とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十三話
心から下げた頭を踏む行為はやる側は快感だが、やられた方は不愉快でしかない。
迷惑をかけたはやてへの誠意を踏み躙られて、俺の心は容易く裏返る。
元々他人に頭を下げる人間ではない、良くも悪くも。
垂直に落とされた足を、俺は頭ごと大きく持ち上げて跳ね飛ばした。
――つもり、だった。
ドスンと落ちてきた足は振り上げる瞬間、嘘のように消え去った。
羽毛が舞うように足の重さそのものが消えて、逆に勢いよく頭を持ち上げた俺が上半身ごと仰向けに倒れた。
コンマ以下の体重移動、馬鹿な。
「・・・・・・馴れ馴れしく、アタシらに意見してんじゃねえよ」
無様に転んだ俺の上から、未成熟な甘さを含んだ猛毒が浸透する。
咄嗟に起き上がろうとするが、猛烈な勢いで胸板に踵を叩き込まれて悶絶。小競り合いにもならない。
勝負を決めたのは、紅の髪の少女。
春を迎えつつある花びら――深紅の蕾が一厘美しく映えていた。
果実に似た甘さと鋭い棘を持つ赤い薔薇は、無遠慮に触れる者を容赦なく傷つける。
小さく純粋でありながら、自らの存在感を高らかに主張していた。
「ヴィータ、男はそのまま押さえておけ。下手に動かすな」
鮮烈な印象を持つ少女に、凛と張った、威厳と富貴に充ち満ちた美声が命ずる。
月明かりに照らされた秀麗な横顔に、我知らず心を奪われてしまった。
――媚びを含まぬ、純粋で気高い美しさを持つ女性。
ディープピンクの髪を後頭部で結い、鋭く輝く瞳をこちらに向けている。
少女と共通の黒い服は成熟な肢体のラインをクッキリと浮き上がらせていた。
均整の取れた無駄のない肢体は美しいの一言で、彼女の洗練された強さを主張している。
騎士の名に相応しい女性だった。
「彼のリンカーコアを回収しましょう。命を奪う方が確実だけど、不確定要素があるから」
繊細な白い手に指輪を嵌めて、一人の女性が騎士の傍らで落ち着いた様子で提言する。
物腰は控えめだが、知性を感じさせる静かな自信が瞳に浮かんでいた。
――ブロンドの長髪が印象的な女性。
白く澄んだ肌は陶器のようになめらかで、目鼻立ちには柔らかさがあった。
容姿は姫君を想わせる愛らしさでありながら、静かに佇むその姿は儚げで不吉な印象が絡み付いている。
他の二人と同じ黒いシャツ一枚でも、均整の取れた肢体を飾るに相応しい華となっていた。
「今はやめておけ。その男の真意を問い質さねばならん」
容姿端麗な女性陣に続いて、頑強な岩をイメージさせる男が登場。
彫りの深い顔立ちに真っ白な髪、屈強な体格が薄い布地を通じて逞しく主張している。
何より特徴的な――獣の耳と、大きな尾。
アルフが鋭い牙を持つ狼なら、この男はそんな狼達を束ねる獣の王だった。
最近は出会いすら限られてきた、本物の武人――貫禄があった。
「お前らが・・・・・・八神はやてを守る騎士達か」
「剣の騎士」シグナム。
「湖の騎士」シャマル。
「鉄槌の騎士」ヴィータ。
「盾の守護獣」ザフィーラ。
四人の守護騎士達、ヴォルケンリッターと呼ばれる魔法生命体。
本から生み出された仮初の存在が、圧倒的な存在感で場を支配している。
素人の俺でさえ感じ取れる力の差――紹介なぞなくとも、その誉れ高き二つ名が物語っている。
「そうだ。てめえの様な外敵を排除するために、アタシらが存在する!」
「ふぎっ!? 言ってくれる、じゃねえか・・・・・・」
赤い髪の少女ヴィータが無造作に俺を踏みつける。悲鳴を上げても眉一つ動かさない。
小柄な少女なのだが、どれほど抵抗しても足は微動だにしない。
どれほどのバランス感覚なのか、軽く乗せられているだけで俺の上半身は踏ん張り一つ利かない。
無駄に足掻いている間に、剣を冠する美麗な女性シグナムが俺を見下ろす。
「我々は急ぎ、主へ謁見を求めねばならん。その上で問う。
何故、このような邪魔をした?」
「待って下さい、リョウスケは何も悪くありません! ミヤがお願いしたんですぅ!」
交差する視線の間に飛び込んで、ミヤは俺を庇うように両手を広げる。
――この馬鹿、言わなくてもいい事を。
