とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十六話







病院という名の白い檻の中で、迷刑事と名女医の二人で行われた事情聴取。

被害者の切なる弁明は聞き入れられず、何とか釈放されたのは夕方だった。畜生。

徹夜明けの強硬な取調べで、善良な剣士は過労死寸前だった。


「身体を休めに来たのに、何故追い詰められなければならんのだ」

「貴方は命を狙われているんですよ、もう少し緊張して下さい!
でも良介さんは怪我をなさってますし、あまり過度に神経に負担をかけるのは・・・・・・ああ、どうしましょう」


 柔和な美貌を曇らせて、フィリスは憂いに満ちた息を吐いた。

赤の他人の事情に、よくぞここまで我が事のように心配できるものである。

呆れを通り越して、感心してしまう人の良さだった。


「だ、大丈夫だよ。大袈裟な奴だな・・・・・・ちょっと街灯を投げられたくらいで」

「絶対、普通ではありえません! ぶつかるどころか、掠っただけで大怪我していたんですよ!?
良介さん、悪い事は言いません。警察に保護を求めましょう。
身元を保証する人間がいないのでしたら、私が引き受けますから」

「いや、お前には治療費まで立て替えてもらってるし、これ以上は――」

「良介さんが、私の事を少しでも気にして下さっているなんて!?
やはり、貴方は変わりました――とても良い方向に。
きっと、大切な友達が出来たからですね。良介さん、これから少しずつ頑張っていきましょう。
私も及ばずながら、力にならせて下さい」


 だー、やる気に火をつけちまった!? アリサに言われた事をそのまま伝えただけなのに。

人間とは環境に適応する生き物。俺が変わったのは、身辺の変化があったからだ。

診療代も最初は踏み倒すつもりだった、アリサに説得されて借りを含めて返すつもりになっただけだ。


――そしてこれから行われる、八神はやての誕生日会の事も。


「お誕生日会、リスティが来られないのは残念でしたね」

「俺から得た情報を元に再調査するのは、警官として当然だろ。市民の安全優先だ」

「良介さんがもっと早く相談していればよかったんです。命を狙われているんですよ!
リスティは人をからかう悪い癖はありますが、仕事に関しては真剣です。
口ではああ言ってますけど、良介さんの事も心配しているんですよ?」

