とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十六話
『校内で忍さんのボディーガード!? やります、やらせて下さい!!』
この度俺の仕事を手伝う事になった、新米の助手。親友であるレンを救った俺に恩義を感じて、自分から申し出た空手少女。
月村忍とすずかの護衛を正式に引き受けたその日、俺は城島晶に連絡を取って仕事の内容を語った。
綺堂より聞かされた背後関係は省略、仕事の本分のみを説明したところ、元気の良い返事が返ってきた。
『くれぐれも言っておくが、無茶はするなよ。本人にばれない程度に、月村の様子を探ってくれ。
犯人は学校まで襲撃するような馬鹿ではないらしいけど、一応念の為にお前を付けるんだからな』
『運転手のノエルさんとボディーガードの良さんと一緒に学校まで送り届け、放課後は即帰宅。その間が、俺の仕事っすよね!
任せて下さいよ。俺、絶対にレンの分まで役に立ちますから!
――ボディーガードか、くぅぅ……こんな人生を待っていたぁぁぁぁ!』
「やかましい! お前、もしそのテンションでバレたら折檻するからな。尻、百発の刑だ」
『ういっす、その時はパンツ脱ぐっす! あ、パンツといえば――ばれないように、女装の準備しておかないと!』
『普通にセーラー服、着ろよ!?』
体育会系の女の子は扱いに困る。男にまみれて生きてきた事もあって、羞恥心より好奇心が上回るらしい。
無給でこき使えるので大変結構なのだが、ドラマと現実を混同しないでもらいたい。
――ま、俺は今からドラマティックに満ちた映画を見に行く訳だけど。
月村忍お嬢様を見送り差し上げた後、ノエルの車に乗せられて俺達は映画館へ直行した。
助手席の俺は先月お嬢さんより貰った携帯電話を取り出して、助手席からルート案内。
幸いにも月村と一緒に観に行った事のある映画館らしく、ノエルは映画館の名前だけ聞いてすぐに向かってくれた。
「宮本様を御車に乗せた時も、この映画館へ向かう予定でした」
「お前らが通りかかってくれなかったら、正直やばかったよ」
思い出話としては物騒だが、通り魔事件での奇縁を二人で話す。犯人として追われたあの時、月村達は映画を観る予定だったのだ。
それが本物の事件と遭遇してカーチェイスとは、現実とは意外に刺激的らしい。まさか自分もその映画館へ行く事になろうとは。
過去失われた軌跡を時を経て再び歩く気分とはどのようなものだろうか……? ノエルの横顔から察する事は出来ない。
「到着致しました。すずかお嬢様、此方が映画館となります」
「……」
金を持つ人間のみに許された空間、館内に一歩足を踏み入れると別世界が広がっていた。
御子様が楽しまれる遊戯設備に大人達が賑わう華やかな店舗の数々、その全てが高いレベルで満たしている。
テレビの中の理想郷、裕福な家庭に一時の幸福を約束する世界。一度体験すれば、何度でも足を運びたくなる劇場が建てられていた。
この世の闇や現実の冷たさなど無縁な、娯楽の建物。専門のプロフェッショナル達が、最高のものを追求した結果が目の前にあった。
そんな夢の世界を、月の光が生み出す闇に隠された少女が静かに見つめている。感慨も無く、綺麗な瞳にただ映して。
「ちょっと待ってろよ。今日は客を一人呼んでいるんだ」
「お客様、ですか……?」
「ああ、待ち合わせ場所は――いたいた、おーい!」
子供から大人まであらゆる年代に愛される劇場で、今の俺の最高傑作が待っていた。
ふんわりローゲージでケーブル柄が特長のカーディガンに、レーヨン混のカットソーキュロットパンツ。
節に合わせた可愛い服を着て、俺に気付いた女の子が満面の微笑みで手を振る。
「良介がまさか映画に誘ってくれるとは思わなかったわ。今日の天気を真剣に心配したのよ」
「今日の俺が金を持たない貧乏人なら、容赦なく殴っていたぞ。
日頃の苦労を労う御主人様に、心から感謝しろよ」
「はいはい、優しいご主人様にお仕え出来て光栄です。嫌だと言っても、一生ついていきます」
……脅迫かどうか一瞬悩んだが、アリサはにこにこ笑顔。本当にご機嫌らしい。
何処から用意したのか知らないが、今まで俺が見た事の無い服で自分を飾っている。本当に可愛いから、何かむかつく。
四十万円の報酬は俺が仕事を見事に完遂した結果だが、仕事を探し出したのはアリサである。
手柄を独り占めなんてのは、愚かな成り上がりがやりそうな心の狭い行為である。金を持つ人間は、広い器を持たねばならない。
アリサの手柄を祝って昨晩映画に誘ってやると、本人は飛び上がって喜んだ。
デートの誘いなのかと詰め寄られて、アホかと否定。月村すずかの同席を話したのだが、本人はいたく機嫌が良かった。
『好きな人と、デートをする――そんな当たり前の事も、許されずに死んだから』