俺の評価は低いくせに、優しさと責任感の強さは天下一品である。
「――お前は」
「はわわ、お、お初にお目にかかります! ミヤと申します。マイスターのご恩情により、生を許されております。
頁の粗末な一部分がベルカの騎士に無礼な言葉、お許し下さいです」
相変わらず腰の低い妖精である。
土下座まではしないにしろ、恐縮しきった表情でペコペコ頭を下げていた。
「・・・・・・本当はミヤのようなイレギュラーが存在してはいけない事は分かっています。
ですからせめてリョウスケだけは――」
「馬鹿。何言ってんだ」
「はぇ・・・・・? わっ、ヴィータ様!?」
俺をしっかり踏ん付けたまま、ヴィータは空中で自己紹介中のミヤを掴む。
それまでの固い表情が少しだけ和らぎ、困惑するミヤの髪を撫でる。
その仕草は優しげで、暴力の片鱗すら見られなかった。
「ちっちぇえな、お前。アタシより小さい奴が生まれるとは思わなかったよ。
黒いひらひらしたドレスなんて着て、人形みたいだな」
「可愛らしいじゃない。ミヤちゃん、書から生まれた以上貴方は私達の新しい仲間よ。
貴方の存在を否定したりしないわ」
「我らは唯一人の主の為、この身を捧げる。上下関係など無い」
「将である私の指示に従ってもらう事はあるが、そう畏まるな。己を卑下する事は無い。
役目を終えるその時まで、共に戦おう」
「皆さん・・・・・・ぐす・・・・・・」
「いちいち泣くなよ。泣き虫だな、お前は・・・・・・ま、アタシがちゃんと可愛がってやるから安心しろ」
「はい! マイスターはやての為、五人一丸となって頑張りましょうです!」
せんりょーくがーいつうこーくー! やったぜ、ベイビィ。
お前コラ、人数からハミっている剣士が約一名蛙のように踏まれているぞ!
騎士同盟で盛り上がるのは結構だが、俺は帰らせてもらえないかな。
一向に解放されないまま、話は一方的に続く。
「話を戻そう。何故我々を主から遠ざけた」
「お話はある程度ご理解されているかと思われますが、今日は主の誕生日なのです。
八神はやて様が生まれたこの日を祝うべく、皆さんと祝福の会を行う事になりまして――」
「――当日主を喜ばせる為に秘密で、か。誕生日の概念は理解できるが・・・・・・
我々としても早くお目通り願いたい」
「うむ。誓いを立てて、ご命令をお聞きせねば」
シグナムとザフィーラが使命感溢れる表情で頷き合う。
長い歴史をかけて行われ続けた儀式の重さを感じさせる。
慌てたのがチビスケ、このままでは引き離した意味が無くなる。
「ま、待って下さいです!? 大切な儀式である事は分かるのですが、せめて一日だけ待って頂けませんか?」
「アタシらを仲間ハズレにする気かよ。気に入らねえな・・・・・・」
「そうです。私達にも主の誕生を祝う気持ちはあるんですよ、ミヤちゃん」
四人の守護騎士達の苦情に、気の弱いミヤは簡単に恐縮する。
彼女達の立場からの主張ももっともなので、余計に断り辛いのだろう。
主への忠義は絶対、本能に刻まれたプログラム。
叶うなら彼女達を紹介したいが、誕生日がバレる可能性は高い。
困り果てるミヤが形式的な秘密と守護騎士達の想い、最終的にどちらを選ぶのか分かりきっている。
・・・・・・やれやれである。
「チビスケ、こいつら分かってないからハッキリ言ってやれ。迷惑だから来るなって」
「――何だとてめえ、偉そうに!」
「うっせえ、バーカ。いい加減その臭い足をどけやがれ。お前らの都合なんぞ知るか。こっち優先じゃ、ボケ。
主従ゴッコは本の中でメルヘンにやってろ」
良い子ちゃんぶる気は無い。俺は言いたい放題言ってやった。
ミヤは驚き仰天で止めようとしたが、ハッとした顔で後ずさる。
――気付いたのだ、膨れ上がる殺気に。
「今の言葉。我々ベルカの騎士への侮辱と取るぞ」
「心の底から言ったんだ、訂正なんぞしねえよ。――アガガアアアアア!?」
踏まれているなんて生易しいレベルではない。
加速的に高まる重圧が皮膚を破り、肉を削り、骨を砕いていく感覚――
少女の何処にこんな力が生まれるのか、小さな足が俺を踏み潰していく。
怒りに燃える真紅の髪――殺意に凍てつく蒼い瞳。
踏まれているのは先月骨折した箇所、微塵も容赦せずに殺すつもりか!?
