とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第七十二話
                               
                                
	
  
 
「プレシア・テスタロッサァァァァァーーーーーー!!!」 
 
 
 大空の彼方に向かって呼びかける。 
 
肺活量には大いに自信があるが、敵の本拠地は世界の向こう側。 
 
宇宙にまで轟かせても、彼女の宮殿は波風一つ立たない。 
 
プレシアがこちらに関心を示していなければ。 
 
 
「コソコソ覗き見してねえで、大人しくツラ出せコラァァァ!!」 
 
 
 クロノ達は半信半疑だったが、俺は確信を抱いている。 
 
ジュエルシードと法術――自分の願いを叶える二つの方法を、彼女は常に追っている。 
 
奴は死んだ愛娘が生き返れば、どちらの手段を取ってもかまわないのだ。 
 
どちらかの可能性が費えれば、もう片方を選ぶだけ。 
 
重病人を誘拐してまで俺を欲したのは、アリサという実例がある為。 
 
そして今日、二つの可能性が一斉に動き出した。 
 
この状況をみすみす野放しにするような女じゃない。 
 
今まで溜め込んでいた鬱憤を晴らすべく、俺は久し振りに肺を振り絞って全力で叫ぶ。 
 
最早人質も取られていない、プレシアの顔色を伺う真似も必要ない。 
 
 
「てめえが裏でコソコソしてるのは分かってんだよ! いい加減腹を決めろ、てめえ!! 
俺か小汚い石か、どっちか選びやがれ!! 
 
あっちこっち目移りしてんじゃねえよ」 
 
 
 自分で言っておいて、内心ハラハラしている。 
 
ここで腹を括ってジュエルシードを選択されれば、説得はいきなり失敗に終わる。 
 
プレシアは大魔導師として、愛する娘を持った親として、管理局を敵に回してジュエルシードを奪還するだろう。 
 
彼女の手にもロストロギアは存在する、使用されれば世界が終わる。 
 
こんなギャンブル、初めてだ。 
 
一人の男として胸の奥が熱く滾るが、最近の俺の運を考えれば勝利の女神が微笑む事はまず無い。 
 
呑気にルーレットの目が出るのを待てない。 
 
 
「もっとも――ジュエルシードでは、お前の願いは叶わないけどな。 
それでもいいんなら、勝手にしろよ! 
言っておくが、俺は自分を振った女を未練たらしく追わねえぞ。 
これが最後の交渉だ、金輪際お前とは関わらない。 
 
