とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第二話






ひょっとして、俺は非常にまずい事をしてしまったのではないだろうか?

病室の白い床に蹲る白衣の女を見ながら、俺の額からは汗が滲み出る。

と、とりあえず冷静になって考えてみよう。

目の前にいるのは、はっきり言って初対面の見知らぬ女。

白衣を着ているからには病院関係者であり、ナース服じゃないのだから医者だろう。

額かその近くを打ったのか、女医者は痛そうに抑えて唸っている。

上から見下ろすと、陽光の下なら眩しく輝きそうな綺麗な銀髪の髪をしている。 

どうやら外人のようだが、外人の女医者が俺の病室に何の用だろうか?

診察のやり直しにきたのなら、あの禿が来る筈だ。

だからこそ、こうしてちょっと微笑ましい罠を張って待っていたというのに。

とは言え、誤解とは言え目の前の女医者を転倒させてしまったのは事実。
ここは一つ、きっちりとした釈明をしておくのが男としての潔さだろう。


「な,何て事だ!!」

「えっ!?」


 突然仰け反って絶叫した俺にびっくりしたのか、医者は俯かせていた顔を上げる。

相手の反応を気にしないまま、俺は強く頭を振って床に手をついた。


「私の怪我を治療してくださる清き先生に、誰がこんなひどい事を!
許さん・・・・俺はこんな悪質な悪戯をする男を決して許さんぞ!!」


 怒りの形相で拳を握り締めながら、俺はこっそりゴムを巻き取った。

オーバーリアクション気味の演技を披露しながら、俺はぽいっと一巻きにしたゴムの束をゴミ箱に捨てる。

こんな何でもない動作に肩の痛みがズキズキ響くが、痛そうな表情を出さずに俺は倒れている医者に手を伸ばした。


「さ、先生。私の手に掴まって下さい!
私が来たからにはもう大丈夫です。先生に危害を加える輩から先生を守ります」

「は、はあ・・・どうも・・・」


 何が何だか分からないという顔をしながら、その医者は俺の手を握って立ち上がった。

お?この先生、両掌に黒い手袋をつけている。

手術する時にでも必要なのかと思ったが、普通着けるなら白い手袋だろう。

手袋という名称もちょっと怪しいかもしれないが、医学的な用語は分からないので手袋でオッケー。


「どこか怪我はないですか?派手に転倒したようですけど」

「は、はい、ちょっと額を打った位で・・・・って、待ってください!」


 俺の不自然なまでに優しい態度と言葉に、医者は我に帰った様子で手を離した。

う・・・・・


「私を引っ掛けたのはあなたじゃないですか」


 小柄な体格だったのでもしやとは思ったが、案の定目の前の医者はかなり若い。

というより、まだ十代後半なんじゃないかと思えるくらい幼さが顔に出ている。

巷では美人というより可愛いと評される顔立ちだった。

こちらを厳しく見つめる女医者に、俺は目を見開いた。


「そ、そんな!?何を証拠に!?」

「何をもなにもこの部屋にいるのは貴方一人ですよ。間違えようがありません」


 そう言って咎める口調や表情もどこか微笑ましい感じだった。

人を憎んだり嘲たり出来ないタイプなのだろう。

この医者が怒り狂う姿がどうにも想像できない。

俺は苦笑しそうになるのを堪えていると、医者は小さく溜息をついて背後の扉を閉めた。


「・・・お話には聞いていましたけど、戸上先生がお悩みになるのも分かります・・・」

「戸上先生?」


 俺が怪訝な顔で見ると、医者は苦笑しながら俺の肩を小さな指でつついた。


「あまり乱暴な事をしてはいけませんよ。貴方の肩は完治していませんから」

「は、はあ・・・・というか、えーと・・・・」


 言葉に詰まる俺に一瞬目をぱちくりさせて何やら得心がいったのか、医者はにこりと笑って言った。


「宮本 良介さん、ですね?」

「あ、ああ、そうだけど、あんたは?」


 医者は一歩前に出て、自分の白衣の胸元を指差して言う。


「申し遅れました。私、フィリス・矢沢と言います」


 フィリス?やはり外人か。

白衣に着けている名札には「F・矢沢」と書いており、その上には「4F・G病棟研究員」とある。

研究員?医者じゃないのか、こいつ・・・・


「矢沢先生か・・・・苗字は日本なんだな」

「ええ。でも、呼び名はフィリスでいいですよ。
私も良介さんとお呼びしますから」


 何の悪意もない微笑みで見られると、俺としても対処に悩む。

前の禿なら、まだ遠慮なしに言いたい放題に言えるのだが・・・・って、そうそう!


