とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 最終話
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窓から光が差し込む。
こじんまりとした部屋を唯一彩ってくれる外の景色は快晴な空の下で輝いている。
揺れるカーテンはシックなデザインがされており、窓の向こうの空気により揺れていた。
「あ〜、暇だ!暇すぎる!!
何で外はこんないい天気なのに、俺はこんな部屋で寝てないといけないんだ!!」
あまりにも理不尽な環境に、俺は気が狂いそうだった。
海鳴大学病院。
俺が現在入院させられている病院であり、全てが終わって俺が担ぎこまれた。
何でも話に聞いた所によると、この国でも有数の施設が整った有名な病院であるとの事。
俺は記憶がないので定かではないが、あの銀髪の女がここを指定したらしい。
人様が寝こけている事をいい事に、周りの連中が勝手に俺を入院させたのだ。
「入院費も払えないのにどうすりゃあいいんだよ・・・」
今まで病院に世話になった経験なんぞ一度もないからどうも落ち着かない。
大体からして、俺は入院費や治療費を払える程金を持っていない。
この国の医療制度は万全で、保険に入りさえすれば一部しか払わなくていい事は俺でも知っている。
だが俺は所詮社会のはみ出し者であり、そんな保険に入れる程真っ当な生き方をしていない。
入院するのは別にかまわないが、退院する時はやばそうである。
支払う金が無ければ、俺は警察に突き出されるだろう。
「その時はさっさと逃げるか」
この町からオサラバして、新しい旅立ちとすればいい。
・・・・一応決着もついたしな。
じいさんと対峙したあの日の夜。
まだ数日しか過ぎていないが、ひどく鮮烈でひどく刹那的だったのは覚えている。
勝負は・・・・ほんの一瞬だった・・・・
俺は治療で固定された肩がきしむのを我慢しながら顔を上げて、設置されている棚を見やった。
個室には花を飾れる台や衣服関係を収納できる棚に加え、冷蔵庫やテレビまである。
当初俺が入院する事になった時月村や高町兄妹はVIP待遇の部屋を用意してくれたのだが、俺が断った。
理由は金がないのもあるが、そういう差別が俺は嫌いだからである。
そういえばなのはとか言うガキの危機的状況を助けたとかで、高町の親まで礼にきて大変だった。
俺は別にたまたま現場に来ただけだと何度言っても、一家で頭を下げに来やがったしな。
ま、連中の事はどうでもいい。
俺は棚の上に置かれている物を見やった。
真っ二つに割れている木切れに、半ばから完全にへし折れている木刀。
じじいと対決したあの夜、俺を守って死んでいった二つの武器。
無我夢中だった。
肩をやられてほぼ身動き取れない状態、俺は死に物狂いで一撃に賭けた。
今まで生きてきてあれほど一生懸命になったのは初めてだろう。
今まで生きてきてあれほど勝ちたいと思ったのは初めてだろう。
天下を取るために、自分の夢を叶える為に。
そしてじじいの信念を越える為に。
集中し雑念を払うために瞳を閉じて、俺は真っ直ぐに突撃して振りかぶった。
そして・・・・
コンコンッ
考え事の最中に、軽快なノック音が扉より聞こえる。
げ、また誰か関係者じゃないだろうな。
何でだか知らないが、ここ数日色々な連中が俺の見舞いにやってくる。
暇でしょうがないとはいえ、そういう連中の相手はどうも慣れない。
怪我がまだ治っていないけど、さっさと病院から出て行くほうが無難かもしれない。
俺は居留守を決め込む事にして、ベットに寝転がって布団を被さった。
健康的なシーツの感触が心地いい。
コンコンッ
ふふん、誰が出るか。
俺様の自由な時間を妨げる奴はシカトに値する。
シーツの下でほくそ笑んでいると、がちゃりと遠慮なく扉を開ける音が聞こえてきた。
おいおい、ちょっと待て!?
「あ、やっぱり起きてる。侍君、怪我の具合はどう?」
「失礼致します・・・」
実に堂々とした態度で入ってきたのは、月村とノエルだった。
二人を見ると出会った時のラフな格好をしている。
月村がにこやかに俺に近づくのと同じく、ノエルはきちんとした態度で頭を下げて手に持っている花束を見せた。
「忍お嬢様と私からのお見舞いです。花瓶はございますでしょうか?」
「あ、ああ、花瓶なら棚に余りが・・・って、待てこら!