 
一人ぼっちで寂しく死にやがれ」 
 
 
 叶わぬ夢を抱いて潰える――俺がこの数日間何度も感じた絶望。 
 
誰かが俺を支えなければ、血と汗と泥に濡れて惨めに転がっていた。 
 
身体は正直今でも不調を訴えているが、流れる血は俺の精神と共に高揚している。 
 
破滅とか紙一重の状況でも、恐怖を魂が癒してくれる。 
 
姿を見せない強敵に見せ付けるように、俺は唇を吊り上げて胸を張る。 
 
魔方陣の展開を終えたフェイトが、そんな俺を不安と期待の眼差しで見守っていてくれた。 
 
経過する事数十秒、遠く離れた海上で大きな力が風に運ばれてくる。 
 
――ジュエルシードの回収が本格的に始まったのだ。 
 
海面がロストロギアの反応に揺れ動く中、空が断裂して不可思議な模様を描く―― 
 
 
空中に描いた魔法陣に、一人の女性の映像が映し出された。 
 
 
『まさか、貴方から呼びかけられるとは思わなかったわ。 
その後、怪我の具合はいかがかしら?』 
 
「嫌味を言える程度には理性が回復したようだな、誘拐犯。 
その様子から察するに、アリシアのポットは無事に復旧出来たようだな」 
 
 
 プレシア・テスタロッサ、世界を管理する組織が畏怖する大魔導師。 
 
強大な魔力と優れた知性、確かな実績がありながら彼女は没落した。 
 
堕ちた魔法使いは、今も尚躯を抱えて狂気に笑う。 
 
 
『あの娘は、私の希望。そう簡単に壊されたりしないわ。 
私の元へ帰ってくるまで、アリシアは絶対に死なせたりはしない』 
 
「もう死んでるだろ。死体抱えて、いつまで夢見てやがる。 
墓の一つも作らず、母親に弄ばれ続ける娘はさぞ気の毒だな」 
 
『貴方の大事な少女が帰って来た時、あの娘は命を弄んだ貴方を恨んだのかしら?』 
 
「……アリサは確かに、俺に恨み言は言わなかった。アリシアもそうだと言いたいのか」 
 
『生き返らせるまでの、ほんの少しの辛抱。あの娘はきっと喜んでくれる』 
 
 
 ――やっぱり、中途半端な偽善なんて届かないか。 
 
ありきたりな文句や遠回しな説得は、鼻で笑われるだけ。 
 
この女は自分のすることに、欠片の罪悪感も持っていない。 
 
更に性質の悪い事に、説得する側の事情も全て知り得ている。 
 
俺とプレシアは同じ悲しみを抱いた同類――鏡に向かって罵倒しても、自分を笑っているのと同じ。 
 
アリサは自分を死なせた俺を恨んだりしなかった。 
 
アリシアもきっと――罪を犯した母を呪わない。 
 
 
だからこそ、お前は何も分かっていない。 
 
 
彼女達は恨まないけど――優しさを失った俺達の代わりに、心を傷つける。 
 
馬鹿な事をやっている俺達を、月村や那美のようなお人好しが見過ごさないんだ。 
 
プレシア……俺達のような馬鹿はな、自覚しない限り間違い続けてしまうんだよ。 
 
俺を叩いた月村、孤独の闇に沈めたはやて、心の中で非難した彼女やミヤ――魂を削った那美。 
 
彼女達は俺に、それぞれのやり方で間違いを突きつけた。 
 
今度は俺が、そっくりそのままお前の妄執に突き刺してやるよ。 
 
 
「その為の法術であり、ジュエルシードか」 
 
『ええ、その通りよ。 
……でも、貴方はあくまで私に協力する気はないようね。 
忌々しい時空管理局と手を結び、ジュエルシードを全て回収しようとしている。 
 
残念だわ――本当に。 
貴方なら、私の思いを理解してくれると思ったのだけれど……』 
 
 
 嫣然と微笑んでいたプレシアの表情に、一瞬影が差す。 
 
大いなる悲しみと絶望に苦しんで、終には狂った女の――束の間の素顔。 
 
癒し難い孤独を背負った女の辛さを、俺は見た気がした。 
 
――誰にも理解されず、非難され続けた女性の人生。 
 
不慮の事故で娘は死に、死に追いやった原因は金だけ渡して責任逃れ。 
 
世間は女を冷たく見捨てて、全ての責任を背負わせた。 
 
誰が一番悪いというのか? 
 
 
誰が一番……悲しかったというのか? 
 
 
プレシアが狂気に陥った本当の理由は……俺があれほど切望した、孤独にあるのかもしれない。 
 
たった一人でも、彼女を励ましていれば――味方をしていれば。 
 
ギリギリと、胸が締め付けられる。 
 
プレシアが俺を見つけて喜んだのはきっと、アリシア生存の為だけではないのだ。 
 
彼女もまた俺に、同じ匂いを感じていたのかもしれない。 
 
 
ああ、本当に――嫌になるほど、俺に似た人間。 
 
 
アリサを喪って、絶望に俯く俺を誰も助けてくれなかったら……俺はきっと、こいつになっていた。 
 
差し伸べてくれた手があったから、抱き締められた温かさがあったから、俺はかろうじて救われたのだ。 
 
俺の人生を狂わせ続けた事件の最後の敵は――間違えた俺自身とは、何という皮肉。 
 
運命の女神は、最後まで嫌がらせをするらしい。 
 
 
"リョウスケ、しっかりするのです! 悲しみに引き摺られては駄目です!" 
 
"――!" 
 
