とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第四十四話
連日明けても暮れても雨の鬱陶しい日が続いているが、夜になれば天は闇に閉ざされる。
昨晩は雨の中で血に濡れた死闘を行ったが、今日の夜は温かな家族の住む家で平穏に眠れそうだった。
高町家での居候生活でもそうだったが、平和な家庭での暮らしはどうにも落ち着かない。
幸福に包まれた優しい家族の温かさより、冷たい夜の孤独な野宿の方が性に合っている。
高町家では夜でも賑やかな声が絶えず、此処八神家でも――
「ごめんね、お風呂長引いちゃった。すぐに布団を敷くから待っててね」
「ああ。今、お前の作った報告書を読んでいる」
プライベートな空間など無意味と言わんばかりに、俺の部屋で寝泊りしている女の子がいる。
白い肌をほんのり桜色に染め、はやてとお揃いで購入したパジャマを着て、アリサが寝室に入ってきた。
他人には見せないリラックスした表情を浮かべて、大好きなお風呂から上がったばかりの隙だらけの姿を見せている。
「……こら。何故、俺の部屋に二組の布団を敷いている?」
「昨晩雨の降る中、寂しい夜を過ごした御主人様を温めてあげようかと思ったの。
こんなに可愛いメイドが今晩も添い寝してあげるのよ。感謝しなさい」
「雨の降る夜に、幽霊が一晩添い寝――見事な怪談だぞ」
アリサと俺の部屋は別々にはやてが用意してくれているのに、このメイドが毎晩俺の部屋で一緒に寝ている。
俺の皮肉や嫌味さえも会話の一種として楽しみ、アリサは鼻歌を歌って布団を敷いていた。
気高く生きるIQ200の天才少女が俺だけに見せる無防備な姿、アリサは完全に俺に心を許していた。
「引越しの手伝いが一件、アリサとザフィーラが担当。あの犬に、荷物なんか運べるのか?」
「人型で作業着を着せてあげれば、大型な男性で誤魔化せるわ。あたしが指示して、丁寧に運んで貰ったの。
気遣いの出来る人だから、お年寄りにも礼節ある態度で好印象だったわ」
「泥臭い作業着でも似合いそうだから怖い――報酬は不要になった家財道具一式? また物を貰ったのか、お前は。
依頼人はゲートボール大会の年寄りだろう? 古ぼけた家具貰っても金にならんだろう。廃品押し付けられてどうする」
「経年変化を楽しみながら長く使えるアンティーク家具には価値があるのよ。それに、物の値打ちはお金に変えるだけではない。
長い時の優しさを暖かな美しさに変化させればいいのよ、次の人に託せるように」
利を追求しながらも、情に沿った判断で物や人を動かしていく。未来予想図を描いて、少女は次なる手を打っている。
全貌を聞き出しても、今晩の良い子守唄になるだけだろう。学のない剣士だからこそ、学のあるメイドを必要したのだ。
俺は次に明日の行動予定一覧に、目を通した。
「アリサ。明日の予定、書き間違えているぞ。シャマルが家事担当で、はやてが仕事になっている。逆だろう?」
「それで合っているわよ。シャマルとミヤに明日、この家の留守番をしていて貰うわ」
「そうじゃなくて、はやてに何をさせるつもりだ? 足の動かない小娘なんぞ役に立たないだろう」
「……あんたって本当に遠慮なく言うわね、誰に対しても……気を使いなさいとは言わないけど、嫌われるわよ」
「お前がいれば、他はどうでもいいよ」
「!?」
「おい、俺の枕に顔を押し付けるな」
「う、うるさい、うるさい! 本当に、遠慮なく言い過ぎ!!」
湯上りで上気した顔をぎゅっと枕に押し付けて、メイドが悶えている。馬鹿である。
脳みそは賢くても、年相応の女の子らしい感情的な面もある。新しく生まれ変わってから、より顕著に見せるようになった。
第二の人生を楽しんでいるようで何よりだが、まずは説明をしてからにしろ。
「はやてが昨日言ってきたのよ。自分にも手伝える事はないか、と」
「俺の仕事を手伝うつもりなのか? どうして急に」
「働き始めた良介を見て思うところがあったのよ、きっと。守護騎士達も同じ。
先日言い争った内容、覚えてる?
