とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十七話
                               
                                
	
  
 
 風薫る五月、春晩のおりから葉桜の季節を迎えた。 
 
自然豊かな海鳴町も新緑の色が増し、五月晴れに新緑の野山が映える。 
 
五月の空に鯉のぼりという時分でもないが、吹く風も夏めいて、うっすらと肌も汗ばんでくる。 
 
海鳴大学病院から見える景色に、夏の気配が感じられるようになった。 
 
 
 
『時の庭園の調査も先日完了した。 
押収した研究機材や実験材料は、後日本局へ移される手筈になっている』 
 
「保存用のポットはどうなった? 
アリシアの他にも……その、他に死体とか……」 
 
『人体実験は行われた様子は無い。クローン技術は僕達の世界ではある程度確立されている。 
調査によるとジュエルシードやアルハザード、フェイトに関する資料が殆どだ』 
 
 
 
 とりあえず安心、これ以上余計な罪状を増やさないで欲しい。 
 
病院のベットに寝そべった状態で安堵の息を吐く俺に、空間モニターの向こうでクロノが苦笑いを浮かべる。 
 
何故執務官の奴がほぼ無傷で現場復帰、民間人の俺が重傷を負って再入院しているんだろう。 
 
普通逆だろ、立場的に。 
 
  
――ジュエルシード事件から、半月。 
 
  
水面下で世界を巻き込んだ犯人プレシア・テスタロッサは、時空管理局へ正式に自首した。 
 
事件関係者フェイトやアルフは事情聴取を含めて、アースラで保護。 
 
海鳴町に飛散したジュエルシードも無事回収されて、事件はようやく終わりを迎えた。 
 
 
とはいえ、落ち着いて来たのはつい最近の話。 
 
 
アースラへ戻れば俺の説得方法についてクロノやリンディに叱られ、病院に戻れば約束の内容についてフィリスと口論。 
 
病室へ戻れば怪我の悪化ではやてやアリサに怒られ、ベットに戻れば高町一家が見舞いに来て寝かせてくれない。 
 
ギリギリの死線を乗り越えたからこその大騒ぎで、皆の声が一つも失わずに済んだのは奇跡に等しい。 
 
  
――意識が戻った神咲那美も病院を退院、互いの無事を喜び合って久遠と一緒に寮へと帰った。 
 
――鳳蓮飛は勇気の決断が実って手術は成功、周囲が驚くほど順調に回復しているらしい。 
 
――お世話になった月村やフィアッセに成果を報告、我が事のように喜んでくれた。 
 
 
 
この半月間はグッスリ寝るか、誰かと話すかのどちらかだった。 
 
本当に今回ばかりは、心底疲れ果てた。 
 
俺を始終手助けしてくれた妖精も病室の棚の奥でお昼寝中。帰れよ、引き篭もり。 
 
 
『怪我の具合はどうだ? 
プレシアが投降した瞬間、糸が切れたように倒れたので驚いたぞ』 
 
「気を抜いた途端、目の前が真っ黒になったんだよ。気付いたらベットの上だ。 
6月まで一歩も病室から出るなと、主治医に釘を刺された。 
 
コレを見ろ、コレを! 
 
あの女、俺が爆睡している間に手錠をかけやがったんだぞ! 
しかも聞いてくれよ、クロノ。 
身内が全員退院したから、俺は個室へ移されたんだよ。 
珍しく俺の願いを聞き入れてくれたと喜んでたら、フィリスの奴病室の前に警備員配置しやがったんだ! 
トイレや売店に行くだけでも、フィリスの許可が要るんだぞ! 
しかも許可出ても、ゴッツイ警備員が始終同行しやがる! 
見舞いに来た連中や病院側に訴えれば、笑顔で黙殺しやがるんだ!? 
 
