とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第二十話
一番早く気がついたのは俺だった。
何も起こらないまま見回りを続けるのに飽き始めた時、遠くより俺の耳に女の悲鳴が聞こえてきたのだ。
俺の様子に勘づいたのか、ノエルと月村も顔を緊張させて視線を巡らせる。
走り出そうとした俺に、家来の子狐が一歩早く狂ったように走り出した。
流石は俺の家来にして、野生の生き物。
俺達は子狐の案内の元、この修羅場へとやって来た。
予想外の野郎がいた惨状の場へ――
「まさかてめえが犯人だったとはな・・・・」
油断なく愛刀を突き付けながら、俺は対峙している奴に睨み付けた。
全身を黒で統一している俺とは正反対の白装束。
白い布で巻かれていた顔は既に素顔が露となっており、薄暗い深夜に堂々と立っていた。
「・・・私も君が犯人と間違えられたと聞いて驚いたよ、宮本君」
「いけしゃあしゃあとよく言ってくれるな、このじじい!
お前のせいで俺が濡れ衣着せられたんだぞ!!」
連続通り魔の容疑者にして、俺に屈辱と濡れ衣を着せた真犯人。
―前先道場師範にして設立者、前先健三郎―
好意的な言葉とは裏腹に、ぞっとするほど冷たい目で俺を見ている。
じじいは俺の啖呵にまるで動じず、自分の木刀を一振りした。
「・・・因果とはこの事かも知れんな。
道場破りで敗戦して、君がのこのこ引き下がるとは思えんかった。
再戦の場はあるとは確信していたが、このような場所でとは・・・・」
じじいは言いたい事を言って、木刀を真っ直ぐに構えた。
道場でやりやった時と同じ隙のない構え。
あの時と違うのは気持ち悪い程に押し寄せてくる強烈な圧迫感だろう。
漫画とかに出てくる殺気とか剣気は天下人にして大天才の俺にもよく分からんが、もしかするとこういうものなのかもしれない。
間違いなく言えるのは、こいつは俺を殺そうとしているという事だ。
胸が、いや肺が詰まるのを感じながらも、俺も愛刀を構える。
こういうのはびびった方が負けだ。
「ほう、持ち方が様になっているではないか。誰かに教わったか?」
意外だったのだろうか?
冷徹な目の輝きに揺れを浮かべて、じじいは俺の手元を見つめる。
高町に教わったのだが、それをわざわざ教えるのも癪に障る。
俺はあえてじじいの言葉を無視した。
「ノエル、倒れている奴を見てやってくれ。息があるなら救急車だ」
「・・・はい、承知致しました」
「月村は女とガキを。後、警察はまだ呼ぶな」
俺は迅速に指示しながらも、じじいからは目を離せなかった。
ちょっとでも油断すれば殺される。
予感と言えるだろうか、何となくそんな気がした。
俺の命令にノエルは大人しく従ったが、月村は意外そうな声を上げる。
「どうして警察を呼ばないの、侍君?犯人が目の前にいるんだよ」
「何の関係もない赤の他人だったら、このまま警察に突き出してもいいんだがな。
こいつが犯人だってなら話は別だ。
牢屋に送る前に、あの時の決着をつけてやる」
警察に突き出せば、このじじいとはもう戦える機会はなくなるだろう。
連続通り魔なんぞやったんだ、死刑になってもおかしくはない。
別にこのじじいがどうなろうと知った事ではないが、天下を取る上で白黒ははっきりつけないといけない。
反対されるかと思ったが、何故か背後よりくすっと笑い声が上がった。
「侍君らしいね・・・・分かった。存分に戦いなよ。
貴方達もそこにいると危ないから、こっちに来た方がいいよ」
月村の呼び声に、事態の成り行きに呆然としていた二人がはっとしたようだ。
「で、でも・・・・」
ふと見ると、家来を抱えた女が一人こちらを見つめている。
そういえばこいつ、さっき子狐になんか名前っぽい事を叫んでたな。
後で聞いてみるか。
俺はしっしと手を払って、その女に言ってやった。
「邪魔だから向こう行ってろ。巻き込まれても責任取らんぞ」
「はい・・・あの、ほ、本当にありがとうございます・・・」
「別に感謝する事はないって」
見回りを続けていたのも助けに入ったのも、全て俺の潔白を証明するためだけだ。
町の平和がどうこうだの、被害者がこれ以上増えないようにとかは考えた事もない。
俺はそんなお人好しでも正義の味方でもない。
「侍君に任せておけば大丈夫。私達は下がってた方がいいよ。
あ、ちょっと君!」
驚愕に満ちた月村の声にそっと見ると、いつのまにか俺の足元にガキが立っている。
確かさっき女の陰に隠れていた奴だ。
鬱陶しいのでどかそうとしたが、ガキは表情を青くしながらもじじいの顔を見ている。
じじいもじじいでガキを見る表情に複雑さを隠せないでいた。
「・・・どうして、どうしておじいちゃんがこんな事するの!どうして!」
おじいちゃん?
