とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第三話






後に聞いた話だが、入院中に担当医が変わる事は滅多にないらしい。

そういう意味では病院側からすればフィリスへの変更は迷惑な話であり、俺にとっては非常に幸運だと言えた。

治療どころか相手をすれば疲れるだけの前担当の禿親父より、一風変わってはいるが人の良さそうなフィリスの方が百倍いい。

・・・っと、初対面ではそう思っていた。

フィリスの診察と治療を受けるまでは――


「はい、今日はここまでにします。お身体はいかがです?」


 フィリスが優しく微笑んで俺の顔を覗き込むが、俺はそれどころじゃない。


「あ、あん・・・た・・・な・・・」


 痛いと表現するには大袈裟で、苦しいと表現するには生温い。

俺は力なくベットに横たわりながら、脱力した上半身を投げ出していた。

文句の一つも言ってやりたいが、今は声も出ない程俺は力尽きている。

フィリスはというと、やんわりと俺の背中を触って傍らにある椅子に座る。

この女、虫も殺さない面している癖に何て大胆な事をしやがる・・・・・・

俺は先程までフィリスにやられた事を振り返った。















 まず服を脱がせて俺の身体を横たえた後に、上半身を診察。

その際にフィリスは俺の鍛え抜いた身体を見て、弾んだ声でコメントした。


「身体を毎日きちんと動かしているみたいですね」


 さわりとフィリスの手が背中に触れて、少しくすぐったかった。

一応褒められたのだと解釈する。

隅々まで見ていき、肝心の負傷した肩を見た瞬間フィリスは顔色を曇らせた。


「・・・少し失礼しますね。痛かったら言ってください」


 そう言ってやんわりと包帯を巻かれた俺の肩に触れた瞬間、痛みの信号が鳴った。

痛いじゃねえか! と訴えても良かったのだが、俺は男なので女に泣き言を言う訳にはいかない。

あくまでも余裕の表情でいるように努力したのだが、フィリスには悟られてしまった。

咄嗟に体を硬くしてしまったのがいけなかったようだ。


「あ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 本当に済まなそうに言って来るので、かえってやりにくい。