次元世界の法の守護者――時空管理局に、俺は訴えたい」 
 
『裁判に持ち込んでもかまわないが、100%敗訴になると断言しよう。 
観念して大人しく寝ていろ。 
病状を差し引いても、プレシア・テスタロッサより君の方が重傷なんだぞ』 
 
 
 プレシアの攻撃魔法が直接肋骨に作用して、損傷していた部分は見事に骨折。 
 
重い疲労を背負う身体を支えていた手足も、プロミネンスの余波で火傷が悪化。 
 
攻撃魔法の嵐に晒されて、裂傷や打撃の痕が増えた。 
 
包帯と消毒液だらけの身体を見つめて、クロノは呆れ半分に呟いた。 
 
 
『それだけの大怪我を負って、一ヶ月程度で退院か。 
回復魔法の補助を受けているにしても、人間とは思えない回復力だな……』 
 
「少しも褒めてないだろ、お前」 
 
 
 那美の癒しの霊力に異世界の回復魔法、献身的な名医の治療。 
 
剣や魔法の才能が無い俺に与えられた、世界最高の医療陣―― 
 
願いを叶えるジュエルシードや俺の法術よりずっと、現実的で温かい。 
 
未熟な我が身に流れる血も、傷付いた身体に生きる活力を与えてくれる。 
 
 
……鈍い俺でもいい加減分かる、月村の血の特殊性。 
 
 
以前病院に見舞いに来てくれた時、あいつと手を繋いだ瞬間真っ白な衝動に身体が燃えた。 
 
男女のセックスにも似た恍惚感―― 
 
周囲に誰かが居なければ、匂い立つ月村の女の肌に襲い掛かっていたかもしれない。 
 
しかし異変が起きたといっても、回復力の飛躍的な向上だけ。 
 
当たり前だが身体能力は全く上がらず、次々と襲い掛かる強敵に何度も倒されました。 
 
 
月村に詳細を聞きたかったが、あの御嬢様――今、海外に居やがります。 
 
 
事件解決に貢献した俺様が病室すら満足に出られないのに、奴は日本を余裕で出て行っている。 
 
何が「一ヵ月後の退院を楽しみにしててね」、だ。死ね、死にやがれ。 
 
黒人にレイプでもされやが――この手のジョークは、今後アリサがいるので封印しよう。 
 
 
「俺よりもプレシアの容態はどうだ? 時空管理局の医療施設に移されたんだろ」 
 
 
 心身共に深く傷付いたプレシア。 
 
取調べを行える体調ではなく、罪を認めた魔女の身柄はリンディの決定一つで病院へ搬送された。 
 
プレシア・テスタロッサ――彼女はもう、長くない。 
 
俺との戦闘中何度も吐血し、強大な魔力の行使で身体を痛めていた。 
 
アリシアが死んで、心安らぐ日々など無かったのだろう…… 
 
長い間漂い続けた妄執は終わり、残されたのは夢の残骸だけだった。 
 
 
『精密検査の結果、プレシア・テスタロッサは重い病を患っている事が分かった。 
魔導師特有の難病で、リンカーコア――魔導師の魔力の源が蝕まれる。 
この病気の厄介なところは浄化及び再生処置、摘出手術ですら効果を生さない点にある。 
リンカーコアは万が一壊れても復元出来るが、この病魔に犯されると魔力まで取り込まれ、臓器を腐らせる。 
 
