とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第五十五話
                               
                                
	
  
 
 退院してから半月が経過。新しい生活はそこそこ上手くいっている様に思えた。 
 
守護騎士の監視やファリン・K・エーアリヒカイトの襲撃と、平穏無事とはいかないが揉める事は無くなった。 
 
因縁は今も続いているが、表立って争う事はない。全人類に愛される人間なんていないのだ。 
 
フェイトやプレシアのように、共感出来る部分はない。嫌われようが関係ない。割り切って、しばらく付き合う程度でいい。 
 
他人との関係は難しいが、過度に接触しなければ大丈夫。この半月で距離感も掴めてきた。 
 
月村忍とすずか、八神はやてに害する行動を取らないように気をつければいい。三人共敵ではないのだから、難しくはない。 
 
このまま何事もなく終われば金が手に入り、世話になった連中に金を渡して、一人立ちしよう。 
 
町の連中には少し興味があるので、少しくらいは滞在をしてもいい。そう思える余裕が出来てきた。 
 
 
 
 
 
この平穏が見せかけに過ぎないと、気付いたのは――夜、アリサが魘され始めてからだった。 
 
 
 
 
 
「……ぅ……ぅぅ……ぁうう……い……やぁ……!」 
 
「――またか……おい、アリサ。俺が分かるか?」 
  
「ハァ、ハァ……りょう、すけ……? 良介!? よ、よかったっ!」 
  
 全身汗びっしょり、頬を涙で濡らしたアリサが俺を見た瞬間、大胆に抱きついてきた。 
 
時刻は午前二時。深夜に起こされて、欠伸の一つも出てしまうが、文句までは口にしない。 
 
自分のメイドがしがみ付いて泣きじゃくっていれば、不平不満を言う気もなくなる。 
 
 
「また同じ夢を見たのか、アリサ。いい加減、現実を認識しろよ。俺はちゃんと此処にいるだろう」 
 
「……うん……良介、もう少しこのままでいて。 
  
良介がいてくれれば、不安なんてすぐに消えて……幸せで、いっぱいになるから」 
  
「やっすい幸せだな。いや、四十万円である俺の価値を考慮すれば贅沢というべきか?」 
 
「ふふ、ばーか。良介の価値は、お金なんかで買えないわよ。 
あたしが……大好きになった、人なんだから……」 
 
  
 人前では勝気で我の強いアリサだが、悪夢に魘された後は素顔を覗かせる。甘えん坊な女の子になって、俺に擦り寄る。 
 
夢は不安が見せる場合もあるという。アリサにとっての不安とは、俺との出逢いが夢であった事。 
 
気がつけば古びた廃墟で、一人ぼっち。今の生活が夢のように幸せで、俺と共に生きる事に生き甲斐を感じている。 
 
幸せだから不安になる――人間とは難儀な生き物だ。無念のまま死んだアリサは尚更だろう。 
 
 
一度死んで生き返るなんて、それこそ御伽噺の魔法なのだから。 
 
 
「寝汗をかいたり、悪夢を見たり――幽霊なのに、繊細だな。どうなっているんだ、お前の身体は」 
 
「あたしをこんな身体にしたのは、良介でしょう。それに毎晩のように、あたしを触っているくせに」 
 
 
 頬をすり寄せて、俺の体温を至福の表情で味わっている。これくらい、いつも素直ならいいんだけど。普段はツンツンしているからな。 
 
何にせよ、一度本格的に調べた方がいいかもしれない。魂を法術で結晶化した存在――奇跡のままにしておくのは問題だ。 
 
何も知らないから、アリサも不安になる。いつ消えるか分からない恐怖が、付きまとう。 
 
幽霊と、魔法――幸いにも、どちらにも専門家がいる。そんな知り合いなんて、持ちたくはなかったが。 
 
 
「クロノから先日、ビデオレターが届いていたよな? あれは何処にしまって――アリサ?」 
 
  
 ――俺の胸の中で、アリサは寝息を立てている。安心して、眠ってしまったらしい。 
 
今度は悪夢にも魘されずに、安らかな顔で熟睡している。 
 
