とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第二十三話






 連中の視点が自分に注がれているのが分かる。

通常の状態ならカッコの一つでもつけるのだが、肩が痛すぎて減らず口も満足に叩けない状態なのだ。

少しでも腕を動かせば激痛が走り、こうして立っているだけでも嫌な汗が背中に流れる。

ノエルが処置をしてくれたからか、先程よりはマシな動きはできるのだが、それもまた気休めに過ぎない。


「ノエル、持たせた木刀があったな。くれ」


 事件現場で握られていた木刀。

今思えばあの木刀から全てが始まった気がする。


「・・・宮本様・・・・」


 ノエルの声に薄っすらとだが、戸惑いの感情が浮かんでいるのが分かる。

表情を見てみたい気もするが、じじいと高町兄の前での気の張り詰めた状況下ではそんな余裕はない。

俺は利き腕を真っ直ぐに伸ばして、もう一度言った。


「木刀をよこせ。俺に素手で戦えってのか?」

「・・・分かりました」

「ちょっと待って!無理だよ、侍君。
肩を怪我しているんだよ」


 ・・・余計な事を言いやがって。

腕を伸ばしている今でも痛くてたまらんのに、こっちは我慢しているんだぞ。

月村の呼びかけになんでもない顔を維持しながら、俺は声を張り上げる。


「何でもないよ、こんなもん。かすり傷だ、かすり傷。
クソじじいの剣でやられる程、俺は弱っちくない」

「侍君・・・・」

「無理はしないほうがいい」

「あん?」


 振り返ると、高町兄が何やら真剣な表情で俺を見ている。


「肩に一撃を食らっただろう。腕がきしんで震えているぞ。
そんな状態では、先生に勝つ事は出来ない」

「そんな事、なんで言い切れるんだ?」

「・・・・君とて、先生の実力は分かっている筈だ」


 確かにじじいは強いだろう。

俺が戦いを仕掛け、じじいが戦いを仕掛け、二度俺達は剣を交じり合った。

結果として一度目は脳天を打たれて、二度目は肩を打たれた。

比べて俺は一度もじじいに剣を当てていない。かすりすらしていない。

だが、実力差はありすぎる―――とは俺は思わない。


「・・・てめえは何でじじいと戦おうとしたんだ?」

「・・・どういう事だ?」


 不可思議な顔をする高町兄に俺はもう一度振り返って、視線の先を捉える。

今までの人生で巡り合った最大の強敵。

師範の位に収まりながらも修羅の道に走ってしまった老人が、威圧感を伴って立っているのが見える。


「戦う必要はないだろう。取り囲んで、警察を呼ぶなりしたらいい。
少なくとも一対一で戦う必要はないだろう。だが、お前はそうしようとした。
何でだよ」


 気持ちとしては俺にも分かる。

だが敢えて俺が聞くと、高町兄は迷う事もなく答えた。


「先生は俺も美由希もお世話になった。
先生が例え何人もの人もその手にかけたとして、俺には恩人であることに変わりは無いんだ。
だったらせめて・・・・」

「自分のこの手で、か。くだらねえな」

「・・・くだらないだと?」


 剣呑とした声で問い掛ける高町兄に、俺は振り返らぬまま答える。


「お前はじじいの何を知っている」

「何・・・?」


 じっとじじいを見据えたまま、俺は一歩前に出る。


「このじいさん、今生きている若者に怒りを感じて狩りに出たんだ。
ようするに、俺らが大人に対してでかい態度取っているのが気に入らないんだろうな。
社会に図々しく生きている脛かじり共が大人になったらどうなってしまうのか。
よく分からないが、そんな風に感じたんだろう」

「先生、あなたは・・・・・」

「いいから俺の話を聞けよ。ようするに、じいさんはじいさんなりに考えを持ってやったんだ。
こいつなりに信念はあったんだよ。良いか悪いかは置いておくとしてだ」


 じじいに変化はない。

俺を目の前にして何も臆する事はなく、自分の獲物を手に立っている。


「一理はあると思うぜ。最近はガキの犯罪とか目立っているからな。
俺様のように偉大な野望を持って生きている奴なんか少ないだろう。
目的意識もない奴等が我が物顔でコンビニ前とかたむろっていたら、俺だってむかつくもん」

「だが、それが怪我をさせていい免罪符にはならない」

「そうだろうな。相手側にすれば余計なお世話だ。
だが、少なくともじいさんはお前らの気持ちを裏切った訳じゃないぞ」


 高町妹を見る。ガキを見る。狐を見る。少女を見る。銀髪の女を見る。

皆それぞれが俺を見つめていて、俺の言葉を聞いている。

俺は最後にじじいを見て答えた。


「自分が今一番大切な事を、自分なりのやり方でやる。
誉められた事じゃない。でも、他にやり方はなかったんだ。
お前をそれを非難出来る資格はあんのか?
じいさんが行動に移している間、何もせず何も考えてなかったお前が」

「しかし、人を襲う事は・・・・」

「言っただろう?誉められた事じゃない。
このじじいだってそれは分かっている筈だ。だよな、じいさん。
だからあんた、そんな辛そうな顔をしているんだろう?
大切な教え子が自分を非難しているんだからよ」