資質ある魔導師を殺す悪魔だよ』 
 
 
 愛する家族や輝かしい名誉、積み重ねた功績の全てを失った女性。 
 
不幸な人生を変えるべく、理不尽な現実に抗い続けて、世界すら敵に回して戦った。 
 
死者の蘇生、時間の逆行、次元世界の崩壊―― 
 
因果律を覆そうと人間の限界を超えてしまい、唯一残された魔導師の才能が彼女の命すら奪おうとしている。 
 
 
――分かっては、いた。 
 
 
彼女はもう助からない、幸ある生は望めない。 
 
俺は全て分かっていながらも彼女の願いを壊して、罪を認めさせて牢屋の中へ放り出した。 
 
プレシアは罪の無い人達を傷付けた、世間の大半は自業自得と言うだろう。 
  
でも……これでは、彼女があまりにも救われないではないか。 
 
 
人類皆兄弟、誰でも幸福になる権利があるなんて嘘だ。 
 
最後の最後まで、救われない人間がいる。 
 
救う価値も無い人間がいる、人を傷つけて幸せになる人間も居る。 
 
プレシアに責任を押し付けた社会、アリサを陵辱して殺した犯人――俺自身。 
 
行き場の無い怒りと悲しみに、俺は白いシーツをキツく握り締める。 
 
 
『――もっとも、死亡率が高かったのは五年以上前の話だが』 
 
 
「? どういう意味だ」 
 
『専門的な話になるので詳細は控えるが……この病は既に、治療法が確立している』 
 
「治るのか、プレシアは!?」 
 
 
 深呼吸をしたり、上体を曲げたりすると痛みが強くなるが、じっとしてられない。 
 
ベットから飛び上がるように起きて、クロノに詰め寄る。 
 
おいおい、思い掛けない展開になってきたぞ。この焦らし上手め。 
 
 
『落ち着け。症状を抑える手段があるというだけだ。 
不治の病である事に変わりは無い。 
……彼女は世間から離れ、日陰の生活を送っていた。恐らく、病院にも行かなかったんだろうな。 
この病は定期的に処置が必要だし、何より魔法の使用が命取りになる。 
君との戦闘――』 
 
「説得!」 
 
『はいはい、君との話し合いで病状も悪化している。 
幸い命は助かったが……魔導師としての人生は、もう二度と歩めない。 
残りの人生も病気との長く苦しい戦いになるだろう』 
 
  
 闇雲に薬を投与すれば、治療の為の薬が余病を引き起こして死に至る。 
 
魔導師を蝕む悪魔を消し去る特効薬はなく、長期的な対症療法を続けていくしかないらしい。 
 
幸いにも、クロノの話では発症メカニズムは解読されつつあるようだ。 
 
生命は失えば終わりだが、人生は何度間違えてもやり直せる。 
 
同じ悲しみを抱いた俺達が出逢い、対立し、心をぶつけ合ったのも――きっと、意味がある。 
 
プレシアに生きる時間を与えられたのだと、俺は信じたい。 
 
 
「そうなると裁判の前にまず長期入院か――って、裁判とか聞いた事ある? 
今まで俺の国の基準で考えてたけど」 
 
『ああ、僕達の世界でも裁判は存在する。 
形式や制度が異なる点はあるだろうが、事件をあらゆる観点から検証して法律に基いた判決を出す。 
出廷可能な状態に戻るまでは入院だな、彼女は』 
 
「お役所仕事は何だかんだ手間だな」 
 
 
 刑事ドラマのように、犯人逮捕で幕が閉じればいいんだけどな。 
 
被害者や加害者達の人生が問われる以上、管理局側は手が抜けない。 
 
クロノ達の苦労を思い遣るが、当の本人に気苦労は微塵も伺えない。 
 
 
『今回はまだマシなケースだ。 
犯人は自首して罪を認めているし、ロストロギア発動も未然に防げた。 
ジュエルシードの暴走を招いてしまったが、被害は少なかった。 
 
なにしろ――この事件で一番の被害者が、頑なに犯人を庇っているからな』 
 
 
 い、一応平和に解決したんだからいいじゃねえか! 
 
男の説得は殴り合いが基本だぜ。 
 
……あれ、だったらエイミィとの事も……? 
 
いかんいかん、ゴリラまで弁護してどうする。 
 
 
「裁判か……単刀直入に聞くけどよ。 
今回のジュエルシード事件、プレシアの罪はやっぱり重くなりそうなのか?」 
 
 
 命の次に重要な懸念事項――プレシア・テスタロッサの刑罰。 
 
悪名高い病魔の治療法が見つかっても、死刑判決が出れば無意味だ。 
 
プレシアの罪は、非常に不安定。 
 
人造生命研究、ジュエルシードの不法所持、民間人への魔法攻撃―― 
 
行方不明後の動向は不明瞭、管理外世界で起こした所業の数々は俺が否定している。 
 
時空管理局のさじ加減一つで、彼女の未来の明暗が分かれてしまう。 
 
不法所持ではなく安全の為の回収、攻撃は説得と庇い立てしても、所詮上っ面の出任せだ。 
 
 
『まだ裁判は始まっていないからな…… 
捜査は引き続き行われているが、今回の事件は事情が複雑だ。 
ロストロギア関連である事もそうだが、人造生命研究が絡んでいる』 
 