怒る気も失せてアリサを俺の布団に寝かせて、頭を掻いた。完全に目が覚めてしまった。 
 
アリサが無防備に眠る布団で寝直す気にもならず、静かに部屋から出る。家の中は真っ暗、はやて達も眠っている。 
 
そのまま音を立てずに階下へ降りて、居間へ。部屋で探し出したビデオレターをセットして、映像を出力。 
 
 
異世界より届いた、知人からの手紙を拝見する―― 
 
 
『蒼く澄んだ瞳に浮かぶ、名前もない星空にー!』 
 
「うわっ!?」 
 
 
 開口一番、深夜の静寂を突き破る大音量。鼓膜を突き破り、脳みそに直接刺さる音波。度肝を抜かれて、必死で音量を下げる。 
 
大暴れする心臓を必死で抑えて、慌てて居間の外を確認。幸いにも、誰かが起き出して来る様子はない。 
 
すぐに音量を下げたので何とか二次災害は防げたが、何なんだ突然!? 
 
 
『この度はステキなビデオレターを送ってくれて、ありがとう! 
おかげ様でぇー、最初にビデオチェックした私の鼓膜がぁー、破れそうになったわ……今も耳が痛くてねぇ、あはははは。 
 
お礼に、エイミィさんからの特別編集ぅー! フェイトちゃんの綺麗な歌声を最大音量で流してあげたわよ、うっふっふ』 
 
「や、野郎ぉぉぉぉ……ゴリラの分際で、舐めた真似を!!」 
 
 
 音に脳味噌を震わされて、気持ち悪さに吐き気がする。ビデオレターに映し出される女は、いい気味だと笑っていた。 
 
くせっ毛が跳ねているのが映像からでも分かる女、エイミィ・リミエッタ。この女は相変わらず、癇に障る。 
 
 
『アンタからのビデオレターはあたしだけじゃなく、フェイトちゃん達も見るんだからね。 
これに懲りたら悪戯は止める事ね。精神年齢が、余計に下がるわよ。今でも幼稚園児並なのに』 
 
「似たような悪戯で反撃したお前に言われたくねえよ!」 
 
 
 異世界の宿敵への報復を検討していると、エイミィに代わって一人の少年が姿を見せる。 
 
 
『ビデオレターを通じて個人的な喧嘩をしないでくれ、エイミィ』 
 
『クロノ君、何か誤解してない? あたしは、あいつが、心底嫌いなの! 
人の好き嫌いはしない方だけど、あの馬鹿だけは死んでほしいと思ってるわ。生理的に受け付けないのよ、あいつ。 
どうせ、次に送ってくるビデオレターにも何か罠があるに決まってる。 
 
安心して、クロノ君。アースラの平和の為にも、あたしがちゃんと前もって確認しておくから!』 
 
『君とミヤモト、実は仲が……いや、何でもない。何でもないから、そんな凄い目で見ないでくれ』 
 
 
 冗談。人の好き嫌いは激しい方だけど、この女だけは死んでほしいね! 
 
見てろよ……今度はビジュアルで貴様の精神を破壊してくれるわ、ふはははは! 
 
 
『とにかくエイミィ、君は仕事に戻ってくれ。調べなければならない事が多い』 
 
『はーい。たく、放っておいても死ぬタマじゃないってのに……』 
 
 
 最後まで嫌味を言ってフェードアウトしたメスゴリラに代わって、執務官が話を始める。 
 
 
『君からのビデオレターは見させてもらった。正体不明の人間より、襲撃を受けたそうだな。 
懸念はしていたが、まさか本当に命を狙われるとは。僕の見込みの甘さが招いたミスだ、すまない』 
 
 
 襲撃……? ああ、ファリンがテーブルクロスを着て襲い掛かってきた件か。 
 
別にクロノが責任を感じる事ではない。ファリンが俺の存在がノエルの害になると誤認して、排除にかかっただけだ。 
 
こちらも深手を負ったが、廃墟での戦闘で成敗して保護者とも話をつけた。 
 
今更、管理局に助けを借りる必要は……あれ? 
 
 
『先に述べたが、プロジェクトFの研究――プレシア・テスタロッサの研究が悪用されようとしている。 
君の封印した赤のジュエルシードも盗難に遭い、行方も突き止められていない。 
管理局内部の犯行の可能性もあり、僕達だけで慎重に動くつもりだったが……君も狙われていると確定した以上、そうも言ってられない』 
 
 
 ……俺、クロノ達に、ファリンの事、まだ言ってなかったっけ……? 
 