 
 快感に似た深い共感を、厳しい妖精の叱咤が遮った。 
 
頭痛を併発する眩暈を、俺は懸命に振り払う。 
 
――同情してどうする。 
 
既に、俺とプレシアは既に別の道を進み始めているのだ。 
 
俺がやるべき事は、女と共に歩む事ではない。 
 
一緒に人生を歩むツレはもう決めている、優しくて生意気なメイドが俺を待っている。 
 
今は俺がかつて落ちかかっていた破滅へ向かうプレシアを、止める。 
 
ポケットの中からエールを送るミヤに内心感謝しつつ、俺は映像の中の未亡人を見据えた。 
 
 
「あんたの気持ちは分からんでもないが、やり方が気に入らねえ。 
てめえのせいでレンは死にかけたんだ。人質取って何が協力だ、ふざけんな」 
 
『……そう……ならば、話はこれまでね。 
残りのジュエルシードの正確な居場所も既に掴んでいる。 
管理局が今更手出ししても無駄な事。ジュエルシードは頂いて行くわ!』 
 
 
 交渉は決裂、御互いを結んでいた悲しみの細い糸は完全に切れた。 
 
激情に歪んだプレシアより、禍々しい光が放出される。 
 
映像越しに伝わる恐るべき魔力の噴出に、瞳の奥まで焦がされそうだった。 
 
気のせいか、空間モニターの周辺――その空域にまで歪みが生じているように見える。 
 
何をするのか凡人の俺には到底理解出来ないが、封印作業を続けているクロノ達に危害が及ぶのは間違いない。 
 
 
「どうぞどうぞ、御勝手に。好きなだけ持って行けよ」 
 
"!? リョ、リョウスケ、何言ってるですかー! 
プレシアさんは本気ですよ!? あの人の力なら空間攻撃も可能です!" 
 
 
 人様のポケットでジタバタ暴れる小虫を、うるさいのでピシャッと叩いた。  
 
彼女の魔法をユーノやアルフの結界で防げるか否か、イチかバチかを試す余裕なんぞ無い。 
 
執務官の前で暴力行為に出れば、もう罪を庇うどころではないのだから。 
 
言葉だけの説得は無意味、ならば次に現実面から斬り込む。 
 
  
「あんたの目的は分かってる。 
ジュエルシードを使って次元世界に穴を開けて、アルハザードへ行くんだろ? 
幻の大地に眠る死者蘇生の魔法や、過去に戻る特殊な術を求めて」 
 
『ウフフ、貴方に少し喋り過ぎたようね……それとも、時空管理局がつきとめていたかしら? 
まあ、どうでもいいわ。もう既に、願いはこの手にあるのだから。 
 
失われた秘術の眠る地アルハザード――私は必ず辿り着いてみせる! 
そして、喪い続けた過去をもう一度やり直すのよ』 
 
 
 今まで生きてきてずっと不幸だったから、もう一度昔に戻ってやり直す。 
 
誰もが一度は見る夢だ。 
 
生きていく上で辛い事や哀しい事がある度に、人間はやり直しを望む。 
 
その気持ちは至極当然、間違えてはいない。 
 
 
「てめえには無理だ」 
 
 
 この最終決戦に挑む上で、俺は唯一つだけ理解していた事がある。 
 
説得する方法――狂った人生を変えるやり方。 
 
 
それは、現実を教える事―― 
 
 
自分の弱さを自覚して、俺はようやく新しいスタートを迎えられた。 
 
この先一人かどうかはまだ分からないが、少なくとも今までと同じような走り方はしない。 
 
彼女が俺と似ているならば、この事件で俺が進んだ道をそのまま彼女に歩かせればいい。 
 
 
プレシア……今の俺達に、夢を叶える力なんてねえんだよ…… 
 
 
「ジュエルシードを何個手に入れても、どれほど正しく使っても、あんたの願いは叶えられない!」 
 
『夢物語とでも言うつもり? 愚かね……何も知らない野蛮人はこれだから。 
アルハザードは必ず存在するわ。辿り着く手段も知っている。 
その為の力も今、掴もうとしているのよ!」 
 