 
 裁判中に犯人が死んだからどうするんだ、時空管理局。 
 
事件を起こしたのはプレシアなので、文句を言うのはお門違いだけどな。 
 
俺の無言の抗議を察したのか、クロノは重い溜息を吐いた。 
 
 
『本来民間人に言うべき事ではないが、君も無関係ではないからな。 
万が一君の証言が必要になる事を想定すれば、事前に話しておくべきか。 
余計な事を言われて、段取りを台無しにされる危険性もある』 
 
 
 ……独り言は聞こえないようにお願いしますよ、執務官殿。 
 
事件に大きく関わったと言っても俺は民間人、局内の機密情報は漏らせない。 
 
生真面目な性格か職務意識か、色々とジレンマを抱えているようだ。 
 
優秀な頭の中で整理出来たのか、クロノは俺に向き直る。 
 
 
『……実はこの事件に関して、地上本部が干渉して来ている』 
 
「……地上? 何処の何方様を指しているんだ」 
 
 
『時空管理局の組織図は大きく三つに分けられる。 
 
陸上警備隊――時空管理局地上本部を中心とした、地上の平穏を守る部隊。 
航空武装隊――通称「空隊」、空の平和を守る少数精鋭部隊。 
次元航行部隊――アースラなどの次元航行可能な艦船が所属する、次元の海の保全に務める部隊。 
 
陸と海と空、次元世界を構築する三つの領域の安全を維持するのが僕達の職務だ。 
階級やポジション、所属する部隊で役割は異なるが、詳細は――割愛しよう』 
 
 
 俺の顔を見て露骨に説明を避けやがった、こいつ!? 
 
興味なさそうな顔をしたのがまずかったようだ。 
 
スケールは桁違いだが、自衛隊のような組織構成だと認識しておく。 
 
クロノに自分の理解を伝えると、大きく頷いた。 
 
 
「ジュエルシード事件は、クロノやリンディ――次元航行部隊の担当になったんだろ? 
そこへ陸の人間が顔を出して来た訳か」 
 
『何処で嗅ぎ付けたのか知らないが、ここ最近毎日尋問のような質問攻めに合っている。 
ロストロギア関連の事件であっても、詮索の度を超えている。 
これほど露骨な反応を見せたのは、僕が知っている限りでは初めてだ』 
 
「何も知らない部外者の意見だけど……地上の人間が不安に思うのは当然じゃないか? 
ジュエルシードが万が一発動していたら、世界が吹き飛んだんだぞ。 
空とか海とか陸とか関係なく、飲み込まれて人類滅亡だ。 
 
事情の一つや二つ、聞きたくなるだろう」 
 
 
 俺のグレイトな指摘にも、クロノは難しい顔のままだった。 
 
どうやら片田舎の剣士が考えるよりずっと、複雑な事情のようだ。 
 
 
『次元航行部隊直属の本局と地上本部の関係は複雑でね……恥ずかしい話、同じ管理局でも仲は非常に悪い。 
縄張り意識が強く、特に本局が地上に介入してくる事を本部は極端に嫌っている』 
 
「――それって随分勝手な話じゃねえか? 
クロノ達が介入するのは嫌うくせに、自分達は好き勝手に質問し放題かよ」 
 
『本局も本局で彼らの介入は好んでいない。だから、妙な話なんだが。 
責任を問うならまだしも、未然に防げた事件をこれほど深入りするなんて――』 
 
 
 正義の味方にも縄張りがあるらしい、やれやれである。 
 
魔法だの何だの不思議な力があっても、人間という生き物は変わらない。 
 
集団で生きる生物だからこそ、システムの中に組み込まれる。 
 
 
『それに、見過ごせない事もある』 
 
「まだ何かあるのか…… 
ようやく終わってホッとしている怪我人を苛めないでくれ」 
 
 
 やっと一段落ついて、平和を満喫しているのに。 
 
病院でぬくぬく寝そべる俺とは違って、二十四時間勤務のクロノは疲労を吐き出すように言い放った。 
 
 
 
『君がその怪我を負って封印したジュエルシード―― 
 
――あの紅い宝石だけが、先日保管庫から見当たらなくなっている』 
 
 
 
