな。

これ以上怒らしても仕方がないので、俺はとりあえず敬礼する。

意味が汲み取れたのか、嘆息してフィリスはドアノブに手をかけた。


「リスティも、あんまり良介さんに負担になるような事はしないでね」

「はいはい、フィリスも仕事頑張って」

「うん」


 そのままフィリスはぱたりと扉を閉めて去っていった。

リスティは出て行ったフィリスを見送った後に、徐に懐に手を伸ばす。

動作が変なので訝しげに見ていると、リスティは懐から煙草を取り出した。

って、おいおい!?


「こらこら、そこの警官。未成年の前で、それも病院内で煙草をすうな」

「おや? 君の口からそんな常識的な注意が出るとは思わなかったな」


 俺をどういう奴だと思っているんだ、この女。

俺がどこか嬉しげに煙草を口元につけているリスティに、ズバリと言ってやる。


「俺は煙草が嫌いなんだよ。喫煙者は死に値する」

「最近はそういう意見が多いね。
まあ火はつけたりはしないさ。本当に病院内で吸うと、フィリスがうるさいから」


 なるほど、フィリスの前で出さなかった理由がそれか。

一見威厳的な関係ではリスティが強いのだと思っていたが、リスティもリスティでフィリスには苦手な面もあるようだ。

何となく気持ちは分かるけどな。


「確かに厳しそうだな・・・
さては散々今まで文句をいわれてきたな、あんた」

「リスティでいいよ。私も良介って呼ぶから。
フィリスを見ていれば分かるだろう?」

「今日一日で物凄くよく分かった」


 共通の感覚の共有が出来たせいか、警官である筈のリスティに少しだけ親近感が持てた。

これも警察の手なのかもしれないが。


「それで話を戻すけど何しに来たんだ、リスティ」


 今度話題を逸らしたら、容赦なくつっこんでやる。

俺はリスティと向かい合って正面から見つめると、リスティは気負いする気配すらなくすんなりと答えた。


「良介が関わった事件の事で、詳しい話を聞きたいと思って。
入院中なのに申し訳ないとは思ってたけど、足を運んだんだ」

「俺の話? 警察には全部話したぞ」


 見舞いの裏にある何かを掴もうと探りを入れる俺に、リスティは思案げに口を開く。


「・・・私は警察というより、警察関係者と言った立場でね」

「はあ?」

「正確には所属はしてないって事。民間協力者って言えば分かり易いかな」


 つまり正式な警官とは言えない立場にある者って事か。

警察のような官憲組織に、必ずしも有能な能力を持つ者ばかりが集まる訳ではない。

だからこそ警察は重たい腰を上げて、常に労力を惜しまない活動を行っているのだ。


「ふーん、あんた警察に協力している民間人って事か」

「うん、ちょっとニュアンスは違うし特別でもあるんだけど、そう思ってくれてかまわない。
だから言ってみれば・・・」


 リスティはピンと人差し指を上げる。


「取調べとかではなくて、私個人の興味で君に話を聞きたいんだ。
君は特殊な立場から事件に関わったみたいだから」


 リスティの態度からは強制させるような感じは見受けられない。

本当に興味範囲で話を聞きにきたのだろう。

彼女自身が嘘を言っている可能性も十分にあるが、嘘を言う意味もあんまり考えられない。

俺は少し考えて、


「俺の話ね・・・いいけど、条件がある」

「何?」


 俺はにやっと笑って、同じく人差し指を上げた。


「一質問につき100円で教えてやろう」


 リスティはその時初めてきょとんとした顔をして、その後笑った。

「本当に面白いね、君は」


 ・・・とりあえず気に入られたのは確かなようである。




















<第五話へ続く>






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