「現実を知らねえのはてめえだよ、この妄想女が。ハッキリ言ってやる。 
たとえアルハザードに辿り着けても、お前は娘と再会なんぞ出来ねえよ。 
 
――そんな死にかけた身体じゃあよ…くくく」 
 
『――っっっ!?』 
 
 
 自信に満ちた彼女の表情が、初めて驚きに揺れる。 
 
映像の向こう側で荒れ狂っていた魔力が突如消滅し、プレシアは憎々しげに俺を見やった。 
 
魔法の準備万端だったフェイトも、俺に驚愕の眼差しを向ける。 
 
その顔つきは今の母親にソックリで……哀しかった。 
 
 
「どっ……どういう、意味ですか、今の話……?」 
 
「そのまんまだよ。 
このオバハン――無茶し過ぎて、身体中がボロボロなのさ。 
見た目は隠しているつもりだろうが、相当弱っている。 
 
そう遠くない内に……コイツも、あの世行きなのさ。 
 
だから、今回のような無茶苦茶な事件を起こしたんだろ。 
呑気に研究してても間に合わない。 
奇跡に縋ってでも、こいつは報われなかった人生をやり直したかったのだ」 
 
「そっ、そんな……母さん!」 
 
 
 生きていれば良い事がある――何て平和で、残酷な言葉なのだろう…… 
 
世界を超えれば、生きていても何一つ得られないまま死んでいく女がいるのに。 
 
事故で娘を失い、その責任を押し付けられて、人にも社会にも裏切られた人間―― 
 
彼女の最後は無惨にも、病気で苦しめられながら少しずつ弱って死ぬ。 
 
その時間は如何な苦しみか、俺には想像も出来ない。 
 
同じ立場だからこそ――重い病気で死に掛けたレンだからこそ、プレシアの状態を察知出来た。 
 
あくまでも推測なのでカマをかけたつもりだったが、この反応はズバリだったようだ。 
 
フェイトは愕然として、持っていた杖を取り落とす。 
 
どれほど拒絶されても、フェイトにとってプレシアは母親らしい…… 
 
彼女にとってもショックだろうが、説得する俺も充分厄介である。 
 
何しろ今のままでは死ぬのだ、こんな人間に説得なんてどんな意味があるというのか。 
 
今自首すれば罪は軽くなる?  
 
残り少ない人生を牢屋の中と聞かされて、反省する馬鹿はいない。 
 
むしろいい踏ん切りとなって、どんな無茶でも平気でやる。 
 
世界が滅ぼうがどうなろうが、もうすぐ死ぬ人間に何の意味もない。 
 
奇跡に頼って娘を蘇らせて、幸せな過去に戻る――彼女と同じ立場ならば、誰でもやる。 
 
ならば、発想を切り替えるしかない。 
 
 
『……まさか、そこまで気付かれていたとは思わなかったわ……でも、それが何? 
ジュエルシードの制御に失敗するとでも言うのかしら、この私が!』 
 
「話はきちんと聞いとけよ。アルハザードに辿り着けても無理だって言っただろ。 
考えてもみろよ。アルハザードに辿り着いたとして―― 
 
 
――死者蘇生の魔法が目の前に落ちているとでも言うのか? 
 
 
博物館みたいに、『これが復活の魔法です』と御親切に札が飾られているとでも? 
大昔の忘れられた大地だぞ。 
探すだけで一苦労だと思うぜ、俺は」 
 
 
 俺はアルハザードがどんな場所か知らないが、世界を守る巨大組織が伝承物と断じているのだ。 
 
今でも魔法文明が見事に残された世界とは到底思えない。 
 
人が住んでいるかどうかも怪しい。 
 
荒廃した大地に辿り着いて発掘作業でも行う気か、この病人。 
 
 
『か、必ずあるわ! あるに決まってる! 
たとえすぐには見つからなくとも、私は絶対に発見して見せる!』 
 
「仮に見つけたとしても、それがあんたの欲しがっている魔法である証拠は? 
まさか実験も研究もしないで、土壇場一発で試すのかよ。 
アリシアの死体は一つだけだぞ。失敗したら一巻の終わり。 
 
それに復活とか時間系統の魔法って、操作とか大変そうに思えるんだけど……? 
 
今では制御法もロジックも何もない魔法だぞ。 
絶頂期のあんたならともかく、そのくたばりかけた身体で使えるのか? 
ジュエルシードの制御だけで、多分ボロボロになるぞ。 
世界を吹き飛ばす力を操るだけでも大変なのに、ご苦労なこった。 
 
……断言してやろう、絶対失敗する。 
 
それでもいいのなら、どうぞ御自由にお取り下さい」 
 
 
 プレシアは確かに狂っている、それは間違いない。 
 
けれど、アリシアに関する事についてはまだ聞く耳を持つ。 
 
手段こそ奇跡と御伽話に縋ってはいるが、根底となる判断材料は少なくとも在るのだ。 
 
ジュエルシードの研究成果や、アルハザードへの知識がそれを証明している。 
 
まだまだだが、プレシアは少しずつ現実を認識し始めた。 
 
 
『アルハザードさえ見つけられれば、後はどうとでもなるわ! 
くだらない戯言で惑わそうとしても無駄よ。 
貴方の言う事は可能性に過ぎない。アルハザードへ行けば、すぐにでも見つけられる。 
侮ってもらっては困るわね……魔法も必ず制御して見せるわ。 
 