 
テーブルクロスの怪人の正体が分かり、撃退して事件は解決してしまった。護衛の仕事にも入って、自分の中で終わった事になっていた。 
 
異世界との連絡手段も限られていて、俺から気軽にクロノ達とは話せない。仕方ないといえば、そうなのだが。 
 
 
『君が命懸けでプレシアを説得しなければ、事は穏便には済まなかったかもしれない。 
プレシアも君が自分の研究の為に襲われた事を知り、事件捜査の全面協力を申し出てくれた。司法取引も成立するかもしれない。 
 
フェイトも、アリシアも――そして、僕達も感謝している。今度は僕達が、君の力となる番だ』 
 
 
 どちらかといえば俺が助けられた側なのだが、クロノは義理堅くそう確約してくれた。 
 
常に冷静沈着な執務官だと思っていたが、意外にも芯は熱いらしい。 
 
こう言っては逆に失礼かもしれないが、正義の味方に相応しい顔つきをしている。 
 
 
『プレシアの技術を悪用する者が君を狙っているのなら、私情を抜きにしても僕達管理局が取り締まる必要がある。 
だが証拠も揃えていない今の段階で、アースラを出航させて直接動く訳にもいかない。 
 
ジュエルシード事件も元々ロストロギアの流出と、君の法術が起こした影響範囲の調査で知ったことだからな』 
 
 
 アリサをこの世に戻す儀式が次元世界に影響を及ぼして、あいつらが調査に来たんだよな。 
 
なのはにフェイト、ユーノにアルフ、フィリスにリスティ、月村にノエル、那美に久遠――儀式を手伝ってくれた人達。 
 
誰かが欠けていれば、儀式の成功はありえなかった。アリサが今も元気でいられるのは、あいつらのおかげだ。 
 
 
『よって、極めて異例だが地上本部の首都防衛隊と合同捜査を行う事になった。 
彼らもプロジェクトF.A.T.E――いわゆる、「生命操作技術」に深い関心を寄せている。 
特に、最近台頭してきた本部の……いや、民間人の君に話すことではないな。 
 
とにかく別件で捜査を行っていたようで、少しだが情報は手に入れられた。 
向こうから持ちかけてきた話だ。疑念はあるが、事件の早期解決に向けて行動する』 
 
 
 や、やばい……実はもう解決しています、と言い辛い状況になっている。 
 
異世界との手紙のやり取りによる時間のずれが、事態をややこしくしてしまった。 
 
俺が今ここで何を言っても、ビデオレターの内容は変わらない。 
 
 
『彼らから提供された情報によると、やはり流出した技術を用いて作られたらしい。 
数多の次元世界に存在する異なる種族や、特別な血統の遺伝子を使ってのクローン体の製造―― 
 