他に誰がいようと――俺が、アリサを誘った事が一番重要らしい。泣いて喜ぶとは思わなかった。
昨晩も結局俺の布団に入って、一緒に寝た。興奮して寝れなかったらしい、子供かこいつは。
同じ誘うにしても、妹さんとは対照的だった。無関心なのも、ちょっと反応に困る。
「こんにちは。あたしはアリサ、アリサ・ローウェル。貴女の名前を聞かせてくれる?」
「……月村すずかです。よろしくお願いします、ローウェルさん」
そして、そんな二人が今出逢う。明るい笑顔で話しかけるアリサに、すずかは無表情に見つめ返す。
馴れ馴れしい態度に嫌悪する様子はなく、好意的に返答する素振りも無い。
賑やかに騒ぐ周囲と同じ、月村すずかにとってアリサ・ローウェルは目に映る景色でしかない。
「他人行儀でこそばゆいから、アリサでいいわよ。あたしも名前で呼ぶから」
「はい、アリサさん」
「さん付けもいい。同じような年頃なんだから、仲良くしましょう」
「はい、アリサ」
「……何かむかつくわね、それも。と言うか、こう――」
年齢不詳の幽霊が、意味不明な難癖をつけている。我侭を押し付けられて、妹さんは首を傾げるばかり。
言わんとせん事は何となく分かる。月村すずかには、個性というものが無さ過ぎる。
誰かに言われたから、ハイハイ言う事を聞いているだけ。本人の心からの言葉が出てこない。
でも、それは――今のこの世界では、ありがちだ。自分の本当の姿を見せている人間なんて、殆どいない。
アリサだって分かっている筈だ。あいつはこの世界のあらゆる理不尽の結果、不幸に踏み躙られて死んだのだから。
それでも、ああして他人に接する事が出来るのは……心を見せられる友達に、出逢えたからだ。
似たような傷を持っていたフェイト、同じく家族も友人もいなかったはやて――素直な心を持つ、なのは。
高町なのは。ジュエルシード事件の真の立役者、優しさで人を救う魔法少女。
あの娘がアリサをあそこまで優しくしてくれた。
「――よ。すずか、親しくなった人にはこう呼ぶの。はい、リピート」
「アリサ……ちゃん」
「そう! よく出来たわね、すずか!」
歓声を上げて、アリサはすずかに抱きついた。すりすり頬擦りして、喜びを表現している。天才とは、一種のキチだと思い知らされた。
すまんな、妹さん。今晩厳しく折檻しておくから、ウチのアホなメイドを許してやってくれ。
たく、アリサの奴――
「宮本様、本当にありがとうございます」
「金が入ったから誘ったんだ。遠慮する事はないぞ」
「こうして映画に誘って頂いた事も感謝しておりますが――
すずか御嬢様に、初めてのお友達が出来ました。忍御嬢様もきっと、お喜びにな ると思います」
「違うぞ、ノエル。初めてなのは、あいつの方だよ。
あいつはな、初めて……自分から、友達になろうと努力したんだ。はしゃいだ顔の裏に、恐怖と不安を隠して。
それは才能とか、関係ない。今の自分の全てを見せて、あいつは頑張ったんだ。だから、あんなに喜んでいる」
天才ゆえに親から疎まれ、才能ゆえに友人に嫌われ、その可憐な容姿を男に穢されて、世界に見棄てられて死んだ。
アリサ・ローウェルは、ありとあらゆるものに裏切られた。他の誰よりも惨たらしく、悲しみのどん底に堕ちたのだ。
IQ200だから凄いのではない。あいつの本当の強さは、その絶望に負けなかった事。
無念のまま死に絶えるのが我慢ならず、想いだけで死を否定した。廃墟の中で歯を食い縛って、孤独に絶えた。
誰にそんな事が出来る? 次元世界の何処を探し回ろうとも、あいつほどの強さは誰にも持てない。
裏切られたあいつにとって、他人に接する事は怖かっただろう。それでも――月村すずかに、自分から話しかけた。
友達とは決して呼べないかもしれないけど……自分から手を差し伸べなければ、永遠に繋がれない。
「アリサ様が勇気を出せたのは、宮本様がこうして見守っていて下さったからだと思いますよ」
「人を結び付ける強さなんてないよ、俺には」
俺が手にしたのは、他人を斬る道具なのだから――
アリサとすずか、二人の美少女が話す光景は、俺には映画の一シーンに見えた。
40万円の男として富豪の仲間入りをした俺だが、金持ちの世界とはまだまだ奥深いらしい。
アリサと待ち合わせして劇場へ入り、本日の上映スケジュールを目の当たりにして実感する。
――1本ではない。
「13本同時上映されているだと!? 開始時刻はほぼかぶっているじゃねえか! どうやって観るんだよ!?」
「同じ日に全部観れるはずがないでしょう。観たいタイトルを選ぶのよ」
「1本1本観る度に金を取られるのか!? 詐欺だ!」
「分かったから、静かにして下さいね御主人様。メイドが恥ずかしいですから」
……自分のメイドに、世間知らずの成り上がり者だと馬鹿にされてしまった。うぬぬ、こんな商売が成り立っているとは。