 無表情だった老剣士。

非情に自分の考えを貫いて無抵抗の人間を襲った奴が、今苦渋の心情を表に出そうとしている。

俺は連続して襲っている痛みを無理やり無視して、最後に高町兄を見ていった。


「じいさんは全てを覚悟の上でやって来た。
最後の最後大切な弟子に剣で倒されたら、じいさん自殺でもするつもりだったんじゃないのか」

「えっ!?先生!?」


 驚愕の表情を顔に出して高町兄が詰め寄ると、じいさんは顔を俯く。

やっぱりな・・・・・

このじじい、弟子にやられた後に死のうとしていたんだ。

最後に己の凶行を自分の大切な教え子に止めてもらえれば本望と思ったのだろう。

堅物な奴ほど、考え方が極端になりやすい。


「先生、そんな・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」


 高町妹の切ない声に、じじいは身を震わせたまま身動ぎ一つしない。

ち、湿っぽくなりやがって、たく・・・・

こういうお涙頂戴の雰囲気は俺は一番嫌いだ。

俺は舌打ち一つして、真っ向からじじいに怒鳴りつけた。


「おら、じじい。顔上げやがれ!
勝負の続き、はじめるぞ」


 じじいが驚いたように顔を上げるのを見て、俺はにかっと笑った。


「もっと堂々としやがれ。お前はてめえが正しいと思ったからやったんだろう!
てめえが言ったんじゃねえか!剣士は剣で語れって。
俺は天下を取る、そのためにてめえを倒す。
お前は自分の道を進む、そのために敵を倒す。それでいいじゃねえか。
互いに剣を持ってぶつかりあうのが一番わかり易い。お前はそういう生き方しかできないんだろう」


 じいさんは呆然とした顔で俺を見ている。

俺はぴっと人差し指を一本立てて、朗々とした声で語った。

思い出されるのは初めて道場へ戦いを挑んだあの日。

戦いの場に書かれていたあの言葉――


「『剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である』、だっけか?」

「・・・・・・ふふ、ふふふふ・・・はははははははは!!!」


 突然腰を曲げたかと思うと、じいさんは心底愉快そうに笑った。

初めて聞いたじいさんの笑い声。

それは今までの暗さを吹き飛ばすような快活な笑いだった。


「まさか、剣道の理念を君が語るとは思わなかったよ。これは一本取られた」

「へ、今度は剣でも一本取ってやるよ」

「面白い・・・・・怪我人だとは言え、遠慮はせん。
私は私の道を歩むがゆえ、君を倒すのみだ」


 へ、急に元気になりやがって。

でもま、こういうのがシンプルでいいよな・・・・

結局正しいか正しくないか、俺達はこれでしか決められないのだから。


「ノエル、木刀を」

「はい」

「月村・・・・」

「もう止めないよ。今度こそ、ちゃんと勝ってよね侍君」


 高町兄には呼びかけなかったが、本人も手出しする気配はない。

ノエルは木刀を持ってきて、俺に渡してくれた。

闇夜で姿形こそ判別は出来ないが、握るその感触が俺を勇気付けてくれる。

腕から肩に走る痛みは俺の力を奪うが、感覚は鋭くなっていった。


「この木刀、覚えているか?」

「うむ、私の木刀だな」

「武器の条件はこれで五分だ。決着つけてやるよ」


 じいさんはそのまま答えずに、木刀を真っ直ぐに構える。

一矢の乱れもないまっすぐな構えに、俺は緊張を全身が包むのが分かる。

同様に俺も構えたいのだが、肩の痛みがそれを許さない。

握るだけでも激痛が走るのだ。

これで先程のように連続して襲い掛かられたら、今度こそ俺は殺されるだろう。

防御する力もなければ、木刀を普通に構られる状態ですらない。

となると・・・・


「・・・一撃を仕掛けるつもりか・・・・?」


 頭上に真っ直ぐに木刀を構える。

高町兄の声が背後から聞こえてくるのを耳元で感じつつも、俺は呼吸を整えて機を待つ。

一撃必殺。

こちらから攻撃を仕掛けて、一撃でじいさんを力の限り撃つ。

それしか今の俺に勝機はない。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


 流石に俺の狙いは一目瞭然なのか、迎え撃つ体勢でじいさんはじっと待ちの姿勢に入った。

俺の肩が負傷している事はこいつが一番よく知っている。

打ち損ねたらもう後がない。

意識すると持つ腕に震えが走りそうになり、普段は聞こえない筈の心臓の鼓動まで聞こえてくる。

周りの音が一切遮断され、気持ち悪い程に呼吸音と心臓音のみが耳に響く。

これほど緊張するのは初めてかもしれない。

勝てば強くなれる。だが、負ければ・・・・・・

「侍君・・・・」

「宮本様・・・」


 二人の声。

俺の名を呼ぶ二人の声が、妙に優しく心の内に響く。

すると、緊張に縛られていた俺の身体が軽くなった感じがした。

そうだな・・・・

俺は首を振った。

考えるのはやめよう。考えても勝機が掴める訳じゃない。

ただ純粋にてめえを信じて、自分の剣を繰り出すまでだ。

俺は自分の瞳を閉じた。


「む、小僧!?貴様!!」

「行くぞ、じじい!!!」


 俺は目を閉じて剣を掲げたまま、全速力で走り出した。



何も考えず・・・・・・・



全力で・・・・・・・・・・・



振り下ろす!!!



 瞬間、激突音が周囲に反響した。





















<第二十四話へ続く>







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