「フィリス先生、だっけ。あんた、何しにここに来たんだ?」


 俺の診察なら、むさい親父が全般的に担当していた筈だ。

研究員だか何だか知らないが、訳の分からん奴に診てもらっても困る。

じゃああの禿が良いのかと言われたら、断固として拒否するが。

俺の質問に、フィリスはそっと下から俺の顔を覗き込む。


「良介さん、さっき戸上先生を何か困らせたでしょう」

「戸上先生って、ひょっとして俺を診ていた禿の医者のこと?」

「・・・まさか、名前も知らなかったんですか!?」

「知らないというか、別に覚えたくもなかったしな・・・・・」


 知る訳がないし、覚えておく価値もない。

物覚えが悪い方では全然ないのだが、自分の脳細胞は常に必要な時にだけ使用する事にしている。

見ているだけで病状が悪化しそうな醜悪なをしている野郎の名前なんぞ覚えたくもない。

実際初対面では聞いた気もするのだが、何を話したかも覚えていない始末だ。


「病院内では評判だったんですよ。戸上先生と良介さんの仲の悪さは。
それなのに、本人は担当の方の名前も知らないなんて・・・・・」


 頬を掻きながらそう言う俺に、フィリスはクスリと笑う。


「そ、そんなに広まっていたのか・・・・」


 なんとなくは知っていたが、同じ医者の間でも広まっていたとは知らなかった。

もしかすると、今日の騒動は噂に拍車をかけてしまったかもしれない。


「戸上先生もご心労されたようで相談を受けまして、新しく私が良助君の担当をする事になりました」

「え、じゃあもうあの禿じゃなくなるのか!?」

「そうですけど・・・やっぱり寂しいですか?」

「全然!あいつじゃなかったら、誰でも大歓迎!」


 よっしゃー!これであのむさ苦しい顔もおさらばだ!

心労の原因とかはあえて聞かないでおこう!! 

もしかすると自分の責任なんじゃないのかという声も勿論無視だ!!!

俺の喜びにかなりびっくりした様子だったが、やがて苦笑気味に手を差出した。


「では改めてよろしく、良介さん」

「おう!早く治るように治療しっかり頼むぜ、フィリス先生」


 喜びに任せてぎゅっと手を握ると、フィリスの手の温もりがほのかに伝わってくる。

手袋越しなのに不思議とはっきり感じられて、俺は少し戸惑ってしまった。

が、そんな感傷も次の瞬間消える。

手を握ると手の平から肩にダイレクトに感覚が伝わって、肩からは痛みの信号を返して来た。

何とか悲鳴が出さないようにしたが、そこは医者なのかフィリスに一瞬で見破られる。


「・・・肩が随分痛むようですね。ごめんなさい・・・」

「いや、あんたが気にする事じゃないって」


 握手を求める行為に文句をつけるつもりはない。

気を使われないようにさらっと言うと、フィリスは小さく頭を下げて腰を屈めた。

何気なく行動を目で追うと、床に落ちていたカルテをフィリスは拾ったようだ。

そのままカルテに目線を落とし、先程とはまるで違う医者の顔をにる。

恐らくは俺の現在の肩の治療傾向を見ているのだろう。

そのまま数秒が過ぎて、フィリスはすっと視線を俺の背後に向ける。

視線を追って、俺はあっと声を上げてしまった。


「・・・・木刀による強い打ち身で両肩を損傷・・・・・
痛めた肩で打ち合い!?
ひどい・・・・・・」


 フィリスは手元のカルテと、棚に置かれている折れた二本の木刀を交互に見て顔をしかめる。

自分の身でもないのに、我が事のように思い遣っているようだ。

そういう顔をされると、俺が反応に困るんだけどな・・・・

何か自分が悪い事をしたみたいな気分になる。

居た堪れない気持ちでその場に佇んでいると、フィリスが顔をあげる。


「・・・・容態の方は分かりました。
怪我の経緯についてはある程度聞いていますから、強くは言いません。
ですけど・・・・」


 誰に聞いたのかは知らないが、俺がどうして肩を痛めたのかは知っているようだ。 

フィリスは俺の目を真っ直ぐに見たまま、はっきりと言った。


「・・御自分の身体を大切にして下さいね。一生の付き合いになるんですから」

「わ、分かりました・・・・」


 うう、そんな心配そうな目で見られたら悪態もつけないじゃねーか。

冷静沈着なノエルや割と無口だが妙に親近感の持てる月村とは違うタイプに、俺は気が引けていた。

自分を心底思ってくれる人間というのは、意外と対応に困ったりする。

俺が素直に返答すると、フィリスは再び笑顔になった。


「では、早速診断を行いましょう。上着を脱いで下さい」


 さてさて、この先生の医療の腕はどの程度かな。

もし下手だったらからかってやろうと思いつつ、俺は大人しく上着を脱いだ。




















<第三話へ続く>







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