八神はやての護衛なんて必要ない――良介の言い分に騎士達は今も反対の立場だけど、此処が平和な世界である事を実感し始めているの。
戦う事を必要とされなくなった騎士達は、次に何を考えると思う?」
「そりゃあ、戦う以外で主の役に立とうとするだろうな」
「それがあたしのお手伝いであり、良介の仕事の補佐となる。あくまで良介ではなく、あたしやはやての為に。
騎士達だって生活しているもの、お金の必要性は理解しているわ。
足は動かせないけれど――自分が動く事の大切さを、はやてはようやく知り始めたの」
足の動かない少女にとって、世界は不自由に満ちていた。安全な自分の家の中で、籠の中の鳥のように大人しくしていた。
羽のない雛鳥が羽ばたく事以外に、自分に出来る事を考え始めている。少しずつでも、前を見て。
俯く事をやめて、大きな空を見上げ始めた。
「だからといって、急に何もかも出来る訳じゃない。無理はさせず、本人と相談して出来る事を探していくつもりよ。
知ってる? 今この時もあの子、自分の部屋で勉強しているのよ」
こっそり観に行く野暮な真似はしないが、きっとはやての部屋の電気はついているのだろう。
車椅子に座って、机に向かうその姿を想像して――俺は苦笑しそうになった。
頑張れなんぞ言う必要はない。俺は言わなくても、はやてはきっと頑張れる。
「……怪我はさせるなよ。一緒に病院へ行くのは御免だ」
「はいはい、分かっていますわ御主人様。仕事の成果は、本人に直接聞いてね」
唇にそっと人差し指を立てて、アリサが微笑む。内容は内緒だと言いたいのだろう、分かってるよ。
俺なんぞより、よほど年寄り連中の相手は似合っている。せいぜい頑張って、仕事の幅を増やしてもらおう。
シグナムは俺の監視、ヴィータは明日ははやての護衛らしい。適材適所で予定されていた。
「お前の明日の予定は?」
「あたしは家で仕事。回線工事も終わったから、パソコンで作業するつもりよ。
ザフィーラは、あたしの護衛をしてくれるそうなの」
「お前になんで必要なんだよ!?」
幽霊の分際で、八神家の重鎮となっているアリサ。盾の守護獣は自ら、メイドの護衛役となっていた。
あの犬野郎……そんなに暇なら俺と交代しろ。美人姉妹の面倒でも見てやがれ。
納得がいかないが、追求しても何も変わりはしないだろう。俺への人望はないに等しい。
「良介は明日からの予定はどうなっているの? さくらさんからある程度は聞いているけど」
「俺は、月村姉妹の護衛を務める事になった。期間は、月村を狙う連中の尻尾を綺堂が掴むまで。そう長くはないらしい。
月村は明日から復学するので、車で通学中の往路を見張る。
お嬢さんが学校に行っている間は、妹の護衛に回る。こっちは学校に行ってないので、昼間はほぼ付き添いだな。
夜までに月村姉妹を家に無事に送り届ければ、一日の任務は終了だ」
「自宅と学校は安全なのね」
「月村の家はノエルやファリンがガードしている上に、セキュリティシステムも万全だとよ。金持ちめ!」
「はいはい、あんたの見苦しい嫉妬はいいから」
「人目の多い学校にまで襲撃をかけるほど、犯人も馬鹿ではないらしい。一応念の為、晶に様子は見させるけど」
「……? 晶と言うと、なのはの家の人? どうして護衛の仕事を手伝うのよ」
そういえば、アリサにきちんと説明していなかった気がする。昨晩はシャマルとの口喧嘩でそれどころではなかったしな。
俺は先月のレンの手術の事も含めて、晶が助手になった経緯を話してやった。
全て説明し終えると、シャンプーの香りのする柔らかな前髪に手を当てる。