「な、何だって!? お前らを信用して返したんだぞ、俺は!」 
 
『君が持っていても仕方ないだろう。それに届け出たのはユーノだ。 
……とはいえ、信頼を裏切ってしまったのは事実だ。すまない』 
 
「えっ、いや――そこまで真剣に頭を下げると……恐縮するだろ、逆に」 
 
 
 俺がこの事件に介入するキッカケとなった、最初のジュエルシード。 
 
アレを拾ってしまった事でフェイトに襲われ、はやてを巻き込み、アルフと戦い――プレシアに目をつけられた。 
 
無関係な人間を多く巻き込んだ呪いの石は、正義の組織が無事に封印した。 
 
これでようやく終わったと、思っていたのに―― 
 
 
『なのは達が回収したジュエルシードと違って、あの石は君の力が作用している。 
暴走時と比較しても遜色ない強大な魔力が秘められ、性質も変化していた。 
 
通常の封印処理では危険だと判断して、一つだけ別に本局へ送り検証する手筈になっていた。 
その矢先に、本局の保管庫から持ち去られた……』 
 
 
 ――運命の女神の嘲笑が聞こえた気がした。 
 
 
まだ終わらないのか。 
 
打倒したと思っていた運命も、結局途中経過に過ぎないのか。 
 
ジュエルシード事件は――孤独を目指す俺の宿命は、まだ続いていた。 
 
乗り越えた山の向こうには、更なる山脈が待ち構えている―― 
 
唇を噛む、くそっ。 
 
 
「局内の誰かが持ち出したんだろう!? 分からないのかよ!」 
 
『今調べているが……現場で指揮を取っているのは上の人間だ。 
僕も努力しているが、深入りできない。 
 
人造生命研究、深入りする地上本部、ジュエルシードが消えた本局―― 
 
この事件、まだまだ僕達が見えない真実が眠っているのかもしれない。 
プレシアの思惑すら霞んで消えてしまうほどに――』 
 
 
 ……いや、もう本当に勘弁してくれ。 
 
宝石に目が眩んで、ネコババなんて考えるんじゃなかった。 
 
あの時捨てていれば、ここまで俺の人生が変わる事は無かっただろう。 
 
俺だけの、剣の道か―― 
 
 
「まさか……アリサや俺の法術まで知れ渡ってるんじゃねえよな?」 
 
『それはない。 
君の力を知っているのは管理局では僕とリンディ提督、エイミィだけだ。 
他者の願いを叶える君の法術は、人間の欲望を誘う。 
局内でも知られるのは危険だ。 
 
ただ……あの石を万が一分析されると、どういう結果をもたらすか分からない』 
 
 
 不安だー! 限りなく不安だー! 
 
でもあのジュエルシードを俺が封印した事実を知っているのは、クロノ達だけだ。 
 
石に秘められた力を発見出来ても、誰の力かは分かるまい。 
 
アリサや俺を断定するのは不可能だ、普通なら。 
 
ただ、 
 
 
「言いふらす可能性がある奴が約一名居るだろ! キーキー騒ぐ獣が!」 
 
『……何故君もエイミィも、そんなに仲が悪いんだ…… 
こうして君と連絡を取るのさえ、彼女に反対されたんだぞ』 
 
 
 俺だってあんな女、二度と会いたくないわ! 
 
宇宙戦艦が事故にでも遭って、あいつ一人死んでくれる事を切に願う。 
 
 
「それにしても、またややこしい事になったな…… 
折角俺が頑張ったのに余計な連中が関わってくれば、犯人が注目されて集中砲火食らうだろう。 
俺一人粘っても、罪を軽くするのは難しそうだな」 
 
『逆だよ、ミヤモト。厄介な状況だからこそ、利用出来る。 
上が現場の人間の意向を無視して強制介入するつもりなら、こっちにも考えがある』 
 
 
 自信に満ちた顔、嘘は言っていない。 
 
病院のベットの上で陰鬱になっていた俺に、経験と実績で培われた少年の保証は力強かった。 
 
余計な口出しはせず、黙ってクロノの結論を待つ。 
 
 
『本局や地上本部の上層部が介入する理由は、ジュエルシードか人造生命研究―― 
つまりプレシア・テスタロッサ本人ではないんだ。 
死者の蘇生やアルハザード――事情を知らないものから見れば世迷言だからね。 
研究者としての彼女の成果は劇的だが、犯罪者になった彼女はむしろ邪魔な存在だ。 
犯人が処分もなく放置されていたのでは、事件の中に転がる利は容易く拾えない。 
周りが騒いでいる間に、処分を定めて裁判を円滑に進める。 
 