この殆どは失敗に終わり、やはり実験体は管理外世界に廃棄されたらしい。確証も取れているそうだ』 
 
 
 人体実験と人工生命の廃棄、命を安く扱う行為にクロノは強い憤りを見せる。 
 
ゴミ捨て場に捨てられた自分と同じ――でも、同情も共感もしない。 
 
作られた命でも、一個人。世界でたった一つしかない、存在だ。どんな過去があっても、一人で立ち上がって歩かなければいけない。 
 
 
『摘発は行われているが、まだ完全ではない。くれぐれも用心してくれ。 
君が法術使いである事以外にも、狙われる理由が存在する』 
 
 
 俺は他人に少ししか興味がないのに、他人は俺に大いに興味があるらしい。 
 
遺伝子がそれほど必要だというのなら、金額次第で売っても――自分のクローンというのも嫌か。 
 
げんなりしている俺に、思いがけない事実が発覚する。 
 
 
『君の魔力光についてユーノが調査した結果、とんでもない事が分かった。 
真偽の程は定かではないが、心して聞いてくれ。 
 
君の見せた虹色の魔力光は、「カイゼル・ファルベ」と呼ばれる色彩で――聖王の血統に頻出する現象なんだ』 
 
 
 ……ふーん、としか思えなかった。王様っぽい凄い人物らしいけど、誰だか知らないし。 
 
例えば徳川将軍の血筋の者だと後に発覚しても、大抵の日本人は自分の血が特別だと感じたりはしないだろう。 
 
人や国どころか、世界まで超えているのだ。本当であろうとなかろうと、別にどうでもいい。 
 
 
『……などと突然言っても、君には実感なんてわかないだろう。 
聖王の歴史をユーノに説明させてもいいが、彼は今興奮していて長々と語るのは間違いない。 
 
なので、君に関係する事だけを話そう』 
 
 
 付き合いは短いが、クロノは俺という人間をよく理解していた。 
 
スクライヤ教授は語り出すと長いからな、余計な薀蓄まで入れてくる。 
 
事実が発覚した時、自分の調査結果をクロノ達に多分何度も得意げに説明したのだろう。可哀想に。 
 
 
『聖王とは今から約300年前の人物で、古代ベルカ時代の偉大な王。 
既に途絶えた血筋であるがその威光は今も翳りなく、現在でも信仰の対象として人々から敬われている。 
 
聖なる王の証として赤と緑の「オッドアイ」、そして虹色の魔力光「カイゼル・ファルベ」。 
 
王の血統のみが持つとされる魔力の特性として、「聖王の鎧」と呼ばれる絶対障壁を展開出来る』 
 
 
 へ……? そうなると、もしかして―― 
 
 
『ところが君の場合魔力光こそ同じでも、瞳や力の発現は見られない。 
覚醒していないだけかもしれないが、君はジュエルシード事件で何度も死にかけている。 
生命の危機でも反応しないのでは、「聖王の鎧」の意味がない。 
 
 
こういっては何だが……偶然の一致だろうな』 
 
 
 そんな力が本当に備わっているのなら、月村の血や那美の魂を分けてもらう必要はなかったからな。 
 
大体クロノの世界と、俺の世界は遠く離れている。異世界の偉人の血なんて受け継がれるはずがない。 
 
そう気軽に考えていたが、クロノの表情は険しい。 
 
 
『ここで問題となってくるのは、君が本物であるかどうかではない。 
君が聖王の正統後継者であると、誤認されてしまう事なんだ。 
 
虹色の魔力光、人の願いを叶える能力――そして、死者の蘇生。 
 
アリサとアリシアは復活したとは言えないが、事実だけを見れば聖人扱いされても不思議ではない。 
聖王の伝承は今でも謎とされる部分も多くある。不明な憶測では、実際に起きた奇跡の前には霞む。 
 
僕達だって君という人物を知らなければ、誤解していただろうな』 
 
 
 どういう意味だ!? 俺の品性が台無しにしているとでも、言いたいのか! 
 
確かに神様扱いされても虫唾が走るだけだが、何か納得がいかない。 
 
 
『つまり法術使いとしてだけではなく、聖王としても狙われる可能性がある。 
君自身か、君の遺伝子か――実際聖王の遺伝子となれば、その価値は計り知れない。 
遺品などは遺されているが、教会が厳重に管理している。 
仮にプレシアの技術を利用して、聖王陛下のクローン体を作るのならば―― 
 
 
遺伝子が付着した遺品を奪うよりも、君自身を狙った方が早いだろうからな』 
 
 
 ……俺の遺伝子で作ったクローン人間は、俺にとってどういう存在になるのだろう? 
 
自分自身? 弟? 妹? それとも――子供? 
 
パパとか言われたら嫌だな……生涯剣一筋に生きるつもりなのに。 
 
 
『無論、ジュエルシード事件における君の存在は公にしていない。 
だが君が襲われたのならば……何処かで、情報が漏れていると考えるべきだろう。 
  
こちらも引き続き、捜査を進める。場合によっては、教会ともコンタクトを取った方がいいかもしれない』 
 
 
 やめてー!? まずは被害者である俺の話を聞いてくれ! 
 
ファリンの事は話し合いで解決しそうなんだから、これ以上広げないでくれ。 
 
 
『とにかく、まずは君の身辺の安全を優先する。 
現地に向けて本部より捜査官の派遣と――優秀な魔導師を一人、君の護衛につけることに決まった』 
 
『捜査官と……魔導師?』 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「管理局より要請があって参りました、高町なのはです! 今日からよろしくお願いしますね、おにーちゃん!」 
 
「いらねー!?」 
 
 
 この6月は――下旬となって、また騒がしくなりそうだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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