「……そういう大事な事はもっと早く言いなさいよ……
城島晶。なのはの家族で、空手を使う女の子。恭也さんや忍さんと同じ学校――確かに良い人材だけど」
「あいつなら喜んで引き受けてくれるよ。安心しろって」
「それはそうだけど、本人は善意のつもりでも、高町の家の人には知らせていないのでしょう。
城島さんに何かあれば、経緯はどうあれ良介の責任になるわよ。
遊びではないという事を、ちゃんと徹底しておきなさいよ」
アリサは難しい顔を崩さずに、俺に忠告する。責任感の強い娘である。
俺は別に誰がどうなろうと知った事ではないのだが、確かに桃子とかは後で知るとうるさく言う気がする。
そのうち話しておくかな。このまま無関係にはなれないだろうし、あの一家とは。
「それにしても、六月開業で随分人数が増えたわね。また一ヶ月も経っていないのに」
「仕事が増えなければ意味がないだろう。年寄り相手にゲートボールしかしてないぞ」
「馬鹿ね。人が増えれば、出来る事だって多くなるわ。
人を通じて、可能性が広がっていく――あたしは良介に出逢って、その意味を実感しているもの」
人を通じて――他人と知り合う事で、自分の世界を広げていく。可能性を高めていく。
今はその過程であり、この仕事は他人との結び付きで成り立っている。味方を増やして、依頼人となる他人と接触していく。
その先に何があるのか分からないが、今もこうして選択肢が増えているのは事実だった。
「いずれ、世界の一つや二つ――軽々と、救えるかもしれないわよ」
「……クロノ達に任せるよ、その辺は」
暗く冷たい廃墟で、幽霊に向けて自分の夢を語っていたあの頃――
このまま無力に沈んでいくかと思ったが、アリサを死から救い上げて、俺は新しい人生を歩き始めた。
世界が救えるかどうかは分からんが……アリサやはやて達がいれば、天下は取れるかもな。
「今の内に、このチームの名前とか決めておく?」
「アホか。俺はあくまで金目当てで、この仕事をやっているのだからな。他人の面倒ばかり見ている暇は――
あっ、そうだ。肝心な事を聞き忘れてた。
ファリン捜索完了分の依頼料、ちゃんと貰っているようだろうな」
「今日中に、きちんと振り込まれていたわよ」
「――何時の間に口座が出来ていたのか聞かないとして、報酬は幾らだった?
二十万円の男たる俺様への報酬だ、きっちり取り立てただろうな」
そうそう、世界なんぞどうでもいい。俺はとっとと金を稼いで、フィリスや桃子に金を返さなければならない。
人間関係のしがらみを断ち切るには、まず入院費や生活費を何とかしなければ。
千円単位では納得しないぞ、綺堂さくら。俺様を試した罰だ、最低でも二万円は――
「四十万円、振り込まれていたわよ」
「……幾ら、だって?」
「四十万円」
「……」
「りょ、良介……?」
よ、四十万円? えっ、四十万円って、俺がよく拾う一円玉の何枚分だっけ? あれぇー?
待て、落ち着くんだ。二十万円の男たるものが、四十万円にビビってどうする。
そうだとも、たかが――に、にに、二倍、じゃないか、あは、アハハハハハ。
あははははははははははははははーーーーーーーー!!!!!
「アリサ君」
「く、君!? ちょっと、落ち着きなさいよ! 目が異様にギラギラしているわよ、あんた!?」
「明日俺と一緒に、金持ちだけに許されるショータイムを見ないか?」
「え……?」
アリサと俺の、明日の予定は決定した。
<続く>
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