「べ、別に平気だってこれくらい! で、俺の肩の調子はどう?
俺的にはそろそろ退院してもいいんじゃないかとは思うんだけど」


 というか退院させてくれと言う俺の純な願いを、フィリスは表情を変えて言ってくる。


「駄目です! まだ入院したばかりじゃないですか!
それに、肩は悪化しています。退院なんてとんでもない話です」


 悪化しているだと!? さては・・・


「本当か!?
くっそ、あの野郎いい加減な治療をしやがって・・・
医療問題で訴えてやる」


 医者は儲かる仕事だって聞くからな、百万くらい請求しても罰はあたらんだろう。

その金で真剣を買うのも悪くはないな・・・

などと我ながらナイスな事を考えていると、フィリスが俺を軽く睨む。

怖いと言うより、可愛いという印象を強くするだけだったが。


「良介さんが無茶をするからです!
聞いた話では安静に、と再三言っているのにも関わらず、看護婦さんや先生の目を盗んでは練習しているそうじゃないですか」


 う、しっかり伝わってるし・・・


「い、いや、あくまで健康の状態を保つという意味でちょっと軽く・・・・」

「いけません! いつまでたっても治りませんよ!」


 可愛い顔をしていても、さすが医者と言うべきか。

俺の反論をあっさりと遮断し、悪いことは悪いとはっきりと言う。

迫力まではないにしても、どうも逆らい難い威厳のようなものをフィリスから感じられた。

仕方がないので、俺はそのまま大人しくされるがままにさせた。

フィリスは丹念に肩の調子から腕の間接部分に至るまでを触診して、手元のボードに書き込んでいく。

元々肩の具合に関しては前任のあの医者からも聞いているが、いつも最終的に言い合いになるので詳しくは聞けなかった。

折角この新しい担当と今後とも世話になる身なのだから、この若い女の医者の腕を知っておくのも悪くはない。


「え〜と、フィリスだっけ。俺の肩って結局どんな感じかな?」


 名指しで聞いたが気を悪くする訳でもなく、フィリスはボードを見ながら答えていく。


「痛めただけですんだのは奇跡ですね・・・
貴方を守ってくれた身体と、この木刀に感謝しないといけませんよ」


 凡その経緯は既に聞いているのだろう。

フィリスは悪戯っぽい笑顔で、俺と置かれたままになっている木刀とを交互に見やった。

短い間ではあったが、自分と共に戦ってくれた愛刀を褒められるのは悪い気はしない。

思えば決戦時、じいさんの一撃を受け止めてくれたのもこの山で拾った木ぎれだった。

もしあのまままともに食らっていれば、じいさんの容赦ない一撃で肩は砕かれていただろう。

フィリスは俺を寝かせたまま話を続ける。


「無理に動かさないように肩を固定させて、整体マッサージを定期的に行いましょう。
他にも怪我をしている部分や傷めている箇所は、時間が経てば自然と治りますから」


 フィリスの意外な診断結果に、俺は目を剥いて首越しに振り返った。


「そんなもんでいいのか?!」


 ちょっと動かしただけで目茶目茶痛いんですけど、この肩―― 


「痛みはしばらくは続くでしょうけど、痛みがあるという事は回復の兆しでもありますから」


 ここまで断言するという事は本当なのだろう。


「分かった。しばらく安静にしておけば早く退院できる?」

「はい、良介さんは特に回復も早いみたいですから心配ありません。
私も精一杯努力致しますから」


 医学的な事は正直よく分からないが、俺はその言葉を信用する事にした。

フィリス・矢沢、この美人先生が信頼出来る医者である事もよく分かったしな。

練習出来ないのは口惜しいが、ちょっとの間我慢するしかない。

面倒事を起こして、フィリスにまで迷惑をかけるのはやっぱり悪いからな。

俺が決心していると、ボードを傍に置いてフィリスが俺の横顔を見て言う。


「では今日は包帯を巻き替えて、少しマッサージを行いましょう。
そのまま身体の力を抜いて楽にしていてください」

「今日からマッサージは少しきつくないか?」


 マッサージってのは、ようするに人の身体を揉んだり叩いたりするアレの事だろう。

気持ちいいは聞いているが、俺は生まれてから一度もやってもらった事はない。

何にせよ安静第一の肩にマッサージなんぞやっていいのだろうか?

俺の疑問を、フィリスは表情を柔らかくして答えた。


「肩に直接はしませんよ。
今の良介さんは痛みのある肩を無意識に庇っている為に、逆に負担がかかっているんです。
このままほっておくと肩や首周りを痛めてしまうので、和らげないといけませんから」


 そんなに意識しているつもりはなかったけど、フィリスが言うのなら本当だろう。

ここまで無条件に他人を信頼するのは久しぶりだ。

俺は黙って頷くと、フィリスは白衣をまくって寝ている俺の上に乗った。


「少々痛みますけど、我慢してくださいね」

「俺は頑丈だから遠慮なしでいいぜ」


 所詮は女の力だ。

俺は平然とそう言って、そのままベットに顔を伏せた。

女に乗っかられているというのは妙な感じがするが、意識しないようにするのが吉だろう。

雑念を追い払って、そのままフィリスの行うマッサージに身を任せた。



これがいけなかった――



フィリスの行った治療方法は、一言で言ってしまえば容赦が全くない。

肩を固定すると聞いて細い腕で必死に行うイメージがあったのだが、意外にもフィリスは力が強かった。

ぎゅっぎゅっと力強く締め付けられて、俺は痛みをこらえるので必死である。

仕上げのマッサージも同じだった。

コキコキと鳴らされたかと思えば、関節部分から腕周りに至るまで折れるかと思うくらい曲げたり伸ばされたりした。

肩に直接はしないという口約束は守られたが、それ以外の箇所はほぼ無造作である。

お陰で俺の占有する個室は、ガッ!、だのゴッ!、だの情けない悲鳴が上がりまくった・・・















 色々な意味で惨敗だった今日。

整体マッサージ(?)も無事に終えて、フィリスは座ったまま通達する。


「まだ無理に動かそうとしてはいけませんよ。
今日はこのままゆっくり休んでいてください」


 言われなくても、今日はもう動く気力もありません・・・

間接の節々がギシギシ音を立てて、肩にもまるで力が入らない。

これで悪化したのなら文句の一つや二つでも言うのだが、終わってみれば痛みはほとんどない。

逆に今はマッサージの強烈なインパクトか、身体が脱力して動かないのが困りものだ。


「・・・あんた、意外に容赦がないな・・・」


 見た目の可憐さと医者としての断行さとの違いに俺は皮肉をこめて言うと、


「ふふ、よく言われます。
でも、早期回復の近道ですから良介さんには今後とも頑張ってもらいますよ」

「げっ、まさか明日もやるのか!?」

「勿論です。一応効果の程も聞いてから判断はしますけどね」


 笑顔でそんな事言われて嬉しくないぞ、おい。

男なら強行な態度を取れるが、こういう非力なタイプは本当に対処しずらい。

どこか楽しそうにしているフィリスに、俺は半ば諦めの心境で布団にうずくまった。

そこへ、ドアをノックする音が聞こえて来る。


「あら・・・お見舞いの方ですか?」

「いや、俺に見舞いなんぞ来る筈がないんだけど・・・開いてるぞ」


 ひょっとしたら月村とノエルかもしれないと思って入室を促すと、


「お前、あの時の!?」

「リスティ!?」

「ハイ、フィリス。それに宮本君も」


 そう言って堂々と中に入っていたのは、例の事件で遭遇した警官の女だった。




















<第四話へ続く>







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