お子様からお年寄りまで映画の世界に没頭できるシアター、チケット売り場には平日でもシネマファンが並んでいた。
隣にはコンセッションが設置されており、ガキ共が喜びそうなお菓子や飲み物が販売されている。
シネマ案内を見ると、つくづく映画というものが金を持つ人間のみ許された娯楽だと思い知る。
ソファのような心地良い座席に、立体感溢れる大きなスクリーン。
冷たい飲み物を片手に、夢の時間を楽しむ――1800円という大金を支払って。
一回観るだけで1800円だぞ!? 放浪時代の俺の三ヶ月分の生活費が、たかが数時間楽しむだけで消えてしまうのだ。
「その驚きようからすると、何の映画を観るのか決めていなかったわね……
どうするの? 良介のお金だから、希望があれば優先するわよ」
「お前らに任せる。何がどう面白いのか、さっぱり分からん」
金持ちの娯楽だと映画館へ足を運んでみたが、注目している作品は無い。今日放映されている映画を観るつもりだった。
時代劇や仁侠映画でもあれば興味を示したが、洋画に邦画と、ラインアップされている作品に関心を引くものはない。
アクションやファンタジーは先月嫌というほど体験したし、命に関わる重いテーマはプレシアでお腹いっぱい。
恋愛なんぞ、この先の俺の人生には無関係。アリサもいるしな。
女達が映画談義に華を咲かせている間、俺は劇場に出入りする人間を観察していた。人込みは極力避け、動き易い位置に身を置いている。
――不審者はおらず、シグナムの姿も無い。彼女はこの光景をどのように見ているのだろうか……?
「良介、皆で話し合って決めたわよ。この二本にするわ」
「人の金だと遠慮しないな、貴様ら!? 夕方まで観るのかよ……どれどれ」
アリサより渡された映画のチラシを見て、タイトルと内容紹介を確認する。
――二本共に、俺には食指も動かない映画だった。ジャンルが俺に全く合っていない。
「恋愛に、特撮かよ……
吸血鬼の恋に、改造人間のヒーローものね――ありがちだな、どっちも」
――吸血鬼と人間の、叶うことのない禁断の恋。
永遠に等しい命を持つ吸血鬼と、束の間の命を生きる人間。二人の出逢いと、健やかで哀しい時間。
種族の異なる存在の物語。二人の恋の結末は――そんな感じで締め括られている。
何ともロマンティックで切ない恋物語で、全身が痒くなりそうだ。アリサが好きそうだな、こういうの。
特撮物は複雑な感情で紡がれる恋愛とは違い、完全なる勧善懲悪作劇。国民的人気ヒーローの、映画版である。
悪の秘密結社に拉致されて、超人的な能力を持つ改造人間にされてしまった主人公――
腰に巻いたベルトよりエネルギーを受けて変身し、人々の平和を脅かす怪人相手に戦う。
たった一人で敵と戦う雄姿がガキ共の心を掴み、ダイナミックなアクションで敵を倒す姿に大人が憧れる。
俺のようなはぐれ者でも知っている、正義の味方だ。
「誰だよ、特撮なんぞ見たいと言ったの――あれ、アリサは何処へ行った?」
見ていたチラシから顔を上げると、アリサの姿が見えない。
護衛対象である月村すずかを探すと、ノエルと一緒に佇んでいた。ホッとしかけて、ファリンもいない事に気付く。
俺を殺そうとしたファリン――まさかあいつ、俺のアリサを!?
「おい、アリサ! くっそあのガキ、何処へ連れて行きやがった!?」
「大袈裟ね……あんな鉄仮面つけたままで、映画館に連れて行けるわけ無いでしょう。
玩具売り場に行っていたのよ。ほら、来なさい」
焦燥に駆られて叫ぶと、呆気なく冷静な声で返答があった。安堵の息を吐いて――安心している自分に、舌打ちした。
たかが一瞬いなくなった程度で、何を焦る必要がある。心が負った傷は簡単に癒えないらしい。自分で経験するとは、不覚。
八つ当たり気味に声のする方向を睨みつけて――
「ぶはははははっ〜〜〜! 何だ、そのお面は!?」
「どうどう、落ち着いて、落ち着いて。人の多い場所で暴れたら駄目。
悪いけど、この鉄仮面は映画を見終わるまで没収ね。女の子が、こんなの付けないの」
――怜悧冷徹な悪の鉄仮面が、子供に愛される正義の味方に変身。
これから観る予定の仮面ヒーローのお面を付けさせられて、ファリンは大笑いする俺に飛び掛ろうとしている。
関係者だと思われたくないので今までファリンは無視していたが、うちのメイドは黙っていられなかったらしい。
アリサはすました顔で自分と同じ職業の少女を宥め、先輩メイドのノエルに鉄仮面を渡している。
俺を殺そうとした凶暴極まりないガキだが、玩具のお面を付けていれば人畜無害には見えるな……うむ。
アリサの気遣いに感謝して、俺はチケットを購入して初めての映画をせめて楽しむ事にした。
吸血鬼と、改造人間――愛と、正義の物語を見届けるべく。
<続く>
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