「・・・・・・どうだか」


 病院を出て俺とフィリスは図書館へ、リスティは事件が起きた現場へ向かっている。

もうすぐ日も暮れる時刻。互いに今日の最期の仕事を行うべく、別れた。

俺が知る限りの情報は伝えている、後はプロに任せよう。

・・・・・・我ながら他人事だが、正直今はあまり関わりたくない。

この町に流れ着いた時に起きた通り魔事件、巻き込まれて俺は犯人探しに躍起になった。

真犯人を探さなければ俺が加害者にされる。

関わらなければならない事情は確かにあったが――当時の俺は、心の何処かでワクワクしていた。

何人も血に沈められているのに、退屈凌ぎ程度にしか思っていなかった。

被害者に対しては、今も同情や憐憫を感じない。運が悪かったくらいにしか思えない。

そして今度は俺自身が被害者最有力候補なのに・・・・・・関わるのを渋っている。


――退屈なんて、もうしていない。


自分の弱さを思い知った。世界は広いのだと、人間とは深いのだと感じ取る事が出来た。

この手に掴んだのはちっぽけで、かつて心を占めていた矜持は完全に砕け散った。

やる事は腐るほどある。

病気の老人の説得や知人への恩返し、アリサとの生活や高町一家との修行、異世界の住民達との再会の約束――

プレシアは自分が犯した罪や病魔と、今も必死で戦っている。俺も負けていられない。


「あ・・・・・・良介さん、見て下さい。はやてちゃんが待っていますよ」

「本当だ。――フィリス、くれぐれも内緒に」

「はい。誕生日の事は勿論、事件の事も今は私の胸の中にしまっておきます。
良介さんから折を見て、きちんとお話しする事が条件ですよ」

「分かってる。何事もなければ、それに越した事は無いからな」


 フィリスが呼んでくれたタクシーに乗り、図書館が見えてくる。

今は正体の見えぬ事件よりも、目の前の決闘に集中するべき――

市民図書館の前で待ちわびている少女を目にして、俺は気を引き締めた。

・・・・・・何でガキの誕生日で、神経張り詰めなければならんのだろうな・・・・・

少しは退屈したいです、本当に。















 電動式の車椅子に乗り、白いセーターに身を包んだ少女。

春の終わりと夏の初めが交差する時期、季節の変化に女の子の服装も可愛らしく変化していく。

茶色の髪にはリボンが巻かれ、日々変わらぬ優しい瞳を俺達に向ける。


「ほんまに迎えに来てくれたんやね、ありがとう」

「俺だってたまには、この程度はするさ」

「アリサちゃんから良介来るとは聞いてたけど・・・・・・ちょっと意外で、なんやくすぐったいわ」

「家族サービスってやつさ。美味しいおやつでも帰りに食って帰ろうぜ、お前の奢りで」

「――うん、やっぱ裏があるよね。当然」


 ガッカリもせずに、納得されてしまった。どういう意味ですか、魔導書の主さん?