俺を殺したアルフと同じ剥き出しの殺気を肌で感じ取りながら、俺は苦痛の声を上げる。
――妥協はした。頭も下げた。これ以上の譲歩はしない。
例えこのまま骨まで砕かれても、俺は笑ってはやての誕生日を迎えてやる。
「うぐ・・・・・・騎士だか何だか知らねえ、が、ぐ――身勝手な忠義を押し付けるんじゃねえよ。
足も満足に動かねえガキに、背負わせてたまるか!」
「我らの義務だ。それに、『闇の書』が選んだ主に間違いはない」
「あぐぐ・・・・・・ど、どういう間違いが無いのか、細かく説明してみろ!
才能か? 魔力か? 器か?
八神はやてに少しでも触れる内容なんだろうな、ああ!?」
俺が文句をいうのは筋違いなのは分かっている。関わりたくもねえ。
今日ははやての誕生日――ただそれだけの理由で、俺は馬鹿らしく叫んでいる。
理由さえあれば遠慮なく戦える。大魔導師だって説き伏せられる!
「誓いだの何だのぬかしても、所詮お前らだけの一方的な都合だろうが!
自分達が選んでやった、みたいな顔しやがって!
今日はな・・・・・・あいつがこの世に生まれた事を、喜ぶ日なんだよ!!
はやてが喜ぶんだろうな? 幸せになるんだろうな? 今までの日常を過ごせるんだろうな!?
あいつの人生狂わしたら、今日だけは許さねえぞ俺は!!」
力を持った人間の苦悩を、先月直接対決して感じ取った。
弱者の俺には到底理解には届かない絶望は、結局完全な救いには届かなかったのだ。
はやてが力を持てばどんな人生を送るのか、俺には分からない。
ただ・・・・・・自分の力で誰かを救いたいと一度は願うのではないのだろうか、なのはのように。
そんな願いを抱いたはやては、絶対に以前の生活には戻れない。
「・・・・・・だったらてめえは、主の事をちゃんと考えているのかよ!
勝手に闇の書にアクセスして、何度も危ない目に合わせている張本人のくせによ!!」
俺の心に揺らぎは無い。
罪悪感を覚えるのは優しい心の人間、俺には該当しない。
ただ・・・・・・言葉に詰まってしまった。
相手の足も止まっている。赤い髪の少女は静かな瞳を向けて、何故か可憐な唇を噛み締めていた。
不意に――似ていると、感じた。
機械的な表情の奥に閉じ込められている感情に、対して。
「――貴方が最初にアクセスしたあの日、私達も一部分のみではありますが起動しました。
状況の前後は把握出来ていませんが、システムログは残されていました。
主に無断で、何度も『闇の書』の力を行使した貴方の痕跡を。
何の関係も無かった事件に巻き込んで、主を命の危機に晒した貴方に非難する権利はありません」
軽蔑に瞳を染めて、湖の騎士は俺に厳しく指摘する。当たり前のように、淡々と。
無関心に近い否定は、好き嫌い以前に何の感情も感じさせなかった。
今此処で俺が死んでも問題事項が一つ片付いた程度で終わるだろう、この女の中で。
「今後我々が居る限り、二度と同じ真似はさせん。貴様の意見など論外だ。
貴様自身が、主の害悪だと知れ」
侮蔑に等しい男の言及は正しさとなって、俺を打ちのめした。
八神はやてを不幸にしているのは俺――揺るぎようの無い真実。
俺と出会わなければ、はやては入院もせずに平和に生きられた。
危険に関わる事さえなく、平穏無事な毎日を過ごしていたに違いない。
「ミヤ。改竄された頁を管理しているのはお前だな」
「は、はいです。リョウスケとミヤが融合する事で、頁に籠められた想いの力が発動します」
「分かった。その頁を全てシャマルに渡してくれ。全頁を再修正して、一度白紙の状態に戻す」
――将からの宣告が、絶対的に響き渡る。
あまりにもお衝撃的な発言に、辞退を認識するのにさえ時間を要した。
チビスケの意識が追いついたのは、次の瞬間だった。
「ふぇ・・・・・・そ、それは出来ませんです!? あの、この頁はですね――」
「何を戸惑う事がある。お前の主は、この男ではない。違うか?」
「――それは、その・・・・・・そうですけどぉ、でもでも!」
「お前の助力は今後ないにしても、この頁が残されている限り、今後書にどのような影響を及ぼすのか不明だ。
危険と言い切ってもいい。不測の事態は回避せねばならない。
我らの主が行使する力、その全てが主の為だけに存在する。奪われた物は取り返さなければならない」
白紙の頁に描かれた願いの光景――貴き想いが籠められた絵。