この日の為に、全ての準備を整えたのよ!』 
 
「現実を見ろよ。あんたの手にあるのは、たった三個のジュエルシードだけ。 
一生懸命集めていたフェイトは、アンタが自分から見限った。 
時空管理局には目をつけられ、居場所までばれている。 
 
妨害でもしてみるか? 余計に魔力を食うぞ。 
 
結果あんたの身体に更なる負担がかかり、成功確率は縮まる一方。 
そもそも計画もジュエルシード全部が揃って、初めて成功する。 
まだアルハザードにも辿り着いていないのに、たった三個でもう土壇場の最後の賭けに出るのかよ。 
 
そんなんじゃ、この先も危ういだろうな」 
 
『――っ! ――っっ!! おのれ……おのれぇぇぇぇ!!!』 
 
 
 刻まれる皺は憤怒の証、殺意のあぶくが口から零れ出る。 
 
吹き上がる怒りの蒸気が、マグマのように全身から漂っていた。 
 
覚悟がなければ、腰を抜かしていたかもしれない。 
 
 
「選べ、プレシア・テスタロッサ。 
残されたお前の全てを、未来も何も見えない絶望の旅路に費やすか――」 
 
 
 ――残念だが、美貌の死神に比べれば役不足だな。 
 
 
はやてを暴走させた時に見せた彼女の殺気は、俺を骨の髄まで凍らせた。 
 
戦意も何もかも消滅し、泣いて縋りたくなったのを覚えている。 
 
プレシアの熱い怒気は、むしろ俺にやる気を煽るだけだった。 
 
  
「――俺に捧げるか、どちらかだ」 
  
『それは……どういう意味!? 
 
まさか――まさか、貴方の奇跡を私にも授けてくれる気になったの!』 
 
 
 プレシアの歪んだ表情が、期待と歓喜に染まる。 
 
何だかんだ言いつつも、こいつはやっぱり望んでいる。 
 
本当に起きた奇跡を。心から分かち合える友人を。 
 
 
――救いを。 
 
 
本当にアルハザードへ辿り着いても、そこは結局一人ぼっちの世界。 
 
彼女の孤独は癒されない。 
 
娘が蘇っても、過去へ戻っても……救われなかった人生は、彼女を苦しめる。 
 
紛い物の奇跡が壊れるのに、怯え続けるのだ。 
 
 
「甘えるんじゃねえ! 奇跡には代償が必要だ。 
 
 
プレシア・テスタロッサ――剣士として、お前に決闘を申し込む。 
 
 
あんたが勝てば、俺の命を賭けて願いを叶えてやる。 
その代わり俺が勝てば――アンタの全てを、俺が貰う。 
 
ジュエルシードも、残りのアンタの人生も、何もかも全てだ!」 
 
 
『……面白いわね……その身体で何が出来るというの? 
それとも、死が迫る私が弱いとでも思っているのかしら』 
 
 
 冗談も休み休み言え。 
 
世界を滅ぼす力を持ったロストロギアを制御出来る魔導師に、侮りなんぞ微塵もしない。 
 
戦えば、死ぬ。 
  
そして―― 
 
 
「勝負内容は簡単だ。どちらかが負けを認めるまで戦う。 
お得意な魔法を、何度でも俺にぶつけてみろよ。 
 
あんたが諦めるまで、俺は立ち塞がるぞ」 
 
 
 ――戦わない。 
 
身勝手な俺を諭してくれた大人達。 
 
戦い以外の強さを教えてくれた子供達。 
 
俺を時には厳しく、時には優しくしてくれた――友人達との約束を、果たす為に。 
 
 
もう一人の自分と、俺は――戦わずに、戦ってみせよう。 
 
 
なのは……駄目な兄貴だが、せめて証明してやる。 
 
お前の見せてくれた優しさが、どれほど強いのか―― 
 
 
 
今度は、俺が辛抱強く待ってみせよう。 
 
プレシア・テスタロッサが夢を諦めて、現実へ帰ってくるその瞬間を。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<第七十三話へ続く>  
 
 | 
	
  
 
 
  小説を読んでいただいてありがとうございました。 
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。 
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。 
 |