出迎えに裏があるのは事実だが、妙に癪に障るぞ。

タクシーだけ帰らせて、市立図書館から八神家までは徒歩。

帰りに商店街へ寄って御茶の時間を過ごす予定である――表向きは。


「ねえ、はやてちゃん、今日はどんな本を読んだの?」

「アリサちゃんに図書館の案内をしていたんですよ。すごく勉強家なんですよ。
経済とか世界の歴史とか、色々読んでいて――わたしアホやから、チンプンカンプンでした。

フィリス先生、アリサちゃんって英字新聞読めるんですよ。すごいと思いませんか!」


 ――何者なんだ、うちのメイドは。幽霊の分際で、貿易商でも目指すつもりか。

生前誘拐されなければ、才能を見込まれて世界に名を馳せる存在となっていたかもしれない。

今では俺の優秀なメイド、人生とはどう転ぶか分からない。

俺本人にしてもそうだ。

渋々はやての車椅子を押して歩き、フィリスが横に並んではやての様子を優しく見守っているこの光景――

平和なのか、堕落なのか、自分でもハッキリしていない。

正確に言えるのは、はやてにとっては健やかな生活風景であるという事だ。

海鳴町唯一の図書館――今まではフィリスやもう一人の外科医に時折連れて来てもらっていたらしい。

当たり前だが、フィリスは俺と出会う前から患者に親身に接していたようだ。やれやれである。


「はやてちゃんもアリサちゃんを見習って、一緒に勉強するのはどうですか?
必ず、将来の役に立ちますよ」

「あはは、耳が痛い話ですけど・・・・・・アリサちゃんにはついていけそうにないですわ」

「学校行ってねえもんな、お前。難しい本読めるなら、参考書の一冊や二冊余裕だろ。
勉強しないと、ますます馬鹿になるぞ」

「良介かって、全然勉強してへんやん」

「社会勉強」

「――うっ、何や物凄い説得力を感じるのは何でや。一人旅か、一人旅なんか!?」

「はいはい、はやてちゃん。駄目な大人を見本にしてはいけませんよ」


 はやてもそうだが、フィリスも段々俺に遠慮しなくなって来た。

普通の患者相手には絶対言わない事を、最近平気で口にするようになっている。

説教が続いて、俺の評価が下がり続いている影響だろうか? 無念なり。

複雑な俺の心境など知る由も無く、はやてはフィリスと話題を膨らませている。


「今日、図書館で親切にしてもらったんですよ。
アリサちゃんが昼からミヤの所に行って、わたし一人で本を探してたんですけど」


 これは本当で、アリサは午後からミヤの居る廃墟へ出向いている。

守護騎士ヴォルケンリッター、彼女達との直接対決は夕方の誕生日会。

パーティ出席で初対面のはやてに変に思われないように、ドレスアップを始めに礼儀作法を指導するらしい。

主に恥をかかせないように――騎士達もアリサの弁に納得して、今頃準備中。

途中で別れて変に思われないように、ミヤの不在を予め理由にしておいていた。

「迷子」の一言で納得されるアイツの扱いも不憫だった。


「読みたい本が本棚の上にあって、手が届かなかったんです。
もうちょい言う所で図書館の人呼ぶのも気が引けて、必死に手を伸ばしてたら――」

「取って下さった方がいたのね。きちんとお礼は言ったの、はやてちゃん」

「はい、勿論ですよ!」


 小さな親切、大きなお世話――怒られるので言わないでおこう。

まあ車椅子の子供が困っているのを見れば、大抵の奴は助けるわな。

別段珍しい話でもないので、俺は適当に聞き流す。


「無言で本を差し出されて、ちょう驚いたんですけど・・・・・・可愛い娘でした」

「女の子だったのね。はやてちゃんと同じくらいの娘かしら?」

「多分、そうやと思います。
話し掛けたんですけど、始終無言で――結局そのまま、去っていきました。

お人形さんみたいで、ほんま綺麗な女の子やったんですけど・・・・・・」

「? どうかしたの?」


 難しい顔して黙り込むはやてを、フィリスは不思議そうに覗き込む。

はやては考えに考えた末、思いつくままに語りかける。

その時感じた印象を、そのまま口にして。


「えと、その・・・・・・何て言うたらええんやろ。
その娘寂しそうとか、悲しそうとか、そういうのと違って――
お礼を言うわたしに無関心というか、何にも感じてない・・・・・・・・ような顔してたんですよ。

それがちょっと気になるというか、フェイトちゃんとも違う、何やこう・・・・・・ああ、思いつかん!」

「陰気で根暗な、眼鏡の文学少女だったんだろ。本の中に閉じこもる、ヒキコモリ」

「・・・・・・良介って、何で知らん人をそこまで悪く言えるんやろね」

「偏見ですよ、良介さん!」


 結局怒られてしまった、フォローしてやったのに。

大方根暗なガキが勇気出して助けたのはいいけど、お礼言われて何も言えなくなったんだろ。

恥ずかしがって逃げるなんて、だらしないぜ。

――いや、そもそもはやて本人に無関心だったという事か。

親切ではなく、通りすがりの気紛れ。お礼なんぞ言われたら逆に迷惑。人様に迷惑かけるんじゃねえよ、ぺっ。

おお、そう考えると根暗ガールに共感出来るぞ。誰か知らんが、お前を許す。


そうして夕暮れ時――三人で仲良く歩いている内に、目的地へ辿り着いた。


「喫茶『翠屋』、なのはちゃんのお母さんのお店やね。わたし、ここのシュークリーム好きなんよ」

「そう思って連れて来てやったんだ、感謝しろよ」

「・・・・・・本音は?」

「ツケあるんで、ついでに払っておいてくれ」

「そろそろこの人引っ叩いていいですか、フィリス先生?」

「もう・・・・・・」


 フィリスは俺が此処へ連れて来た本当の理由を知っているので、困った顔。

――そう、此処喫茶店『翠屋』が本日のパーティ会場である。

昨晩高町家に立ち寄った際、なのはの提案と桃子の好意で夕方五時より『貸切』とさせてもらった。

粋な計らいに最初こそビビったが、高町家では誕生日を祝う時にはこの店で祝う時もあるらしい。

なのはがニコニコ顔で語ってくれた。意味無くむかついて、殴っておいた――泣かれて、フィアッセに怒られた。

図書館から時間を調節して歩いて来たので、準備万端である。

外から見ても分からないように演出しているのは、流石としか言いようが無い。

恐らく、俺が呼んでおいた連中も集まっているだろう。

後は――はやてを中へ連れて行くだけ。



結局・・・・・・はやての口から、一度も誕生日という言葉は出てこなかった。



忘れているのか、遠慮しているのか――恐らく前者だろう。戸惑う素振りも見せず、先程まで会話を楽しんでいた。

ようやく訪れた幸せな家族生活で、色褪せた思い出など過去に埋もれてしまっている。


――誕生日も知らない俺と、同じように。


俺もこうして周りが盛り上がって、初めて誕生日が『祝う日』なのだと知った。

子供の頃、憧れは確かにあった。

美味しそうなケーキに温かな蝋燭の火、親や友人からの愛情溢れるプレゼント――

優しく迎えられなかった誕生日は、月日と共に忘れ去っていく。

一足早く大人になってしまう。一度も訪れないサンタさんを待ち続けて。

八神はやてにとって、自分の誕生日はそれほどまでに渇いた一日だったのだ。


だからこそ、今日は本当の意味で忘れられない日となってほしい。


はやての為だけではない。そうならなければ、アリサは死ぬのだ。

俺の誕生日プレゼントに成否がかかっている――最善は尽くした。

フィリスに視線を向けると、柔らかな笑顔で静かに頷いてくれた。よし、行こう。

俺は車椅子を押して、本日の主賓を――中へ招き入れた。





『お誕生日、おめでとう!!!』


















































<続く>







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