とらいあんぐるハート3 To a you side 第二楽章 白衣の天使 第一話
入院生活も一週間が過ぎた。
個室での怪我の療養も順調で、じじいとの戦いの負傷は肩を除いて大方完治した。
肝心の肩は今でも飯を食う時は痛みをこらえて食べないといけないし、何を行うにしても肩の痛みは無視出来ない。
最も一番の大怪我は両肩なので、退院まではまだまだ程遠いようだ。
「あ〜、暇だな。こうしている間にも修行は出来るってのによ」
もはや馴染みとなった自分の個室のベットに寝転びながら、俺は今朝から何十回と分からない愚痴をこぼす。
実際暇だった。
第一病気でもなければ、大袈裟に騒ぐ程の怪我でもないのだ。
ちょびっと肩の骨にひびが入っていて骨折寸前だったというだけで、それ以外は健康そのものである。
歩き回る事も可能であれば、走る事だって出来る。
俺として今からでも退院してこの病院を出たいのだが、俺の担当とか言う医者の野郎が許さないのだ。
「何か考えてたら腹が立ってきたぞ、あの禿げめ」
俺は自分の肩の治療を担当している医者の顔を思い浮かべる。
風呂にちゃんと入っているのか聞きたい位の肌の荒れ具合に、人間とは思えない醜悪な顔。
ちょび髭にバーコード禿、更には肥満と女に嫌われる(俺も嫌いだが)要素をたっぷり詰め込んだ医者である。
これで性格がいいのならまだしも、仮にも患者の俺への態度がこれまた最悪なのだ。
病院に担ぎ込まれて入院と決まった時に回診に来たのだが、初対面の俺に対して笑顔一つ向けなかった。
「け、浮浪者が」という視線をバリバリに向けたやる気のなさ100%で、おなざりな診察を俺に行っている。
俺も俺で初対面から嫌いになり、毎度毎度皮肉の一つや二つ言ってやらなければ気が済まない。
そんなこんな経緯があり、俺とこの医者の不仲は病院内で噂になってしまった。
表面だって殴り合い等はしないが、毎日毎日口での嫌味の飛ばし合いを熾烈に行っている。
無論たかだか学校で勉強して医者になっただけの頭でっかちと、人生経験豊かな将来あふれる俺とでは相手にならない。
いつもいつも怒らせては、看護婦に苦笑されるという毎日を送っている。
「医者じゃなかったら、即座にぶっ飛ばすんだがな・・・・」
嫌いな人間といつまでも付き合うほど、俺は器が広くない。
あのむさ苦しい親父顔に鉄拳パンチをくれてやって、とっととこの病院をおさらばしたい。
肩が完治すれば、だが。
試しに腕を上げ下げしてみると、両肩から刺された様な鋭い痛みが走る。
包帯と簡易ギブスで固定された上半身がギシギシ音を立てて、俺はぎこちなさに仰け反りそうになった。
「く、まだちゃんと動かすのは無理か」
入院一ヶ月。
怪我の具合を診察してもらっての、禿親父が出した通知がこれだった。
嫌な奴だがそれでも医者なので、診断結果に嘘はないだろう。
まだ最低二週間は入院しなければいけないのかと思うと、俺は退屈で死にそうだった。
別の意味で精神的に追い詰められてしまう。
何しろやる事はない、飯はまずい、毎日禿親父の顔を見なければいけない、の三重地獄なのだ。
怪我が災いして剣の修行も出来ないし、個室だから話相手もいない。
病院内を歩き回るのも飽きたし、そもそも娯楽施設も何もない病院に暇潰しを求めるのが間違えているかもしれない。
怪我や病気が原因であるとはいえ、他の入院している連中はよくも毎日寝てられるものだ。
少なくとも、俺は一週間で精神的な苦痛を感じている。
病気だったら元気がないからこういう考えも浮かばないのだろうが、俺はただの怪我人である。
それも肩だけなのだ、とっとと退院させてもらいたいものだ。
「あ〜、暇だ、退屈だ!何かやる事はないかな・・・・」
衣・食・住保証の、昼寝つきの生活。
旅をしていた頃は憧れてもいた今の現況だが、退屈なだけだった。
飢え死にする心配はしなくていいかもしれないが、人間暇には勝てない。
個室に設置されているテレビを見てもいいのだが、一時間100円という患者を嘗めているシステムとなっている。
月村が見舞いに来た時は今時珍しいよと笑っていたが、持ち金は三桁の俺は全然笑えない。
じじいの報道が見たかったのだが・・・・
「はあ・・・・・・・」
窓から外を眺めて、俺は見慣れてしまった情景を目にする。
じいさんは警察に自首と言う形になり、取り調べを受けているようだ。
あいつの選んだ道。
俺がこの町に来なければ、あいつは今でも己の道を貫いていたのだろうか?