ただ、描かれた頁の存在する本の所有者は自分ではない。
無断で描かれた絵など、どれほど清く美しい願いでも落書きでしかない。
他人に書かれた落書きを消しゴムで消す事を、咎める先生は居ない。
それでも――ミヤは納得しなかった。
「改竄された頁を元に戻せば、叶えられた願いが消えてしまう可能性があるです! やめてくださいです!」
「お前は一体誰の味方なのだ? 何方に仕えている?」
「あ、う・・・・・・」
「自分の身を案じているなら安心しろ。お前は、主や『闇の書』の力をお借りしてでも現界させてみせる。
万が一不可能であっても、形変われど主の力になれる。お前ならきっと――」
――なるほど、よく分かった。こいつらの本質が。
守護騎士プログラム、余分な感情を排除して優先順位を決めるシステム。
結果他の誰がどうなろうと、主の安泰を優先。その中に自分達機能の保全さえ、考慮しない。
『家族』なんて所詮理解の外なのだ、今のこいつらには。
得体の知れない関係よりも、騎士としての主従を求める。
役割は既に決定しているのだ、それ以外の何者にもなれないのだろう。
徒労に終わった事さえ馬鹿馬鹿しく思えた。
話し合いが通じないのなら徹底抗戦だ。こんな連中に、誰がプレシア達の願いを渡すものか。
このまましょぼくれた王子のままなら、婚約したお姫様の霊に呪われてしまう。いざ――
「部外者だから極力口を挟まないつもりだったけど、いい加減腹が立ってきたわ・・・・・・」
――忘れていた。今自分達がいる廃墟の、恐るべき亡霊を。
先に宣告したシグナムに匹敵する威圧感をこめて、アリサ・ローウェルが堂々とした態度で参上する。
そのままつかつかと、踏まれている俺の元に歩み寄って――
「っ!? お前――!」
「黙れ、無礼者。今すぐ、その足をどけなさい」
何と、有無を言わさずヴィータの頬をアリサは引っ叩いた。
幽霊少女の無力な一発が回避出来なかった事に、頬を赤くしたヴィータ本人が目を剥いている。
アリサは視線を揺るがせず、ヴィータを正面から見つめている。
「う、うるせえ! こいつがそもそも――」
「足をどけなさいと言っているのよ」
「くっ・・・・・・」
実力の差は歴然だが、殺意に燃えていた少女は一歩下がった。
ようやく自由となった身体だが、意識はまだハッキリ追いついていない。
アリサはゆっくり屈んで、退院祝いの新品剣道着についた足型を丁寧に拭き取る。
「大丈夫、良介? あんたまだ退院したばかりなんだから、無理しないの。
威勢良く啖呵を切るのはいいけど、後先も少しは考えなさい」
「あ、ああ・・・・・・いや、アリサ、ちょっと――」
「良介は休んでて。ミヤもお疲れ様、あんたは立派に意見を述べたわ。
後はあたしが話し合うから、良介を見てあげて」
「わ、分かりましたです!」
ミヤは自分事は自分で責任を持つタイプだが、簡単に引き下がった。
一ヶ月足らずの付き合いだが、きちんと理解出来ているのだろう。
俺とは比べ物にならないほど――やる気になったアリサは頼もしい事に。
厳しい表情が並ぶ四人に対して、アリサはしっかりと見据える。
「大人しくしているつもりだったけど、大切な主を足蹴にされて黙っていられる程不出来ではないの。
代わりに、貴方達への暴言は謝罪するわ。本当にごめんなさい」
「てめえが謝って済む問題じゃ――」
「よせ、ヴィータ。私からも足蹴にした事は詫びよう。だが、撤回するつもりは無い。
改竄した頁は渡してもらう」
「お断りよ。あたしにとって宮本良介は唯一人の御主人様。
貴方達と同様、アリサ・ローウェルが仕える主はこの世で唯一人だけ。主の叶えた願いは、あたしの誇り。
道理の立たない身勝手な申し出を、無条件で受けられるつもりは断じてないわ」
「大きく出たな、アリサ・ローウェル。我々守護騎士と、お前が同格だと言うのか?
それに道理が立たないとはどういう意味だ」
「そんな事にも気付かないのなら、はやての騎士を名乗る資格は無いわ」
アリサは一歩距離を取って、悠然と対峙する。
伝説とされるロストロギアの騎士達を敵にして、アリサは不敵に微笑む。
「守護騎士達ヴォルケンリッター、主君の名誉を賭けて――貴方達に決闘を申し込むわ」
月光の中で舞う天才少女の姿は、幻想的な美しさがあった――
<続く>
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