明らかに有罪で処分を受け入れる場合は、決定は早いからね』 
 
「おお、素晴らしい!  
それで、クロノ執務官殿が目標とする処分はどれほどのものなのでしょうか?」 
 
『現金な男だな、君は』 
 
 
 うっさい、黙れ。それさえ決まれば、俺も一安心なんだよ。 
 
時空管理局の水面下の権力争いなんぞ、知ったことか。 
 
お前らだけで勝手にやってくれ、俺はもう抜ける。 
 
プレシアやフェイトが問題なく解決できれば、俺がいちいち関わる必要もねえ。 
 
固唾を呑んで見守っていると、クロノが発表した。 
 
 
『魔力の厳重リミッター処置と、辺境世界隔離―― 
 
リミッターと表向き瞑目しているが、実質は永久封印になる。 
隔離された世界から出られる日は、恐らく彼女が生きている間は……』 
 
「……なるほど、島流しか……」 
 
『島流し?』 
 
 
 古来、日本では死罪に次いで重い刑を今度は俺がクロノに説明する。 
 
受刑者は居住地から遠隔地への強制移住と、徒罪の服役が課される。 
 
刑期を終えたこと等により、流刑としての罪状が解かれる刑だ。 
 
確か時代劇知識によれば、家族は希望者のみが送られていた筈だ。 
 
クロノに聞いてみると、 
 
 
『労役は無いが、実質似たようなものだな。 
辺境世界では生活の保証はされているが、社会的措置は当然与えられない。 
 
プレシア・テスタロッサは今度こそ、社会から消える』 
 
 
 ……これで、プレシアは完全に世界から抹殺される。 
 
かつて手にしていた名誉や地位は取り戻せず、奪われた屈辱が残るだけ―― 
 
社会はこれからもプレシアを軽蔑し、世界の隅へ追いやる。 
 
失ったものの多くは二度と戻らず、今度は取り返す機会もない。 
 
それでも―― 
 
 
「なるほど。社会から見れば重い罪、俺達から見れば甘い処分だな。 
やるじゃねえか、執務官。 
俺と管理局――どちらの事情も見据えてくれたんだな」 
 
『プレシアがロストロギアを使用、もしくは僕達を本格的に攻撃していればこの程度では済まなかった。 
 
彼女は犯罪を犯した、その罪は償わなければならない。 
これから流刑地で、長く不自由な生活が待っているだろう。 
けれど罪を認めて反省する気持ち、悲しい母を案ずる娘、何より行動で示した君の努力―― 
 
そんな君達の想いを無視するほど、時空管理局は冷徹な組織じゃない。 
 
辺境は静かで自然豊かな世界だ――ゆっくり静養出来るだろう』 
 
 
 魔法が使えない状態は、むしろ病気持ちの彼女にとっては丁度良い。 
 
魔導師としての人生は、彼女自身が疎んでいる。 
 
今更理不尽な社会に戻るつもりも無いのだ、追い出されても何の未練は無い。 
 
世間や管理局側から見れば重い処分でも、俺達にとっては手頃な落とし所だった。 
 
脱力する俺を見て、クロノはようやく笑った。 
 
 
『後は僕の仕事だ。任せてくれ。 
地上や本局――上層部が本格的に介入する前に、行動に移す』 
 
 
 消えたジュエルシードの行方、不穏な動きを見せる管理局の上層部―― 
 
気になる点は多々あるが、興味本位でしかない。 
 
俺や俺の周囲に迷惑を被る話でなければ、どんな企みだろうと飛び込むつもりは無い。 
 
クロノやリンディならば、きっとやり遂げてくれる筈だ。 
 
  
さあ―ー小さな未練を断ち切って、この事件の幕を閉じよう。 
  
 
俺に残された仕事は、後一つだけだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<第七十八話へ続く>  
 
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