考えても詮無き事だが、一人でいるとどうも考えてしまう。
俺はちらりと視線を横に滑らせる。
共にへし折れてしまった木刀。
未練たらしく持っているが、退院したらきちんとした形で丁重に葬ろう。
俺の天下への道はまだまだこれから。
また新しい刀を手にして、自分の戦いへと望まなければいけない。
退院したら、少なくとも今度は木刀を手にいれたいものだ。
この町のどこかに売っているといいのだが・・・・・・・
「って、そう考えたらますます退院したくなってきた。
・・・・・って、もう一時か」
毎日の事だが、この時間帯は禿親父の診察時間だ。
親父が担当する患者達を一人一人回診して、治療具合を確かめる毎日の定例事項。
俺も一応患者なので、どうせまた最後辺りに来る筈だ。
親父の顔を見たら、ただでさえいらいらしている今の気分がますます滅入ってしまう。
これだったらノエルや月村に見てもらう方が百倍はましだ。
いらんお節介ばかり焼く連中だが、美人だし好意的に接してくるから男としてはそれなりに気分はいい。
病院が患者の容態を気遣うなら、あの医者を首にしてもらいたい。
お、そうだ。
「ちょうどいい暇潰しになるな・・・」
ちょっとした名案が浮かんで、俺はにやりと笑う。
俺はベットから起き上がって、早速準備の整えに入った。
「洒落の分からん奴だな、まったく・・・」
診察室から出るなり、俺は毒ついた。
暇潰しの余興と今までのお礼も込めてちょっとした悪戯をしただけなのに、肝心の親父が腰を抜かすという体たらくぶり。
お陰で個室から連れ出されて、看護婦さんや本人からしこたま怒られてしまった。
俺としては本当に些細な仕掛けだったのに、目くじらを立てて怒るとは大人気ない連中である。
まあ禿親父に一泡ふかせられたので、俺としては大成功だから別にいいが。
寝巻き姿で歩きながら病院内の廊下を歩き、俺は自室に戻った。
「おお、ちゃんと掃除しているとは」
俺は綺麗になっている自分のベットを見て感心した。
さっき親父が来る前に俺がベットの上に仕掛けた類は、全部片付けられている。
別に何て事はない。
ただ枕にマジックで般若の顔を書き、自分の手荷物を布団内に丸め、全てを覆って俺が寝ているように見せかける。
肝心の俺はベットの下に隠れて、入ってきた親父達の反応を見るという仕掛けである。
かなり簡単で子供じみたやり方だが、あそこまで驚かれるとは思わなかった。
「うし、気分もすっきりしたところで寝るとするか」
昼間からとは言うなかれ。
やる事もない以上、寝るしかないのだ。
結局診断はしてもらってないが、どうせいつも通り異常無しだろう。
流石にもう今日は来ないだろうし、平和な一日だったという事でのんびり寝るとしよう。
俺は布団の柔らかさと窓からの気持ちいい風に心地良さを煽られてゆっくりと瞳を閉じた時、ふいにノック音が鳴った。
「ん?」
月村達の見舞いかもしれないと思ったが、一瞬でその考えを改める。
結局数日前の訪問を機に、ノエルも月村も見舞いに来る事はなくなった。
俺とあの二人の関係は事件が解決した以上、もう打ち切りで俺も構わないと思っているから問題はない。
まさか、また禿親父が来たのだろうか?
別に一日くらい診てもらわなくてもいいのだが、向こうは仮にも医者。
嫌いな奴であっても面倒を見なければいけない立場だ。
「別に来なくていいのによ・・・あ!」
どうせだ、もう一泡ふかせてやろう。
ふふ、恨むなら俺に暇な時間を与えたこの病院を恨むがいい。
無茶な責任の押し付けを心の中で唱えながら、俺はこっそり準備を整える。
今回も至って簡単。
引いて開けるドアだからこそ出来る簡単な仕掛けである。
ドアとドアの間の床から十センチ上に手持ちのゴムを張って、入ってきた途端に思いっきり引っ張る。
そうすれば訪問者が入ってきた瞬間ゴムに足が引っかかって、見事に転んでしまうという注意力を試す罠。
中年は運動不足で反射神経が衰えやすい。
こうして罠を張ってやることで、日常がどれだけ危険に満ちているかを警告する。
そう、これは言ってみれば親切でやっているのだ。
なら何でそんなに嬉しそうなんだよ、という内なるつっこみは無視する。
「開いてますのでどうぞ〜♪」
俺は再度の丁寧なノックに猫撫で声で答えて入室を促す。
俺は屈んでワクワクしながら待っていると扉が開かれた。
途端俺はぎゅっと引っ張って、か細い足首を引っ掛けた。
・・・・・へ?か細い?
「きゃっ!?」
認識したのもつかの間、訪問者は派手な音を立てて床に思いっきり転んだ。
「あれ?お、女?!」
「いたたた・・・・・」
やたら痛そうにしている訪問者は、長い銀髪を優雅に揺らしている白衣を着た女性だった。
<第二話へ続く>
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