この不法侵入者共め。誰が許可なしに入っていいと言った」
「ノックをしても返事がなかったから別にいいかなって」
「・・・お前は相手の反応が無言だったらどこでも勝手に入るのか」
「どうせ相手にするのがめんどくさいとか思ってたんでしょう。
いいじゃない、私と侍君の仲なんだから」
「だから、どういう仲だ!」
何時も通りのマイペースぶり。
事件が終わった後も、月村やノエルは毎日のように俺の病室に見舞いと称して来ている。
いらないと言っているのに、着替えまで用意してくれている程なのだ。
俺とはいい加減縁を切ってもいいと思うのだが、俺への態度は二人とも変わる気配はない。
俺が半眼で睨んでいる間にも、ノエルはテキパキした動作で花瓶に水を汲みに行った。
「あいつもあいつで手際がいいのか、マイペースなんだか分からんな・・・」
「ノエルも侍君の事気にかけているんだよ。
家にいてもよく侍君の話をするから」
月村とノエルは事件の後、無事に家に戻れる事になった。
事件の捜査を撹乱させたとかでちょっと揉めたらしいのだが、元々は向こうが勝手に勘違いしたのだ。
それに銀髪の女も仲介に入ってくれたらしい。
後から高町兄に聞いたのだが、何でもあの女は警察関係者だったとの事。
結局あのじじいは逃げられなかったのだ・・・・
「ノエルが俺の話をね・・・案外嫌ってるからじゃないか」
自分で言うのもなんだが、あいつには命令ばっかりしている気がする。
「ノエルは人間の心に敏感なの。
心が醜い人間には礼節は示しても、決して心を相手側へ置き所にはしない。
逆に優しい人には・・・・」
月村が俺の目を覗き込んで、びっくりするくらい潤んだ瞳を向けた。
吸いこまれそうな目の美麗さを何とか振り払って、俺は月村に背を向けて寝転ぶ。
男が顔を赤くしていてはみっともない。
「そ、それにだな、お前こそいつもいつもこんな病室に来ているじゃねーか。
友達と遊びに行くとか色々他にやる事があるだろう」
「うーん、そう言われても私友達いないし」
「そうか。うん、確かにな」
「ちょっと!ここは普通、
『え!?忍ちゃんのような魅力的な可愛い女の子に友達がいないなんて!?』
って、驚く所でしょう?」
「・・・お前、俺の代わりに入院しろ」
「何でよ!?」
冗談はともかくとして、こいつ本当に友達がいないのか。
以前にも話を聞いたような気がするが、改めて思うと結構不思議な感じはする。
ここ二週間以上付き合ってきて、こいつは見た目より明るくて会話もユニークだ。
加えてこの美貌、男も女も惹きつける魅力がこいつにはあると思う。
考えれば考えるほど不思議な女である。
俺はそれ以上何も言わずに、話題を変えた。
「その後事件の経過とかはどうだ?テレビじゃえらい騒ぎになっているけど」
何しろ世間を騒がせた連続通り魔事件の犯人が有名な道場の師範だったのだ。
マスコミ関係では凶刃だの、腕試しだの、ふざけた憶測が飛び交っている。
犯人がどういう気持ちで、どういう心情で戦ったのか分かってもいないのは別にかまわない。
知らないのだ、事実を知れとまでは言わない。
だが無意味な憶測で他人を馬鹿にするのはむかついた。
じじいのせいで大勢の死傷者が出たとはいえ・・・・
「侍君が捕まえてからは、殆ど事件はスピード解決と言っていいと思う。
犯人のあのおじいさんは入院。
町も警戒態勢が解かれて、平和な夜になったしね。
あの夜に倒れていた人や前に侍君が見つけた人も、ちゃんと意識が回復したみたいだよ」
「そうか・・・それはよかった」
流石に一度でも見知っている人間が死ぬのは後味が悪い。
「高町君や妹さんもすごく侍君に感謝してたよ」
「はあ・・・・俺は別に助けるつもりはなかったってのに」
「うんうん、侍君がそういうんなら私は何も言わないよ」
・・・・なんかひっかかる言い方だな、このアマ。
「でもそれもあるけど・・・」
「うん?」
「あのおじいさんの気持ちを侍君が汲んでくれた事も嬉しかったんだと思うよ」
「じじいの気持ちね・・・」
「最後の最後まで通り魔の犯人じゃなく、侍君は剣士としておじいさんと戦って勝ったじゃない」
一瞬の攻防戦。
あの時、俺が己の全てを一撃にこめてじいさんの頭上に木刀を振り下ろした。
周囲に響く激突音。
次の瞬間、互いの獲物は音を立てて折れて地面に転がった。
じいさんは恐らく躊躇ったのだろう、動きが一瞬止まる。
逆に、俺は文字通り全力全身で剣を振るっていた最中だ。
俺は木刀と激突し合って折れても、そのまま自分の木刀を止めずに振り下ろした。
そして俺の木刀は長さが足りずにじいさんの頭上をかすめ、肩口から斬り飛ばしたのだ。
じいさんは仰け反って倒れ、俺もまた肩の激痛に襲われて膝をついた。
時間にして五分も経ってはいなかったと思う。
俺は本当にぎりぎりで勝利を収めた。
だけど・・・・
「・・・月村」
「ん?」
「あのじいさんさ、これで終わったりしないよな?」
世間的にはじいさんは大犯罪者になった。
一応自首扱いにはなったが、それでも襲われた被害者からすればじいさんは憎き敵だ。
その事実をじいさんはどう受け止めるのか?
長い幽閉生活でじいさんはどう変わってしまうのか?
俺には分からない。
分かるのは・・・・・
俺はやっぱりあのじいさんを嫌いにはなれないという事だ。
じいさんの行く末を柄にもなく案じていると、月村はそっと俺の手を取った。
「大丈夫。あのおじいさんはまだまだ頑張れるよ。今度はもっと違うやり方でね。
だって、あの人には侍君と同じ剣士でしょう?
負けっぱなしで終わったりはしないよ」
ひんやりとした冷たい手。
こういう時は暖かい手だと相場は決まっているのだが、月村の手より伝わる感触はひんやりとしていた。
でも、どこか心地良かった。
「そう、だな・・・・・」
じいさんがどうなるか、それは分からない。
このまま刑務所生活で一生を過ごすか、それとも社会復帰するか。
でも、じいさんは最後の最後まで剣士であり続けるだろう。
ならば、またいつか剣を交える機会がある。
俺もまた天下を目指して戦い続けるのだから――
「うし!じゃあ俺も練習に励むか!!」
「何言っているのよ。肩の骨にひびが入って、全治一ヶ月じゃない」
そういって、月村は笑って俺の肩に無遠慮に触った。
「いでーーーーーーーー!!!!」
病院中に響かんばかりの悲鳴が部屋の中に木霊した。
季節は初春。
海鳴町に今、新しい風が舞い降りた――
<第二楽章へ続く>
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