俺が疑問符を浮かべる横で、じじいは瞑目して答える。
「・・・美由希君の妹さんか・・・・
せめて、この男が勝つ事を祈ることだ。
でなければ私は君も手にかけなくてはならん」
「分からないよー!おじいちゃんはおにいちゃんやおねえちゃんにも優しかった!
みんな、みんな、おじいちゃんが好きだったんだよ!
それなのに、それなのに・・・・」
ふるふると身を震わせて、ガキは涙目で訴えた。
美由希っていうと、道場で会ったあいつか。
妹であるならば、じじいと面識があってもおかしくはない。
ガキの痛切な叫びにもじじいは沈黙しているが、やがて口を開いた。
「・・・全ては正すためだ・・・・」
「え?」
ガキが見上げるままに、じじいは独白を続ける。
「時代が変わり、この国は誰もが平和に過ごせる豊かな国となった。
だが、同時に腐敗への幕開けでもある。
今後の国を担う若者達の堕落ぶりは目を覆うほどだ。
髪・目・耳・服。情報社会に毒される者達のなんと多いことか。
自分の主張すらまともにできず、社会に不適格な者が続出している!」
「人を襲う理由にはならないと思うけど?」
冷静さに呆れをこめて、月村は横槍を入れる。
じじいは怯まず声を荒げた。
「無論、このような事で大きな変化が訪れるとは思っていない。
だが、誰かが粛清せねばならんのだ。
誰かが今の時代が過ちだと教えなければいかんのだ!」
「・・・合理的には思えません」
被害者に応急手当を施しながら、ノエルは口を出す。
声色はいつも通りだが、どこか哀切が含まれているように俺には聞こえた。
「波紋さえ浮かべればそれでいい。波紋はやがて広まっていく。
このまま廃れていくよりはずっといい・・・・」
「そんな・・・若い人にだっていい人はたくさんいます!
髪の毛の色を変える人は悪いのですか!その人が決めてやっている事です!
善か悪か、貴方に判断する権利はありません!」
女は非難の色をこめて言った。
それまでじっと聞いていたガキもそっとじじいを見つめて言う。
「おじいちゃんはおにいちゃんやおねえちゃんに優しくしてくれてた。
おねえちゃんだって言ってたよ。
おじいちゃんは大勢のお弟子さんに慕われている立派な人だって。
おじいちゃんは皆のことが嫌いなの?」
二人の言葉にじじいがしばし俯いて、ぎゅっと木刀を握る。
「・・・・私はこいつと共に生きてきた。
竹刀を振る事から始めて、四十年以上剣に狂ってきたのだよ。
私はね、これでしか物事を成せない不器用な男だ。
自分にとって最善だと思う事をやるしかなかった・・・・」
木刀を見つめ、じじいは静かに語った。
何十年という時の流れを生きてきた男。
老年の語る言葉には重みがあり、引き際を知らない強いインパクトを持っていた。
ガキはそれ以上何も言えなくなったのか、涙をポロポロ流し始める。
きっとこのじじいが大好きだったのだろう。
だからこそ辛い。好きだった人が狂気とも言える事件を起こしていたのだから。
事件は決して悪気があって始まったのではないのだから――
俺はガキの頭にそっと手を置いた。
「・・・・おにいちゃん・・・・?」
不思議そうに見つめるガキに微笑んでやり、俺はガキを後ろに下がらせた。
「ごちゃごちゃと奇麗事をほざいているけどよ、結局はむかついたんだろう」
「・・・何?」
剣呑とした雰囲気を沸き立たせて、じじいは俺を見やる。
俺は皮肉げに口元を歪めて、愛刀でぽんぽんと肩を叩く。
「俺等若い連中が調子に乗っていろいろやらかしているのを見て腹が立ったんだろう?
年寄りのひがみじゃねーか、そんなもん。
ピアスして、髪金髪にして、だらけた格好でティッシュ配ってる奴でもお前よりはずっと偉いね。
だって犯罪犯してないからな」
「・・・・・・・」
こちらへ押し寄せるプレッシャーが強くなってくる。
俺は柄をぎゅっと握り、声を張り上げた。
「どんなに言っても、お前のやっている事はただの犯罪なんだよ!
てめえを正当化してんじゃねーぞ、こら!!」
「黙れ!何も知らない小僧が!!」
激昂し、じじいは木刀を振り上げて襲い掛かってきた。
<第二十一話へ続く>
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